ウズミが行政府で仕事を終えた後、ある部屋に入って行った。

 キラの両親であるハルマとカリダがソファーから立ち上がった。

「ヤマトご夫妻……ですな」

「ウズミ様……二度とお目にかからないお約束でしたのに……」

 硬い声でカリダが言った。

 それに肩を落とすウズミ。

「運命の悪戯か、子供達が出会ってしまったのです。致し方ありますまい」

 出会うことはないと思っていた2人が、戦争に巻き込まれて出会ってしまった。

 そしてもう1人。

「全ての真実を知る歌姫も、子供らと出会ってしまった」

「彼女が?」

「彼女から伝言を預かっております。自分の口から真実を語るつもりはない。命に代えてもお子さんは守る……と」

 ハルマとカリダが息を飲み込んだ。

 カリダは胸の前で手を握り締め、ハルマはそっと目を瞑る。

「私達も、どんな事があろうとあの子に真実を語るつもりはありません」

「きょうだいの事も……ですかな?」

「可哀想な気もしますが……その方が2人の為でしょう。彼女のように強い訳ではないでしょうから、真実を知って苦しむ姿を見るのは我々も辛い」

「全ては最初のお約束通りに……ウズミ様にこうしてお目にかかるのも、これが本当に最後でしょう……」

 そっとカリダの肩を抱くハルマ。

 ウズミは目を瞑り、そっと息をついた。

「分かりました。しかし、知らぬと言うのも恐ろしい気がします。現に2人は何も知らぬまま出会ってしまった。彼女も予想外の事に驚いていました」

「彼女は何時?」

「報告ではヘリオポリス崩壊前にモルゲンレーテで出会ったと。緊急事態だったとは言え、軍に入隊させた事を一番悔やんでいる」

「キラは彼女がコーディネイターである事を知っているんですか?」

「誰にも話してはいないでしょう。家の事も恐らくは」

「……彼女は強いのですね……」

「強くなる為に……自分自身も捨てたのでしょう。だからこそ、世界を変える導にもなった」

 地球軍とプラント、そしてオーブ。

 3つの架け橋となり、導にもなった。

 世界の未来を変える者。

「彼女が一番不幸な人間なのかもしれませんな」

 ウズミの言葉を聞いて、ハルマとカリダは目を閉じた。







 試験場を繋ぐ大きな扉が音を上げて開いた。

 それに気付いたは、セレスのコックピットから顔を出す。

 出来たOSのテスト運転が行われ、それが無事に終了したのだろう。

「なぁ、キラ?」

「何ですか?」

「お前さんこそ、その不機嫌そうな顔は何ですか?」

「そんな顔してません」

「してますってぇ」

 キラとフラガか肩を並べて此方に来ると同時に、会話までもが耳に届く。

「お前、家族との面会断ったそうだな。どうして?」

「………今会ったって……僕は軍人ですから……」

「軍人って……」

様?お手が止まっているように思うのですが……」

「へっ?」

 視線をキラ達からセレスの足下に移し、呆れた表情で腰に手を当てているヴァインを見た。

 深々と溜息をつくヴァインにムッとすると、はコックピットから飛び出した。

様!」

 セレスから前にあるストライクへと飛び移った

 ナチュラルなら不可能だが、コーディネイターのならこれくらい何でもない。

 だがはクルー達にナチュラルであると告げている。

 こんな事をして誰かに見られたら何と言い訳をするのか。

 ヴァインは大きくない声でを叱り付けた。

「相変わらず、姫様は活発な方だ」

「活発過ぎるのも問題だと思うがな」

「あれ程彼には関わらないと仰っていたのに」

 青年の言葉を聞き、ヴァインは呆れた表情でストライクの上に立つの後姿を見る。

 の視線はストライクのコックピットから離れない。

「ご両親、きっと会いたがってるぞ」

 の存在に気付かないフラガは、コックピットに入ったキラを上から見下ろす。

 キーボードを取り出してシステムの確認をするキラも、が見ている事に気付かない。

「……こんな事ばっかりやってます、僕……MSで戦って、そのメンテナンスとか開発とか手伝って………出来るから」

 コーディネイターだから。

 力があるから。

 出来る人がいないから。

「……キラ………いや、それは………」

 言葉を続けようと考えたが、フラガの頭に良い言葉が浮かばない。

 代わりにマードックがキラに声をかけていた。

 深々と溜息をつくフラガに、キラは言葉を続けた。

「それに、今会うと言っちゃいそうで嫌なんです」

 引っかかる言葉にフラガは眉を顰め、は目を閉じた。

 セレスの傍に居た筈のヴァインと青年も、ストライクの傍でキラの言葉を聞く。

「………何で僕をコーディネイターにしたの……って………」

 一世代目コーディネイターなら一度は考えたかもしれない。

 今でこそ少ない一世代目。

 キラにとって一世代目コーディネイターは悩みの種でもある。

 はそっとストライクから下りると、肩を大きく落として溜息をついた。

「トリィ!?」

 驚いた声でトリィを呼ぶキラに、はストライクを見上げる。

 コックピットから飛び出し何処かへ飛んで行くトリィ。

 キラもコックピットから飛び出した。

「上に行けば地上に出ます。作業員と関係者しか使用しないので、地上に出る扉は開いていますよ」

 ストライクの腕の近くで立っていた青年がキラに声をかけた。

 それを聞いたキラは目を見開き、もう一度上を見上げる。

「地上に出れば何処に行くか分からない。捜索も困難になるだろう。早く迎えに行った方が良いと思いますよ」

 ヴァインが言うと、キラは弾かれたようにストライクから飛び降りた。

「待って!!」

 走り出したキラは急に呼び止められ、驚きと焦りの表情で振り返る。

 呼び止めたのはで、ポケットから1枚のカードを取り出しキラに向かって投げる。

 それを受け取ったキラはカードの表を見て首を傾げた。

「モルゲンレーテ内なら何処にでも入る事が出来るカードよ。それを使って地上に上がる専用エレベーターで一気に上がりなさい。最上階まで行ったらすぐに地上に出られるわ」

「有難う、!!」

 カードをしっかり握って走り出す。

 キラの背中を見送ったフラガは肩を上げて苦笑した。

 も呆れて腰に手を当てる。

「知ってたのか?坊主が面会断ったの」

「面会をさせて貰えるよう頼んだのは私だからね。知ったから駄目もとで説得に行ったのよ。結局無駄に終わったようだけど」

 時計を見ればもうすぐで面会時間が終わる。

 トリィを探しに行ったキラが両親と会う事はもうないだろう。

「まさか坊主の奴があんな事を考えていたとはな」

「一世代目なら誰だって一度は考えるでしょう。何故コーディネイターにする必要があったのか。何故コーディネイターにしたかったのか。平和な世の中なら何気なく聞けた事も、戦争を知って戦争に身を置いたキラは聞くに聞けない。両親を傷付けてしまうのが怖いから」

 聞いたとしても、真実が語られるとは思わないけれど。

 また肩を落とすと、モルゲンレーテの作業員が小走りで此方に近づいて来るのが分かった。

さん!ウズミ様がすぐに行政府へ来て欲しいと連絡が……」

「ウズミ様が?」

 何の用だろうとヴァインに視線を向けるが首を横に振られた。

「兎に角様はウズミ様の元へ。我々はセレスの最終チェックをしておきます」

「お願いね。出来るだけすぐに戻るから」

 何か急展開な事が起こったのだろうか。

 それともヤマト夫妻に何かあったのだろうか。

 色々と悪い方面にしか考えが浮かばない自分に苦笑しつつ、行政府に向かって走る。

 その頃、トリィを探して地上に出たキラがアスランと再会しているとも知らずに。






 翌朝、まだ太陽もそれ程昇っていない頃にオノゴロのドックではアークエンジェルの発進準備が進められていた。

『注水開始。注水開始』

 ドック内に響く声は注水の音で掻き消される。

 無残な姿だったアークエンジェルは、モルゲンレーテの力によって元通りになった。

 それは2機のMSも同じ事。

「色々とお力添い頂き、本当に有難うございました」

 アークエンジェルを見下ろせるブースにウズミとが居た。

 ウズミは静かに首を振り、肩を落としてを見る。

「アラスカまでは遠いが、くれぐれも気を付けるのだぞ」

「はい」

「子供らを頼む」

「命に代えましても」

 そう言うと、ブースのドアが開いて2人の一般市民が姿を見せた。

 特別許可でモルゲンレーテ内に入ったヤマト夫妻。

 昨日ウズミに呼ばれた理由はヤマト夫妻をどうするか、に付いての事だった。

「ヤマトご夫妻ですね。お待ちしておりました」

 深々と頭を下げるに、ハルマとカリダは不思議そうにウズミを見る。

「彼女が、です」

「貴方が!?」

 息を呑む2人に、ははっきりと返事をした。

「ウズミ様から聞いていると思いますが、私の口から真実を語るつもりはありません。そして、アラスカで除隊させましたら今後一切彼とは会わない事もお約束致します。勿論、ヤマトご夫妻の前に現れる事も致しません。の名に懸けて」

 元々会ってはいけなかったのだ。

 アラスカで別れれば、恐らく裏で手を回さなくても自然と会わなくなるだろう。

 地球軍の兵士として居られるのも後少しだ。

 ザフト軍の兵士になればプラントか戦場にしか身を置かない。

 オーブに来る事は確実に少なくなる。

 オーブに住むキラに会う事は、ない。

『注水完了。注水完了』

「時間ですので私はこれで失礼致します。お子さんを後方デッキに出すよう伝えてあります。暫く此処でお待ち下さい」

 不安そうにお互いの顔を見るハルマとカリダ。

 は苦笑し、再びウズミに視線を向ける。

「では、行って参ります」

「くれぐれも気を付けてな」

 深く頷き、ヤマト夫妻にもう一度頭を下げてブースを出た。

 外の通路で待っていたヴァインとアラムが凭れていた壁から身体を起こし、歩いていくの後ろにピッタリとつく。

「周辺に艦影はないそうです。ただ、クルーゼ隊が大人しく引き下がったとは思えません」

「私がオーブに居るんだ。アスランの事だからあれこれ理由を付けて何処かで隠れているでしょうね」

「オーブの海域を少し過ぎた所で待ち伏せ、というパターンか」

「恐らくね」

 渋い表情をするアラムと呆れた表情を浮かべるヴァイン。

 アークエンジェルは宇宙船であって地上や海での戦闘は不向き。

 おまけにMSはたったの2機。

 4機相手に切り抜けられるかどうか。

「ところで2人共、私がオーブを出たら何をするか……分かってるわよね?」

 肩越しに振り返るの表情を読み取り、2人は真剣な表情に変え頷いた。

「しかし、鍵はどのように?」

「今はアークエンジェルのクルー、アーノルド・ノイマン少尉に預けてある。アラスカで誰かに渡すか、私が持って帰るかどちらかになるわね。兎に角、鍵の心配はいらないわ」

「分かりました」

 言い終えると、狭かった視野が1つのドアが開いた事により広がった。

 眩しい光が目に飛び込み、僅かに目を細めて前を見る。

 アークエンジェルの後方デッキに軍服を着たカガリとキラが立っている。

「お前っ、どうして会って上げないんだよ!」

 見上げればブースに居るヤマト夫妻が我が子を見ている。

 カリダは涙を浮かべ、ハルマはカリダの肩を抱いてキラに笑いかけていた。

「今はごめんって……伝えてくれる?」

 悲しそうな表情でカガリに頼むキラ。

 本当は会いたかっただろうにそれが出来なかった。

 キラにとっても苦渋の選択だったのだ。

「カガリも……色々有難う。元気で」

「キラっ!」

 艦内に戻ろうとしたキラを呼び止め、力強く飛びついた。

 それに驚くヤマト夫妻とウズミ。

 複雑そうにそれを見るとアラム。

「………お前っ………死ぬなよ……」

 カガリの言葉に泣きそうになったがそれを堪え、優しく抱き返して頷いた。

 は笑みを浮かべ、白のコートを脱いで後ろに居る2人に振り返る。

「後の事は頼んだわよ」

 コートをヴァインに差し出し、それを受け取ると力強く返事をした。

「我々は何時でも貴方の帰りを待っています。貴方とアークエンジェルのクルー達に神とハウメアのご加護がありますように」

「有難う。それじゃ」

 梯子に手をかけ、後方デッキへと上がって行く。

 上がり終えると丁度2人が離れているところだった。

「カガリ、早く降りなさい」

!」

 弾かれたように振り替えるカガリに、目を見開いて驚くキラ。

「やっぱり行くんだな」

「仕事、だからね」

「そっか………お前も死ぬなよ?必ず帰って来い」

「努力するわ。ほら、下でアラムが待ってる」

 早く行って、とカガリの背中を押す。

 梯子に足をかけ下りて行くカガリを見送り、視線をブースに向ける。

 複雑そうな表情で此方を見るヤマト夫妻。

、あれって……」

 キラに呼ばれてキラの視線の先を見た。

 するとドック内に見慣れた青年達がズラリと立っている。

 思わず唖然とするに、下からヴァインの声が聞こえた。

様、お気を付けていってらっしゃいませ」

 胸の前で手を当てると、青年達も一斉に手を当てた。

「………まったく……暇じゃない筈なのに………」

 呆れながらも表情は柔らかかった。

「行ってきます」

 地球軍の敬礼で返すと、ドックの扉が大きな音を立てて開き始めた。

 目指すのは地球軍の本部基地、アラスカ。

 そこに辿り着く事が出来るのは果たして何人なのか。

 そしてそこに何が待っているのか。

 誰も知らない真実が、その先に隠されているとも知らずに。

 アークエンジェルはゆっくりとオノゴロから出て行った。