束の間の休息を睡眠に費やすザラ隊。
月が昇りきりやや傾きかけた頃、ベッドで寝ていたアスランが寝返りをうった。
「アスラン」
小声で隣のベッドに寝ているニコルの声が耳に入った。
「……あぁ」
目を開け、ゆっくりと身体を起こす。
「誰か居るな」
アスランの言葉に頷き、隠していた銃を握る。
「イザーク達は気付いているでしょうか?」
足音を立てず、寝室のドアに忍び寄る2人。
ノブに手をかけゆっくり開けると、向かいの寝室で寝ていたイザーク達が出ようとしている最中だった。
「俺達の所に忍び込もうなんて、馬鹿な奴もいたもんだな」
セーフティを外した銃を握り締め、人の気配がするリビングを睨み付ける。
4人は息を潜めてリビングに近づいた。
アスランがドアノブに手をかける。
「行くぞ」
言い終えるなや否やドアを勢い良く開け中に滑り込み、銃を構えて目標を探す4人。
リビングにはパソコンが起動したまま放置され、ベランダの窓が開いて風にカーテンが揺られていた。
「逃げ足の速い奴だ」
構えた銃を下ろし、ベランダから下を見下ろすイザーク。
ディアッカは念の為死角の部分を見て周り、ニコルは何か盗まれていないかを確認する。
アスランは起動してあるパソコンに向き合い、忍び込んだ者が何を探っていたのかを確認した。
「どうだ?」
「何を探っていたのか、皆目検討も付かないな。重要な事は何も」
「にしてもさぁ、此処のセキュリティどうなってんの?簡単に賊に入られるなんて」
頭の後ろで手を組みながら大きな欠伸をするディアッカ。
「ふん!所詮ナチュラルが作ったマンションだ。セキュリティなんてあってないようなものだろ」
馬鹿にしたような言い草でベランダの窓を閉める。
そして急にリビングの電気が点いた。
「「「「っ!?」」」」
電気を点ける場所にいない4人は、驚きと焦りで一斉に振り返った。
リビングのドアの傍には銃を構えた1人の少女、が小さく笑いながらこちらを見ていた。
「チェックメイト」
信じられないと言った表情で固まる4人。
は悪戯が成功した無邪気な子供の笑みを浮かべ、銃を元の場所に戻した。
「油断しすぎ。隙ありすぎ。追及しなさすぎ。簡単すぎ。馬鹿すぎ」
「何だと貴様ぁ!!」
「や〜い、バーカ、バーカ。馬鹿イザーク」
「……………貴様と言う奴はぁぁぁ!!許せん!!」
「あぁもう!落ち着けイザーク!もイザークで遊ぶな!!」
今にも襲いかかりそうなイザークを背後から取り押さえるディアッカ。
ここでようやく我に戻ったアスランとニコルは、少しだけ警戒をしてに声をかけた。
「何でが此処に居るんだ?」
アスランにとって、が此処オーブに居るという事はアークエンジェルも此処に居るということになる。
「任務中よ。あぁ、それともこの家に居ることを聞いているのかしら?だったら私が此処に居てもおかしくないわよ。この家、私名義の家だもの」
「「「「………………はい?」」」」
4人揃って聞き間違えただろうか?
いや、そんな訳がない。
ならばの言った事が正しいとすれば……。
「「「「の家ぇ!?」」」」
「そぉよ。長い間使わないから、潜伏する同胞に貸してただけ。それで、今回たまたまあんた達が使ってたって訳よ。言っておきますけどちゃんとしたセキュリティだし、渡されたキーはスペアよ」
話を全部聞いていたは、ディアッカに押さえ付けられているイザークに向かって言った。
その言葉に腹を立てたイザークは余計に暴れ、ディアッカはトバッチリを食らう羽目となる。
「それにしてもこんな時間にどうして?」
「あんた達が此処に居るって聞いたから様子を見にね」
「こんな時間にか」
「任務中で忙しいのよ。私の家なんだから良いでしょうが。まぁ、もう帰るつもりではいたんだけどね」
「行っちゃうんですか?久しぶりに会えたのに……」
残念そうな表情を浮かべるニコルに、取り押さえていたディアッカから開放されたイザークがそっぽ向く。
アスランは複雑そうな表情を浮かべ、ディアッカが疲れた表情を浮かべる。
「そう長くもジッとしていられないのよ。オペレーション・スピットブレイクは秒読み段階に入ってるし、プラントはザラ新議長の元新たな一歩を踏み出そうとしている。何か……胸騒ぎがするのよ。何か大切な事を見落としているようで、大切な事を知らないようで……何かを、失いそうで」
胸が締め付けられるような感覚がを襲う。
何か大切な事を知らされていないような。
そして、それが何時の日か取り返しのつかない何かを引き起こしてしまいそうで。
「兎に角、もっと調べないといけないような気がするから行くわ」
「それじゃ、今度会う時はプラントで。少し前休暇でコンサート開いたんです。にも聴いて欲しかったから、録音してるんですよ。次の新しい曲も、是非には聴いて欲しいですから」
「ほんとっ!?有難うニコル!」
ギュッとニコルを抱き締める。
それに驚き、慌てるニコルの顔は真っ赤。
は一向に気にしていなかったのだが、不意に聞こえて来た携帯の音にニコルを離す。
ポケットから携帯を取り出し、画面に出ている名前を見て一瞬だけ取るかどうかを悩んだ。
だが脳が判断するよりも先に身体が動き、通話ボタンを押していた。
「………もしもし」
『10分でお戻り下さい』
ブツッ、ツーッツーッ。
「……………アスラン」
「………何で俺なんだよ………」
文句を言いつつ右手を開いて上げる。
それに向かって思いっきり右ストレートパンチを食らわせる。
「おぉ、懐かしい光景だな」
「のストレス解消方法の1つですね」
「それに巻き込まれる俺達はいい迷惑だ」
今回巻き込まれなくて良かった、と胸を撫で下ろす3人。
巻き込まれたアスランは痛そうに手を振り、は1つ深呼吸をしていた。
「それじゃ行くわ。くれぐれもオーブで問題起こさないように」
「俺達がそんなヘマすると思うの?そんな馬鹿な真似、する訳ないだろ」
「こそお気を付けて」
「さっさと行け」
ディアッカ、ニコル、イザークの順で顔を見て、はアスランをジッと見詰めた。
「アスラン。私達は軍人だから何が起こるか分からない。何が正しくて、何が間違いだったのか……それに気付くのはずっと後の事よ。だからね、今自分が信じる道を進みなさい。例え選んだ道が後に後悔するとしても。そして忘れないで。憎しみは身体や心を貪り、貴方を孤独にする。その時々の感情のまま戦場に出れば、何時しかアスランの大切なモノを失う事になるわ。辛い立場でしょうけど、同じ隊長の任を任された者として貴方に言えることはこれくらいだわ」
ニッコリ笑ってアスランの額を指で弾いた。
「生きて、再び皆に会える日を楽しみにしているわ」
ザフトの敬礼をすると、4人も一斉にそれを返した。
また戦場ではない所で会える。
そう信じていた。
それが裏切られるのは、この日から数日後だとは誰も予想していなかった。
太陽が顔を出し少し昇りかけた頃、アークエンジェルから4人の子供が軍本部の一室に移動した。
がウズミに頼んで実現した両親との面会。
時間は限られているものの、彼らにとって嬉しい配慮だった。
ただ問題が1つ。
目の前で父親を殺されたフレイには家族がいない。
面会する相手もいないが、アークエンジェルに残ったキラは違う。
キラが面会を断ったと聞きつけアークエンジェルに戻ったは、通路でフレイとぶつかった。
「ったぁ……って、フレイ?」
「あ、あんたっ」
尻餅をついたフレイは自分を見下ろすの姿を見てキッと睨んだ。
「涙溜めた目で睨まれても、あんまり怖いとは思わないけど……兎に角大丈夫?」
スッと手を差し出すと、フレイはそれを思いっきり払い除けた。
「何よっ!あんたも私に同情する訳?いい加減にしてよね!!」
通路に響く程の大きな声で叫ぶ。
は少しだけ驚いた表情をしたが、額に手を当てて深い溜息を漏らした。
「何で手を差し伸べただけで同情に繋がるんだか。悪いけど、他人に同情する程余裕ないのよ私にも」
「そうでしょうね。お金持ちで大切に育てられて……目の前でパパを殺された私の気持ちなんて、あんたには分かりっこないわよっ!何不自由なく暮らせるんだもの、他人の事なんてあんたにとってはどうでも良いんでしょう!?」
「それは貴方も同じでしょう?」
返って来た言葉にフレイは自分の耳を疑った。
を見ると少し悲しそうな表情を浮かべている。
「生死の分からない両親と、行方不明になった兄を探し続けている私の気持ちなんて、貴方には分からないでしょう?私は貴方の思うようなお嬢様ではないわ。その証拠に、軍人として毎日戦場を駆けてる。別に良いじゃない、分からなくたって。同情して欲しくないなら、可哀想な自分を見せなければ良い。それだけの事よ」
フレイの腕を取り立ち上がらせる。
視線を合わせ、は小さく笑って言葉を続けた。
「そろそろ自分を大事にしないと、取り返しのつかない事になるわよ。自分の事だけを考えるのではなく、回りの人の事も少しは考えて上げて。でないと、貴方は本当の意味での1人になってしまうから」
気を付けてと言い残し、は当初の目的を果たす為にフレイの来た道を歩いて行った。
フレイとの短い会話でキラと何かあったらしい事は分かった。
恐らく、キラにも両親が面会に来ているのにアークエンジェルに残った事が気に入らなかったのだろう。
何故断ったのか、それを聞く必要がにはある。
キラに部屋が与えられてからどれだけの時間が経っているだろうか。
部屋の前を通った事はあっても、こうして部屋を訪ねるのは初めてだ。
そっと息を吐き、コールボタンを押す。
人の気配はあるものの中から返事が返って来なかった。
仕方がないのでドアを開けるとは呆れた表情を浮かべた。
「大切なモノを失ったような顔してるわよ」
「っ!?!?」
力なく椅子に座っていたキラが勢い良く顔を上げた。
「まぁ、大体の想像はついてるけど……まだやってたの?仕事熱心なのは良いけど、もう出来ているんでしょう?これ以上手を加える必要はないわよ」
パネルに触れてOS中身をざっと見た。
相変わらず独創的なOSに感心と呆れの感情が湧き出る。
ナチュラル用のOSの為かストライクとは大分違う。
コーディネイターのキラがナチュラル用にOSを開発するのは簡単だが、ある意味では難しい。
(それをよくもまぁ……この短期間で作り上げたものね。今でこそ可能でも、初めてナチュラル用のOSを組んだ時は1週間かかったって言うのに…)
キラに100個のOS開発を頼めば100通りのOSが生まれるだろう。
軍のセキュリティシステムも、キラに任せればハッキングされる可能性は低いかもしれない。
「これ以上弄らなくて良いわ。これだけで今のオーブには十分よ」
「でも、まだやらなきゃいけない部分があって…」
「もうやらなくて良いわ。貴方の仕事は終わったの。これ以上のOSを今のオーブは望まない。だからもう止めて……ご両親に会って上げてよ………待ってるよ?」
ヘリオポリス壊滅から今日まで、どれだけ両親が心配していたかキラが分からない筈がない。
会いたい筈なのに会えない理由。
「面会断ったの、OS開発があるからじゃないでしょう?」
OSの開発は、オーブを出る前までに完成させれば良いだけのこと。
数時間ぐらいの面会は許される。
「今の自分は軍人だから?MSに乗って戦ったり、開発に手を貸してるから?それとも………会えば、言っちゃいけない事を言ってしまいそうで怖いから?」
ビクッとキラの肩が揺れた。
分かりやすい反応に溜息をつきつつ、キラを追い込んでしまった責任は自分にあると苦笑する。
「キラは優しいね、本当に。自分以外には優しいのに、どうして自分自身には優しく出来ないかな」
「……僕は………優しくなんか、ないよ…………いっぱい傷付けて、いっぱい迷惑かけて、取り返しのつかない事までしてしまったんだ……」
「それはフレイとの関係の事?」
「………そぉ……なるね………」
「ムウとマリューが心配してた。キラが気付いていないだけで、結構正規クルー達は心配してたのよ?中尉だって多少は心配していたようだしね。終わったの?」
「どうだろう。でも……傷付けた」
面会を断った理由はフレイの事を考えてではない。
いや、多少は考えていたのかもしれないが別の理由。
傷付けるつもりはなかった。
傷付けようとは思わなかった。
空回りしてしまった2人。
「兎に角、このまま放置しておく訳にもいかないでしょう。多少時間はかかっても、お互い面と向かって本音で話し合う機会を持ちなさい。でなきゃ後になって後悔するよ。勿論、ご両親との面会もね。強制はしないけど……一目でも良いから会って上げて」
最も、一度面会を断ったキラが面会するとは思えないが。
(それに今は行政府に居るから会いたくても会えない、かな?)
ヤマト夫妻はウズミと会うことになっている。
ウズミの仕事が終わるのももうすぐだろう。
「昼過ぎに試験場へ来て。テストをするから」
「……分かった」
本当に分かっているのか、と聞きたくなるような返事だったが仕方がない。
今のキラは何もかもがボロボロだ。
はそっと息を吐き、仕事の為にキラの部屋を出て行った。