青年から知らされた報告は喜ばしいモノではなかった。

 潜入したアスラン達4人の姿を発見した、と言う報告の他にプラントの情報が1つ。

 プラント最高評議会新議長が、ほんの数分前に決定したらしい。

 はそのままウズミの居る部屋に向かう。

「失礼します、ウズミ様。大切なお話しがあります」

君か。どうかしたのかね?」

「つい数分前、プラント最高評議会議長が交代しました。パトリック・ザラ氏が、新議長に着任したと報告が」

「…………事態は最悪、だな」

 穏健派のシーゲル・クラインだったからこそ、戦争はそこまで過激にはならなかった。

 だが強硬派のパトリック・ザラが新議長となった今、状勢は確実に悪くなる。

 噂されるオペレーション・スピットブレイク。

 戦火は余計に広まるだろう。

「君は、これからどうするつもりかね」

「学生達をアラスカで除隊させなければなりませんので、私はアークエンジェルと共に行くつもりです。他の者には例の計画を準備するよう、既に命じております」

「避けられぬ運命と言う訳か。君達と同じように」

「会うべきではなかったのです、私達は。私とカガリは仕方がなかった。でも彼は……」

「今更言っても仕方あるまい。出会ってしまったのだから、今以上に状況が悪くならない事を祈るばかりだ」

 ウズミの言葉に浅く頷き、机の上に置いてあるレポートに目を落とした。

「子供達にご両親との面会を許可したばかりだ」

「お力添えを頂き、本当に有難う御座います」

「何、ほんの少し力を貸したにすぎんよ。子供達や親御さん達には過酷かもしれん」

「それでも、私は会わせるべきだと考えます。この戦場の中、彼らが次にこの地を踏む事が出来ると、保障はないのですから……私の力は、彼ら全員を守りきれる程ありません」

 いくらコーディネイターだからと言っても、最強ではない。

 力の限界、身体の限界、精神の限界。

 越えられない壁。

「でも、彼らを守る為にやるべき事はやっていると思います」

「それでよい。君1人で背負い込む必要はない。アークエンジェルの艦長。彼女もまた、君にとって信頼における存在なのであろう?」

「口には出しませんが、私個人としてはあの場に居るクルー全員を信頼しています。あのヘリオポリスで生き残った運の良い人々です。最も、本当に運が良いのかは分かりませんが……寄せ集めにしては、良いチームワークを発揮していると感じています」

「修理を終え、何事もなくアラスカへ行く事が出来ると良いな」

「有難う御座います」

 それが不可能である事をウズミは知っている。

 クルーゼ隊が潜入している事は知らないが、世界を相手にして国を治めている1人。

 ザフトを甘く見るような真似はしない。

「明日、ヤマト夫妻と会うつもりだ」

「2度とお会いしないお約束をしていると、ヴァインから聞いております。宜しいのですか?」

「致し方あるまい。子供らが出会ってしまい、君もまた、出会ってしまっているのだから」

 ウズミにとっても、キラの両親にとっても、この3人が出会ってしまった事を予想外だろう。

 自身、3人が同じ場所で鉢合わせになるとは夢にも思っていなかった。

 唯一真実を知る者として、絶対に避けなければならなかった事態。

「ヤマトご夫妻にお伝え下さい。私の口から、真実を語るつもりはありません。命に代えましても、息子さんはお守りいたします……と」

 オーブに戻ってやる事はほとんどやった。

 後はセレスの整備と後始末。

 そして無事にアラスカまでキラ達を連れて行く事のみ。

「そのように伝えよう」

「有難う御座います。それでは失礼します」

 最早止められないこの戦争。

 踏み外せない橋を渡っているようなもの。

 パトリック・ザラ新議長の誕生は、この世界にどれだけの影響を与えるのか。

 特務隊は今後、どのような命令を下されるのか。

 そして今、プラントで極秘開発されている機体。

(今考えるのは止めよう。考えるべき事は目の前の事だけで十分だ)

 暫く放置していた愛機、セレスの整備。

 それだけを今は考えよう。

 アスラン達の監視は他の者がやっている。

 キラの監視―――護衛も、アラムが担当してくれている。

 心配する事は何もない。

 今、この瞬間だけは平和だ。

 一時の平和。

 それが永遠に続くようにするのが、の姓を持った自分の務めなのだから。

「トリィ!」

「えっ?」

 独特の機械音で羽をバタつかせ、緑色のロボット鳥が頭の上に乗った。

 ロボット鳥の持ち主がすぐに思い出せなかったのは、あまりにも唐突にそれが現れたからだろう。

「トリィ!」

 バサッと飛び、肩に下りてくる。

「お前、此処行政府とラボを繋ぐ通路だよ?しかも、限られた人間しか使えない………どういう造りしてんの?製作者の意図が知りたいよ」

 今頃アスランはくしゃみの1つでもしているだろうか、と呑気な事を考えながらトリィを肩に乗せたまま歩き、ドックへと足を進めて行く。

 何処からか修理をする音が漏れ、足を進める度にその音が大きくなる。

「お前のご主人様は何処に居るのかしらね?」

「トリィ!」

 此処オーブに、キラとアスランが居る。

 2人が鉢合わせになる事はないだろう。

「まだ主任の所って訳でもないわよね。やっぱりストライク?」

 トリィに聞いても分かる訳がない。

 適当に探していれば見付かるだろう、という安易な考えでラボに出た。

 修理されているストライクとセレス。

 自分が運んだ訳ではないが、ちゃんとストライクの後ろで修理されていた。

 一応ラボを見渡し、キラらしき人物がいないかを確認した。

様?どうかしましたか?」

 ラボで仕事をしていた家に仕える青年が声をかけてきた。

「キラ・ヤマトを探しているんだけど」

「彼でしたら先程カガリ様と一緒に休憩室へ向いましたよ」

「カガリと?」

「はい。あぁ、でも彼は既に戻っています。カガリ様も一緒に戻ってきたのですが、アラムが怒ってカガリ様を連れて行政府へ……」

「成る程ね。分かった、有難う」

 キラの居場所が分かった。

 ストライクに居るならそこに向えば良い。

 そっとストライクに近付き、コックピットを覗き込んだ。

 キラはキーボードの上で指を躍らせている。

 暫く覗いて見ていたが、やがて物音を立てずにその場を去った。

「お前、少しだけ私に付き合って。どうせ相手されなさそうだし」

「トリィ」

「ハロも捨てがたいけど、やっぱりトリィが面白いかもね」

 クスッと小さく笑って見せると、トリィは首を傾げて羽をバタつかせた。






 太陽が沈み、闇が更なる闇を呼んだ。

 整備班の姿はラボから消え、黒いコートを着ていた青年達の姿も消えていた。

 ラボに響くキーボードの叩く音。

 ストライクのコックピットから光りが漏れ、ラボは僅かな照明が周りを照らしていた。

「トリィ!」

「わっ!?」

 意識をモニターに集中させていたキラは、いきなり現れたトリィに驚いて声を上げた。

 トリィは羽をバタつかせながらキーボードの上に止まり、首を傾げてキラを見上げる。

「トリィ、何処行ってたんだよ」

「ずっと私の傍に居たわ」

「っ!?」

 ガバッと上を見上げ、キラは我が目を疑った。

「主任は貴方にOSの開発を依頼したけど、寝ずにやれ、とは言っていない筈よ」

「………………」

「そろそろ止めなさい。貴方が倒れたら何の意味もないわ」

 おいでトリィ、と言うと大人しくコックピットから出て来る。

 キラは相変わらず驚いていたが、やがて我に返って作業を中断し、コックピットから出て来た。

 そんな彼にスッとコップを渡す。

「ホットココア。甘いもの、好きなんでしょう?」

「あ………う、うん。有難う」

 素直に受け取り、コップを眺める。

 はストライクの上で腰を下ろした。

 よく見れば彼女の手の中にもコップが握られており、微かに湯気が揺れていた。

 キラは恐る恐るの隣に腰掛け、無言のままココアを見詰める。

 長い沈黙が流れ、先に破ったのはだった。

「明日、貴方達のご両親が軍本部へ来るわ。OSの事もあるけど、時間が限られているから。もう他の学生達には艦長が知らせている筈よ」

「……そっか……父さん達、来るんだ………」

「嬉しくなさそうね」

 表情を隠すように俯くキラ。

 何を考えているのか分からないが、何となく分かるつもりでいる。

 アークエンジェルの中で一番複雑なのはキラだ。

 はそっと息をつき、目線を少し上に向けた。

 そしてゆっくりと歌を口ずさんだ。

 俯いていたキラが顔を上げ、隣に座るを見る。

 最初は驚いていたが、砂漠での事を思い出し、目を閉じて耳を澄ませた。

 とても優しく、綺麗な声が心の底まで響いてきた。







 別に何かがあった訳ではなかった。

 ただ、何となく呆れていて……勝手に歌を口ずさんでいた。

 たった数時間前に収録した歌を。

―――歌の収録?今、此処でか!?

―――そんなに驚くことないと思うけど?気が向いただけよ。駄目なら止めるけど?

―――ばっ!馬鹿野郎!!誰が駄目だなんて言った!?ほら、さっさと行くぞ!!

―――何でカガリが張り切ってるのよ。

 歌を出す程暇ではないと言うのに。

 何となく、気が向いただけで収録してしまった。

 あのカガリのことだ。

 明日の朝一で曲を世間に発信させるだろう。

 いや、もしかしたら既にやっているかもしれない。

 ふと、肩に何かが触れた。

 歌うのを止めると、左肩にキラの頭が乗っていた。

 耳を澄ませば小さな寝息が聞える。

「疲れて眠っちまったんだろうな」

「アラム」

 肩を竦めて立っているアラムが、此方を見上げてそう言った。

「珍しいな、お前が人前で歌うなんてさ」

「私もそう思うよ。カガリは?」

「寝かしつけたよ。まったく、寝顔だけ見てたら可愛いんだけどな」

「確かにね」

 ストライクをよじ登り、眠っているキラの横まで来るとコップを置いて抱き上げた。

 はキラのコップと自分のコップを持って立ち上がり、物音もさせずに飛び降りた。

 その後にアラムが降り、肩を並べて仮眠室へ向う。

「明日、ヤマト夫妻も来るんだってな」

「ウズミ様は会うつもりでいるわ。2度と会わない約束でも、今の状況が良くないからね」

「紅服4人、どうするつもりだ?」

「分かんない。私が出れば、アークエンジェルが此処にいるって感づく奴もいる」

「なるようになれ、か。俺達にピッタリな言葉だな」

「ヴァインが聞いたら呆れると思うけど」

 一番しっかりしているのは彼だろう。

 2人の会話を聞いていたら、確実に彼は呆れてしまうだろう。

 仮眠室の部屋に入り、キラに当てられたベッドへ運ぶ。

 既に夢の中へ旅立っているキラは、少々の事では目が覚めない。

 ゆっくりベッドに寝かせ、シーツを上から被せてやった。

「OSは明日中には完成するだろう。艦の修理も、明後日の朝には完了する」

「それまで、何ともなければ良いんだけどね」

 幼さを残す寝顔のキラを見て、フッと小さく笑う。

「お休み、キラ・ヤマト」

 今だけは良い夢を。

 そう願って、2人は仮眠室を後にした。