此処のラボは地下にある。
MS専用エレベーターが作動し、滅多に開く事のないドアが開いた。
GAT−X105・ストライク。
作業員の指示の元、ストライクが格納庫に収まる。
その様子を見ていたアラムは、宇宙での事を思い出した。
(確か、鍵を渡した時に居たんだったよな)
コックピットが開き、軍服を着た少年が出て来る。
「こっちよ!」
エリカが声を上げてキラを呼んだ。
タラップから降りて来たキラは、エリカの前に立って不安そうな表情で見る。
「モルゲンレーテ主任の、エリカ・シモンズよ」
「キラ・ヤマトです」
「こっちは……」
そうエリカが言いかけた時、アラムが手でそれを制した。
その様子を見て、苦笑交じりに肩を上げる。
「挨拶は基本でしょう?」
「初対面ではないので」
「あら、そうなの?」
「えっ?えぇ………まぁ」
曖昧な返事しか出来ないのは、ちゃんとした挨拶をしていないから。
とは言え、お互いがお互いの名前を知っている。
「なら行きましょう」
エリカが先頭に立って先を歩く。
その後ろにキラがつき、最後にアラムがついた。
「此処って」
「此処ならストライクを完璧に修理出来るわよ。言わば、お母さんの実家みたいなもんだから。こっち。貴方に見て貰いたいのは」
重いドアが開き、キラの目に飛び込んだのはMS。
「あっ……これ」
「そぉ驚く事もないでしょう?貴方も、ヘリオポリスでストライクを見たんだから」
同じ機体が何機も立っている。
ストライクとは形が違うものの、MSであるのには変わりない。
「これは中立国オーブと言う国の本当の姿だ」
聞き慣れた声に、キラが驚いた。
「カガリ!?」
不満げな表情で此方を見ているカガリは、ドレス姿ではなく動きやすい格好をしていた。
「これはM1アストレイ。モルゲンレーテ社製のオーブ軍の機体よ」
「………これを、オーブはどうするつもりなんですか?」
「どうって?」
「これはオーブの守りだ。お前も知ってるだろう?オーブは他国を侵略しない。他国の侵略を許さない。そして、他国の争いに介入しない。その意志を貫く為の力さ。オーブはそういう国だ。いや、そういう国の筈だった。父上が裏切るまでは」
「えっ?」
言葉に驚いた瞬間、キラはある事を思い出した。
初めてカガリと出会ったのはヘリオポリス。
カトウ教授のラボで出会い、ザフトが攻め込んで来た時に2人で逃げた。
逃げた先にあったもの。
それが今、キラの機体となり命を預けているMS。
―――お父様の裏切りものぉぉぉ!!!
カガリ・ユラ・アスハ。
オーブ代表、ウズミ・ナラ・アスハの子。
「あら、まだおっしゃっているんですかぁ?そうではないと何度も申し上げたでしょう?ヘリオポリスで地球軍のMS開発に手を貸してたなんて事、ウズミ様はご存知………」
「黙れ!そんな言い訳通ると思っているのか!?国の最高責任者が、知らなかったと言ったところで、それも罪だ!」
「だから、責任はお取りになっちゃじゃありませんか」
「職を叔父上に譲ったところで、常にあぁだこうだと口を出して……結局何も変わってないじゃないか!」
「仕方ありません。ウズミ様は、今のオーブに必要な方なんですから」
「あんな卑怯者のどこが」
自分の父親であるにも関わらず、カガリは父の事が気に入らない。
国の最高責任者として、してはならないミスをしたのだ。
その子供としても、許せる話しではない。
「だから、再三再四言っただろう。自分の父親の働きをしっかり見ろって。今の世界を見てみろ。オーブが今後どうするべきなのか。世界相手にオーブは誰を代表として立たせるべきなのか。オーブを勝手に飛び出して、結局見て来たのは戦争のごく一部だけ。何の為に出たんだよ、お前は」
「五月蝿いな!第一、お前達だって同罪だろう!?」
「まぁ、同罪って言うか。犯罪なのは私なんだけど?」
アラムに対して非難を浴びせるカガリ。
だが、返答は別の人間がした。
「様」
アラムが呼ぶと、は小さく笑って片手を上げた。
「ウズミ様がMS開発に手を貸していた事は知らない。それは本当の事よ?だって、Xシリーズ及びアークエンジェルの設計をしたのは私なんだもの」
小さな子供みたいにクスクス笑う。
「オーブの守りであるこれも、元は私が設計したストライクをベースに造られた。まぁ、初代ストライク………正確にはデュエルだけど。それがベースとなってアストレイが造られ、オーブの守りとなった。その後、私が更に手を加えて今のXシリーズが造られたんだけど。別に、モルゲンレーテが設計した訳じゃないわよ?」
「だとしてもだ!結局は技術提供だろ!?」
「どうだか。ヘリオポリスで造る事を許可したのは、ウズミ様じゃなくその下の者達。確かに技術提供かもしれないけど、責める相手はウズミ様じゃない。それに、ザフトにばれた時ようにマニュアルは作ってあったのよ?でも、ザフトは抗議ではなく強奪を選んだ。あの後も一応、此方で手は打ったわ。最高評議会議長がシーゲル・クラインで助かったけど、別だったらどうなってたか」
ワザとらしく肩を上げる。
そんな姿を見てアラムが苦笑した。
「今日は落ち着いていますね。此方には何の用で?」
「今日はって何よ、今日はって。まぁ、否定はしないけどね。様子を見に来たのよ。まだアストレイを見た事なかったから。それにしても、外の世界に行って一皮剥けたかと思ったんだけど、相変わらずね」
カガリを見ると、エリカはそれを受けて呆れた風に言った。
「あれ程可愛がっていたお嬢様がこれでは、ウズミ様も報われませんわねぇ。おまけに昨日のあの騒ぎでは、確かにほっぺの1つも叩かれますわ」
「ふん」
左右の頬と比べると、確かに片方は赤く腫れている。
当然と言えば当然だが、当の本人は気にも留めていない。
「さ、こんなお馬鹿さんはほっといて、来て。様も」
歩き出すエリカの横につき、ドックから訓練用施設に向う。
2人の後にキラとカガリがつき、最後にアラムがつく。
その最中、カガリがキラに声をかけた。
「お前、と話したか?」
「ううん。何度か見てるけど、話しかけられないし………何話して良いのか、分からないから………」
「仲、悪いのか?ずっと思ってたけど」
「多分、は僕の事が嫌いなんだと思う。何度も怒らせてるし」
「あいつ、船に降りてからずっと機嫌悪いんだ。まぁ、原因は分かってるつもりだが」
「ねぇ、ずっと聞きたいと思ってたんだけど……って、オーブの何?」
後ろにアラムが居るからか、キラはカガリに寄り添って小声で聞いた。
だが、それが無駄な努力である事をカガリは知っている。
をはじめ、家に仕えている者達は5感がずば抜けて良い。
そして彼らには、第6感というのもあるらしい。
チラリと後ろを見ると、アラムが笑顔で笑っている。
前に目を向けると、皮手袋を嵌めた右手を握り締めるが。
(………このっ、地獄耳!!)
一言でも家の事を言えば、前後から襲われるだろう。
暫く人前に出れないかもしれない。
それは非常に困る。
「……………自分で、聞いてみたら良いだろう」
誰が好んで寿命を縮ませるか。
ザフトや地球軍よりも、家を敵に回す方が怖い。
それは幼少の頃からと付き合っていて思った。
オーブを裏で支える財閥だ。
下手に手を出せば、魂さえも粉々にされかねない。
「此処よ」
先頭を歩く2人の足が止まり、ドアが開いた。
中に入ると、エリカがインカム越しに名前を呼んだ。
「アサギ、ジュリ、マユラ!」
『『『はぁい』』』
部屋には数人の作業員達が居て、ガラスの奥に3機のアストレイが立っていた。
『あっ、カガリ様ぁ?』
『あら、ほんと』
『なぁに、帰ってきたの?』
コックピットから此方の様子が見えたのだろう。
アサギ達はカガリの姿を見付けるなり、からかうような声を上げた。
「悪かったなっ」
ムスッとした表情で言葉を返す。
一国の姫が、これでは示しが付かない。
『あれっ?カーロスさんじゃない?』
『えっ!?うっそぉ!ほんとだ!!』
『お久しぶりです、カーロスさん!』
「お久しぶりで。元気そうですね」
『『『そりゃもぉ!』』』
声を揃える3人に、カガリは更にムスッとした。
「おい、アラム」
「何です?カガリ様」
「様は止めろ。気持ち悪い」
「仕事中ですので」
「さっきは普通だっただろうが!!」
『やだぁ、カガリ様ったら』
『カーロスさんに怒鳴るなんて、姫様がするような事じゃないですよ?』
「五月蝿い!第一、お前達は何でアラムを知ってる!!」
『『『えぇ?だって、ねぇ』』』
「声を揃えて言うなぁ!!」
声を殺して笑う作業員達と、呆れて見ているエリカと。
エリカは話を戻そうと、手を叩いた。
「無駄話は後よ。3人共、始めて」
『『『はい』』』
アストレイがゆっくり動き出し、それぞれ自由に動く。
動くが、その動きは遅い。
「相変わらずだな」
「でも、倍近く早くなったんです」
今ので、倍近く早くなった、と言うのであれば前はどれだけ遅かったのか。
見ているキラでさえ、アストレイの動きに唖然とした。
自分が初めてストライクに乗った時、その時の動きは愕然とするようなものだった。
「けどこれじゃぁ、あっと言う間にやられるぞ。何の役にもたちゃしない。ただの的じゃないか」
『ひっどぉい!』
「ほんとの事だろうがぁ」
『人の苦労も知らないでっ』
「敵だってしっちゃくれないさ、そんなもの」
『乗れもしないくせにっ!』
「言ったな!じゃぁ代わってみろよ!!」
段々エスカレートする4人。
そんな彼女達を止めたのはエリカだった。
「はいはいはい、止め止め止め!」
「喧嘩売ってどうするのよ」
「事実だろうが!」
「事実でも、オーブを守ろうとしてくれる彼女達に、その態度はないでしょ」
またムスッとして、カガリは顔を背けた。
同い年でもこうも性格が違うと、何だかおかしくなる。
「Xナンバーも同じだったけど、ナチュラルの作るOSには限界がある。モルゲンレーテの技術者達が束になっても、OSがこの状態では使えものにならないわね。陸海空の軍事力は問題ないとしても、MSと言う大きな機体を自由に動かすだけのOSは、そう簡単には作れない。ザフトが攻めて来たら、なす術もないわ」
「そう。だから私達はあれをもっと強くしたいの。貴方の、ストライクのようにね」
キラを見るエリカ。
言葉に驚いたキラは、目を見張った。
「技術協力をして欲しいのは、あれのサポート・システムのOS開発よ」
サポート・システムのOS開発。
キラはモルゲンレーテに来た意味を、此処でようやく理解した。
「私達ナチュラルでも使えるOS。期限は今日を合わせて2日。艦の修理は、3日後に終わる予定よ。それまでに準備して欲しいの」
「分かり……ました」
「お願いね」
ナチュラルに合わせたOSを開発する事は、キラにとって容易い事だ。
しかし、キラにとって好ましい事ではない。
オーブもMSを持つ。
戦火が広がるのではないか、と不安があった。
「様」
声を低くしてアラムが呼んだ。
2人は入って来たドアの方に振り返る。
「随分急いでるみたいね」
何が、と聞く前にドアが開いた。
飛び込んで来たのは初めて見る青年。
「どうした?」
青年は軽く頭を下げ、の耳元に口を寄せた。
何を言っているのかキラ達には聞えないが、アラムには聞えていた。
の目付きが変わる。
「……分かったわ……そのまま警戒しておいて。私はウズミ様に会いに行く。主任、申し訳ないですけど仕事が入ったのでこの辺で」
「そのようね。また気が向いたらいらっしゃい」
浅く頷くと、は青年と共に部屋を出て行った。
残されたアラムは難しそうな表情を浮かべ、腕を組んでいる。
沈黙した室内でエリカの声がやけに響いた。