オーブは朝を迎えた。

 隔離されたオノゴロのドックでは、夜明けと共に活動を開始。

 アークエンジェルの周りに足場を組み立てていた。

「驚きました。もう作業に取り掛かってくれるとは」

 ブリッジから下を見下ろしていたノイマンが言った。

「あぁ、それは本当に有難いと思うが……」

 匿い、補給整備をする代わりに同等の代価を、という考えはナタルにとって受け入れがたい。

 更に言えば、の下船も受け入れられなかった。

 自ら降りたのも驚きだが、他人のように振舞うの姿は信じがたい。

 そして、見知らぬエンブレム。

「お早う」

「お早う御座います」

 パルが起床したマリューに言った。

「「お早う御座います」」

 ノイマンとナタルが敬礼をして挨拶をすると、マリューもそれに答えるよう敬礼をした。

「ご苦労様です」

「既にモルゲンレーテからの技師達が到着し、修理作業にかかっております」

「えぇ。ヤマト少尉は?」

「先刻向えと共に、ストライクと工業へ」

「そう、有難う」

 本当は艦長が見送る筈なのだが、生憎その時はまだ起床していなかった。

 最高責任者も不在の為、副艦長である自分が対応。

 キラ・ヤマトを見送った。

 気に入らないと言えば気に入らない。

 だが、マリューもも自分にとっては上官で、逆らえる相手ではない。

 自分の立場を十二分に理解しているナタルは、激しく対立していた。

「ん?何?」

「………いえ。ではこの際に、内部システムの点検修理も徹底して行いたいと思っておりますので」

「………お願いね」

 ブリッジを出て行くナタル。

 重たい空気がブリッジ内に広がり、その場に居合わせていた者達は息苦しくなった。

 そんな時、ノイマンがマリューに声をかけた。

「あの、艦長」

「何かしら?」

「実は、艦長にお渡ししなければならない物が……」

「私に?」

 一体何を渡そうとしているのだろう。

 そんな興味を抱いたブリッジ要員達が、マリューとノイマンに集中する。 

大佐からなんですが」

から!?」

「別にたいした事ではないと思ったのですが………その、やはり報告しておくべきだと思ったので」

は何を渡したの?」

「これです」

 すっと差し出すと、そこにはのIDと鍵があった。

「どうしてこれを?」

「本来の仕事に戻ると言って、私に渡しました」

「本来の仕事?」

 マリューはIDと鍵を受け取り、モニターに出ている作業風景を見た。

 時々映る黒いコート。

 その者達が一体何者なのか、結局ウズミは教えてくれなかった。

 白のコートを着るは、他人を装っている。

 オーブに必要な人間だと言っていた。

(貴方は此処で、一体何をやっているの?)

 握り締め、居る筈もないに訊ねた。








 遠くの方で、女性の声が聞こえる。

 閉じていた目をゆっくり開けると、最初に飛び込んで来たのは人工的に作られた光。

 手を翳し、目を細める。

 声はハッキリと聞こえ、何をしているのか分かった。

 アラム・カーロスは身体を起こし、背伸びをする。

「以上の経緯で、MSはその概念を発案した者達の予想を超えたポテンシャルを有していた事は、明白である。レドニル・キサカ一佐の話しによれば……」

 コールの音が室内に響く。

 アラムはベッド代わりに寝ていたソファーの上で欠伸をした。

「記録ポーズ。通話チャンネルオンライン。はい………………あぁはい、そうよぉ。お母さんはまだ仕事。帰るのは、リュータが寝てからになっちゃうわ」

 歩きながら我が息子の電話に答えるエリカ。

 珈琲を取りに席を立つと、今まで寝ていた青年の姿を見て小さく笑った。

 おはよう、と声に出さず口だけ動かす。

 それにアラムは頭を下げて答えた。

「晩ご飯は、お父さんと食べて頂戴ね。分かってます。今度のお休みは大丈夫だから。お母さん約束破らないでしょう?滅多に。はいはい。それじゃぁ、お父さんの言う事聞いて、ちゃんとお風呂は入って歯磨いて寝るのよ。はい、じゃあね」

 話しの流れから通話が終わったのだと悟り、アラムが立ち上がる。

「通話チャンネル、オフライン」

 2人分の珈琲をカップに入れ、片方をアラムに差し出した。

 それを受け取ると、エリカの指が備え付けのレンジに向く。

「エリカ・シモンズ、指摘ファイルインデックス2125。デルタズールー、記録再開」

 レンジの中を見ると、朝食と思われる食べ物が入っていた。

「つまり、温めて食べろ、と。さすがエリカ・シモンズ主任」

 何となくアラムの表情が優れないのは、朝からご飯を食べる習性が付いていないから。

 そして、アラムはエリカに逆らえる筈もなく、仕方なく温めた。

 少し離れた所では、相変わらず仕事をしているエリカが。

「レドニル・キサカ一佐の報告によれば、地球連合のMSの威力は圧倒的の一語につきる。しかしながら、そのポテンシャルを余すところなく引き出す為には、パイロットの能力に依存する所が大である。コマンド、添付ファイル0358の722。GAT−X105ストライクを操縦するキラ・ヤマトの一連の戦闘記録は、本件の論拠となっている」

 珈琲を持っているアラムはソファーに戻り、前のテーブルにそれを置いた。

 テーブルの上には何枚もの書類が散らばっており、その中の1枚を取って読み上げる。

「オペレーション・システムの見直しが必要である事は、早くから指摘されていた。基本的に、コーディネイターの能力がナチュラルにそれを上回るのは、避けがたい事実であり、インターフェイスの性能が同じならば、彼らの方が機体のポテンシャルをより有効に引き出す事が出来るのは明々白々な事である」

 音声記録をする声を聞きながら、目の前にある書類を呼んで溜息をつく。

 正直、何故自分が此処に居るのか分からない。

「ナチュラルが、コーディネイターと同等な威力をMSに発揮させようとすれば、それだけ優れたソフトウェアーが必要となる。しかし、緊急事態とは言え、その作業をコーディネイターの手に委ねなければならなかった事は、皮肉と言うしかないだろう」

 時々引っかかる言葉が耳に入るものの、アラムがエリカの仕事に口出しする事は出来ない。

 ただあるがまま、聞いたままの事はに報告出来る。

「結局、地球軍はコーディネイターと戦う為の兵器を開発するのに、その敵である筈のコーディネイターの手を借りなければならなかった訳だ。それは、此処オーブでも同じである」

 レンジの音が鳴った。

 書類をテーブルに置き、レンジの元に行く。

 そんな中でもエリカの音声記録は続いていた。

「コマンドハイパーリンク、ファイル52。我が国における、潜在コーディネイターにおける軍事産業への貢献を参照の事。初めて戦場にMSを送り出したプラントの技術者達は、宇宙で戦いを制する兵器こそが、戦局を支配すると信じていた。それは、戦闘機よりも優れた機動性を発揮し、戦艦に匹敵する火力をゆうし、戦車よりも強靭な装甲で生き残る事が出来る兵器でなければならない」

 レンジの中から朝食を取り出し、テーブルの上に置く。

 書類を綺麗に纏めると、ノートパソコンの電源を入れた。

「その主張は、大筋において正しかった。ただ一点だけ、彼らが見余っていた事があった。それは、MSが有効なのは、宇宙に限らないと言う事だ」

 モニターに、腕に付いているエンブレムと同じものが映し出された。

 財閥を示す紋章。

「コマンド、添付ファイル0629。ザフトは、ストライクを積んでヘリオポリスを脱出した、地球軍の戦闘艦・アークエンジェルを必要に追撃した。その結果、アークエンジェルは地球への降下に失敗し、ザフト勢力圏内の着陸を余儀なくされた」

 モニターに表示された、いくつかのファイルの中から1つだけ選び、中を開ける。

 中にはアークエンジェルに関係するものが入っていた。

「蛇足になるが、アークエンジェルの指揮系統には人的問題があるようだ。ザフトの追撃には逃れる事成功しているが、その理由の多くは、偶然と地獄の番犬ケルベロスの異名を持つとセレス、キラ・ヤマトとストライクの奮戦によるものと思われる。いずれ、アークエンジェルの幹部将校については、その資質と適正が問われる事になるだろう」

 アラムはアークエンジェルの設計図をモニターに出し、朝食に手を付けた。

 モニターの右端に目をやると、定期連絡をする時刻になっていたのに気付き、慌てて口に入れたのを飲み込む。

 携帯を取り出し、ヴァインに連絡を入れた。

「アンドリュー・バルドフェルド。砂漠の虎と称される、ザフトの名称である。砂漠に虎がいるのかどうかはさておき、バルドフェルドが指揮する部隊は、陸専用MS、バクゥを持ってアークエンジェルを攻撃した」

 傍にいるエリカの声を聞きながら出るのを待っていると、3コール目で相手が出た。

 1番最初は皮肉な言葉だった。

『遅いご起床だな、アラム・カーロス君』

「うぇ、ヴァインに君付けで呼ばれると気持ち悪い」

『何気に失礼な事を言うな、君は。最初の定期連絡をすっぽかしておいて、そう言う態度は慎んだらどうだい?』

「悪かったって。仕方ないだろう?いきなりシモンズ主任のラボに行け、とか言われてそこで仕事してたら、つい睡魔に襲われちまったんだから」

『言い訳は聞く耳持ちませんね。現状報告』

「ちっ、相変わらずな性格。主任に動きなし。音声記録でアークエンジェルとストライクの経緯を残している」

『まだ、キラ・ヤマトは到着していないようだな』

「なぁ、何で俺が此処に行かされたんだ?」

『キラ・ヤマトの監視。それ以外何がある?』

「監視と言う名の護衛、だろ」

『分かっているなら聞く必要もないだろう。俺は今からリストに基づき、市内に出て少し出る』

「買い物ねぇ。優雅だな」

『買い物と言う名の監視だ。こっちも』

「例のクルーゼ隊か。面倒な事にならないと良いが。それじゃ、お互い倒れる一歩手前まで頑張るか」

姫様に関しては、倒れる10歩手前でストップかけろよ』

「りょ〜かい」

 電話を切ると、エリカの音声記録は最後の方に差し掛かっていた。

 アラムは朝食を続ける。

「スカイグラスパーの支援により、地球上でのストライク運用は、飛躍的に柔軟且つ機動的なものとなった。コマンド中略ファイル、1350。宇宙空間での運用における疑問点を参照の事。ともあれ、キラ・ヤマトとストライクの組み合わせは、ここでも驚くべき順応性を発揮する事になる。キラ・ヤマトの能力は、明らかに他の一般的コーディネイターパイロットのそれを凌いでいる。それはセレスのパイロットである、にも言える事だが、彼女は訓練を受けた正規軍。キラ・ヤマトと異なるものの、地球軍初のMSパイロットとしては最高の腕と能力を持っている」

 食事時ぐらいは何も考えず、ゆっくり食べたいと思うのだが、今のアラムには叶わない願い。

 目の前には仕事。

 耳にはエリカの声。

 指が踊るようにキーボードの上で滑る。

(主任も、なかなか危険な事してくれるよなぁ)

 この事をに報告する時は、鋭い目で見られるだろう。

 コーディネイターを受け入れる国が、コーディネイターをよく思わない。

 それはエリカの音声記録の中に少々混ざってある。

「推測の域を出ず、専門外の事でもあるが、以前、一度だけ学会時に発表されて論議をよんだ、Superior Evolutionary Element Destined-factorを想起されたい。これはにも言えるが、可能であれば、キラ・ヤマトに対しては、ていぞくした精密且つ、徹底的な調査分析を……」

 不意に、エリカが言葉を止めた。

 背中に何か異様なものが走った。

「…………最終項目を削除。記録終了。エリカ・シモンズ、14140725のパーソナルパスワードを設定し、ファイルを保存。セクション終了」

「賢明な判断です、エリカ・シモンズ主任」

 少しだけ、アラムの声が低かった。

「今の事は、俺の中にだけ止めておきます」

「そうしてくれると、有難いわ。私としても、やっぱりあの子を怒らせたくないのよ」

様も、恐らく主任を怒りたくないでしょうね。聞けば、悲しむと思いますよ」

「そうね」

 オーブは、コーディネイターを受け入れる数少ない国。

 そしてその事はにとって喜びであり、理想の楽園。

 そこに差別などあってはならない。

 財閥が今のオーブを支えるのも、コーディネイターとナチュラルが平和に、共存出来る世界を作る為。

 多くの問題を抱えるオーブ政府の影となり、支える事で共存出来る世界が作れるならば、と父の代からこれまで支え続けてきた。

 その為に莫大な資産も提供した。

 これはオーブだけには限らない。

 オーブ政府を通じて、他国の中立国にも資産を与え続けている。

 何時か来る、平和な世界の為に。

「時々、貴方達がコーディネイターである事を忘れてしまうわ」

「それは喜んで良いんですか?」

「それはどうかしら。私としては、仕事が出来なかったりするけど」

「主任」

「大丈夫、ほんの冗談だから」

 肩越しに振り返って、そうエリカが言った。

 アラムはそっと溜息をついて、食べかけの朝食に手を付ける。

 すると来訪者を知らせるコールが鳴った。

「どうぞ」

 ドアが開き、モルゲンレーテの作業服を着た男が入って来た。

「シモンズ主任。キラ・ヤマト少尉をご案内致しました」

 言葉を聞き、アラムの目が変わる。

「有難う。すぐ行くわ」

 男が退室し、エリカが席を立つ。

「私はこれから下に行くけど、貴方はどうする?」

様から命令を受けているので、ご一緒させて頂きます」

「そう。あの子はなんて?」

「キラ・ヤマトの監視ですよ。外部に情報が漏れると困りますから、此処も」

 ノートパソコンの電源を切り、珈琲を飲み干す。

 荷物を纏めると、それを持って立ち上がった。

「アラム君達も大変ね」

「お互い様では?」

「そうね」

 小さく笑って、エリカが部屋を出る。

 その後ろに付いてアラムも部屋を出た。