アークエンジェルのクルー達は、何が一体どうなっているのか、兎に角分かりやすく説明してくれ、と目の前に居るマリュー達に視線で訴えた。

 だが、その視線を受ける側であるマリュー達も、説明出来ない事はいくつかある。

 話し合いから帰って来た3人は、全クルーを格納庫に呼び寄せ、今後の方針を説明していた。

 これからの事が気になるものの、今のクルー達にはどうでも良かった。

 1番聞きたいのは、そんな事ではない。

「以上の事がウズミ様との間で決定した内容です。何か質問は?」

 マリューの問いに、皆が他者の顔を見た。

 決定した事には質問などない。

 あるのは、別の事だ。

 では、誰が言うか。

 誰かが言わねば、多分答えてくれないだろう。

 だが、相手の中にナタル・バジルールがいる。

 質問したい。

 けれど、出来ない。

 そう、皆の顔には書かれていた。

 キラは視線を下にして、意を決したように声を上げた。

「あのっ!」

 周りが静かになった。

 全員の視線がキラに集中する。

「何かしら、ヤマト少尉」

「………あの……た………、大佐は…………」

 最初の声よりも、少しだけ小さくなったのは自分でも分かった。

 けれど、声は3人に届いたらしい。

 3人共、の名前を聞いて硬直した。

 クルー達がざわめき始める。

「え、え〜っと……か、艦長?」

 声をかけるが反応はない。

 何があったのか、3人は全く答えようとしない。

 そんな時、格納庫内に靴の音が響いた。

 レドニル・キサカ一佐だ。

「ラミアス艦長」

「はっ、はい!」

 呼び声に驚いて返事をする。

 他の2人もビクッと肩を揺らした。

「少し、良いかな」

「は、はぁ」

 下ろされていた髪が束ねられ、オーブの軍服を身に纏うキサカ。

 キサカはクルー達に敬礼を送ると、唖然としていた彼らも慌ててそれを返す。

「艦の修理は明日開始される事が決まった。早ければ明後日、修理が完成するだろうとの事。現在、貴艦に対する燃料物資などの補給は約束されたが、個人の物までは約束が取り付けられていない。また、下船も認められない」

 言葉を受け、何よりもショックを受けたのは学生達だ。

 特にミリアリアとフレイは、女性、という立場から色々と買い揃えておきたい物もあった。

「が、一部だけ交渉の結果認められた事を報告しておく」

 再びクルー達の間でざわめきが起こった。

 交渉。

 相手はウズミであると、皆が分かった。

 では、交渉した人は誰なのか。

「一部と言っても、制限はあるけどね」

 声に、ざわめいていたクルー達が止まった。

 足音はない。

 人の気配を感じない。

 だが、彼らは確かにそこに居た。

 黒いコートを着た集団と、白のコートを着たの姿。

 キサカの、2メートル後ろに居た。

 ドレス姿ではなかった。

 地球軍の軍服でもない。

 オーブの軍服でも、ない。

 先程マリュー達と擦れ違った時と同じで、違いがあるとすれば髪が括られている事だ。

 高い位置で1つに纏められ、歩く度に左右に揺れる。

 がキサカの横で足を止めた。

「ようこそ、オーブへ。歓迎、とまではいかないけれど、一先ず貴方方の命はオーブが預かりました。艦の修理が終わるまでの間、下船は禁じますが燃料物資以外の個人用品に付いては我々が用意します。軍人として、必要最低限の物を選び、リスト表に書き込んで下さい。その中で不要だと判断したものは削除します」

 ざわめきは起こらなかった。

 静寂が辺りを包み、困惑と不安の目がに集中する。

 そんな中を、の左後ろに立っていた青年――ヴァインが前に出た。

「貴方方の事を任されました、ヴァイン・クロフォードです。リスト表をラミアス艦長に渡しておきます。各自決まり次第、表に打ち込んで下さい。明朝リストを頂きに参ります」

「お疲れであるとは思いますが、貴方方だけに時間を裂いている暇もありません。時間が限られている事をお忘れなく。以上です」

 くるりと、180度方向を変えた。

 足音もさせず歩き出すと、その後ろに青年達がクルー達の間に壁を作り、後を追う。

 誰も、声を出さなかった。

 出せなかったのかもしれない。

 静まり返る格納庫に背を向け、無駄のない動きで通路を進んで行く。

 目の前に続く道を真っ直ぐ見詰め、そこにある風を切る。

 出口に向って続く道。

 でも、そこに出口があっても戦争の出口はない。

 無限に続く、終わりのない道。

 当たり前か。

 半ば諦めたような言葉が脳裏を過ぎった。

 何時もそうだ。

 目を閉じて、神経を1点に集中させると見えてくる道。

 そこには無数の道がある。

 そして後ろには、選んで来た道が血の足跡を残して続いている。

 偽りの道だ。

 現実にある、目の前の道は偽り。

 色の塗られた道は、人が何処かへ行く為の道。

 戦争を終わらせる道でも、始める道でもない。

 そこにあるのは、現実にあって、幻の存在。

様」

 アラムが呼んだ。

「モルゲンレーテのエリカ・シモンズ氏から用が終わり次第、ラボに来て欲しいと連絡がありました」

「シモンズ氏が?分かった、今から向うと連絡を。ヴァイン、悪いが明日の段取りを各責任者全員集めて決めておけ」

「分かりました」

「護衛は不要。お前達も、それぞれ第2警戒任務につけ」

「「「了解」」」

 外に出ると、タラップの手摺を飛び越え、その下を通過しようとしていたトラックの屋根に着地する。

 第2警戒任務とは、現段階で分かっているオーブの敵――ザフトと地球軍の動きをマークし、情報を掴まれる前に取り押さえる事。

 此処までを第2警戒任務と呼び、第1となれば武器を用いて射殺する事が許される。

 だが、今までに第1警戒任務が発令された事はあまりなく、あっても相手を取り押さえるまでで殺したケースはない。

 トラックが見慣れたラボ近くを通り、軽く跳躍して地面に降りる。

 モルゲンレーテの人間は数える程しかおらず、皆自宅に帰っていた。

 明日になれば休暇であった者達も呼び出され、総員でアークエンジェルの修理に取り掛かる事となるだろう。

 は、エリカ・シモンズのラボに向う道を歩きながらドックを見渡す。

 変わりようもない場所ではあるが、最後に見たのは10年前。

 その時と比べると、置いてある機械は全て変わっていた。

 時の流れというモノなのだろう。

 新しい物が作られ、少し古い物は過去の物とされる。

 常に新しい物を、新しい物をと、人々は開発してきた。

 それ故、人々の生活は裕福となり、物の価値観が薄れている。

 宇宙には破壊されたMSや艦の破片が散らばり、地球にも環境破壊が深刻化していた。

 それでも人々は、更なる進化を夢に見る。

 はラボの前に来て、タッチパネルに触れて相手を呼び出した。

『開いてるわよ』

 ドアがスライドして、1人にしては広すぎるラボに足を踏み入れる。

 デスクに向っていたエリカが、肩越しに振り返って声を上げた。

「あら、早かったのね。さっき連絡が来たばかりなのに」

「4分37秒経過してるわ」

「たったそれだけでしょう?ちょっと待ってて、すぐに終わらせるから」

 視線を元に戻し、やりかけていた仕事を再開させる。

 向っているデスクに、子供の写真が見えた。

(そう言えば、彼女に子供が出来たって言ってたっけ)

 長く帰っていない母国に、知り合いの生活変化は多いにあったらしい。

 それらの情報は全て、財閥の仕事を一時任せたヴァインから聞いている。

 は目の前にあるソファーに身を沈め、テーブルに置いてある週間女性雑誌を手に取った。

 こういう類を見るのも、実に久しぶりだ。

 軍に居ても手にする機会は滅多にない。

 あるとすれば書類の束だ。

 何気なく手を伸ばした雑誌だが、ページを捲っていくとファッション、流行の映画、ドラマの紹介、女性に人気のレストランなど、幅広いジャンルで書かれていた。

 興味もなくページを捲っていると、音楽のランキングで手を止めた。

 シングル、アルバムのランキングだけでなく、女性、男性のランキングも掲載されている。

 そして目を止めたのは、女性ランキングの一覧だった。

 シングルを見ると、そこにも目を止めるものが。

「そう言えば、折角帰国したのに新曲は出さないの?」

 デスクに向っているエリカが訊ねた。

 は前髪を掻き揚げ、溜息をつく。

「知りません」

 素っ気なく返すと、エリカはあからさまな口調で言った。

「残念だわぁ。私の息子がね、何度も同じ曲を聴いているから耳にタコ。他の曲も聴くんだけど、何時も新曲でないのかって聞いてくるのよ」

「そうですか」

「それだけ?」

「私には関係ありませんので」

「あらやだ、昔はもっと素直だったのに」

「残念ながら、私は10年前とは違うんです」

「私の中では10年前から進んでいないわ」

「それは残念です。10年前の私なんて忘れました」

「素直だったあの子は何処に行ったのかしら」

「さて、黄泉の国にでも行ったんじゃないですか?世界中何処を探してもいませんよ」

「冷たいのね」

「温かい場所にはいませんでしたので」

 雑誌をテーブルに戻し、ソファーから立ち上がる。

「何処に行くの?」

 デスクに向ったまま訊ねた。

「くだらない話しをする為に呼んだと言うのなら、私はこれで失礼します。活動時間が限られているので、仕事内容なら話しは伺います。それ以外の事なら聞く気はありません」

 冷たく返すと、エリカはそっと溜息をついた。

「ストライクとセレスの設計図を見たわ。随分と面白い設計をしたのね」

 パソコンのモニターに、2機の設計図が映し出される。

 はそれを直接見る事はなく、エリカの背中だけを見ていた。

「貴方もご存知の筈でしたが?」

「えぇ、そうよ。でも、此処までしっかりとした機体を設計出来るなんて凄いじゃない」

「それを基にして、M1アストレイを設計したんですよね?」

「あら、もう見たの?」

「生ではまだ。ただ、既に報告は受けています。OSは最悪のようですけど」

「そう。だから頼んだのよ。ストライクのパイロットであり、オーブの住人であるキラ・ヤマト君にOSの開発をね」

 オーブがアークエンジェルを匿い、手助けをする代わりに出された条件。

 キラにアストレイのOSを開発させる事。

「結局、オーブも利用するのね」

「そうじゃないわ。彼は元々オーブの子だもの。それに、工業カレッジの生徒でしょう?」

「民間人で、彼はただの学生にすぎない。コーディネイターだからと言う理由もあるのだろう?これを利用と言わずして何と言うつもり?」

「厳しいのね」

「オーブを裏で支える者の前で言う言葉か」

 冷たい言葉をエリカにぶつける。

「勘違いをして貰っては困る。彼は確かに軍に志願した。とは言え、正規軍ではない。オーブに住む工業カレッジの生徒で、戦争とは無縁の世界にいた少年だ。結局地球軍もオーブも、コーディネイターの彼に頼っている。それがどれだけ彼に負担を与えるのか、考え直すべきだ。立場を利用して手に入れようという考えは、我が財閥の理念に反する」

「そうでしょうね」

「今回の件はもう1度代表と話しをして決める。既に決定した事は致し方ないが、この事は今後、我々も厳しく取り締まりをさせて頂く。その事はお忘れなきよう願う」

 軽く頭を下げ、ラボを出る。

「貴方………変わったわね」

 ドアがスライドして開く。

「………甘えた世界に生きるのが嫌いなだけです」

 一歩踏み出して、ラボを後にした。

 ドアの閉まる音がして、エリカは深々と溜息を漏らす。

 モニターには、10年前のが映っていた。