「……た………いさ……?」

「嘘だろ」

「おい、ちょっと待てよ」

 ドレス姿で現れたに、クルー達は当然驚きの声を上げる。

 カガリの近くで足を止めたは、周りを気にせずアラムに声をかけた。

「お迎えご苦労様。ヴァインの姿がないようだけど?」

「ウズミ様の元に行かれております。あちらでお会い出来るかと」

「そう。なら行きましょう。時間も、そう多くないようだから」

 ヒール独特の音をたて、カガリとキラの傍を通り過ぎる。

 アラム達は道を開け、先頭に2人の青年が歩き、その後ろにがつく。

「お先にどうぞ、カガリ姫」

「姫とか言うな」

 カガリとマーナを先に通し、アラムと残りの2人が最後尾につく。

 一体何が起こっているのか。

 何故、がドレスを着ているのか。

 彼らは一体誰なのか。

 多くの謎を残したまま、彼らは艦を降りた。

「何よ、あんなの!!」

 お嬢様として育ったフレイにとって、達は目の仇である。

 父を亡くしたフレイはお嬢様ではない。

 あのように、守られる存在でもない。

(許さない!)

 そう、許せない。

 相手がオーブの娘であっても、そうでない存在だとしても。

 嵐の一団が艦を降りると、2台に黒い車が停車していた。

 1台はアスハ専用で、もう1台は専用の車。

「此方に」

 先頭を歩いていた青年の1人が、そう言って後部座席のドアを開けた。

「何で!」

 車に乗り込もうとしたの動きが、止まる。

 沈黙が、彼らの間で流れた。

「………何で、降りようと思ったんだ?」

 カガリの目の前にいる少女。

 それは何処かの令嬢に相応しい、そんな格好だ。

 いや、確かに財閥はアスハとは比べ物にならない程、富、名誉、権力がある。

 世界にも認められる程の実力。

 そこの出であるは、カガリ以上に令嬢である事は分かりきっていた。

 だが、はアークエンジェル―――地球軍の人間。

 は地球軍の目の前で今の姿を見せ、艦を降りた。

 それが今後どのように発展するか、誰も想像出来ない。

「私が降りるのに」

 言葉を区切って、カガリに視線を向ける。

 その目は冷たく、口元は微かに笑っていた。

「理由、必要?」

 カガリの背中に異様な何かが走った。

 身体が動かない。

 金縛りにあったように、額に脂汗が滲む。

 息が出来ないような、そんな感覚さえあった。

 時間にして30秒はあっただろうか。

 ドアの閉まる音で我に返ったカガリ。

 気付いた時には、と青年達は車に乗って走り去っていた。

 その場に、カガリとマーナ、そしてアスハ専用の車だけが取り残される。

 煩い筈のドックは、異様な静けさに包まれていた。




 流れる光。

 目に入る街の風景。

 全てが懐かしい、故郷と言えるオーブ。

「姫様、このドレスは何処で?」

 左に座っている青年が聞いた。

「砂漠。アンドリュー・バルドフェルドとアイシャから、今迄渡せなかった誕生日プレゼント………ですって」

 バルドフェルド達の名前が上がり、青年はそれ以上何も言わなかった。

 それが合図となり、彼らは砂漠での情報も既に入手しているのだと、は直感した。

 彼らは優秀だ。

 殆どがコーディネイターだが、中にはナチュラルも混ざっている。

 確かに比べると差はあるものの、彼らには彼らにしか出来ない事がある。

 そして彼らは、ヴァインをはじめとした多くのコーディネイター達に認められ、親しまれていた。

 その1人がこの左隣にいる青年。

 彼の仕事は主に、大統領に関する情報を集める事。

 裏では大統領に近い所で仕事をしている。

「姫様、ご帰還早々で申し訳ありませんが……」

「分かってるわ。休める時間は期待していないから。オーブの海域ギリギリで様子を伺っているザフトの情報を集めて。国内に潜伏中のザフト兵の監視。モルゲンレーテの周りに警戒。外からのアクセスに注意。2時間ごとにパターンを変更。情報が漏れないよう、細心の注意を払って」

 何処であれ、指揮をしなければならないのは変わりない。

 ましてや今は、他国の船を迎え入れてしまっているのだ。

 オーブに火の粉が降ってくるのは、目に見えている。

「間もなく到着です」

 ハンドルを握る青年が、そう告げた。

 窓から覗く建物を見て、僅かに目を細める。

 久しぶりに見た建物に変化はなかった。





 ウズミとの話しを終え、ヴァインと呼ばれる青年に案内されるまま通路を歩く3人。

 そこに会話などはなく、唯静寂だけが流れていた。

 マリューの斜め右後ろに歩いていたフラガが、マリューの耳元にそっと口を寄せる。

「なぁ、本当にあれで良いのか?の奴、本気で降りるとは思わないけど」

 フラガの言葉に、マリューは浅く頷く。

 話しは一方的に終了されたが、の下船だけは此方では決定出来ない。

 しかし、3人の前を歩くヴァインは言った。

 降りる意志があるのならば、構わないのですね、と。

「大佐が勝手に降りる訳ありません。まして、此処はオーブです」

 斜め左後ろに歩くナタルも、フラガの声が聞こえたのかそう言い返した。

 いくらオーブの人間であったとしても、今のは作戦行動中で軍人だ。

 指揮官でもある。

 そんな重要な立場に居ながら、勝手に艦を降りる程身勝手ではないだろう。

「確かに、大佐なら降りないでしょうね。でも……」

 気になる事が、1つだけある。

 砂漠で、初めてレジスタンスと顔を会わせた時の事だ。

 はカガリとキサカを知っていた。

 そして2人も、の事を知っていた。

 砂漠の虎との戦闘が終わると、次の日にはカガリが乗船したいと言い出し、はそれを止めなかった。

 止めるどころか、乗船を許可したのだ。

 疑問はあった。

 だが、これでもしかしたら謎が解けるのかもしれない。

「……は、カガリさんの知り合いだった。ならば、オーブ政府と繋がりを持っている可能性も十分あるわ」

 艦でも、はブリッジや格納庫に居るよりもカガリと共に行動する事が多かった。

 その事に疑問は持たなかったが、もしかしたら警戒をしていたのかもしれない。

 オーブの姫であるカガリの素性を、他の者達にばれないように。

「けどさぁ」

「なら、少佐は知ってます?が軍に入隊する前の話し」

「い、いやぁ……」

「内部でも、の入隊前の事は誰も知らないんです。オーブ出身である事も知りませんでした」

 マリューが知っているのは、入隊後の話しだ。

 初めて会った時からしか、の事は知らない。

 入隊後から出会うまでの間は、人の噂を耳にしたぐらいだ。

 誰も知らない、の入隊前の事。

「あれは」

 話しをしていた3人が、前を歩くヴァインの声に驚いて足を止めた。

 もう少しで衝突するところだったが、それだけは免れた。

 ヴァインが肩越しに振り返る。

「少し、此処でお待ち下さい」

 そう言い残すと、返事も聞かずに進んで行く。

 その背中を見て、さらにその奥に視線を向ける。

 3人が、思わず息を飲み込んだ。

 通路を靴底のゴムが擦れる。

 だが、そこに音はない。

 此方に向かって歩いて来る集団。

 黒のコートに身を包んだ青年達。

 そのコートは、ヴァインが着ているものと同じだった。

 そして青年達の前に歩く1人の人間。

 白のコートが揺れ、長い黒髪が靡く。

 細長いダークレッドのピアスが髪の隙間から見え、歩くと同時に揺れた。

 腕に付いているエンブレムは、黒のコートを着る者達にも付いている。

 地球軍やザフト、オーブのものでもない。

 初めて見るエンブレムは何を意味するのか。

 歩いていたヴァインが足を止め、それとほぼ同時に集団も足を止めた。

「お帰りなさいませ、姫様」

 左胸に手を当て、深々と頭を下げるヴァイン。

 彼は確かに先頭を歩く者の名をこう呼んだ。

「…………?」

 鋭いスカーレットアイズが3人を捕らえ、目を細める。

 3人は硬直し、唾を飲み込んだ。

「ウズミ様は?」

「奥におられます」

「ヴァインは何を?」

「あの方々をお送りせよ、と」

 ヴァインと話していても、視線は相変わらずマリュー達に向けられていた。

「誰か、ヴァインと交代して」

 言うと、一番後ろに居たナチュラルの青年が動いた。

「それとヴァイン。今の私にその名で呼ぶな」

「失礼致しました、様」

 また頭を下げ、謝罪する。

 は再び歩き出し、奥にいるウズミの元へ向う。

 その時は既に、視線をマリュー達から奥の通路へと向けられていた。

 3人の横を通り過ぎるまで、3メートル。

 通路に、音はない。

 3人の横を通り過ぎるまで、2メートル。

 心臓の音が、早まったような気がした。

 3人の横を通り過ぎるまで、1メートル。

 身体が、全く動かない。

 3人の横を通り過ぎるまで―――。

 時間にして、僅か数十秒。

 身体に力が入らず崩れ落ちたのは、達が完全に通り過ぎてから暫くの事だった。

 誰も、声に出せなかった。

 ようやく搾り出した声は、フラガのもの。

「……なん……つぅ、威圧感………出してんだ……………」

 何度も見て来た筈だった。

 の殺気、威圧感、全てを見て来た筈だった。

 それが、今日になってやっと分かったような気がする。

 誰も、の正体を知らない。

 誰も、本物のを知らない。

 何も、知らない。

 誰も、知らない。

 知られていない、

「大丈夫ですか?」

 青年が、3人に声をかけた。

 手を差し出す事はしない。

 唯、見ているだけだ。

「貴方達………一体、何者……なの?」

 力のないマリューの問いに、青年は答えず背を向けて歩き出した。

 だが、マリュー達には答えを聞かされたような気がした。

 背を向ける瞬間、青年は薄く不敵な笑みを浮かべた。

 それはまるで、知る必要はない、そう言われているようで。

 それ以上、3人は何も言う事は出来なかった。

 身体を起こし、再び歩き出す。

 その足に、力は籠もっていなかった。