マリュー達が通されたのは、モルゲンレーテ内にある会議室だった。

 ウズミと対面するように座り、真っ直ぐ互いを見合う。

「ご承知の通り、我がオーブは中立だ」

「はい」

 話し合いが始まった頃、アークエンジェルに1人の女性がやって来ていた。

「公式には、貴艦は我が軍に追われ、領海から離脱したということになっておる」

 初めて入る戦艦に、彼女は怯む様子もなくズカズカと入って行く。

「はい」

 広い戦艦内に、彼女がやって来た理由は1つ。

「助けて下さったのはまさか、お嬢様が乗っていたから、ではないですよね?」

 オーブの姫、カガリ・ユラ・アスハを迎えに行く為だ。

 言われた部屋のドアを開けると、そこには見覚えのある少女が。

「やぁ……マーナ」

 カガリは照れくさそうに声をかける。

 マーナと呼ばれた女性は涙目になりながら近付き、持っていた鞄を落す。

 カガリは思わずその鞄を見た。

「姫様!良くぞご無事で!!」

 カガリを抱き締めるマーナ。

 怒られると思っていたのだが、マーナは怒るどころか抱き締めている。

 カガリはそっと目を瞑った。

「国の命運と、甘ったれた馬鹿娘1人の命、秤にかけるとお思いか?」

「失礼、致しました」

「そうであったならいっそ、分かりやすくて良いがな」

 苦笑するウズミに、3人は表情を固くする。

 オーブの獅子とまで言われた人物を相手に、彼らは内心焦りと不安を抱いている。

「ヘリオポリスの件、巻き込まれ、志願兵となったと言うこの国の子供達。聞き及ぶ、戦場でのXナンバーの活躍。人命のみ救い、あの船とMSはこのまま沈めてしまった方が良いのではないかと、大分迷った。今でもこれで良かったのか、分からん」

 その言葉に、ナタルは不愉快な気持ちになった。

 むしろ、相手に敵意を向けている。

「申し訳ありません。ヘリオポリスや子供達の事。私などが申し上げる言葉ではありませんが、一個人としては、本当に申し訳なく思っております」

 頭を下げるマリューに、ナタルは横目で見ていた。

 確かに、オーブが所有するヘリオポリスを守りきれなかった事は地球軍に非がある。

 だが、だからと言って沈めてしまった方が良かったと、言われる筋合いはない。

「よい。あれは、此方でも非のある事。国の内部の問題でもあるのでな。我らが中立を保つのは、ナチュラル、コーディネイター、どちらも敵としたくないからだ。が、力なくばその意志を押し通す事も出来ず。だからと言って力を持てば、それもまた狙われる。軍人である君らには、要らぬ話ではあろうがな」

「ウズミ様のお言葉も分かります。ですが、我々は」

 死んだハルバードンの言葉を思い出し、思わず手を握り締める。

 上の人間は、死者の数を数字でしか知らない。

 戦場がどのようになっているのか、確かめようとさえしない。

 ザフトに攻撃をされ、死んでいった多くの仲間。

「守りたいモノがあるから銃を取る」

 ウズミの声とは違う、男の声が耳に入った。

 声のする方に視線を向けると、1人の青年がドアを開けて入って来ている。

「相手がザフトだから、コーディネイターだから引き金を引く。憎むべき相手だから、自分とは違う種族だから、迷わず殺す。だから貴方達は考えたのですか?コーディネイターを滅ぼす事が、世界の平和だと」

「ヴァイン君」

「遅くなりました、ウズミ様。此方の準備は既に整っております。後は、ウズミ様とあのお方のご意志のままに」

「すまぬな」

 ヴァインは小さく頷き、マリュー達3人に視線を向ける。

 そして言葉を続けた。

「貴方方地球軍はザフトの、コーディネイター達の何をご存知か。コーディネイター達の大半が何故プラントに居るのか。何故まだ子供が戦場に出て戦っているのか。貴方方は、これら全ての理由をご存知なのですか?」

「貴方は?」

「申し遅れました。私は2世代目コーディネイター、ヴァイン・クロフォードと申します。以後、お見知りおきを。マリュー・ラミアス殿、ムウ・ラ・フラガ殿、ナタル・バジルール殿」

 右手を心臓部分にあて、一礼をするヴァイン。

 礼儀正しい青年ではあるが、先程の問いかけには棘がある。

「この戦争。唯の殺し合いであると、何時になったらお気付きになられるのか………虚しいものです」

「そう言う君は、ナチュラルの何が分かる?何故戦う道を選んだのか、君は知っているような言い方だが?」

「知っているからこそ、貴方方に訊ねたのです。そしてこの問いに、貴方方は答えなければなりません。貴方方は、コーディネイターであるキラ・ヤマトという少年に、同胞を撃たせているのですから」

「撃たせているだと!?」

「バジルール中尉!」

 思わず立ち上がるナタルに制止の声を上げる。

 押し止まるナタルだが、目だけは敵意を向けていた。

「間違いであるとは思いませんが?彼はコーディネイターで、貴方方はナチュラル。敵対しているのですよ、この2つの種族は。そして貴方方は、敵対している相手を仲間に迎え入れ、戦わせている。違いますか?」

「確かに、その事に関しては否定しません。ですが、私達はコーディネイターを滅ぼそうとは思ってもいません」

「貴方がそう思っているだけで、軍のトップは違います。『血のバレンタイン』の惨劇は、トップの許可で核が撃たれた。あれは、人を確実に殺せる兵器。地球に住む事が出来ない、コーディネイターの住んでいる世界に撃った。滅ぼす事が出来る兵器ではありませんか?」

「それはっ」

「ヴァイン君、もう良い。少し、落ち着きたまえ」

 ウズミの制止の言葉が割り込んだ。

 言い返そうとしたマリューが押し止まり、ヴァインがそっと息をつく。

「私は常に冷静でいます、ウズミ様。唯私は、身勝手な事ばかりを言う人間を許しておく訳には参りません。コーディネイターであろうと、ナチュラルであろうと。我々人は、戦わなくて良かった筈の存在なのですから」

 戦わなくて良かった筈の存在。

 その言葉を受け、マリューがハッとなる。

 誰かに、戦わなくて良かったと、言われたのが初めてだからだ。

 当たり前のように戦っている今、そのような言葉を聞くとは思ってもいなかった。

「確かに彼の言っている事は正しいと思うが………ともあれ、此方も貴艦を沈めなかった最大の訳を、お話ししなければならん。ストライクのこれまでの戦闘データと、パイロットであるコーディネイター、キラ・ヤマトの、モルゲンレーテへの技術協力を我が国は希望している。叶えば、此方もかなりの便宜を貴艦へ計らわれる事となろう」

 3人が、目を見開いた。

「ウズミ様、それは!?」

 それは、オーブがMSを持つと言う事。

 それは、オーブが戦争出来るだけの力を手に入れると言う事。

 それは、地球軍の力を分け与えると言う事。

 それは、彼に………負担をかけると言う事。

「そしてもう1つ。貴艦に乗艦している最高責任者、の下船を求める」

「大佐をっ!?ウズミ様、それは一体」

「何も人質を取る、とは言ってはおらぬ。唯、貴艦がオノゴロを出るその時まで此方に返して頂きたいだけの事」

「返すって」

 人としてではなく、物として見られているようで引っかかる。

 それが分かったのか、ウズミがさらに言葉を続けた。

「彼女は一応、我が国の住人でな。今必要なのだ、彼女自身が」

「失礼ですが、大佐の下船は我々では決めかねません。大佐は最高責任者であり、我々の上官に当たります」

「では、降りる意志があるのであれば………貴方方は構いませんね?」

 ウズミの代わりにヴァインが口を開いた。

 ナタルはキッとヴァインを睨む。

 フラガがナタルを横目で見て、代わりにヴァインに問う。

「何故大佐がオーブに必要なんです?住人かもしれませんが、政府とは関わりなんてないでしょう」

「それは、直接ご本人にお聞き下さい。貴方方は、もっと世界を知らねばなりません。人も、世界も、戦争も、国も」

 ヴァインは目を伏せ、黙っていたウズミが腰を上げた。

 それが意味するのは、話し合いの終了である。

 そして話し合いが終わったその頃、アークエンジェルではもう聞きなれた声が響いていた。

「自分で歩ける!」

「駄目で御座います!」

 通路に響く2人の声。

 下船する事も出来ず、暇を持て余すかのように艦内をうろついていたクルー達は、聞えて来た声に足を止める。

 フレイと一緒に通路を歩いていたキラも、声を聞いて足を止めた。

 エメラルドグリーンのドレスを着た、カガリの登場である。

 誰もが口を開けるのは無理もない。

 あのお転婆で、落ち込む事を知らないレジスタンスの子供が、実はオーブの獅子であるウズミの娘だったとは、誰も予想する事など出来なかった。

 マーナに導かれるよう歩く姿は、砂漠で見た時同様に板についている。

 俯いて歩くカガリは、キラに気づいて顔を背けた。

 恥ずかしいとか、そういう感情はない。

 そのまま歩けば通り過ぎる筈だったのに、いきなりマーナが足を止めたので思わずぶつかりそうになった。

 非難の声を上げようとしたが、マーナの先を見て思わず息を飲む。

 反対方向から来る、黒いコートを着た集団。

「お帰りなさいませ、カガリ姫」

 先頭を切って歩いて来た青年が足を止め、一礼をした。

 それに習い、後ろに付いていた他の者達も一礼をする。

「アラムっ」

 カガリが、青年の名前を呼んだ。

(アラムって……確か宇宙でに新しい任務を伝えていた……)

 過去の記憶を引っ張り出し、先頭の青年を見る。

 確かにあの時見た、地球軍のアラム・カーロスだ。

「ようやくご無事なお姿を見て、我々も安堵致しました。キサカ一佐からの報告によると、砂漠の虎相手に戦っていたと」

「あっ、いや……それは………」

「私は再三再四、危険な場所には行かぬようお願い申し上げた筈。姫の身にもしもの事がありましても、我々にはどうしようも御座いません」

「いや、だから……その、アラム達にはほんと………申し訳ないと……」

「思っているなら、初めからするなっ!」

 ビクッと、カガリの肩が飛び上がった。

 周りにいたクルー達も、いきなり大声で怒鳴られたので驚く。

「言った筈だぞ。俺は前みたいにずっと一緒に居る事も、守ってやる事も出来ないって。それなのに勝手に飛び出して、挙句の果てに砂漠だと?死ぬつもりだったのか、お前は!!」

 急な言葉遣いの変わりように、周りは焦るばかり。

 アラムと共に来た者達は止めようともせず、唯呆れて一部始終見ていた。

 マーナも、アラムを止めようとしない。

「何で、俺に何も言わず出て行った」

「何でって……言ったらお前、来るだろ」

「当たり前だ!」

「それじゃ駄目なんだよ!私は、自分の目で見て、聞いて、知らなきゃ駄目なんだ!!」

 数字でしか、知らない真実。

 映像でしか、見た事のない光景。

「知りたかったんだ………アラム達が、何を必死に守ろうとしているのかも………が、何を思って戦争を見ているのかも」

 置いてけぼりみたいで、嫌だった。

 走り出す人々を、見送るだけは嫌だった。

 守られた鳥篭から、出てみたかった。

 知らない世界を、見てみたかった。

「戦ったんだな」

 アラムの問いに、カガリは小さく頷く。

「人を、殺したんだな」

 その言葉に、カガリではなく周りの人が驚いた。

 そう、今更だ。

 カガリはレジスタンスに居て、ザフトと戦っていた。

 戦場で、何度も戦っていた。

 戦っている以上、誰かの命を奪っている筈。

 獅子の娘が、誰かの命を奪った。

「力は、唯力でしかない。力を手に入れたその日から、自分が誰かを泣かせる者と変わる。お前は、その誰かを泣かせたかもしれない」

「あっ」

「だから嫌だったんだ、俺は。訓練を受ける事も、戦場に行く事も。自覚も覚悟もない奴が戦場で人を殺せば、それは唯の人殺しと同じだ」

 傍に居たキラが、アラムの言葉を聞いて目を見開いた。

 力を手に入れたあの日、一体どれだけの人を殺しただろう。

 どれだけの人を、泣かせてしまったのだろう。

 自覚も、覚悟もない。

 唯の、人殺し。

「中立の立場であるオーブの子が、ザフトと戦ってどうする。そもそも、何でナチュラル側に付いたんだ。自分がナチュラルだからか?」

 何故、と聞かれるとは思わなかった。

 何の迷いもなく、ナチュラルのレジスタンスに入ったカガリ。

 理由なんて、ない筈だった。

 あるとすれば、自分はナチュラルで、相手はコーディネイター。

 仲間として迎え入れるとは、思わない。

「忘れるなよ、カガリ。見て来たのはナチュラルの世界であって、コーディネイターの世界でも、全世界でもない。1部を見ただけだ。これで戦争を知ったと思いあがるなよ」

 冷たく言われている訳ではない。

 だが、今のカガリにとっては棘のある言葉。

 いや、カガリだけではない。

 キラにとっても、棘のある言葉だった。

「アラム、その辺にしておけ。姫様のご登場だ」

 斜め後ろに立っていた青年が、アラムの肩に手を置いて言った。

 視線をカガリから外し、通路の奥を見る。

 水色のドレスに、赤色のバラのピアスとネックレス。

 細いリング状の腕輪に、胸元には赤色のバラのブローチ。

 周りが、息を飲んだ。

「お帰りなさいませ、姫様」

 アラム達が深々と頭を下げた。