行政府で、ヴァインの代わりに戦闘状態を見ていたアラムは、人知れず安堵の表情を浮かべた。

「さて、とんだ茶番だが致し方ありますまい。公式発表の文章は?」

 ウズミが立ち上がり、政府関係者を見渡す。

「既に相当の第2案が」

 女性が1枚の紙をウズミに渡し、文章を目で追う。

「良いでしょう。そちらはお任せする。あの船とモルゲンレーテには私が」

 紙をホムラに渡し、ドアの方に足を向ける。

 政府関係者達が立ち上がり、それぞれの言葉を漏らした。

「どうにも厄介なものだ、あの船は」

 誰かが漏らした言葉に、歩く足を止めて肩越しに振り返る。

「今更言っても、仕方ありますまい」

 船を造ったのは、彼らであるのだから。

 アラムはそっと溜息を付き、ドアを開けた。

 ウズミは開いたドアから部屋を出て、外に向う。

 アラムもウズミの後を追った。






 戦闘を終え、機体を格納庫に収めるとパイロット達は疲労の表情を浮かべた。

 フラガは格納庫で。

 キラは外で海を見詰める。

 は軍服に着替え直し、ブリッジに向っていた。

『指示に従い、船をドックに入れろ』

 オーブ軍からの通信に、ノイマンが舵を取る。

「オノゴロは、軍とモルゲンレーテの島だ。衛星からでも、此処を伺う事は出来ない」

 動きを見ていたキサカが、彼らを安心させる為に言った。

「そろそろ貴方も、正体を明かして頂けるのかしら?」

 探るような目で、隣に立つキサカを見る。

 キサカは背筋を伸ばし、敬礼をした。

「オーブ陸軍第21特殊空挺部隊、レドニル・キサカ一佐だ。これでも護衛でね」

 カガリを見ると、気まずそうにそっぽ向く。

 その時、ブリッジのドアが開いた。

「ご苦労様」

 足音を立て、ブリッジに入って来る

 カガリは思わず硬直する。

「艦は?」

「修理が必要です。これまでの戦闘で、大分やられていたから……」

「そうでしょうね。それで?我々はこの処置、どう受け取ったら良いのかしら?」

 キサカを見て訊ねると、キサカはを真っ直ぐ見て答えた。

「それは、これから会う人物に直接訊ねるとよろしかろう。オーブの獅子、ウズミ・ナラ・アスハ様にな」

 オーブの獅子、ウズミ・ナラ・アスハ。

「そうさせて頂くわ。全クルーに通達。次の指示があるまで待機。ウズミ様には、ラミアス少佐、フラガ少佐、バジルール中尉が会って」

「大佐は?」

「全員が行く訳にもいくまい。それに、私は此処の所属ではないのでね」

『固定アーム、接続。機関停止』

「接続確認。機関停止する」

『ようこそ、オーブへ』

 嬉しくもない、歓迎の言葉だった。






 マリュー、ナタル、フラガの3人がウズミの元に向った。

 他の者は待機命令が下され、思い思いに身体を休めている。

「こんな風にオーブに来るなんてなぁ」

 食堂で、トールが言った。

「ねぇ、サイ。こう言う場合、どうなんの?やっぱり降りたりって事は……出来ないの?」

 カズイの発言に、サイが疑いの目を向ける。

「降りるって」

「いや、作戦行動中は除隊出来ないって知ってるよ。けどさぁ、休暇とか」

 元々オーブの子供で、正規軍ではない彼らにとって、オーブと言う国が軍にとってどんな存在なのか、知っている訳がない。

 は溜息をついた。

「可能性ゼロとは言わないがね。どのみち、船を修理する時間も必要だし」

 同じ空間に居合わせていたノイマンが、カズイの言葉を受けて答える。

 それを聞いて、カズイが嬉しそうに振り向いた。

「ですねよ!」

 彼の中にあるのは、もしかしたら親に会えるかもしれない、と言う小さな思い。

 は珈琲カップを持つと、出入り口で立っているキラに気付いた。

「どうかした?」

「えっ?あ、うん……ちょっと、飲み物を……」

「そう」

 気まずそうに、キラは中に入る。

 そんな中でも話は続いていた。

「でもまぁ、此処は難しい国でね。こうして入国させてくれただけでも、結構驚きものだからなぁ。オーブ側次第ってところさ。それは、艦長達が戻らんと分からんよ」

 仮にも一国家。

 中立を貫く、数少ない国だ。

 その為、ナチュラルとコーディネイターが戦うのを良く思っていない。

「父さんや母さん、居るんだもんね」

 懐かしむように、ミリアリアが言った。

 ヘリオポリスが破壊され、両親の安否が分からなかった彼らに、生存情報を与えたのはハルバードン提督。

 オーブに居ると知っているだけに、会いたいと言う気持ちはある。

「会いたいか?」

 ノイマンの問いに、子供達の動きが止まった。

 トレーにボトルを乗せ、食堂を出ようとしたキラも。

「会えると良いな」

 小さな、彼らの願い。

 会いたいと思う気持ち。

 会って良いのか、分からないという気持ち。

「あまり、彼らに希望を持たせない方が良いわよ、ノイマン少尉」

 一口珈琲を飲み、カップを置く。

 全員の視線がに向いた。

「今更会って、どうするのよ」

「どうって」

「後悔、するわよ」

 ジッとサイ達を見る。

 だが彼らも、何でそんな事を言うんだ、と言う目で見ていた。

 キラも、肩越しに振り返ってを見ている。

「これはザフトにも言える事だけど、正規軍の大半は親兄弟を失った1人身なの。だから、死を覚悟して戦場にいる。でも、貴方達は違うでしょう?今は軍人で、ご両親だって軍に志願した事はまだ知らされていない。それでも会いたい?軍人なのに」

 軍人。

 民間人だった子供が、1つの出来事で軍に入隊した。

 自分の子供が、軍に志願して戦場に居る。

「ご両親にとって、貴方達が軍に志願した事は信じがたい事なの。それでも、会いたい?会ってしまえば、別れは辛いわよ」

 無事の姿を見ても、すぐに別れなければならない。

 作戦行動中。

 アラスカまで、彼らは軍人。

「それでも会いたいと言うのであれば、私が政府に掛け合うわ」

「ほんと!?」

「ただし」

 少し強めて、喜ぶ彼らの動きを止める。

「時間制限はある。そして、絶対に軍の機密は話さない。必ず別れて乗艦する。守れる?」

 サイ達は互いに顔を見合い、少し考えてから頷いた。

 はそっと息を吐き、席を立つ。

「ノイマン少尉、後を任せる」

「今から掛け合うんですか?」

「いや。本来の仕事に戻るだけだ」

 ポケットから地球軍のIDカードと鍵を取り出し、ノイマンに渡す。

 それを受け取ったノイマンは首を傾げ、疑問の表情でを見た。

「艦長が戻るまでの間、艦の事は任せた」

 そう告げると、食堂を出て行こうとする。

はさ!」

 壁に凭れていたトールが声を上げた。

 キラの横で足を止める。

は……さぁ、そう言う経験、あんの?」

 親兄弟に会って、後悔をした事。

「………知らないもの……両親なんて、記憶にないから………」

「記憶に……ないって……」

「そのままの通りよ。写真もないから、親がいるっていう感覚全くないの。行方不明なのか、死んだのか。いや………死んだと聞かされたけど、行方不明になってるだけ、とも聞かされたっけ。まぁ、結局はどっちだか知らないのよ。唯一の兄妹も、顔さえ覚えてない。声も、仕草も、覚えているものは少ない。微かな記憶と、言葉だけ。それだけしか、覚えてない」

 思い出そうとする度、頭が痛くなる。

 思い出すな、思い出してはいけないと、誰かが囁く。

 記憶にない両親。

 忘れてしまった兄。

「でも……育て親には会った。もう………いないけど」

 隣にいるキラが、息を飲んだ。

 は目を伏せ、最後に見たバルドフェルドとアイシャを思い出す。

「……後悔なんて………何時でもしてるわ……」

 止めていた足を動かし、角を曲がる。

 時間が、そこだけ止まったような気がした。