夜明けと共にアークエンジェルが動き出した。

 フラガとキラの捜索したエリアを省き、まだ捜索していない孤島に向う。

「厄介な事になっちゃって、ほんとごめん」

 ブリッジ要員達に言うと、全員が首を振った。

 厄介ではあるが、戦力にはなった。

「でも、本当に発進して良かったの?」

「あのまま居てもねぇ。襲撃が来て貰っても困るし、捜索していないエリアに行った方がMSもすぐ帰還出来るでしょ」

「キラ君達はまだ?」

「待機室で眠ってるよ。2時間前に叩き起こしておいて、本人達すぐ寝ちゃったんだから」

 頬を膨らませて言うと、マリューは小さく笑った。

 それにつられて他の者も笑う。

「あぁ、ミリィ達が居ない間に言っておくけど。彼らはアラスカに到着後除隊させる。分かってるわね?」

 の言葉に、マリューが頷いた。

「除隊書はアラスカ基地で貰うわ。私の名義で除隊を許可するから」

「分かったわ」

 本人達もアラスカまでなら、と言う条件で入隊している。

 障害もなく降下出来ていれば今頃除隊していただろう。

「艦長、待機室から通信です」

「お目覚めかしら?回して頂戴」

 映像通信らしく、サブモニターにフラガとキラが映った。

『動いてるようだが、今どの辺だ?』

「少佐達が調べたエリア外に進行中です。先程の地点より、そう離れていません。現在、確認出来た孤島に向っています」

『俺達はどうする』

「両名共出撃。孤島を中心に捜索をして」

『シグナルは?』

「未だ掴めません」

『分かった。取り敢えず出撃するぞ』

「お願いね」

 スカイグラスパーにも数日間生き残れるだけの物資は積んである。

 孤島に不時着出来ているのなら、1晩ぐらいは何とかなっただろう。

「見付かると良いんだけど」

「見付かってくれないと、私が困るんだけどね」

 責任者としてではなく、家の娘として。

 カガリの、友人として。

「モニターに、映像出して貰える?」

 今向かっている孤島は、いくつもの無人島が点々としている。

 何処の領地、というものはなく、名前すらない島。

 人は住んでいなくとも、動植物が生息している楽園だ。

「……あれは……」

 隣で、同じようにモニターを見ていたナタルが口を開いた。

 が首を傾げると、ナタルがモニターに指をさす。

「機体……ではありませんか?」

 さした部分を見ると、遠く離れているので映像が荒いが、何となく機体っぽく見える。

「拡大は?」

「この距離からではちょっと」

「少佐達に言って」

 出撃している2人に確認を取って貰わなければ分からない。

 もしスカイグラスパーなら、カガリはあの孤島にいる。

 違ったら別を探すまでだ。

『おい!嬢ちゃんの乗ったスカイグラスパーがあるぞ!!』

「救難信号は?」

「待って下さい、まだ…………あっ!入りました!スカイグラスパーです!!」

「決定ね。微速前進、前方孤島。スカイグラスパーと搭乗者を救助する」

 ようやく、暴れ馬のカガリを発見出来た。

 スカイグラスパーの回収はストライクに任せるとして、本人はフラガに連れてきて貰おう。

「目が良いんですね、バジルール中尉」

「何となく、そう思っただけですので」

「でも、言ってくれて良かった。有難う」

 眼中になかった場所を見ていたので、ナタルが共に見ていてくれて本当に良かった。

 は大きく背伸びをして、深く息を吐く。

「さて、私は寝ますか」

「良いの?」

「だって、眠いもん。睡眠妨害だよ?睡眠妨害。そろそろ寝かせてよぉ」

 語尾だけ欠伸をしながら言ったので、はっきりと言えていなかった。

 マリューは苦笑すると、お休みなさい、と言って手を振る。

 これでようやく、アークエンジェルは目的地アラスカへ向かえる。

 アラスカまでの距離はそう遠くない。

 襲撃も、数える程しかないだろう。

「後少しかぁ」

 もう1度大きな欠伸を漏らしながら呟く。

 もう少しだけ頑張れば、キラ達を除隊させられる。

 もう少しだけ頑張れば、クルーも増える。

 もう少しだけ、もう少しだけ。

 そう、もう少しだけ、と繰り返しながら。

 世界が、運命と言う歯車を狂わせる。







 オーブ本土より少し離れた深い森の奥。

 小動物達の鳴き声が響く中に、1件の広い屋敷がひっそりと建っていた。

 広い敷地には見事なまでの庭園。

 それに相応しい、大きくて立派な建物。

 オーブを裏で支える財閥、家の屋敷である。

「クロフォード様、オーブ政府より書類が届きました」

 若い女性が封筒を片手に部屋を覗く。

 屋敷内にある部屋にしては広くもないが、一般庶民から見れば十分過ぎる程広い部屋に、1人の男がパソコンに向っていた。

 ヴァイン・クロフォード、23歳。

 家に仕える使用人の1人で、使用人達の中心人物である。

「何か変わった事でも?」

 視線をモニターに向けたまま訊ねると、女性は閉じていた封筒を開けた。

「特に変わった事はありませんでしたが、カガリ様のいらっしゃった場所が分かりました。ザフトの勢力圏内である砂漠で、明けの砂漠と呼ばれるレジスタンスの元に身を寄せていたそうです」

「アンドリュー・バルドフェルドが居る、砂漠の虎か」

「つい先日、地球軍とレジスタンスが手を取り合い、戦闘になったようですが………ザフトは撤退したと」

「ザフトが?」

 モニターから視線を外し、女性に向ける。

「地球軍、アークエンジェル級1番艦・アークエンジェルがその場にいたそうです」

 アークエンジェル、と言う言葉を聞いて、ヴァインはついっと眉を上げる。

 それと同時に、ヴァインのパソコンに1通の通信が入った。

 緑のランプが点滅する。

 それが意味するのは、外にいる仲間の通信。

 通信ボタンを押すと、モニターに見覚えのある青年の姿が。

「アラムか」

 地球軍特殊部隊所属、アラム・カーロス。

 だが彼は、財閥に仕える使用人の1人。

 現在、財閥の当主であり、ザフト、地球軍に所属しているの護衛兼バックアップをする為、地球軍に志願した青年である。

『ヴァイン、まずい事になった』

 切羽詰っている様子はないが、表情が何時も以上に険しい。

『オーブの海域付近で、ザフトと地球軍が戦闘を繰り広げてる』

 両軍の戦闘は珍しいものではない。

 むしろ、戦争をしているのがその両軍である事は、誰もが承知済みだ。

 だが、彼らにとって問題はそこではない。

「オーブの海域付近で?」

 1番大きな問題はそこにある。

 もし海域に入れば、オーブとて黙ってはいない。

『しかも、ザフト軍はクルーゼ隊の紅。地球軍はアークエンジェルだ』

「アークエンジェルだと!?」

 先程聞いたばかりの名に、ヴァインは目を見開く。

 無理もない。

 アークエンジェルと言えば、ヴァイン達の主であるが乗っている戦艦。

 頭の中で状況を整理している暇もなく、次は赤いランプが点滅する。

 オーブ政府からの、チャンネルワン。

 ヴァインはすぐに通信を開いた。

『ヴァイン君』

「ウズミ様」

 此処、家に通信が出来る者は限られている。

 そして、大抵通信をして来るのはカガリの父、ウズミ・ナラ・アスハ。

「ザフトと地球軍が海域付近で戦闘をしているそうですね」

『もう知っておったか』

「既に確認済みです。軍を動かしたようですね」

 片手で操作しながら、モニター上に戦闘状態を見る。

「クロフォード様、これを」

 女性が1枚の紙をヴァインの前に出す。

 それを受け取ると、ピクッと目が動いた。

「これは本当ですか、ウズミ様」

 紙から視線を外し、通信モニターを見る。

『嘘はない。アークエンジェルに、馬鹿娘も乗っておる』

「しかし、カガリ様が乗っていらっしゃると言うのでしたら」

 アークエンジェルをオーブに迎え入れなければならない。

 彼らは軍人。

 国家の姫が、地球軍と共に行動をしているとばれればどうなるか。

『分かっておる。その為に、君達の力を借りたい』

「分かりました。すぐに向います。此方も、姫を向いに行きます」

殿がアークエンジェルに?』

「既にそれも確認済みです。では、詳しい事はそちらに居る者達と」

『分かった。すまぬな』

「そう言う事だ、アラム。お前達に暫く任せる」

『了解』

 モニターから視線を外し、目の前に立っている女性に向ける。

 ヴァインは静かに口を開いた。

「全員に通達。姫様をお迎えに上がる」

「分かりました」

 一礼をして退室する。

 ヴァインは軍の監視カメラを通じて、戦闘とオーブの動きを見ている。

 明らかに地球軍の不利。

 スカイグラスパーとストライク、セレスの3機で何とかしてはいるものの、そう長時間での戦闘は不可能。

 それはザフトとて同じだが、彼らは空を飛んでいる。

「ほんとっ、クルーゼ隊ってムカつくっ!!」

 煩いアラートに苛立ちながら、好きなだけ撃って来るアスラン達に文句の言葉を言う。

 当然通信も開いていない状態なので、声はコックピット内で消えるだけ。

「艦長!オーブに近付きすぎだ!!」

 目では判断出来ないものの、地図上ではもう直ぐオーブの海域に入る。

 もし此処でオーブ軍にまで撃たれれば、いくら何でも持ち堪えられない。

 ブリッジで、マリューの指示が飛び交う。

 それと同時に、クルー以外の声が割り込んで来た。

『そのまま突っ込め!オーブには私が話す!!』

『カガリさんっ!?』

「あの馬鹿っ!!」

 カガリが何をしようとしているのか、一瞬で理解出来た。

 だが、それを止めている暇もない。

 むしろ、このままカガリに任せる気でいた。

 ザフトから逃れる為には、オーブに入港しなければならない。

 そしてカガリとキサカを降ろすのも、此処オーブでしか降ろせない。

 オーブ軍から、1本の通信が届く。

 その言葉を聞きながら、ブリッツの攻撃を交わした。

『この状況を見てよくそんな事が言えるな!いいか、アークエンジェルはこのままオーブに突っ込む!だが、攻撃はするな!!』

 無茶苦茶だ。

 攻撃をしなければ、自国は守れないと言うのに。

『な、何だお前は!!』

『お前こそ何だ!お前では分からんと言うのであれば行政府へ繋げ!父を……ウズミ・ナラ・アスハを呼べ!!私は、カガリ・ユラ・アスハだ!!』

 ブリッジ要員達が息を飲んだ。

 そしてキラとフラガも、同じように息を飲む。

 アスハ。

 オーブ国家の、代表の名前である事は彼らも知っている。

 だが、カガリの言葉を聞き入れるほど軍人は甘くない。

 ザフトからの攻撃は続き、バスターがアークエンジェルに向かって撃つ。

 艦は大きく揺れ、舵が取れない。

 アークエンジェルはそのままオーブの海域に侵入し、当然のように攻撃を食らった。

 艦の近くを狙った、威嚇射撃だけであったが。

 は遠ざかるアスラン達を見て、思わず息を吐く。

 そして胸元にある物を握り締めた。

 降下する前アラムから預かった、1つの鍵。

「……ただいま……」

 呟かれた言葉は、宙に飲み込まれて消える。

 そっと、静かに目を瞑った。