宇宙空間での戦闘と、地球上での戦闘の違いを1つ上げるとするならば、重力の違いが上がるだろう。
無重力空間での戦闘は、艦内でも重力の設定をしない限りどんな重い物でも宙に浮く。
取り敢えず浮く。
プラントやヘリオポリスが浮いていたように、取り敢えず何でも浮く。
その為、艦がどの様に180度回転しようがあまり関係はない。
それは宇宙空間での話し。
では、それがもし地球上での話しならば。
「………マリューって……思いがけない事してくれるよね………」
無論、無重力でない地球上で180度回転すれば、固定されていない物以外は引っ繰り返る。
バレルロールをしたアークエンジェルは、固定されていない物以外全部引っ繰り返った。
当然、急な判断だった為にシートに着けなかった者もいたらしい。
それを考えると、戦場に出ていて良かった、と思う自分がいる。
「片付けるの、結構大変そう」
戦闘を終え、バレルロールをした艦に戻ればこの有様。
元より部屋にはあまり物がなかった。
あるとすれば、書類やディスク、薬などの必要最低限な物ばかり。
とは言え、全部引っ繰り返ってしまったのだ。
散らばったのは言うまでもない。
「取り敢えず、ムウ達が捜索している内に片付けますか」
1つ溜息を漏らし、近くに落ちていたディスクを拾い上げる。
アークエンジェルがバレルロールをしている時、海中ではストライクとセレスがザフトと戦っていた。
空中ではスカイグラスパーに乗ったフラガと、何故か一緒に戦うと言い出したカガリが母艦を襲撃に向った。
カガリの正体を知らないフラガが、意気込みを買って搭乗を許したのだと、帰還後にマードックから聞いた。
腕は良いし、全く戦力にならない訳ではない。
だが、カガリはオーブの獅子であるウズミの子。
中立を貫いている国の娘が、地球軍に味方をするのは正直良くない。
非常にまずい。
とてもまずい。
兎に角まずい。
それを理解しているのか、していないのか。
カガリはスカイグラスパーに乗って、結局帰って来なかった。
シグナルロスト。
簡単に言えば、こう言う事だ。
MIA。
『殿』
「キサカ?良いよ、開いてる」
ドアがスライドして、キサカが顔を出した。
「ごめん、バレルロールで部屋が酷い事になっちゃって」
とても人を入れられる状態ではないのだが、キサカとゆっくり話せる場所は此処以外ない。
「カガリの事?」
浅く、キサカが頷いた。
は片付ける手を休めず、床に散らばる物を拾い上げては机に戻す。
「シグナルロストしたって事は、アークエンジェルがキャッチ出来る範囲にはいないって事だから、現在地から動く訳にもいかないのよね」
「それは承知している」
「パイロットを全員出す訳にもいかないし、闇での捜索は困難を強いられる。長時間の捜索も、パイロットには大きな負担だわ。辛いでしょうけど、我慢して」
キラとフラガが捜索をしている。
戦闘が終わってすぐの事だ。
体力的にも精神的にも、カガリの捜索は困難。
「全力は尽くすわ。それは約束する」
此処でカガリを失えば、ウズミとて黙ってはいない。
そしても、オーブを裏で支える財閥、家の娘として黙っておく訳にもいかない。
「それよりキサカ。貴方の考えを聞かせて頂戴。貴方達は、本当にアラスカまで来る気なの?」
最後のディスクを拾い上げ、真っ直ぐキサカの瞳を見る。
キサカはの視線を受け、首を振った。
「出来れば、何処か違う所で降りようと考えてはいる」
「マリューも、さすがにアラスカまでは連れて行こうと思ってないから。一番良いのは、オーブに立ち寄って降ろす事なんだけど………それはオーブの理念に反するからね」
オーブが持つ、基本的網領は3つ。
他国に侵入せず。
他国の侵入を許さず。
他国の争いに介入せず。
既にオーブはヘリオポリスでMSを造った為、その網領は破られた。
とは言え、カガリまでもが破って良いわけではない。
「考えるわ、こっちで。アラムとの約束もあるし」
檻にでもぶち込んで送ってくれ、とは言われたが、さすがに檻は砂漠になかった。
取り敢えず、カガリをオーブに返せば文句はない筈。
はチラリと時計に目をやり、そっと息を吐いた。
「無事でいてくれると良いんだけど」
カガリが行方不明になってから、もう4時間が経過していた。
緊急アラートが室内に響いた。
キサカが帰った後、少しだけ休もうとベッドに入った。
五月蝿いアラートに叩き起こされ、敵が攻めてきたのか、と思った矢先に待機室から音声通信が入る。
『!ちょっと来て坊主を止めろ!!』
坊主=キラ・ヤマト。
この公式が浮かぶまでに、約5秒がかかった。
戦闘ではないのだと理解したのは、そのすぐ後の事。
時刻は太陽が昇る2時間前。
思いの他長時間眠っていたようで、相当疲労が溜まっているようす。
フラガに言われるまま待機室に向うと、そこにはもう人の姿はなかった。
待機室を抜け、格納庫に姿を現すと男の声が2つ。
「休んだって、待機室で横になっただけだろうが!」
声のする方に視線を向けると、パイロットスーツを来たフラガとキラの姿があった。
どうやらキラは、再び捜索に向おうとしているようだ。
「僕は本当に大丈夫ですから!」
無理矢理にでも行こうとするキラと、それを必死に止めようとするフラガ。
この場合、どちらに手を貸すか。
兎に角、両方に言える事を先に言っておこうか。
は気配を消し、ゆっくり傍まで近付いた。
そして大きく息を吸い込み、
「五月蝿い!!!!」
と、怒鳴り声を上げた。
いきなりの声に驚いた2人は跳びはね、押し黙る。
「ヤマト少尉、フラガ少佐、時刻を見ろ。今何時だと思ってる」
早朝、3時過ぎだ。
通常なら、人々が眠っている時刻。
そして此処格納庫でも、多くの整備士達が眠っている。
「緊急アラートで叩き起こしておきながら、何だこれは。少尉、今から捜索して何の意味がある。闇雲に捜索しても、結局無駄な体力、エネルギーを使うだけで意味がない。分からないのか」
ギュッと、キラが手を握り締めた。
視線をキラからフラガに移し、更に言葉を続ける。
「この最だからはっきり言っておく。この艦には3人しかパイロットがいないんだ。我々は、1人も欠けてはならない。それと同じように、艦内にいるクルー達も欠けてはならない。大変なのが、パイロットだけだと思い込むなよ。我々パイロットが、命を預けている機体の整備をしている者達の睡眠を妨害してどうする。少しは考えろ」
当然、整備士達にも部屋は当てられている。
だが、すぐに動けるよう格納庫内で眠っている者も少なくはない。
特にマードックは、此処で睡眠を取っている。
「2時間もすれば夜が明ける。パイロットがしっかり睡眠を取っておかなくてどうする。戦闘になったら、どうなるか分からないぞ。あと2時間、辛抱して眠っておけ。捜索は、その後だ」
カガリを心配しているのはキラだけではない。
カガリの正体を知る者が最も心配しているだろう。
「少尉の気持ちは分かる。でも、焦りは禁物。カガリだって、無理に探して欲しいと思っている訳じゃないわ。あの子は強い子だもの。絶対、無事でいる」
運だけは、本当に良いから。
それに、あくまでシグナルロスト。
スカイグラスパーが爆発したとは考えにくい。
「2人共、夜が明けるまでゆっくり寝ないさ。上官命令よ」
「……はい……」
「分かってるさ」
大人しくなったキラと、少し疲れた表情のフラガを見て、は小さく頷いた。
フラガはキラの背中を押し、の横を通り過ぎる。
「ほんと」
小さく、が呟いた。
「誰も、助けられないな」
ストライクとセレスを見上げ、手を握り締める。
MSに乗って、どれだけの人を守っただろうか。
どれだけの人を、殺しただろうか。
多分、守った人はそんなに多くない。
「自由、正義、革命」
脳裏に浮かんだ設計図。
上は、もうそれを造り始めただろうか。
ザフトの、最後の要と言えるであろう機体。
「トリィ」
「えっ?」
翼を羽ばたかせる、機会独特の音が響いた。
視界に緑色のロボット鳥が入り、ゆっくり肩に止まる。
「何処から来たのよ」
「トリィ」
「相変わらず、何処にでも出て、何処にでも行くわね」
「トリィ」
「アハハハ、小さい頃に造ったにしては上出来ね。今で考えると、あれは喋りすぎだし」
「トリィ」
エメラルドグリーンの瞳を持つ元同僚、アスラン・ザラの顔を思い浮かべ、苦笑する。
トリィ、と鳴くからトリィで、ハロ、と言うからハロ。
名前のワンパターンと、取り敢えず大量生産する彼の考えが面白い。
もう少し違うのを造れば良いのに、と思うがあえて何も言わない。
「今頃、何処で何をしてるんだろうね」
イザークとディアッカは分かったが、宇宙に残ったアスランとニコルの事は分からないでいる。
恐らく地球に降りただろうが、再び剣を交えなければならないのだろう。
せめて、もう少しだけ襲撃して来ないで欲しいと、心の底から願う。