「短い間だったが、世話になった」

「こっちこそ、色々助かったぜ」

 厚い、男の手を取って握り締めた。

 太陽が上がった頃、レジスタンスとクルーは目を覚ました。

 アークエンジェルの出発準備が始まったのだった。

「何時またザフトが攻めて来るか分からない。無茶だけはするなよ」

「ふん。何度攻めて来ようと俺達は戦う。戦い方を、あんたに少しだけ教わったからな」

「教えた覚えはないけどな。これを渡しておく」

 封筒を渡すと、サイーブは中身を確認した。

 彼は驚きの表情で顔を上げる。

「礼だ。面倒な人間の世話もしてくれたしな」

「………やっぱ、ただのガキじゃなかったようだな………何者だ?」

「知ってるだろう?見方殺しのスカーレットムーンさ」

 不敵な笑みを浮かべ、はサイーブを見る。

 サイーブは無言で封筒をポケットに入れた。

大佐、発進準備が完了しました。乗艦を』

「時間だ。2度と会う事はないだろうが………生きろよ」

 短く敬礼をすると、背中を向けてアークエンジェルに乗り込んだ。

 サイーブに渡した封筒には1枚のカードを入れておいた。

 それは此処砂漠で使える現金カード。

 アークエンジェルが世話になったのと、カガリとキサカを迎え入れてくれた事の礼を兼ねて。

 が真っ直ぐブリッジに向うと、途中でカガリとキサカを見付けた。

 彼ら2人はアークエンジェルに乗り込み、共にアラスカへ向うと言い出したのだ。

「言っておくけど、此処は戦艦なの。勝手な事はしないでよ」

「分かってる!」

 何故共に行くと言い出したのかは分からないが、無理矢理にでもオーブに立ち寄る理由が出来た。

 カガリを乗せたままアラスカへは向えない。

 怒って去って行くカガリの後姿を見送り、はキサカに視線を向けて頷いた。

 キサカもそれに答え、カガリの後を追う。

「面倒な事にならなきゃいいけど」

 その言った数時間後、本当に面倒な事が起こったのであった。






 アークエンジェルが海に出てから1時間が経った頃、格納庫でザフトの物にアクセスしていたキラが後方デッキに姿を現した。

 砂漠とは違い、潮風が鼻をくすぐる。

 誰もいないデッキに座り込み、真っ青な海を見詰めた。

―――戦争には、スポーツの試合のように制限時間や得点はない。

 確かに、戦争は制限時間なんて存在しない。

―――何処で終わりにすれば良い?

 終わりになんか、出来ない。

―――敵である者を全て滅ぼして………かね?

「くそっ」

 そんな事を望んでいる訳じゃない。

 滅ぼしても、最後に残るのは虚しさだけ。

 コーディネイターもナチュラルも、唯幸せに暮らせればそれで良かった筈なのに。

「あっ、何だ。お前も此処に来てたのか」

 アルト声に、キラは振り返った。

「気持ち良いなぁ」

「………カガリ………」

 呆れた声と共に、の姿も瞳に映った。

 朝起きてから1度も見ていなかった

 キラは昨日の事を思い出し、思わず頬を赤めた。

「海、久しぶりなんだろ?」

 デッキに上がって、に問い掛ける。

「まぁ、久しぶりだけど」

 襟元のホックを外し、同じようにデッキに上がった。

「こんな良い天気だと、昼寝がしたくなるな」

 陽気な声でカガリは両腕を広げて言った。

 確かにこの温かさなら、ゆっくり昼寝も出来るだろう。

「お前も、此処で昼寝でもしようとして来たのか?」

「えっ?あ……いや、違うけど……」

「何だ。違うのか。でもま、ゆっくり疲れは取れそうだよな」

 壁に凭れながら座り込み、潮の匂いを楽しむカガリ。

 はそんなカガリの行動を見て、隣に座らず海を見詰めた。

「お前もこっちに来て座ったらどうだ?」

「えっ?あぁ……うん」

 一瞬だけに視線を向け、カガリの横に移動した。

「お前さ、何でコーディネイターなんだ?」

「えっ?」

「あぁ、違う違う。何でコーディネイターのお前が、地球軍の味方をするんだって事」

「やっぱりおかしいのかな?よく言われる」

「おかしいとか、そういう事じゃないけどさ。けど、コーディネイターとナチュラルが敵対しているからこの戦争が起きた訳で……何でだよ」

「君は、僕らの事どう思うの?」

「私は別に、コーディネイターだからどうこうって気持ちはないさ。唯、戦争で攻撃されるから戦わなきゃいけない訳であって……」

 少し遠い位置で、2人の会話が風に乗って運ばれる。

 無邪気な子供の、会話。

 戦争を知った、姉弟の会話。

「僕も同じだよ。コーディネイターだって同じなのに……皆と」

「だが、お前達は私達よりずっといろんな事が出来るだろ。生まれつき」

「ちゃんと練習したり、勉強したり、訓練したらね。コーディネイターだからって、赤ん坊の頃から何でも出来る訳じゃないよ」

「そりゃそうだろうな」

 小さく笑ったカガリに、キラは自然と口元を緩めた。

「確かに怖い病気にはかかんないし、何かの細胞とか、身体とか、いろいろ遺伝子を操作して生まれたのが僕達だけど………でもそれって、ナチュラルの……っていうか夢だったんじゃないの?皆の。だから僕達は……」

「まぁ、そうだよな」

「なのに何で……何で戦わなきゃいけないんだろう」

 何故、と誰に問い掛けるべきなのか。

 問い掛けたとて、その答えは導き出されない。

 虚しい言葉だと、つくづく思う。

「キ〜ラ〜、こんな所に居たのぉ?」

 ピクッと、キラの肩が揺れたのをカガリは見た。

 顔を上げると、タッシルが燃えたあの晩に言い争いをしていた赤髪の少女、フレイが居た。

「フレイ」

「誘ってくれれば良かったのにぃ」

「あぁ……うん、ごめん」

 とても気まずそうな表情で言った。

 カガリは何故か不機嫌になり、顔を顰める。

「カガリ」

 ずっと背中を向けていたが、振り返って此方を見ていた。

「休憩は終わりよ。仕事に戻る」

「分かった」

 腰を上げて、埃を払う。

 も柵から手を離してドアに向っている。

「お邪魔みたいだから、私は行く」

「えっ?」

「ごゆっくり、ヤマト少尉、アルスター二等兵」

 キラ達の横を通り過ぎて、デッキから姿を消した。

 去って行く2人の後姿を睨み付け、キラの腕をしっかり握るフレイ。

 キラはフレイではなく、去ってしまった2人を何時までも見詰めていた。

「何なんだ、あの女は」

 怪獣が歩いているかのようにドカドカ歩くカガリ。

 は気にも留めず、通路を進んだ。

「あれが正規の軍人か?」

「訓練も受けていない、唯の民間人よ」

「民間人?何だよ、あいつもそうなのか」

「子供は全員そうよ。何の力もないくせに、最初に軍に志願したお馬鹿なお嬢様」

 最高責任者が、よくもまぁ言えたものだ。

「お前、一応此処の責任者……だよな?」

「所属部隊は此処じゃないもの。何を言おうと勝手よ」

 それでも限度があるだろう。

「良いんじゃないの?私がとやかく言う必要性はないし、クルー内に問題が起こらない限りは」

「何だよ。あの時は怒ってたくせに」

「無神経な言葉にムカついただけ。誰が誰と付き合っても、私には関係ない」

「まぁ……そうかもしれないけど」

「必要なんでしょう、彼には。自分を甘い言葉で支えてくれる人が」

 フレイとキラの関係は、既にクルー内で噂になっている。

 もう、随分前の話だ。

 サイとフレイが付き合っている事も、噂にはなっていたが。

「逃げ道、作っておきたかったんじゃないの?」

 鬱憤溜まった軍人の行き先は、大抵決まっている。

 分かりたくなくても、知ってしまう。

 キラも、そこに逃げただけだ。

「お前、何焦ってるんだ?」

 ピタリと、足が止まった。

 突然だった為、後ろを歩いていたカガリがの背中にぶつかる。

「いきなり止まるな!」

 鼻を打ったカガリは手で押さえながらを睨む。

 は振り返り、口を開いた。

「私が?焦る?」

 馬鹿にしたような、それでいて困惑な表情で訊ねた。

「違う……のか?」

「………焦って……るのかな?」

「私に聞くな」

 ムスッとして言い返す。

 は苦笑して、再び歩き出した。

 カガリはを追う。

「多分、焦ってるんじゃない。怖いだけ」

「怖い?何が」

「彼らの未来よ」

 間違った関係だと、気付いた時にはきっと遅い。

 どちらも壊れる。

 どちらも失う。

 何を?

 それはその時に分かる。

 何時?

 多分、それは遠くない未来。

「後悔するわよ、彼ら」

 今のこの関係も。

「分かってるなら、止めてやれよ」

「残念ながら、私はそこまで優しくないの。他人の道を私が口出してどぉするのよ。私は自分の事で精一杯」

 出来る事はしても、結局決めるのは自分なのだ。

 なら、それを他人が決めてはいけない。

「後悔しないと、人は覚えないわ」

 何もしない事が、多分彼らのためなのだろう。

 大丈夫。

 人は、何度でも立ち直る術を持ち合わせているから。

 今は出来なくても、何時か必ず。

 私が、そうであったように………。