戦いは終わった。
人々は、砂漠の虎から解放された。
笑顔が戻り、人々は解放された喜びを宴に変える。
「呑気なものだ」
冷ややかな目で宴を見下ろす。
酒を飲み、踊り、喜び、遊ぶ人の姿。
「戦争は終わっていないと言うのに」
砂漠の虎から開放されても、ザフトが滅んだ訳ではない。
砂漠の虎の隊長は死んだかもしれないが、部下達は生きている。
再び占領され、砂漠の虎の支配下より辛い運命を味わうかもしれない。
それでも足掻く人々。
「それでも彼らにしては、今が幸福なのでしょう」
「………所詮、一時の夢に溺れる人間か。それにしても、来るのが遅かったな」
肩越しに振り返り、後ろに控える男を見る。
男は軽く頭を下げた。
「何分、隊長と違って長期任務ではなく飛び回りの任務を預かっているので」
「何だ、お前も厭味を言いに来たのか?最近多いな」
「まさか。事実を言ったまでです」
は不敵な笑みを浮かべ、視線を男から崖下で宴を開いているレジスタンスとクルー達に戻した。
そして1つ息を吐き、再び男に身体ごと向ける。
「お前はこのディスクを持って上に行け」
「了解。隊長はこのまま?」
「行かない訳にもいかないさ」
「お気を付けて」
「そっちもね」
相手に向ってディスクを投げ、はそのまま歩き出した。
喜びも悲しみもない。
怒りや憎しみもない。
ただ流れる時間に身を任せ、それに乗って進むだけ。
陽は登る。
宴は時間と共に終わり、朝には海に出る。
それまでの数時間、彼らは疲れを取る為にも騒ぐだろう。
傷付いた者の存在に気付かずに。
(何、してるんだろう)
石に腰を下ろして食事をするフレイ。
祈りを捧げる為に集まっているレジスタンスとクルー。
フレイに話しかける訳でもなく、祈りを捧げる訳でもなく。
ただその場に立っているだけの自分。
あの戦闘から数時間。
宴を快く思わず、人より一歩後ろで見ていた。
そして目は、どうしてもだけを探してしまう。
MSから降りて来たは涙を流す事もせず、何時も通りの態度で指示を出していた。
悲しくない筈なんて、ないのに。
溜息を付いて、揺れる炎を見る。
その時、キラの視界に黒髪が映った。
すぐ顔を向けると、そこにはもう誰も居ない。
だがキラにはそれが幻でないと確信している。
何故だか分からないが、あれは絶対にだ。
キラはフレイに怪しまれないようその場を離れ、が居たであろう場所に向かう。
見付けて、何を言えば良いのか分からない。
探す意味があるのかさえ、分からないでいる。
また突き放されるかもしれない。
そんな不安はあったものの、今はを探さなければならないように気がした。
泣いているとか、そんな心配ではなく。
アイシャの言葉が気になっている。
―――あの子は、人の夢だから。
あの言葉が一体何を言っているのか、分かる訳ないけれど。
でもきっと、その言葉の裏には何よりも深い闇があるのだと、そう思った。
「………いた」
岩に凭れているを見付け、キラはゆっくり近づいた。
きっとの事だから気付いていると思ったが、今回に限って全く反応がない。
「?」
キラは顔を覗き込むと、そこにはの寝顔があった。
「ね……てる?」
規則正しい寝息で、キラがいる事に気付いていない。
キラは深々と溜息を漏らし、片膝を着いた。
月に反射してか、何時もより顔色が青白く見える。
「疲れてるんだろうな」
そっと頬に触れても、全く反応がなかった。
艦長であるマリューもそうだが、最高責任者のは一体何時寝ているのか。
そもそも、彼女達に睡眠時間があるのかどうか。
キラはそっとを抱き上げ、人目を避けるように艦内に入った。
抱き上げた感想を述べるのであれば、非常に軽い。
軍に身を置く者として、それ相当の訓練を積んできている。
軍服で隠されているが、の身体は細身の方だ。
一体何処に力があるのか。
そんな事を考えながら歩いていると、ようやくの部屋に着いた。
何時もならロックがかかっているのだが、今回に限って開いている。
キラは内心で悪いと思いつつ、静かに中に入って行く。
薄暗い中、自分が使っている部屋とは多少違う造りに呆然として、殺風景な部屋に驚いた。
無論此処は戦艦で、は正規軍だ。
必要最低限の物しかないのは分かっているが、フレイのように化粧品がある訳でもなく、変わりに大量の薬と書類、ディスクが置いてあった。
取り敢えずをベッドに寝かし、起こさないよう上着を脱がせてハンガーにかける。
それから辺りを見渡して、棚に並べられている薬に目を止めた。
種類的には、恐らく医務室より多いのではないだろうか。
大量にある薬の中から1つの瓶を取り出し、成分表を見た。
「……これって……」
どの成分を見ても、ナチュラルにはきつ過ぎる。
どちらかと言うと、コーディネイターが飲んで利く成分だ。
キラは別の瓶を取り出し、その成分表も見る。
だがおかしな事に、次の薬の成分はナチュラルが飲んで利く成分だった。
そして良く見ると、同じ薬が棚に分けて置いてある。
それぞれの棚に置いてある薬を見ると、成分がバラバラだった。
瓶を元の場所に戻し、書類やディスクが置いてある机に近付く。
見てはいけないのだが、分厚いファイルに手をかけて中を見た。
「クルーの個人データ?」
名前の順番で個人データがまとめられており、主に健康面についてばかり。
その中で1枚だけに付箋が貼られていた。
キラはそこのページを捲ると目を丸めた。
他の人よりもきめ細かく記入されていて、健康面、精神面両方共にチェックが入れられている。
ページは1枚に止まらず、2枚、3枚と人より多い。
「…………どうして……僕が………?」
付箋が貼られていたページの名前の欄には、キラ・ヤマトと記してあった。
ファイルを元に戻し、散らばっている書類に手を伸ばす。
それぞれ内容は違うが、スカイグラスパー、ストライク、セレスのデータ情報や、今まで戦ってきた敵機のデータがきめ細かく記してある書類もあった。
立ち寄った場所、知り合った人、アークエンジェルの物資リストもそこにある。
「君は、一体何を………?」
振り返り、寝ているを見る。
当然、寝ているが答える訳もなく、問い掛ける言葉は闇に飲まれて消えた。
書類を戻すと、不意にキラの手が止まった。
書類の束に隠されて、1枚のディスクが下敷きになっていた。
何の変わりもない、ただのディスクだ。
他のディスクと違いがあるとすれば、このディスクだけがセーブされていない。
収納されているディスクは全てセーブされており、ラベルが貼られていた。
キラはもう一度振り返り、が寝ている事を確認した後パソコンを起動させた。
自分がやっている事は、本当はいけない事だと良く分かっている。
今は軍に志願した為、どんな罰が待っているかも分からない。
だが、知るチャンスだと思った。
パソコンが起動すると、キラは慣れた手付きでディスクを入れる。
モニターにいくつかのフォルダが表示され、その中から日記を開いた。
日付順で、最新は昨日になっている。
『砂漠に降りてから1週間以上が経過した。クルー達の表情に疲れも見え始め、気分転換をさせる為にレジスタンスの子供と遊ばせてみた。正規軍は体力がある。けど、子供も負けてはいなかった。小回りの利く子供は、捕まえようとするクルー達の間を通り抜け、逃げる。見ているこっちが面白かった』
出だしはクルーと子供の追いかけっこについて書かれていた。
さっと目を通すと、段落を変えて別の話が書かれている。
『レジスタンスの準備が完了したと、キサカから聞いた。早くて明日、明後日には戦闘が開始されるだろう。アンディの言う通り、どちらかが滅びない限り、終わらないのかな。そんな事はないと、兄さんは言うんだろうね。兄さんが行方不明になってから11年。本当はもう、死んでいるのかもしれない。でも、私は自分で確認しない限りは信じないタイプの人間だから、ヴァインが言おうと信じない。まぁ、死んでるって言われた事はないけどね。兄さんの事もあるけど、今心配なのはいくつかある。溜め込むなってヴァインは言うけど、溜め込まないようにするにはどうすれば良い訳?誰にでも話して良い訳じゃないんだし、仕方ないと思うな』
日記上に出て来るヴァインと言う人物。
その人物が一体の何なのかは分からないが、親しい関係であるのは文章上で分かる。
キラはそのまま目を通した。
『正規の訓練を受けていない子供が此処に居る。それが一体どれだけ恐ろしく、どれだけ愚かな事か。無理矢理にでも降ろせば良かったと、彼らを見ていると何時も思う。特に彼、キラ・ヤマトは戦争に巻き込まれて欲しくなかったのに』
自分の名前が出されていたので、キラは目を丸めて驚いた。
『ヤマト夫妻は、彼を大事に育てたのだろう。だから今、彼は誰よりも深い傷を負っている。でも私には、彼を慰める事も優しくする事も出来ない。私に出来る事はあまり戦わせず、自分で歩かせる事だけ。マリューも、ムウも、他の皆もそう。責任者として、大佐として、騙している償いにはならないけれど、それでも彼らには生きて欲しいから。私には、私の守りたいモノの為に戦っている。それを守る為、信じる未来を手に入れる為、例え敵が誰であれ、私の前に立ちはだかる者は全て薙ぎ払う。それを教えてくれたのは、アンディだったよね?自分の信じる道、それを進んで良いんだよね?今の私は、彼らを必ず帰す事しか頭にないの。任務とか、そんなものよりも先に。軍人、失格だよね?ミゲルにどやされそう。ごめんね、ミゲル。近くに居たのに、助ける事が出来なかった。そっちに逝ったら、愚痴でも何でも聞くからさ。今はまだ、私を誘わないでよ?』
昨日の日記はそこで終わっていた。
キラはこれ以上見てはいけないと思い、ディスクを取り出して電源を切った。
見るんじゃなかった、と思う反面、見て良かった、と思う気持ちもある。
知らない名前が出ていたけれど、自然と嫌な思いはしなかった。
何より、自分の事を気に掛けていた事に驚きを感じている。
突き放されたと思っていたのが、実は突き放した訳ではないのだと。
は1人、クルー全員の心配をしていたのだと。
知らなかった事、気付かなかった事、は1人だけ分かっていた。
「僕が………悪いの?」
そっとベッドに近付いて、膝をついた。
疲れ、悲しみ、不安、絶望、喪失。
誰かに話す事はしていなかった。
「……そう………僕が、悪いんだよね?」
心配をかけて、不安な思いをさせて、知り合いを殺して。
を傷付けているのが、自分だと気付きもせずに。
「でも僕は………君も守りたかったんだ」
戦う理由。
何故戦うのか。
何故戦っているのか。
守りたい気持ちは同じだと、思っていた。
でも、規模が違った。
「ねぇ、どうして?」
君は何時も人の問い掛けに答えてくれる。
でもそれは、甘え。
欲しい言葉を、君は言ってくれる。
でもそれは、弱さ。
分かってる。
君は全能ではない。
だから、僕は思う。
「どうして………君はそんなに優しいの?」
挫けそうな人を、言葉で立たせた。
泣いている人を、態度で立たせた。
絶望した人々を、行動で立ち直させた。
誰よりも傷付き、誰よりも悲しんでいる筈なのに。
「どう………し……てっ」
君はそんなに、人を思えるんだろう。
優しい声で、勇気付けてくれるんだろう。
僕は君に、何が出来ますか?
アスランと戦って、アスランに銃を向けて。
でも君は、育ててくれた親を敵にした。
親友。
兄弟。
互いに傍に居る事が当たり前だった生活。
でも、今では敵。
君も、敵にした。
優しく笑っていた笑顔を、僕は………。