1週間が経った。
運命の幕が、マリューの発進命令で開く。
「始まったか」
艦が動いた事に気付き、寝ていたはベッドから起き上がる。
ここ4、5日徹夜で取り組んでいた新たな任務。
それを数時間前にやり終え、短い仮眠を取っていた。
どうも欲が出たらしく、言われてもいないのに新たなMSの専用艦まで設計してしまった。
その為、通常なら3日で終わるような事が5日もかかった。
正直、眠い。
「お腹空いたぁ」
最近少しずつだが食事が出来るようになった。
これも砂漠の虎、バルドフェルドのおかげだ。
そんな相手とこれから戦う事になる。
抵抗が無い訳ではない。
だが、戦わなければ先に行けない。
腹を括るしか、先に続く道を歩けない。
は服装を整え、食堂へ向かう為部屋を出る。
足取りは少し重いものの、意識はハッキリしていた。
だが、食堂に向っている途中で事態が一変。
艦内に第二戦闘配備が発令された。
は急いで自室に戻り、携帯食を食べて薬を飲み込んだ。
それから再び部屋を飛び出し、ロッカールームに向う。
(そう言えば、アンディと戦った事なんてないかもしれない)
記憶の糸を辿りながら、飛行するアークエンジェルの通路を走る。
クルーゼ隊に入る前所属していた砂漠の虎。
あの頃の自分は、一体どんな存在だったのだろうか。
バルドフェルドとアイシャにとって、自分は我が子のようだったらしい。
だが、それは願っても不可能な事。
・は世界でたった1人であり、2人の子供になる事は不可能に近い。
寧ろ、を背負う者を子供にするとは、変わり者にも程がある。
(願ったって、アンディとアイシャの子供にはなれやしないのに)
その証拠に、今から命を取りに行こうとしている。
は腹を括り、待機室のドアを開けた。
「おっ、珍しく遅いな」
ヘルメットを片手に持ち、陽気な声を上げるフラガ。
その前には、フラガと同じようにヘルメットを持つキラが立っていた。
「着替え終わってるみたいね」
「どっかの誰かさんが遅いんでね」
「小言はこの戦闘を終えてから聞くわ。状況!」
備え付けの通信機に触れ、ブリッジに向って状況説明を求める。
一瞬マリューの驚きの声が聞こえたが、そこは無視をした。
「先程の警報は、レジスタンの仕掛けたトラップに何かあったんだな?」
『……えぇ、丁度彼らが仕掛けたトラップの位置から爆発が起こったの』
「相手は砂漠の虎。一瞬でも隙を見せたら終わりだと思え。アークエンジェルは母艦を沈めろ。気を抜くなよ」
『了解。大佐達もお気を付けて』
「私達はレジスタンスを庇いつつ、敵を撃つ。数では此方が不利だが、頭を落せば隊は崩れる。母艦を撃つのが先か、頭を撃つのが先か。どちらにせよ、此処を切り抜けなければ未来はない」
真っ直ぐ2人を見るの瞳には、迷いなど何処にもない。
キラはそれを何処か悲しい目で見詰め返す。
は淡々と言葉を続ける。
「恐らく、共に降下したデュエル、バスターもこの戦闘に参戦するだろう。クルーゼ隊は狙った獲物を絶対に逃がさないからな。だが、彼らも地上戦……特に砂漠での戦闘は不向き。直接交える事はないだろう。間違ってもそっちに目を向けるな。私達が倒す相手は砂漠の虎。レセップスか隊長機さえ落せばザフトの負けだ。敵を上手く利用する事も、早く勝つコツだからな」
「お前さんの得意分野だな、そりゃ」
「利用される方が悪い」
「流石地獄の番犬ケルベロス」
「褒めていると思って良いのかしら?」
にやりと笑い、2人の間を通り過ぎて格納庫に向う。
それにフラガが後を追う。
キラは慌てて2人を呼び止め、フラガは振り返り、は足を止めるだけ振り返る事はしなかった。
「あ、あの……バーサーカーって………何だか知ってます?」
「バーサーカー?」
バルドフェルドに言われた言葉を、キラは未だ気にしていたらしい。
「バーサーカーって、お前が昔言ってたあれじゃないのか?」
「………さぁ、そんな事言ったかしら」
「言っただろ、お前さんがケルベロスと呼ばれるようになったきっかけだったろうが。確か、神話か何かに出て来る狂戦士の事だろ?」
「……狂戦士……?」
「あぁ、普段は大人しいのに、戦いになると信じられない程の力を出す」
戦いになると信じられない程の力を出す。
その言葉に、キラはハッとなった。
頭の中で何かが弾け、その途端信じられない力を出す事が何度かあった。
バルドフェルドはそれを言っていたのか。
「でも、それがどうした?」
「えっ?あ、いや……何でもないです……」
「まぁ、そんな奴が戦場に居たら俺達兵士は生きちゃいないだろうな。何せ狂戦士は死なない肉体を持ってるんだから」
「馬鹿ね、そんな人間が何処に居るのよ。死なない肉体なんて、この世界を探してもないわよ」
「分かってるさ。でも、狂戦士ぐらいは居るだろ。お前さんみたいに、いきなり強くなる奴とか」
「えっ?大佐が……狂戦士?」
「あぁ、違う違う。こいつの場合、出し惜しみしてるのさ。最大の力を敵に見せない。それが・のやり方だ」
の頭に手を置き、ぐしゃぐしゃにかき回すフラガ。
「あぁもう!鬱陶しい!!」
バシッと腕を払い退け、フラガの足を思いっきり踏み付ける。
あまりの痛さに悲鳴を上げるが、は謝りもせずにさっさと愛機の元へ向う。
涙目のフラガと、1人冷や汗を浮かべるキラ。
何時もと変わらない、何時も通りの出撃。
これで………本当に良いのか。
これで、本当に戦ってしまって良いのか。
(良い訳ないっ)
キラはギュッと手を握り締め、まだ痛みの引かないフラガを置いての後に続く。
怖い訳じゃない。
いや、きっと怖いんだ。
でもそれを認めようとしない君と僕。
どうしたら良い?
戦いたくなんてないのは皆同じなのに。
殺したくなんてないのに。
それでも世界は、止める事をしない。
止まらない歯車。
止める術を持ち合わせない人間。
止まる事を望まぬ者。
止まる事を望む者。
交わる剣。
掠める銃。
燃え上がる炎。
巻き上がる砂。
叫ぶ声。
消える命。
「邪魔をするなぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
切り裂く剣。
貫通する銃。
爆発する機体。
巻き上がる煙。
嘆く声。
散る命。
「もう止めて下さい、バルドフェルドさん!勝負はつきました!降伏を!!」
生きようとする者。
殺そうとする者。
勝とうとする者。
負けると分かっていて、最後の足掻きをする者。
見ているしか出来ない者。
目を背けようとする者。
「貴方は大佐の………の父親なんでしょう!?」
止めようとする者。
止まる事をしない者。
「そんな人が何で!何故貴方達が戦わなければならないんですかっ!?」
戦争を理解しない者。
戦争を理解する者。
止まらない、止まれない。
「何で、何でを連れて行かないんですか!!」
いくらでも出来た筈なのに。
敵だと、分かっていた筈なのに。
何故、見逃した。
何故、奪おうとしなかった。
何故、無理矢理でも引き止めなかった。
『は自分で決めたのよ。あの子はあの子の信念を貫く為に生きてるの。坊やには分からないでしょうけどね』
「それでもっ!それでもは、貴方達と居る方が幸せなんだっ!!」
『一時の幸福は、あの子を暗い闇に落すだけ。坊やは知ってるかしら?あの子には、人が手にする幸せを絶対手に入れられない事を。あの子の笑顔は全て偽りである事も』
届かない思い。
聞き入れられない願い。
初めて知る真実。
『あの子は、人の夢だから』
人の夢。
誰の夢?
何の夢?
どんな夢?
「な……にを………」
『潮時だ、少年』
「バルドフェルドさんっ!」
『戦争には明確なルールなどないっ!ならば戦うしかなかろう!どちらかが滅びるまでな!!』
滅びて終わる戦争。
明確なルールのない争い。
それが戦争。
嘆いても、叫んでも、泣いても、願っても、終わる事のない戦い。
殺したくない。
殺されたくない。
死ぬところを、見たくない。
『大佐!キラのフェイズシフトがっ!!』
「すぐに行く」
忘れてしまった感覚。
殺すことに慣れた手。
殺す事を覚えた身体。
裏切る事を覚え、騙す事を覚えた。
全てを憎むようになり、全てを受け入れるようになった。
世界が変わる。
巻き上がる砂煙。
貫く剣。
倒れる機体。
熱い太陽の下、爆発して散る命。
「………僕は………殺したくなんてないのにぃ!!」
流れる涙。
燃え上がる炎。
安堵の表情を浮かべる者。
見詰める瞳。
悔やむ者。
呆然と立ち竦む者。
戦闘が、砂漠の虎、アンドリュー・バルドフェルドとアイシャの乗る機体の爆発により、終了が告げられた。
長い、長い戦争の終わりを告げる、狼煙のように。