何かが崩れたような………そんな気がした。
音もなく、何かが崩れた。
「荷物はこれで全部ですね」
アークエンジェルの傍、つまりは明けの砂漠のアジト内でバギーが止まり、運転していたヴィアンさんが荷物を降ろした。
それを終えた頃にやって来た艦長達。
「大佐!」
安堵と驚き、そして警戒の3段階に変わっていった表情。
皆、ヴィアンさんを警戒しているのだとすぐに分かった。
「彼らがアークエンジェルの?」
「そうよ」
短く答え、艦長と共に来たバジルール中尉に声をかける。
「悪いけど、それぞれ分担して各場所に運んで。これらを医務室に。こっちは食堂。こっちを格納庫。これを私の部屋の前に置いておいて」
「これらを……ですか?」
「全てよ、全て。場所、間違えないように」
「はっ」
中尉は人を呼び、ヴィアンさんが降ろしてくれた荷物を運んで行く。
僕もカガリも、唯それを見ているしかなかった。
カガリにとっては何時も一緒にいる、キサカと呼ばれる人の視線から逃れる為必死のようだ。
僕としても、護衛の任務を預かっているのに、それを全うする事が出来なかった。
つまり、任務失敗。
おまけに心配までかけてしまった。
「これはどう言う事か、説明して頂けますね?」
「説明も何も、言われた買い物をして来ただけよ」
「約束の時間は当に過ぎています!何故連絡を入れなかったの!?」
艦長の怒りは最もだと思う。
反論する義理はないし、反論出来る訳がない。
「連絡方法がない」
「携帯はどうしたの!」
「砂漠の虎に、アークエンジェルの位置を知らせるようなものじゃない」
「だからって、少しはこっちの身にもなりなさい!大佐と少尉にはカガリさんの護衛を頼んだのよ!?2人も付いていながら、これはどう言う事なの!!」
女性に怒られるのは、これが初めてかもしれない。
昔から、両親に怒られた記憶がない。
あるとすれば、幼馴染のアスランから宿題をやっていなかったので怒られたぐらいだ。
カガリもあまり怒られた事がないのか、肩を竦めている。
ただ、だけは平然とした表情で艦長を見ていた。
ヴィアンさんも呆れた表情で眺めている。
「護衛の任務は全うした。だから彼女に怪我はない。少尉も、怪我はない。それで十分だと思うけど?」
「おいおい、俺達がどれだけ心配したと思ってるんだ?そりゃ、無事で何よりって思うけどな。街でブルー・コスモスのテロがあったって聞いて、巻き込まれたんじゃないかって冷や冷やしてたんだぞ?」
「あんなアホ連中のテロに巻き込まれ、死ぬような柔な身体してないわ」
「お前がそうでも、坊主達は違うだろ」
「馬鹿ね。何の為に私が護衛の任務を預かったのよ。柔な身体してないから、2人を守る自信があったんじゃない。命に代えても彼らは守る。特殊部隊所属の私に護衛の依頼をしたんだから、それ位の覚悟で望まないとね」
さも当然のように言う。
特殊部隊だから、依頼された事や任務は全身全霊をかけて全うする。
命に代えてもやり遂げる。
それがの所属する、地球軍特殊部隊。
でも、違うんだ。
そんな事して欲しい訳じゃないんだ。
分かってるんだよね?
の任された護衛は、カガリを守るだけじゃなくて僕も含まれていた。
それを今知ったけど、でも違うんだ。
艦長や少佐は、命に代えてまで護衛して欲しいとは思ってないんだよ?
それ、分かっているんでしょう?
「誰が貴方の命を代えてまで護衛してって言ったの!!」
そうだよ、誰も言ってないじゃないか。
ねぇ、何で自分の命を代えてまでやり遂げようとするの?
おかしいよ、そんなの。
どうして、そんな平然とした表情でいられるの?
おかしいよ、絶対。
ねぇ、どうしてそんな言葉が出て来るの?
「忘れないでよ。彼らは正規軍じゃないの。生きて返さなきゃ、一生許されない罪を背負う事になる。正規軍は死ぬ覚悟で戦場に居るって事、忘れた訳じゃないでしょうね?」
おかしいよ、おかしい。
正規軍とか、関係ないじゃないか。
正規軍だから、死ぬ覚悟が出来ている訳じゃないでしょう?
ねぇ、何でそんな事言うの?
それじゃまるで。
「私は何時だって、死ぬ覚悟で戦場に居るのよ」
まるで………死ぬ事を望んでいるように思えるよ……。
「ヴィアン」
バギーに凭れていたヴィアンさんが、そっと息をついて身体を起こした。
「巻き込んで悪かったな」
「いえ。貴方の傍に居るようになってから、もうこれが普通になりましたからね。気にはしていませんよ」
「よく言う。けど、助かった。礼を言う」
「礼なら不要。どうしてもって言うなら、これを終わらせて下さい」
ポケットから出て来たディスク。
それは昨日の晩、庭で話していた時に見せた新たな任務のデータだ。
「上は貴方を高く買っています。しくじらないよう、気を付けて下さい」
「覚えておく」
増えていく任務。
厳しい状況に立たされていると知っていながらも、手を貸そうとしないヴィアンさん。
新たな任務を押し付け、それで本当にの仲間だと言えるの?
「それでは、私はこれで失礼します」
「分かった」
「忘れられていては困るので、確認の為に言っておきますが………我々の知らぬ間に、勝手に逝く事は許しませんよ?」
挑発するような言い方。
ヴィアンさんの表情は真剣で、はそれをちゃんと受け止めているようだった。
軍人の、凛とした表情。
「お前達も、私の許可なく逝く事は許さない」
「当然です」
「もう2度と、同じ繰り返しを味合わさせるな」
「肝に銘じておきます」
乱れのない、背筋の伸びた敬礼。
見覚えがある立ち姿だ。
第八艦隊と合流した時に見たの仲間、アラム・カーロスさんに似ている様な気がした。
「それでは、私はこれで」
そう言って、ヴィアンさんはバギーに乗った。
「あのっ!」
何故引き止めたのか、自分でも良く分からないけど……。
振り返ったヴィアンさんの表情は、何処となくの困惑した表情に似ていた。
「あの………お世話に、なりました」
「………君が、気にする事はないよ。君も、簡単に死ぬなよ」
「……はい……」
それじゃ。
ヴィアンさんはそう言って、今度こそ本当に此処から離れて行った。
何かが、崩れたような気がした。
音もなく、何かが……。
僕達は、砂漠の何処かで、何かを落とした。
そんな気が、何となくした。