砂煙を上げながら、アークエンジェルのある場所へとジープを走らす。

 車内は無言が15分程度続き、こう言う状況を最も嫌うカガリに限界が訪れようとした矢先、ハンドルを握るヴィアンが口を開いた。

「良かったんですか?あれで」

 誰に対しての言葉なのか、言わずとも皆分かっている。

 頬杖をついていたは、明らかに不機嫌な溜息をついた。

「では、話しを変えます。これからどうするつもりですか?」

「無論、此処を出てアラスカに向かうわよ」

「無事に着く見込みは?」

「10%未満……ってとこでしょうね。補給なしで一気に行ける距離でもないし………ジブラルタル基地から攻めて来る。元は宇宙での活動を目的とした力だもの。地上戦は可能でも、空中戦と海中戦は不向きよ」

 長時間飛べる訳でもなく、海の中を自由に動く事が出来る訳でもない艦。

 戦力を見ると、唯一空中戦が可能なのはスカイグラスパーのみ。

「失敗したなぁ、もう」

「確かセレスは空中戦可能でしたね。積んでなかったんですか?」

「本来は月基地までの護衛。地上に降りるとは想像もしてなかったもの。整備班が泣いてるわ。何であれがないんだぁってね」

 セレス担当の整備士達は、空中戦を可能にさせるパックがない事に嘆いている。

 ヴィアンは渇いた笑い声を上げ、バックミラーに移る後ろ2人を見た。

 キラは表情を変えていないが、カガリだけが目を丸めている。

「心配しなくても大丈夫ですよ。私は彼女の仲間ですから」

「そう……なのか?」

「そうなんです」

 カガリには、ヴィアンが砂漠の虎の一員だと思っていたのだろう。

 ころころ変わる表情が、バックミラー越しに見ていたヴィアンにとって笑える壺だった。

「見えてきましたよ、大天使の名を持つ戦闘艦が」

 まだ遠いが、一応隠されているアークエンジェルを肉眼で確認出来た。

 キラとカガリは心底安心したようで、表情が柔らかい。

「私は貴方達を降ろしたら戻りますが………本当に大丈夫ですか?」

「さぁ?何とかなるでしょう、今までだってそうして来たんだし、これからだってそうなるでしょ」

「ほんと、相変わらずですね。臨機応変と言うやつですか?」

「これを臨機応変、と言うのなら……ね」

 小さく不敵な笑みを浮かべ、前方のアークエンジェルを見る

 ヴィアンはそっと息をつき、アクセルペダルを更に踏んだ。

 砂煙を上げるジープは、3人の子供と1人の青年を乗せて突き進む。

 その先に何が待っているか分からずに。

 その先にある、深い哀しみと裏切り、絶望がある事を知らず。

 その先へ、彼らは足を踏み入れる。







―――ザフト軍・国防委員会直属特務隊フェイス、隊長

 地球軍新型機動兵器MS、ストライク、イージス、デュエル、バスター、ブリッツの特徴ある性能を活かし、最新鋭のMS3機の設計。

 尚、今回の設計には特別許可が降りた。

 その力を十分に活かし、新たな剣を我らに。

 その剣に、我らの正義に星の加護を―――

「…………ほんと、どいつもこいつも簡単に言ってくれるわね………」

 無事アークエンジェルに帰った達は、マリューに小言を言われてからそれぞれの場所に戻った。

 一度だけマリューに呼ばれたのだが、先約があると言って跳ね上げ、今に至る。

 自室に帰ってロックをし、パソコンを起動してから内ポケットに入れておいたディスクを取り出した。

 ジープを降りてすぐ、ヴィアンがに渡した物だ。

 への新しい任務。

 それが、MSの設計。

「お偉い様もまぁ、こんな大胆な許可降ろしたものね。強制的に降ろしたんでしょうけど………まだ議長にもなってないくせに」

 この任務を命じた張本人の顔を思い浮かべ、は舌打ちをした。

 それからディスクのデータを消し、電源を落として部屋を出る。

 向かう先は格納庫。

 マリューの報告で、サイがストライクを無断で動かした事を聞いた。

 彼は今、反省も兼ねて倉庫部屋に居るらしい。

 馬鹿な事をしたな、と思う反面ホッとしている。

 どうやらサイは、キラの事を本気で嫌っている訳ではないらしい。

(助けたかったんだよね、サイは)

 だからストライクに乗って、動かそうとした。

 キラが居なくなったら、誰かが乗って戦わなければならないから。

 キラの代わりに乗ろうと、キラの肩に乗る重みを軽くさせようと、彼なりに考えての行動だったのだろう。

 そう思いたい。

 彼は学生の中でもリーダーだったに違いない。

 皆の事を心配して、皆の事を導こうとする優しい少年。

 彼を追い込んだのはキラだ。

 キラを追い込んだのは、多分フレイだ。

 何があったのか知らないし、知ろうとも思わない。

 知ったところで、何も変わらないから。

「あっ、!」

 呼ばれる声に足を止め、妙な気分になって振り返る。

 自分を呼び捨てで、しかも名前を呼ぶ人間は限られている筈。

 カガリかフラガ、マリューの3人――もう1人居るがそれは例外として――の筈なのだが……それらとは全く違う声。

「……ミリアリア・ハウ……?」

 そう、ミリアリア・ハウ二等兵。

 軍階級では自分より下の人間。

「今日、一緒にご飯食べよう?」

 近付いて来て、行き成り食事の誘いがきた。

 一瞬思考回路がショートしたが、すぐに戻って働かせる。

 彼女、ミリアリアは自分の事を大佐と呼んでいた。

 確かに、数十時間前まではそうだった筈。

?」

 聞き間違い、でもないらしい。

 は額に手を当て、そっと息を付いてから訊ねてみた。

「ハウ二等兵」

「ミリアリア」

「はっ?」

「ミリィで良いから」

「いや、だから」

「軍人でも、私達同い年でしょう?」

「そうじゃなくて……」

「階級で呼び合うの、なんか嫌よ。だけ仲間外れみたいでさ」

「仲間外れぇ?」

 とても意外な単語が出て来たので、は珍しく純粋に驚いた。

 ミリアリアはにこにこしながら続ける。

、6歳の頃に志願したんでしょう?友達、そんなに居ないってあの子に聞いたの。だったら、こうして出会ったのも何かの縁だろうし、友達になろうって訳よ」

 とても淡々と答えるので、一瞬ミリアリアのペースに填まりそうになったのだが………持ち堪えたのは大佐としての意地なのか、唯の負けず嫌いなのか。

 どちらにせよ、自分の意思は保っている。

「此処は軍の所有する戦闘艦なんだけど」

「そんなの知ってるわよ。は大佐で、私は二等兵」

「軍の規律を乱すような行為は避けて欲しい」

「関係ないわ。私とは友達だもの」

「友達って……いや、だからね?」

が何と言おうと私はの友達だって思うから」

「思うからって……」

 駄目だ。

 内心、目の前に居るミリアリア・ハウと言う少女が、あのラクス・クラインに見えて仕方がない。

 自分の思った事、したい事、何があっても曲げずに遣り通すところが瓜二つだ。

 ラクスと友達関係になったのも、半ば彼女の強制。

 友達と言う関係――強制的――になる前、ミリアリアのような行動を取ったのをまだ覚えている。

「良い?私はの友達なの。だから、の友達は私。他の皆も同じ。分かった?」

 強引に、承諾させられた記憶がある。

 そして多分今回も、その強引を捩じ伏せる事は出来ないのだろう。

「分かった!?」

 いや、出来ない。

「わ、分かり……ました?」

 何故此処で疑問系になるんだ自分、と内心突っ込みながら冷汗を浮かべる。

 こう言う押しは、どうも昔から苦手だ。

 多分あのラクスのせいだろう。

 とても辛い。

 一応疑問付きで返事をしたが、ミリアリアにとっては満足だったのだろう。

 にっこり笑って頷いている。

「それじゃ、仕事が終わったら呼びに行くわね。格納庫で仕事でしょう?」

「へっ?あぁ……うん、一応?」

ってばさっきから疑問系ばっかり。分かった、なら格納庫まで迎えに行くから。また後でね」

「また、後……で?」

 どうやら疑問系が好きなようす。

 いや、正確には現在状況をちゃんと理解していないからだ。

「弱ったなぁ」

 思わず頭をかく

「仕事での反応は早いのに、こう言う反応がどうも鈍くなってる。家に戻ってないからかな?」

 日常的ではないものの、長期任務が多い為か緊張のない突発的な事に反応が出来なくなっている。

 は止まっていた足を再び動かし、息抜き間隔で目的地に向う。

大佐」

「もう良いんすか?」

「別に?お小言貰っただけで、罰なんてある訳ないし。それより、スカイグラスパーの調子はどう?」

「どうもこうも、2号機まで手が回りませんぜ」

「ストライク、セレス、スカイグラスパー2機。整備班の人数的に考えて、4機を均等良く補給整備するのは大変か」

「大佐、もう1つ忘れてます」

「もう1つ?」

 マードックの隣に立っていた男が、げっそりとした表情で言う。

 は首を傾げながら考え、ぽんっと手を叩いた。

「アークエンジェル」

「「「「「大正解です、大佐」」」」」

「わぉ」

 話しを聞いていた周りの整備班達も一緒になって答えた。

 どうやら、彼らにとってアークエンジェルを整備する事の方が大変らしい。

「まぁ、戦闘艦だからねぇ」

 予定されていた人数より少ない中、彼らもよくやってくれている。

 艦の最高責任者として、彼らには礼を言っても言い尽くせない程だ。

「2号機は私がある程度やったけど、後はOSとか細かな設定だけだし。もう少しで終わる筈だから、私がやっておくよ」

「大佐自らですか?少佐がやった方が……」

「取り敢えず両機使う事はないでしょう?まずは1号機を優先させて、その後に2号機をやれば良いわよ。またOS組み直させるのは可哀相だと思って。それにほら、別の人がやった方が新たな可能性が見えてくるじゃない」

「そんなもんっすかねぇ」

「そんなもんよ、マードック曹長。私のノーパソ持って来て」

「おーい、大佐の愛用持って来てくれ!」

「人遣うわねぇ」

「大佐程ではないですぜ」

「あ、何か生意気」

「俺より年下ですからねぇ、大佐は」

「軍には歳何て関係ないんですよーだ」

 頬を膨らませながらマードックを見る。

 2人はどちらからともなく笑い出し、格納庫に和やかな雰囲気が包んだ。