穏やかな気持ちで歌ったのは久しぶりだった。

 夜の砂漠は肌寒いけれど、寒い、と言う感覚があまりない。

 綺麗な星と輝く月。

 本物を見るのは、2年ぶりだ。

 鉛のように重かった身体が嘘のように軽い。

 あれだけ悩まされていた頭痛も、今は全くしない。

 酷く落ち着いている。

 落ち着いて、歌っている。

 歌は小さい時から好きだった。

 記憶の中にある母が、私を寝かし付ける為に良く歌ってくれていた。

 その記憶が本物なのかどうか分からないけれど、とても優しかった。

 軍に入っても、歌う事は忘れなかった。

 私が私である為の、魔法みたいなものだったから。

 昔カガリが言っていた。

 私の歌は、人を勇気付けたり、幸せな気持ちにしてくれるって。

 あれは、確か6歳になったばかりの事だったと思う。

 その言葉を聞いた時には、私は軍に志願する事を決めていた。

 出発前、泣きながら私を止めるカガリはある条件を出して行く事を許してくれた。

 それは、何時でも良いから歌って欲しい……そう言う条件だった。

 カガリの為だけではなく、自分だけの為だけでもない。

 人々の為に歌って欲しい。

 カガリの条件は、当時の私にとって凄いハードルだった。

 でも、私はそれを呑んだ。

 立ち止まる事は出来なかったから、無理でもその条件に挑戦しようと。

 そして今、私は歌っている。

 これで多分……7曲目だと思う。

 歌は、カガリに送った。

 歌った証拠を渡さないと、カガリは信じてくれないから。

 送った歌を、その後カガリがどうするのか大体の想像は付いていた。

 私の歌。

 その歌は今、どれだけの人に聴かれているかなんて知らない。

 カガリが妙な事を仕出かしたのは知ってるけど。

 でも、自然とそれが嫌ではなかった。

 だから私は今も歌ってる。

 カガリが出した条件はもう満たしたし、止めても言いとは思うけど。

 止めるのは勿体無いから、続ける事にした。

 焦らなくていい。

 少しずつやれば、それで良い。

 ラクスとは違う、私の歌。

 歌っている時が一番、穏やかな気持ちになれる。

 世界がそんな穏やかだったら………どれだけ幸せなんだろう。

 やっぱり、戦わなきゃいけないのかな。

 滅ぼさなきゃ駄目なのかな。

 そんな事はないよね。

 そんな事、絶対させない。

 私は滅ぼし合う為に此処に居る訳じゃないから。

 戦争を、本当の意味で終わらせる。

 終わったら、約束通り歌おうね、ラクス。







 木に隠れて近付いた。

 正々堂々正面から会いに行けば良いのに、それをしてしまったら歌が止むような気がした。

 もっと聴いていた。

 正直な思いだ。

 ラクスさんとは違う、温かくて優しい歌。

 でもその歌詞の裏には、とても冷たく悲しいモノがあるような気がする。

 歌詞だけじゃない。

 歌っている本人も、悲しい表情で歌っている。

 綺麗な声なのに。

 優しい歌なのに。

 温かい歌なのに。

 どうしてそんなに悲しい顔をしているの?

 君は何時でも凛々しくて、時に怖い。

 16の少女なのに、住む世界が違うだけで表情が変わる。

 軍人の顔を持つ君は、僕にとって複雑だった。

 何故そこまでして頑張るんだろう、とか。

 何故自分1人で抱え込むんだろう、とか。

 何故周りに壁を張るんだろう、とか。

 厳しい表情で何時もいる。

 笑った表情は、数えるほどしかない。

 何時だって厳しいから、こんな優しい綺麗な声を出すとは思わなかった。

 ねぇ、もっと教えてよ。

 何故知られる事を恐れるの?

 何故自分を隠すの?

 お願い。

 僕は君を知りたい。

 だからどうか、隠さないで。

 君の姿は、昔の僕に少し似てるから。

 お願いだよ、







 静かな夜程声が通る時はない。

 中庭にあるプールサイド近くの椅子に座り、夜空を見上げていた。

「歌えるほど元気になったみたいですね」

 男性の声に、思わず振り返った。

 その声は此処地球に居ない筈のもの。

「ヴィアン!?貴方、どうして此処に……」

 ザフト軍特務隊副隊長のヴィアン・フォーレス。

 が特務隊に来なければ、確実に隊長の任を任されただろう人物。

 ヴィアンは軍服ではなく私服を着ており、まるで休暇中のように窺える。

「数時間前にも会いましたよ」

「えっ?い、何時?」

「覚えていないのですか?貴方が廊下で倒れかけの時、私が声をかけたじゃないですか」

 呆れた風に肩を落すヴィアン。

 は記憶を辿るよう、ヴィアンの言う数時間前を思い出した。

 キラとカガリに用意された部屋を出て、医務室に行く為廊下を歩いていた。

 部屋を出た瞬間から頭痛が酷くなり、意識も視界もよくなかった時誰かが声をかけた……ような気がする。

「えぇっと……何か皮肉っぽい事、言った?」

「皮肉なんてとんでもない。事実を言ったまでです」

 いや、あれは皮肉だ。そう思う。

 兎に角、自分を抱き上げたのは多分彼だろう。

 その後何処に連れて行って何をしたのかさっぱりだが。

 取り敢えず、人として一言言わねばならない事がある。

「あり………がとう?」

「そこで疑問系になる理由が分かりませんが……まぁ良いでしょう。お隣、宜しいですか?」

「へっ?あぁ、どうぞ」

 失礼します、と軽く頭を下げて隣の椅子に腰を下ろした。

 ヴィアンはとても礼儀正しく、気が利く。

 隊長の地位を自分に奪われ、最初は憎んでいただろうと思ったが……。

「それで、もう大丈夫なんですか?」

「それはどの事を聞いてるの?」

「勿論貴方の体調ですよ。今は他の事なんて頭にありません」

「それはそれで問題だと思うけど………体調に関しては大丈夫。頭痛も吐気もないし、鉛の身体が嘘のように軽いから」

 笑って見せると、ヴィアンは納得したのか安心した表情で頷いた。

 まだ隊長になってから5ヶ月程度しか経っていないが、色々問題はあった。

 彼と話せるようになったのは、確か1ヵ月後の事。

 他のメンバーもそうだ。

 皆が今、自分を信頼してくれている。

 そう私は思うが、唯の勘違いかもしれない。

 でも彼の笑顔に嘘はない、そう思う。

「回復したならそれで結構です。意識のない貴方に、これはお渡し出来ませんからね」

 胸ポケットからディスクを取り出し、に見せる。

 は目を細めた。

「早急に、とのご要望でした。あれらの性能を取り入れる事が絶対条件です。詳しい事はこの中に」

「簡単に言ってくれるわ」

「言うのは簡単です。それを形にし、実行するのが大変なのは分かっていますが、あの方は気にされていませんから」

 苦笑しながらディスクを胸ポケットに入れる。

 は首を傾げた。

「明日渡します。今はまだ」

「忘れないでよ?」

「そんなヘマはしませんよ」

 初歩的なミスなど、ヴィアンにとっては有り得ない話だ。

 分かっていてもつい言ってしまう。

(どっかの鷹さんとは違うものねぇ)

 どっかの鷹さん=ムウ・ラ・フラガ。

 彼はその初歩的なミスを何度も繰り返した事がある。

 その度に何度怒った事か。

「それにしても……久しぶりに月を見ました。地球に居ても、こんなにゆっくりと見る事はないですからね」

「同感。月に行ったり、地球に降りたり、一箇所に止まる事は滅多にないものねぇ………砂漠も、きっともうすぐ出る事になる」

「砂漠の虎を倒して……ですか?」

「……………例え相手が彼らであっても……私は行かなければならないから」

「………お気持ち、お察しします」

「いいのよ、別に。生きている以上、知り合いが自分の敵に回らない事なんてないもの」

 昨日の友は今日の敵。

 今日の敵は明日の友。

 何時敵に回るかも分からず、何時仲間になるかも分からない。

 それが運命であって、この世界の現実だ。

「此処はこんなに静かなのに………どうしてこんな世界に生きていけないのかな?笑って、静かに暮らせればそれで良い筈なのに」

「人は醜い。欲望の塊で出来たのが人間です。我々人は、試したくなるのかもしれませんね、自分と言う存在を」

 自分の力を。

 自分の能力を。

 人より優れている事を証明する為に。

「どっちも馬鹿ね」

「どちらも馬鹿です。今更だと思いますけど?」

「そうね」

 1人1人違うのに比べたがる人間。

 馬鹿げていて、付き合いきれない。

「さて、そろそろお部屋にお帰り下さい。身体が冷えますよ?」

「まだもう少し居たい」

「駄目です。風邪でも引いたらどうするんですか?折角体調も戻ったんですから、大人しくお休み下さい」

「ヴィアンってさぁ……お母さんっぽいよね」

「過保護、とでも言いたいんですか?これ以上余計な仕事を増やしたくないので言ってるだけです」

「はいはい、分かりました〜」

 諦めて席を立ち、来た道を帰って行く。

 そして隣にある筈の体温がなく、足を止めて振り返った。

「何してるの?」

 未だ席を立たないヴィアン。

 顔だけ此方に向け、小さく笑った。

「頭の整理をしたくて外に出たんです。まだそれが終わっていませんから」

「ふ〜ん………ま、いっか。ヴィアンも早く帰りなさいよ?」

「ご心配なく。お休みなさい」

「お休み」

 足音もさせず帰って行くの後姿を見送り、ヴィアンはそっと息をついた。