「一体これはどう言う事だっ!!」
泊まる部屋に案内され、室内に3人だけとなった瞬間カガリの雷が落ちた。
「そんなに騒がないでよ。折角のドレスが台無し」
「っ!私は真剣に話しているんだぞ!?」
用意された部屋を見渡し、ベランダの窓を開けて空気を入れる。
ベッドに腰掛けるキラは、2人の様子を少しハラハラしながら見ていた。
「言ったでしょう?私は2年前、此処バナディーヤに居たってね」
「あぁ聞いた。だが、誰も虎と………ましてや、娘だぁ!?」
「自称育ての親、よ。間違えないで」
「同じだ!そんなもの!!」
「か、カガリ」
銃があれば照準をに合わせているだろうこの状況、とてもじゃないがカガリを止め切れる自身はない。
「大体、一体お前はさっきから何をやってるんだ!?」
それはキラも思った。
窓を開け、部屋の隅々を見て回る。
その姿はまるで、何かの仕掛けを探しているようだ。
「盗聴や盗撮なんてないと思うけど、一応確認だけはしておこうと思ってね。まぁ、監視カメラぐらいはして貰った方が良いかもしれないけど。此処、貴方達2人が使うんだし」
「「…………えぇっ!?」」
2人の遅い反応が、何とも面白い。
(流石だわ)
呑気にそんな事を思うは、少しだけ気分に余裕が出来たのかもしれないと、自分自身で思う。
「私の部屋は別にあるし、此処はお客様用の寝室なの。必要な物は揃っているから、好きなように使ってくれて構わないわ。お風呂も、24時間体制で使用可能。飲み物も結構冷蔵庫に入ってるし、ココアに紅茶、あとは珈琲が……」
備え付けの棚に置いてある珈琲に目を止め、ピタリと動くのを止めた。
それから壁にある通信パネルに触れ、人を呼び出す。
2人はの行動に首を傾げて見守った。
暫くしてから出て来たのは、街で会ったダコスタと言う青年。
『あれ?まだ部屋にいらっしゃったんですか?』
「えぇ。それより、通常の珈琲を用意してくれる?客にアンディの特製ブレンド珈琲なんて飲ませたら、舌がおかしくなるわ」
『えぇっ!?部屋には通常のを確かに……』
「アンディでしょ、どうせ。全く……珈琲好きなのは良いけど、アンディの舌と他は違うっての。まぁ良いわ。すぐ、用意して持って来てくれる?」
『分かりました。それより、さんも早く医務室に行った方が良いですよ?隊長、後で様子を見に行くって言ってましたから。居なかったら、多分また大騒ぎです』
「アハハハハ、それは頂けないわね。全兵士使って捜索するでしょうから、また……。今から行くから大丈夫。それじゃ、珈琲宜しくね」
オフボタンが押され、モニターが暗くなる。
「どう言う事だ?」
「さっきからそればっかりね、カガリは」
「っ!!」
真剣に怒っているのだ、と目が訴えていた。
はくすりと笑い、腰に手を当てる。
「別に、大した事じゃないわよ」
「大した事ないだと?だったら、虎の言った言葉の意味は何だ!」
―――例えどんな事があっても、ちゃんと食事と水分補給、睡眠は取るようにって………調子が悪いなら、早く医者に診て貰ったらどうだね。
意味が全く理解出来なかった訳じゃない。
唯、一気に色々な事が起こり過ぎて、混乱していただけだ。
体調不良。
この言葉がすぐに出なかったのは、そんな素振りを見せなかったから。
確かに話は聞いていない事の方が多かったが、それは何時もの事。
護衛として来ている以上、周りを警戒しなければならない。
の性格上から、下された命を途中放棄したり、疎かにしたりする事は絶対に有り得ない。
(分かっていた)
此処バナディーヤは敵対しているザフトの領域。
いくら潜り込んだとは言え、何時何処で何が起こるか分からない。
十分な警戒が必要である事は、カガリ自身分かっていた。
だから、話しかけても反応のないは警戒しているのだと、そう思っていた。
「………何時からだ」
食べず、飲まず、睡眠も取らなくなったのは、何時?
緊迫した雰囲気。
それを作り出したのは自分だと、十分承知している筈なのに。
真っ直ぐ見るの目が、とても怖くて受け止める事が出来ない。
何時もと変わらない、何時もの目であるにも拘らず。
今だけは、それから逃れたい。
「………悪いけど、レジスタンスの貴方に話す事じゃないわ」
「っ!?」
「地球軍とレジスタンス。普通なら手を組む事なんてないの。でも、今はお互い同じ敵を倒そうとしている。同じ目的なら、お互い補う所を補い合おうって事で手を組んだだけ。個々の問題に、首は突っ込まないで」
「っ!」
「私は」
言葉を区切り、目を伏せる。
10年前のあの日、ある事の為だけに軍に入った。
生半可な気持ちで入った訳ではない。
それなりの覚悟と、信念があった。
軍に入る事を最後まで許さなかったカガリ。
ずっと泣き続けたのも、カガリだった。
そして、今自分の目の前に居るカガリは、昔のカガリと変わらない。
何1つ変わらない、純粋で、一直線な子。
「私は、貴方の知る・じゃない。此処に居るのは、地球軍の・よ。これ以上、私にも軍にも、首を突っ込まないで」
誰にも触れさせない、私と言う壁。
例えそれがカガリであったとしても、絶対に。
「食事は誰かが持って来るわ。今夜はゆっくり寝て頂戴」
くるりと背中を向け、ドアを開ける。
キラが慌てて呼び止めたが、気にも留めず外に出た。
「下手な真似だけはしないでよ。お休み」
それだけ言い残して、ドアを閉めた。
ドッと疲れが出たのか、また頭痛が襲い始める。
「アハハハハ、限界域かもね」
額を押さえ、鉛のような身体に鞭を打つよう歩き出す。
(アンディに怒られちゃいそう)
呑気なものだが、多分怒るだろう。
自称育ての親だ。
本当の娘のように、温かく見守ってくれた1人。
(……あぁ……何か視界が………)
気力だけで立っているようなもの。
医務室まで、多分辿り着けない。
(………やだなぁ……かっこ悪い………)
何時倒れたっておかしくない状況。
大人しく待っていたら、アンディ辺りが探してくれるだろうか。
でも、騒ぎになったら厄介だなぁ。
誰か来ないかなぁ。
「こんな所に居たんですか?」
「…………………誰?」
「おや?私が誰だか分からないんですか?」
懐かしい声であるのは確かだが、視界がぼやけている今の状況、意識もハッキリしない中で言い当てるのは困難だ。
男性……であるのは多分間違いない。
「全く、いくら貴方が優秀でも、今の姿を皆が見たら顎を外します」
皮肉なんだろうが、それを言い返す気力はなかった。
男は私の腕を取って、抱き上げた。
「ちょっ!」
「暴れないで下さいね、落ちますから。人に触れられるのを極端に嫌う貴方でも、今の状況仕方がないでしょう?諦めて下さい」
彼の言う事は正論……だと思う。
それに、暴れる気力もない。
「寝て下さい。今だけは」
意識が途切れる前に、そんな言葉を耳にしたような………気がする。
月明かりが部屋の一部を照らす。
窓際のベッドに寝ていたキラは、小さく溜息をついて身体を起こした。
窓から見える月は満月。
隣のベッドで眠っているカガリを起こさないよう抜け出し、窓を開けて外に出る。
夜の砂漠は冷えると言うが、ここまで冷える時間に出たのは初めてだ。
手摺に手を置き、地球の満月を見上げる。
「…………」
部屋を出てから1度も姿を見せなかった。
―――昔のあいつは、あんな奴じゃなかったんだが……変わったな………。
肩を落としてカガリが言っていた。
―――あいつ、6歳で軍に入って………友達とか、ほんといないんだ。だから私、あいつの親友だと思ってた。でも……私の思い違いだったみたいだな。
違うと思うよ、とは言えなかった。
6歳で軍に入ったには、周りに友達と呼べる人など居なかっただろう。
当然の事ながら、軍に6歳の子供が居るなんて誰も想像しない。
周りを見れば大人ばかり。
軍の訓練がどれだけ大変かは知らないし、それを知ろうとも思わないけれど………大変、なんて言う言葉では括り付けられない事は分かる。
の口調が厳しいのだって、周りに大人しか居なかったからだと思う。
階級が上がるにつれ、自分より下の者には指示を出さなければならない。
それがどれだけ恐ろしいものなのか、考えた事もなかった。
―――あいつな、本当は凄く優しいんだ。自分の出来る事、何でもやろうとする前向きな姿勢。私はそんなあいつが目標だった。でも………は軍に入った。たった1つの事の為に。
そのたった1つの事が何なのか、聞きたいとも思った。
(でもは言ったんだ………首を突っ込むなって……)
後方展望デッキでも、この部屋でも。
―――人を知る事は大切だ。でも、人には知られたくない過去や真実がある。それを聞き出そうとする人は、とても心の寂しい人だって……前に言われた事があるんだ。
思い出話をするような、そんな懐かしむ表情をしながら教えてくれた。
気付いた時には、広いベッドの上に居た。
呆然と見上げる天井。
此処が自室である事に気付くのに、少しだけ時間がかかった。
ベッドから抜け出し、月の光に導かれるようベランダに出る。
空には、久しぶりに見る満月が輝いていた。
窓の開く音がして、思わずそちらの方を見た。
「あっ!」
驚きの声を上げたがすぐに手で口を押さえ、さっと身を隠す。
恐る恐る覗くと、此方には全く気付いていない様子のが。
白のワンピース姿で、黒髪が月の光に照らされている。
の居る場所が本館だとしたら、キラ達の居る場所は別館。
(な、何でこんな時間に……)
それを言ってしまえば、自分は一体どうなのか、と問われてしまいそう。
どうしたら良いものか、と考えていると、キラの耳に歌声が聞こえた。
もう一度覗き、を見る。
「………?」
確かに歌っているのはだ。
口が動いているし、外に居るのは自分と彼女以外居ない。
この歌声は本人ではあるが、とても彼女の声とは思えなかった。
(あれ……でも、この歌………)
微かだが、聞き覚えのある歌。
少し前、何処かで聞いたような気がする。
(何処だ?)
ヘリオポリスで?
いや違う。
歌声は、確かに過去何度か聞いた覚えがある。
では、この歌は何処で?
(戦場?ラクスさんが?それも違う。そう……確かあれは………)
第八艦隊と合流して、降りる筈が軍に志願して。
デュエルと戦い、シャトルを撃たれ、単体で降下する中、の声に支えられて……。
(暗い世界、1人で居た夢の………夢?)
「そうだっ!」
一筋の光を与えてくれた、優しい歌。
真っ暗な世界から、救い出してくれた。
「それじゃあ………あの歌、が……?」
そんな筈はない。
だって、自分に付きっ切りで看病してくれたのはフレイなのだから。
フレイが、付きっ切りで看病してくれて………。
(……違う………僕は見たんだ、あの時……)
苦しくて、熱くて、灼熱の地獄に落とされたような感覚。
喉も渇いて、死んでしまうのかと思った。
そんな時、冷たい水が口の中に流れ込んで来た。
(その時見たんだ、あの緋色の瞳を)
優しい声で、大丈夫だよって何度も言ってくれた。
冷たいタオルで身体を拭いて、冷たい枕を敷いてくれた。
(それで聞いたんだ、優しい歌声を……)
あれがだとは、思いも寄らなかった。
あれは全て幻なんだと、自分の中で決め付けていたから。
ふと見ると、はベランダにある階段を下りて広場に足を運んでいた。
キラは反射的に走り出し、別の階段を駆け下りる。
何をしようとしているのか、自分でも良く分からない。
唯、足が勝手に動いていた。
の歌声が、はっきりと聞える場所へ。
足取りは非常に軽かった。