買い物を始めてから1時間。

 リストに書かれた物を買い、荷物を全てキラに持たせる。

 護衛と言うより、荷物持ちの為に来たような感じがするのは、キラだけではない。

(もしかして、最初から護衛は私だけだったの?)

 それなら、マリューが30分もかけて説得――強制承諾――を試みた理由が分かる。

「食糧の手配も済んだし、少し休憩するか」

 カガリの一言で全てが決定するので、キラとはそれに従う。

 近くのカフェに入り、荷物を置いてキラが腰を下ろす。

 近づいて来たウエーターにカガリが対応し、何かを注文している。

 は周りを見やすいよう、店側の席に着いた。

「これで大体揃ったが……」

 注文し終えたカガリがリストを見ながら言う。

 買い込んだのは食糧だが、それは後程ナタル達が店に立ち寄ってバギーで運ぶ手筈になっている。

 キラが運んだのはその他の物で、個人物が多い。

 無論、大量買いしていない物は全て袋の中。

「このフレイって奴の注文は無茶だぞ。エリザリオ乳液だの化粧水だの、こんな場所にあるものか」

 砂漠には有名ブランドなどない。

 よって、フレイが欲しがっているエリザリオはバナディーヤでもないのだ。

 文句を言うカガリの言葉を聞き流しながら、は周りを見る。

(殺気が約10。別が5。能天気が1……かな)

 買い物をし始めてからずっと、後を付いてくる者がいた。

 それに気付かないキラとカガリを他所に、は周りを警戒して此処まで来た。

「おい、

「…………何?」

「何って……人の話聞いてるか?」

「エリザリオの事でしょう」

「違う。それはもう終わった。ったく……此処に来てからずっとそうだぞ。調子悪いのか?」

「…………別に」

「別にって……はぁ、もう良い。ほら、お前もこのチリソースをかけて……」

「あいや待った!ちょっと待った!!」

 突然のストップに、カガリはおろかキラも顔を上げて声の主を見た。

 唯1人、は顔を上げずに声だけ聞く。

「ケバブにチリソースなんて何を言っているんだ。このヨーグルトソースをかけるのが常識だろうが!いや、常識と言うよりも……もっとこぉ……そう!ヨーグルトソースをかけないなんて、この料理に対する冒涜だよ」

 アロハシャツに帽子、サングラスをかけた背の高い男。

 カガリはムッとして言い返す。

「何なんだお前は!見ず知らずの男に、私の食べ方をとやかく言われる筋合いはない!」

 自分のケバブにチリソースをかけ、男はそれを見て驚きの声を上げる。

 それを唯見ているしかないキラは、どうしたものかと考える。

「あぁう〜ま〜い〜!ほらお前らも。ケバブにチリソースは当たり前だ!」

 グイッとキラに向かってチリソースを向ける。

 男は負けじとヨーグルトソースで対抗。

「あぁ、待ちたまえ!彼まで邪道に落とす気か!」

「何をする!引っ込んでろ!!」

「君こそ引っ込んだらどうだ!えぇい!!」

 たかがソースの為だけに、キラのケバブには両方のソースがかかった。

 流石のこれに驚いたカガリと男は一瞬固まり、身を引く。

 そこにが一言。

「食べ物で遊ぶんじゃないわよ」

 正論だが、今の2人にはきついお言葉だった。

 その後、男は何故かカガリ達のテーブルに同席し、寛いでいる。

 はと言うと、隣のテーブルに移動して目を伏せていた。

「いやぁ、悪かったねぁ」

「いえ……まぁ、ミックスも中々……」

 そう言いながらも、水で流し込んでいるキラ。

 チリソースとヨーグルトソースでは、天と地の差だ。

 特に甘党のキラにとって、チリソースは頂けない。

「そこの君も、席を譲って貰って………おまけに、ケバブまでくれちゃって。食べないの?」

「……………別に」

「それは残念。けど、そろそろ食べないと倒れるよ。例え胃が受け付けなくても……ね」

「えっ?」

 目を丸めて驚いたのはキラだった。

 後ろを振り返ったが、は相変わらずポーカーフェイスのまま目を伏せている。

「しかし凄い買い物だねぇ。パーティでもやるの?」

「五月蝿いな、余計なお世話だ!大体お前は何なんだ!?勝手に座り込んであーだこーだとっ」

 文句を言い始めるカガリ。

 同時に聞こえたミサイルの音。

 伏せていた目が開く。

「伏せろ!」

 声と同時にテーブルを蹴り上げ、それを盾として身を屈める。

 キラはカガリに覆いかぶさり、身を縮めた。

 もテーブルを盾に隠れ、銃を取る。

 カフェに、1発のミサイルが撃ち込まれた。

「無事かね、君達」

 銃を持った男が2人を見る。

 2人は一瞬驚き、状況を理解しようと耳を澄ました。

「死ね、コーディネイター!宇宙の化け物め!!」

「青き清浄なる世界のために!!」

「ブルー・コスモスか!」

 激しい銃撃戦が始まり、周りを見ればテーブルを盾にしている者がいる。

「構わん!全て排除しろ!!」

 言うと、ブルー・コスモスに銃を向ける男達が次々殺していく。

 それに参加するは、迷う事なく心臓を撃った。

「何で」

 キラの呟きに、カガリが顔を上げる。

「何で……が………」

「お前……」

 信じられない目で見ているキラ。

 その目に映った1人の男。

「っ!?」

 キラは落ちていた銃を拾い、男に向かって投げ付ける。

 怯んだ男はキラに足蹴りされ、気を失った。

「よし!終わったか!?」

 銃声の音が止み、襲撃をしかけてきたブルー・コスモス達が全員倒れていた。

 気を失った男に銃口が向けられ、引き金を引く。

 男からは真っ赤な血が流れた。

「お前、銃の使い方知ってるか?」

 キラに近づき、カガリが聞く。

「…………それにしても」

 視線を外し、周りを見る。

「隊長、ご無事で!?」

 深緑の軍服を着た若い男がアロハシャツの男に駆け寄る。

 それを呆然と見ていた2人。

「あぁ、私は平気だ。彼らのお蔭でな」

 男はカガリ達の方を向き、帽子とサングラスを取った。

 カガリが息を飲み、唖然とする。

「……アンドリュー……バルトフェルド……」

「えっ!?」

「砂漠の……虎」

「いやぁ助かったよ………有難う」

 アロハシャツの男――バルドフェルド――は、にやりと笑って2人に近づいた。

 反射的に下がるカガリ。

 キラはカガリの腕を取って背中に移動させた。

「そう警戒しなくても大丈夫さ。危害を加えたりしないよ」

「隊長」

「あぁ、ダコスタ君。荷物を運んでくれ。お客さんだよ」

「えぇ!?た、隊長……」

 ダコスタと呼ばれる青年は、陽気に笑うバルドフェルドを見て呆れる。

 荷物、と言われて荷物らしい物に目を向けるが――

「荷物、さっきの銃撃戦で撃たれたし」

「ん?」

「中、滅茶苦茶だし」

「あぁ」

「奴らの狙いはそっちでしょう。同じ物、買ってよね」

 は、銃をしまいながら言った。

「確かに、巻き込んでしまったのは此方だしな。誰か、これと同じ物を買って来てやってくれ」

「はっ」

「さて、君達にはお礼をしなきゃね。さぁ、乗った乗った」

「えっ?あ、いや……ちょっと」

「良いから良いから」

 カガリとキラの背中を押し、無理矢理バギーに乗せる。

 運転席にダコスタが乗り、助手席にバルドフェルドが乗る。

「君も来たまえ」

 気持ちでは、無視して帰りたい。

 だが今回は護衛であり、逆らえばどうなるか分からない。

 は呆れの混じった溜息をつき、バギーに乗る。

 乗ったのを確認すると、バルドフェルドは嬉しそうに笑った。

「さて、家に帰ろうか」

 彼の一言でバギーが走り出す。

 キラとカガリは不安そうな表情を浮かべていたが、は相変わらずポーカーフェイスのまま目を伏せていた。

 余裕とも言える落ち着きに、連れの2人は焦るばかり。

 それをミラー越しに見ているバルドフェルドは、楽しそうに微笑んだ。

 バギーを走らせてから10分後、彼の言う家に到着した。

 家、と言うには少々違う雰囲気が出ている。

 バギーが止まり、バルドフェルドが降りた。

「さぁ、どうぞ」

「……あの……いえ、僕達はもう本当に結構ですから……」

 まさか自分達が敵対している地球軍とレジスタンスです、とは口が裂けても言えない真実。

 気付かれる前に立ち去りたい、と言うのが2人の思い。

 だがバルドフェルドは――

「いやいや、お茶を台無しにしたうえに助けて貰って………彼女なんか服ぐちゃぐちゃじゃないの。それを、そのまま帰す訳にはいかないでしょ?」

 このままで良いので帰して下さい、と言えない自分達が悔しい。

 最も、此処でが丁重に断わってくれると帰れる気がするのだが、先程からピクリとも動かない。

 益々焦りを感じる2人。

「取って食ったりはしないさ。さぁ、来たまえ」

 能天気にも程がある。

 離れて行くバルドフェルドに対し、此方はどうするべきか本気で悩んでいる。

 彼にしてみれば、助けてくれた命の恩人、とでも思っているのだろう。

 それはある意味、キラにしてみれば彼らの方が命の恩人でもある。

 自分はブルー・コスモスが狙うコーディネイター。

 助けてくれたし、此方も助けた。

 お互い助け合っただけで、恩人として考えて欲しくない。

 キラとカガリが顔を見合わせていると、近くに居た兵士達が近付き、3人を睨む。

 さっさと降りろ、と目が訴えていた。

 逆らえば、殺される。

 本気で思った。

 だが――

「アンドリュー・バルドフェルド」

 が彼を、呼び止めた。

 振り返るバルドフェルドに、はゆっくり目を開ける。

「此処は、客人に対して睨み付けるよう指導しているのか?」

「そんな指導はしていないんだがねぇ」

「そう」

 かけていたサングラスを取り、近くに居る兵士達を睨む。

 兵士達は一瞬息を飲み、頭を下げて離れた。

 キラとカガリは目を丸め、を見る。

「降りて」

 2人に降りるよう指示すると、ポケットにサングラスを入れてバギーを降りた。

 慌ててそれに続く2人。

 周りを見れば多くの兵士とMS。

 厳重な警戒態勢は、彼らにとって敵の存在である自分達に逃げられないと告げているようなものだ。

 緊張するあまり、表情が硬い。

「大丈夫よ」

 そう言ったのはだった。

「胸を張って良いわ」

「何で……そんな事」

「彼、臆病者でも卑怯者でもないから」

 何を根拠にそんな事、とカガリがを見る。

 キラも、言い切るに疑問を感じた。

 だがは答えず、唯先を歩くバルドフェルドの背中を見詰めている。

 少し長い階段を上がり、玄関とも言える扉に手をかける。

 扉が、大きく開いた。