レジスタンスの元に行ったストライクが帰投したのは昼前。

 艦から提供出来る物資は全て提供し、レジスタンスのアジトに住民を移動させ終えたのが昼過ぎ。

 落ち着きを取り戻したのが、それから30分後の事だった。

 マリューとが話し合いをしてからも、30分が経過している。

「買い物に行く事には反対しない。私が持っているお金を使う事も、反対するつもりはない。でも、私が護衛として外に出るのは反対よ!」

「護衛は貴方の専門でしょう?貴方程の適任者はいないわよ」

「だったら、何でヤマト少尉も同行するのよ。私はいらないでしょう!?」

「ガードは2人いる方が良いからに決まってるじゃない」

 以下延々と、一歩も譲る気のない両者。

 事の始めは30分前に遡る。

 レジスタンスも物資がなくなって来た為、補給しなければならなくなった。

 弾薬もそう多く残っていないアークエンジェルは、補給が出来るならと調達に参加。

 2手に分かれ、弾薬などはマリューとトノムラが行く事になったが、食料などの物資はレジスタンスからカガリが。

 アークエンジェルからはキラが選ばれた。

 だが、正規軍でないキラにカガリの護衛など到底出来る訳もなく、それならプロに、との事でにも同行を依頼。

 そして今に至る。

 艦長室で話し合いをしている2人の後ろで、私服に着替えたキラと軍服のフラガが約20分間見守っていた。

「兎に角!」

 バンッと両手で机を叩き、椅子に座るマリューに言う。

「艦の最高責任者である私が街に出る事は絶対に認めません!!」

 断固として行く事を認めない

 マリューは諦めたのか、深々と溜息を漏らして分かりました、と言った。

 少し満足気な

 だが、マリューの次の言葉でそれが崩れた。

、貴方確かまだ短期休暇中よね?」

「………はい?」

「提督のお話だと、休暇最終日は今日の筈だけど」

「…………えっ」

「休暇取り止めの書類、提出してないわよね?」

 にっこり微笑まれ、は固まる。

「現在の責任者は私です。行って来てくれるわよね?

「〜〜〜〜〜〜っ!!」

の負けだな、珍しく)

 事の一部始終を見ていたフラガが、ようやく話し合いの終わりが見えて来たので胸を撫で下ろした。

 は拳と肩を震わせ、

「マリューなんて大っ嫌い!!」

 大声を上げて出て行った。

 笑顔で手を振りながら見送るマリュー。

 フラガとキラは渇いた笑みを浮かべる。

「良いのか?嫌われたぞ」

「大丈夫よ。私はの事好きだから」

「あんたも凄いねぇ」

「可愛い妹ですもの」

 語尾にハートマークが付きそうな感じがするのは、フラガの勘違いではないだろう。

 兎に角、買出しのメンバーが決定したので2人は艦長室を出た。

「あの、僕が行って良いんですか?」

「良いの良いの。歳、近い方が気楽だろうしな」

「はぁ……まぁ、そうかもしれませんけど……あの、1つ聞いても良いですか?」

「ん?何だ?」

「味方殺しのスカーレットムーンって……」

 最後まで言い終わらない内に、キラは近くにあった部屋に押し込まれた。

 突然の事で驚いたキラは、無抵抗のまま部屋に入る。

「その名を、今後一切口にするな」

 部屋に入れたフラガが、真剣な表情でそう告げた。

「特に、今のの前でそれを言ってみろ。どうなるか分からないぞ」

「………一体……何があったって言うんですか」

 の過去に、一体何が。

 フラガはジッとキラの目を見詰め、やがて諦めたように息はつく。

「この事は、他言無用だ。良いな?」

「……はい」

「味方殺しのスカーレットムーン。それは今から5年前、ある事件がきっかけで呼ばれるようになった異名だ」

 当時11だったは、大尉としてMAに乗り戦場を駆けていた。

 だがある時、が身を寄せていた基地にザフトの特殊部隊が潜り込み、銃撃戦が繰り広げられた。

 敵の狙いも分からず、兎に角生き延びる事を第一優先に考えるよう言われ、は上手く隠れながら応戦していた。

 結果は数の不利で地球軍側の負け。

 仲間が殺され、最後に生き残ったは見付からないよう隠れた。

 そして、見てはならないモノを見てしまった。

と仲良かった奴がな、ザフトの人間だったんだよ。そいつに、自分の上司を殺された」

 目的は基地の破壊。

 そして上司の暗殺。

 何よりも衝撃だったのは、死んだと思った仲間が生きていて、彼らもザフトの人間だった事だ。

 その後、のやった事は基地の破壊。

 勿論襲撃して来た特殊部隊と、仲間だと思っていた人達を取り残して。

「1人生き残ったは、ザフトが攻めて来たから基地ごと爆破させた、と上層部に伝え、真実を伝えなかった。その報告を耳にした連中が、の事を味方殺しのスカーレットムーンって言うようになったんだ。スカーレットムーンって言うのは、爆破させた夜、満月が緋色に見えた事から付けられたらしい。最も、別の噂じゃの瞳が緋色だからスカーレットって付いたらしいが」

「あの、その後真実は……」

「告げられたよ。調べられたんだ、が所属していた部隊の人間。大分後になってからだけど………上はに詳しい事情を聞いて、後に少佐に昇進させた。をよく思わない連中は、出鱈目だって言って抗議したが……でも、はまだ真実を全て話している訳じゃない。俺はそう思うね」

 そうでなければ、あれ程引きずる訳がない。

 誰にも話していない真実が、きっとまだある。

「兎に角、俺が話した事は忘れろ。忘れられないなら、絶対誰にも言うな。の前でも、それらしい事を口にするなよ。平然としているようだが、あいつにとってあの異名は重りだからな」

「分かりました」

「うっし、それじゃ行くか」

 キラの背中を叩き、部屋を出るフラガ。

 告げられたの過去を聞き、ある事を思い出した。

 通路に出たフラガを追い、声をかける。

「あのっ!が敵を倒さないのって……」

「………あいつは特殊部隊。何処に仲間が潜伏しているか分からないんだよ。だから撃てない。1つの理由はそれだ。けど、あいつが敵を倒さない理由は別にある」

「別?」

「考え方はご立派だが、俺には到底真似出来ないし、絶対死なない自信がある訳じゃない。これ以上はお前さんに言えないよ」

 これはの覚悟でもあるから。

 他人には真似出来ない、自身の戦争の答え。

「ほら、早く来い。を待たせると文句言われるぞ」

(とは言え、どうも坊主を避けてるみたいだがな)

 原因は分かっているつもりだが、もしかしたら一緒に行かせない方が良いのかもしれないと、今更思うフラガ。

 だがもう決定しているし、も着替えに行ってしまった。

 別に2人で行く訳ではないのだから大丈夫だろう。

 そう思いたいのが今のフラガの心境。

「おっ、もう準備出来たのか」

 部屋を出て来たを見付け、呼び止めた。

 は黒のサングラスをかけ、黒の長ズボンに白のノースリーブロングコートを着ている。

 腹から首元までファスナーで閉め、下は動きやすいように開いていた。

「暑くないか?」

「生地は薄いし、問題ない」

 エアロックに続く通路を歩きながら淡々と答える。

 の後にフラガが付き、その後ろにキラが付く。

「あれは?」

「予備も含めて3つ」

「準備良いねぇ。お兄さん関心しちゃう」

「それはどうも」

 スカイグラスパーに乗っていた時と反応が異なるので、フラガは眉を顰めた。

「やっぱ怒ってるのか?」

「別に。唯少し、呆れてるだけよ」

「同じだろう、それ」

「アークエンジェルに何かあったら、ムウだけで大丈夫とは思わないからね」

「酷い奴だな、俺ってそんなに頼りない?」

「違う。唯の我儘。気にしないで」

 エアロック前でバギーに乗って待っていたカガリ。

 私服のナタルとトノムラは、既に別のバギーに乗って待機していた。

「そんじゃ、気を付けて」

「そっちもね」

 カガリを挟んで2人が乗り込み、バギーが砂煙を上げながらバナディーヤに向う。

「金はあるのか?」

 出発前に確認するだろう事を、カガリは出発してから訊ねた。


 は浅く頷く。

「バナディーヤの物価が上がっていなければ、全額使う事はないでしょう」

「何だ、行った事あるのか」

「2年前にね。これ、一応渡しておくわ」

 ポケットから黒のサイフを取り出し、カガリに渡す。

 一応護衛として同行しているので、呑気に買い物をしてはいられない。

 値段の交渉も、カガリが適任だろう。

「着いたぞ」

 バナディーヤのほぼ中心でバギーが止まり、買い出し組みのカガリ、キラ、の3人が降りた。

「じゃ、4時間後だな」

「気を付けろよ」

「分かってる、そっちこそな。アル・ジャイリーってのは、気の抜けない相手なんだろ?」

 弾薬等の調達は、アル・ジャイリーと言う男の元で購入する。

 無論、彼は軍属関係ではなく民間人。

 唯少し、裏があるだけだ。

「ヤマト小………しょ、少年!」

 何時もの癖で、少尉、と言ってしまいそうだったのを何とか回避し、僅かに顔を赤くしながら頼んだぞ、と告げた。



「何か?」

「………カガリを、頼む」

「……お任せを。そっちも、ナタル達を宜しく」

 頷くキサカには手を上げて答え、そのまま2台のバギーは街の奥へと走らせた。

 周りを見渡し、2年前の地図を思い描く。

(建物がちょっと減ったぐらいで、そう変化はないみたいね)

 治安も、まぁ良い方だ。

 偽りの平和であったヘリオポリスと同じ、此処には偽りの平和と笑顔がある。

「おい!何やってる、来い!!」

 声のする方を見ると、賑わう通り道とは違う脇道に入ろうとしている。

 は仕方なく後を追い、脇道に入った。

 そこにあった物は、弾薬で破壊された建物。

「平和そうに見えたって、そんなものは見せかけだけだ」

 少し道を外しただけで世界が一変する。

 先を見ると砂漠の虎の母艦、レセップスがあった。

 カガリはそれを睨み付け、多少怒りの篭った声で言う。

「あれがこの街の本当の支配者だ。逆らう者は容赦なく殺される。此処はザフトの………砂漠の虎のものなんだ」

 街の何処からでも見えるようにしているのは、人々に馬鹿な真似はするな、と告げる為。

 絶対的な力を前に、民間人では太刀打ち出来ない。

 それを言葉ではなく、存在そのもので知らせているのだ。

「もう良いかしら?早く買い物を終わらせましょう」

「そうだな。行くぞ」

 来た道を戻り、再び賑わう通りに出た。







 ナタル、トノムラ、、キラの4人が居ない間、アークエンジェルは静かな時間を過ごしていた。

「あーあー、たくもう。こんなもん持ち込んでよぉ。何だってコクピットで寝泊りしなきゃなんねぇんだよ」

 1人愚痴るマードック。

 彼は今、ストライクのコックピットからゴミを外に出している最中。

 外に出たゴミを、後ろでフレイがゴミ袋に入れる。

 それを上から見下ろしていたマリューとフラガは、そっと息はついた。

「でも、何時からそんな?」

「さぁ?でも、地球に降りてからなんじゃないの?宇宙ではそんな余裕なかっただろ」

「でも、あの子はサイ君の彼女じゃ……それがキラ君と?」

「意外?だよねぇ……」

 フレイとサイが付き合っているものだと思っていた2人は、キラと共に居るのが不思議でならなかった。

 人の噂、と言うのは早いもので、キラとフレイが付き合っていて夜を過ごした、と言う事も耳にしている。

 2人は格納庫を後にした。

「おかしくなってそうなったのか、そうなったからおかしくなったのかは知らんが………兎も角上手くないな。坊主のあの状態は」

「それにしても迂闊だったわ……パイロットとして、あまりにも優秀なものだからつい………。正規の訓練も何も受けていない子供だという事を私は………」

「君だけの責任じゃないさ。俺も同じだ。何時でも信じられない程の働きをしてきたからな……必死だったんだろうに……。また、何時攻撃があるか分からない。そしたら、自分が頑張って艦を守らなきゃならない。そう思い詰めて、追い込んでいっちまったんだろうなぁ………自分を」

「これなら、の言う通りにしておけば良かったわ」

 ヘリオポリスでも降下後でも、はキラを乗せるな、と言った。

 民間人に戦わせるな、と。

「あいつも、正直あまり良くないな」

「ほとんど格納庫かブリッジで過ごしていますものね。部屋に戻る事なんて、あまり無いみたいだし……」

「坊主と一緒で、信じられない程の働きをしてきたからなぁ。大佐にまでなって、余計責任感じるようになったんじゃないの?まぁ、俺達皆がを追い詰めてたのかもしれないな………下は、上を見て動くから」

 上がしっかりしていると、下はそれに付いて行こうとする。

 だからも頑張ったんだろう。

 誰も死なせず、無事にアラスカに着くように。

 自分の身を削ってでも、皆を前に向かせるように。

「解消法に、心当たりは?先輩でしょう?」

「え!?は兎に角、坊主には……」

 自分の解消法を思い浮かべ、マリューを見る。

 これは、自分の耳に入った噂と同じだ。

「……あまり、参考にならないかも」

「の、ようですわね」

 何を考えたのか、マリューは察した。

「取り合えず、今日の外出で、2人の気が変わると良いんですけど!」

 プイっと顔を背け、先に歩くマリュー。

 フラガは苦笑して溜息をついた。