アークエンジェルが砂漠に降りてから、3回目の夜を迎えようとしていた。

「はぁ……レジスタンスの前線基地に居るなんて、何か話がどんどん変な方向にいってる気がする」

 正式にブリッジ要員となったサイ達が、愚痴と不安の声を漏らしていた。

「確かに砂漠だなんてさ。あ〜あ、こんな事ならあの時、残る、なんて言うんじゃなかったよ」

「でも、あそこでシャトル乗ってたら今頃死んでんぜ?」

 デュエルがシャトルを撃ったのは、ブリッジのモニターで見ている。

 乗らなくて良かった、と思う反面、大勢の命が目の前で奪われた恐怖は、今でもはっきり覚えている。

「シャトルに乗らなかったから、今生きてるけどさ。けど、やっぱ考えちゃうんだよね」

「これからどうなるんだろうね、私達……」

 何時でも明るく振舞っているミリアリアだが、不安がない訳ではない。

 トールはミリアリアの頭を寄せる。

 トールにとって心の支えはミリアリアであり、ミリアリアの心の支えはトールである。

「あ、お前達」

「へっ?」

 カガリがトール達を見付け、駆けて来る。

 4人は顔を見合わせ、カガリに視線を送った。

「確か、カトウ教授の部屋に居たカレッジの生徒だな?」

「そう……だけど、君は?」

「カガリだ。あの時、同じ部屋に居た」

「あぁ!」

 カズイが思い出したらしく、ビシッとカガリを指して声を上げた。

「帽子をかぶってた子」

「そうだ」

 運命的な再会。

 あまり良い再会ではないが、今のカガリにはどうでも良い事だ。

を知らないか?」

?あぁ……大佐の事か」

「大佐?」

大佐でしょう?

 艦に、と名乗る人間は1人しか居ない。

 ミリアリアがフルネームで言うと、カガリは不満そうな顔をした。

「お前達、あいつの事大佐って呼んでるのか?歳も変わらないだろう?」

「えっ?あぁ……うん、そうなんだろうけどさ。何か、俺達気まずくって」

「そうそう。近寄りがたいって言うか……大佐って、男交じりな部分があるしさ」

「優しい部分はあるけど、正規の軍人だし……」

「……そうか……あいつ、6歳の頃に軍に入ったからさ。友達とかいなくて………同じ艦に居るから、友達なのかと思ったんだが……違ったみたいだな、すまない」

 謝る必要もないのに軽く頭を下げ、そのまま別の所に行ってしまった。

 4人はまた顔を見合し、渇いた笑い声を上げ、口を揃えて言った。

「「「「6歳?」」」」

 信じがたい年齢である。

(ったく……何処行ったんだ?)

 すぐ何処かに行ってしまうを見付ける為、カガリは様々な場所を見て回る。

「どうしたんだ?」

 何かを探しているカガリを見付け、アフメドが声をかける。

「あ、アフメド……地球軍のMSのパイロット達を見掛けたか?」

「いや、どっちも見てないなぁ。何か用事?」

「用って程の事じゃないが……男の方の名前を聞くの忘れたんだ」

「えっ?知り合いなんじゃなかったのかよ」

「え?あ、あぁ……なそうだな。知り合いと言えば知り合いで……」

 知り合いではないと言えば知り合いではない関係。

 お互い、顔は知っているだけだ。

「カガリ!」

「あっ、キサカ。じゃあな」

 軽く手を振って、キサカの元に向うカガリ。

 2人は岩場に移動し、声を潜めた。

「気を付けて下さい。バレますよ?」

「……すまん……」

「貴方はすぐに周りが見えなくなる」

「五月蝿いなっ!」

 何故自分の周りはこうも五月蝿いのか。

 カガリとしては、ほっておいて欲しいところだ。

様から聞きました。アラム殿が大変お怒りだと」

「フン!私だってあいつに怒ってるんだぞ。連絡もよこさず、どれだけ私が心配したか」

「アラム殿は自分の役目を果たす為に行っているんです。貴方とは訳が違う」

「はいはい、どうせ私は馬鹿ですよ」

「カガリ!」

 呼び止める声を無視して、カガリはアークエンジェルの方に向かって行く。

 キサカは深い溜息を付き、元の場所に戻って行った。

 その頃は、と言うと――

(頭痛ッ)

 自室に一旦帰り、2時間程度睡眠を取ったのだが気分は最高に悪かった。

 降下してからずっとしていた頭痛。

 薬を飲もうにも、胃の中に何も入っていないので飲めない。

 食事も飲み物の、降下してからほとんど摂っていなかった。

(駄目よ、こんな姿を皆の前で見せたら)

 必要な場所以外の電気は消えている為、通路は薄暗い。

 足音がしない事から、は壁に手を付きながら歩いている。

 もし人通りが激しかったら、こんな無様な姿は見せないだろう。

 緊張や不安から開放されるのは、アラスカ基地に到着した時だろうとは考えている。

 そして今は、慣れない土地で砂漠の虎と戦闘。

 艦の責任者がしっかりしていなければ、下は不安の渦に飲み込まれてしまう。

 唯でさえ結束力がない艦だ。

 崩れてしまえば収集がつかない。

 頭を抑えながらエアロックに通じる通路を歩いていると、揉める声が耳に入った。

「フレイに話があるんだ。キラには関係ないよ」

 この声はサイ。

「関係なくないわよ!」

 この声はフレイだ。

「私………昨夜はキラの部屋に居たんだから!!」

「…………………」

 面白い事に、何故か頭痛が引いた気がした。

 身体を支えて壁に手を付いていたが、スッと身体を起こし、真っ直ぐ立つ。

「どう言う事だよ、フレイ……君は………」

「どうだって良いでしょう!?サイには関係ないわ!」

「関係ないって……勝手に決めるなよ!」

「もうよせよ、サイ」

「……キラ……?」

「どう見ても、君が嫌がるフレイを追っかけてるようにしか見えないよ」

 この声は、キラに間違いない。

 ただ、落ち着いているような口調でも、怒りと悲しみ、呆れが混じっているように感じる。

「何だと?」

「昨夜も戦闘で疲れてるんだ。だからもう、止めてくんない?」

 その止めてくんない、と言う言葉がどれを意味しているのか。

 2人の揉め事に巻き込まないで欲しい、と言っているのか、フレイをしつこく追及するのは止めて欲しい、と言っているのか。

 サイは、後者を取った。

「キラぁぁ!!」

 殴りかかろうとするサイ。

 だがキラは、そんなサイの腕を取って背中に持って行く。

「止めてよね。本気で喧嘩したら、サイが僕に敵う筈ないだろ」

 は最後の角を曲がり、目を細めてフレイとキラの背中を見る。

「フレイは優しかったんだ………ずっと付いててくれて………抱き締めてくれて……僕を守るって!」

 あれだけ頭痛がしていたのに、彼らの会話がクリアに聞える。

 痛みも、全く感じない。

(……何………怒ってるの………?)

 とても冷静に言葉を聞いている。

 気分も、安定していると思う。

 気分を損ねた訳でもないだろうに。

(あぁ、そう言えば昔あったっけ)

 記憶の隅にもなかった過去。

 1度だけ、今と同じような感覚を体験した事がある。

「僕がどんな思いで戦って来たか、誰も気にもしない癖にっ!!」

「……キラ……?」

「私がずっと貴方の傍に居るから……貴方の、一番近くに………」

 フレイの甘い声。

(……そう……私、切れたんだ)

 癖で何時も消している足音を、はたてた。

 キラとフレイの肩が揺れ、ゆっくりと振り返る。

「……た………いさ……」

 呼んだのは、地面に突き飛ばされたサイ。

「随分と楽しい会話をしていたのねぇ、ヤマト少尉、アーガイル、アルスター両二等兵」

 月明かりが顔を照らし、3人が一斉に息を飲んだ。

 口元は微かに笑い、瞳は僅かに細めている。

 括っていた髪が下ろされ、月明かりを受けた緋色の瞳が輝いているように見えた。

「あっ………ぁあ……」

 冷たいオーラ。

 ゆっくり近づくが恐ろしく、キラは全身震えた。

「怪我はない?アーガイル二等兵」

 横を通り過ぎ、スッとサイに手を出す

 サイはの行動に驚いたが、感じるのは恐怖だ。

「……だい………じょうぶです」

「そぉ」

 手を取ったサイを引っ張り、立たせる。

「僕がどんな思いで戦って来たか、誰も気にもしない癖に……ねぇ」

 ビクッと身体が跳ねた。

 は視線をサイから後ろの2人に向け、笑った。

 絶対零度の……微笑を。

「ならヤマト少尉は、ブリッジクルー達がどんな思いで戦っているのか……考えた事ある?」

「そ、れ……は………」

「フラガ少佐や私が、どんな思いで戦っているのか………知ってる?」

「僕……は」

「自分は同胞と戦っている。同胞を撃つ事が、どれだけ苦しく、辛いか分からないだろう、と……少尉は言いたいのね」

 キラにとって、同胞を撃つ事に躊躇いがない訳ではないだろう。

 だが―――

「なら何故、軍に志願したのかしら。コーディネイターと戦っている事は、貴方も十分分かっている筈なのに……」

 キラは知っている。

 地球軍が敵対しているのはザフトで、コーディネイターである事を。

 軍に志願すれば、彼らと戦わなければならない事も。

「甘ったれた事、言ってるんじゃないわよ」

「っ!?」

「辛い思いをしているのは自分だけ?こっちの苦労も知らないで、よく言えたものね。勝手な事言うなら、もう2度とストライクに乗るな。足手纏いよ」

 泣き言を言うパイロットはいらない。

 自分の事しか考えないパイロットはいらない。

 例え正規軍でなくとも、身勝手な事をする者はいらない。

 覚悟のない者は迷いが生じる。

 思いだけで、人は守れない。

 力だけで、人は救えない。

 キラには、人を守る資格なんてない。

「これ以上妙な事を仕出かすと、それなりのば―――っ!?」

 言葉を区切り、慌てて空を見上げる。

 風が運んだ、微かなにおい。

「しまったっ!」

 行き成り駆け出した

 キラ達は驚き、岩陰に隠れていたカガリが眉を顰める。

 次の瞬間、辺り一面に笛の音が響いた。

「空が燃えてるぞ!」

「タッシルの方向だ!!」

 男達の声。

 カガリも岩陰から駆け出し、の後を追う。

 崖の所で止まっているに追い付き、カガリは息を飲んだ。

 赤々と炎に包まれる街。

 唯の火事ではない事は、一目瞭然だった。