アークエンジェルに帰投したフラガは、整備班から事情を聞いて疑いの声を上げた。
「レジスタンスだぁ?」
「そうらしいですぜ」
多くの兵士達が銃のセーフティを外し、警戒する。
外にはレジスタンスの人間が集まっていて、取り敢えず艦長であるマリューが外に出た。
それを護衛するようにフラガも出る。
レジスタンスの中には子供から大人までが居て、彼らの代表らしき男の前で足を止めた。
その様子をセレスのコックピットから見る。
モニターには、見慣れた2人の人物が映し出されている。
「助けて頂いた………と、お礼を言うべきなのでしょうかねぇ?地球軍第八艦隊、マリュー・ラミアスです」
「あれ?第八艦隊ってのは、全滅したんじゃなかったっけ?」
少年の発言に、マリューは眉を顰めた。
男は少年を黙らし、自らも名を名乗る。
「俺達は明けの砂漠だ。俺はサイーブ・アシュマン。礼なんざいらんさ。分かってんだろ? 別にあんた方を助けた訳じゃない。こっちもこっちの敵を撃ったまででね」
「砂漠の虎相手にずっとこんな事を?」
「あんたの顔はどっかで見た事あるな」
サイーブはフラガを見てそう言った。
「ムウ・ラ・フラガだ。この辺に知り合いはいないがね」
「へぇ、エンデュミオンの鷹とこんな所で会えるとはよ」
「っ!?」
軍人でもない民間人に、名前と異名まで知られているとは予想外だった。
マリューは関心と同時に警戒の目を向ける。
「情報も色々とお持ちのようね。私達の事も?」
「地球軍の新型特装艦アークエンジェルだろ。クルーゼ隊に追われて地球へ逃げて来た。そんで、あれとあれが……」
「X105……ストライクと呼ばれる地球軍の新型機動兵器のプロトタイプだ。そしてもう1つが、X000のセレス。地球軍の最初に造られたMS」
サイーブの後ろに立っていたもう1人の子供。
金髪の少女――カガリ――が答えた。
「さてと、お互い何者だか分かってめでたしってとこだがな、こっちとしちゃぁそんな禍のタネに降って来られてビックリしてんだ。あんた達がこれからどうするつもりなのか、そいつを聞きたいと思ってね」
マリューとフラガはお互い顔を見合わせ、挑むような表情でサイーブを見る。
「力になって頂けるのかしら?」
「話そうってんならまずは銃を下ろしてくれよ」
艦内で待機していた多くの兵士達が、インカムを通じて聞えたサイーブの声に驚く。
只者ではない。
誰もがそう感じ取った。
「ついでに、あれらのパイロットもな」
セレスとストライクを見上げ、パイロットを降ろすよう要求する。
マリューはそっと息をつき、ストライクを見上げた。
「分かりました。大佐は待機。ヤマト少尉、降りて来て」
言われてストライクのコックピットが開く。
キラが地上に降りると、レジスタンス達が驚きの声を上げていた。
その中で1人、カガリが動く。
「お前!?」
ヘルメットを取ったキラの元に、カガリが駆け寄る。
キラは首を傾げた。
「お前が何故あんなモノに乗っている!!」
殴りかかる少女の手を取り、キラは記憶を遡った。
「あっ!君………あの時モルゲンレーテに居た」
ザフトがヘリオポリスを攻め込んだ時、教授のラボで会った少女。
「くっ!離せ、この馬鹿!!」
腕を振り払おうとした弾みで、キラの右頬を殴った。
まさか殴られるとは思わなかったキラは、右頬を押さえながら目を丸くする。
「カガリ!」
髪の長い男がカガリを呼んだ。
カガリは渋々下がり、マリューとフラガが顔を見合わせる。
「悪かったな。それで?もう1人のパイロットは?」
「大佐、降りて来て下さい」
視線をセレスに向けるが、コックピットはすぐに開かなかった。
「大佐?」
『分かったわよ』
溜息交じりの返答があり、その直後コックピットが開く。
「おいおい、女だぜ」
「しかもまだ子供なんじゃ……」
背格好から子供だとすぐに読み取ったのだろう。
地面に足を付け、歩きながらヘルメットを取る。
太陽が顔を照らし、纏めていた髪を下ろす。
マリューの横で足を止めると、サイーブがニヤリと笑った。
「黒髪に緋色の瞳。あんた、・だな」
「良く分かりましたね。何処で情報を?」
「あんたは何処に行っても有名だろう?味方殺しのスカーレットムーン」
最後の言葉に、マリューとフラガがサイーブを睨み、は目を細める。
(味方殺しのスカーレットムーン?)
1人意味を理解していないキラが、とサイーブを交互に見た。
「随分昔の話ですね。久しぶりに聞きましたよ、その異名」
「そうかい?俺としては、新しい異名より印象深くてね」
「地球軍最年少ですし?」
「まぁ、そうだな」
お互い、挑むような目で見ている。
何とも言えない緊迫した空気。
先に折れたのは以外にもの方だった。
「アークエンジェルの最高責任者は私です。何処で貴方達が情報を得たのか、情報の発生源は大体分かりました」
「っ!?ほぉ……流石、スカーレットムーンだな」
「お褒め預かり光栄です。でも、単純に考えれば良いだけの事。そう思うでしょう?カガリ」
「………っ」
キラの時とは違う、怒りと迷いの目でを睨むカガリ。
「何?知り合い?」
驚いてを見るフラガ。
は小さく笑い、くるりと背を向けた。
「アークエンジェル発進準備。警戒、第二戦闘配備発令。道案内……して頂けますね?サイーブ・アシュマン」
肩越しに振り返り、不適な笑みを浮かべる。
サイーブは額に冷や汗を浮かべながら頷く。
「虎が再び来る前に移動する。急げよ」
それだけ言い残し、セレスの元に帰る。
「力になって頂ける事、感謝します。ですが、大佐の前で前の異名を言葉に出す事は止めて頂きます」
「俺達がどう呼ぼうと勝ってだと思うが?」
「確かに勝手です。でも、あの子にはあの子のちゃんとした名前があります。事情も知らない貴方達に、異名で呼ぶ権利なんてありません。失礼します」
形だけの敬礼を送り、マリューはさっさと艦に戻る。
「キラ、お前も戻れ」
「あっ……はい」
背中を押されてストライクに戻るキラ。
―――あんたは何処に行っても有名だろう?味方殺しのスカーレットムーン。
―――事情も知らない貴方達に、異名で呼ぶ権利なんてありません。
(一体何だって言うんだ)
地獄の番犬ケルベロス。
それがの異名である事は知っていた。
だが、此処で呼ばれた異名は味方殺しのスカーレットムーン。
明らかに態度を変えたマリュー。
分からない事だらけの中、何も教えてくれない指揮官達。
「ストライク、帰投します」
『了解。お疲れ様、キラ』
笑顔のミリアリアに頷き返し、キラはストライクを格納庫に戻した。
サイーブ達の案内の元辿り着いたアジトは、アークエンジェルがやっと入る幅の谷間。
シートを艦に被せる作業をしていたキラは、それを終えて一休みしていた。
「お疲れ」
ロープを持ってサイが言った。
それに返事をすると、カガリが登って来た。
「その、さっきは悪かったな。殴るつもりは……なかった。あれは弾みだ。許せ」
滅多に謝る事がないのだろう、謝り方がとても不器用だった。
キラはそれが可笑しくなり、小さく笑い出す。
「な、何がおかしい!?」
「いや……だってさ」
最初は殴りかかって来たと言うのに。
「あれからずっと気になっていた。あの後、お前はどうしただろうと……。それが、まさかこんな物に乗って現われるとはなっ!しかも、今では地球軍か?」
「………色々あったんだよ……色々、ね……」
悲しそうな目をするキラに、カガリは眉を潜める。
「君は?どして此処に居るの?オーブの子じゃなかったの?」
「あっ……いや、その………」
確かにオーブの子供ではあるが、此処に居る理由は説明出来ない。
返答に困っていると、聞き慣れた声が自分を呼んだ。
「カガリ」
「あ、」
何時もの白軍服に袖を通し、下ろしている髪を1つに括っていた。
「キサカが呼んでる。すぐに戻って」
「あぁ、分かった」
天の助け、とでも言おうか。
兎に角カガリはキラから離れ、と共にアジトに向った。
残されたキラは少し悲しい目で見送る。
「全く、何でカガリがこんな所に来てるのよ」
「私の勝手だ!」
「はいはい、カガリの勝手ではあるけど……アラムが怒ってたわよ」
「げっ」
「見付けたら、檻にでも入れて送ってくれって」
「私は獣か!!」
「暴れ馬ではあるわね」
ジッとしていられる人ではないと、皆が分かっている。
分かっているが、まさか戦場にまで来てレジスタンスと共に行動しているとは予想外だった。
「私は帰らんからな!」
一度決めたら絶対譲らないのがカガリだ。
それ故、カガリに大変迷惑しているのは他でもない、自身。
猛獣が歩くような歩き方で洞窟に入るカガリ。
はそっと息をつき、額を抑えた。
「何だ、もうケルベロスは此処に来てたのか」
マリューら3人の指揮官を連れ、サイーブが声をかける。
「へぇ、あんたはズボンなんだな」
「動きにくいからね」
女性は全員スカートを穿くのだが、はズボンを穿いている。
理由は単純、動きやすいからだ。
「入んな」
洞窟の中に案内され、4人は辺りを見渡しながら続く。
「立派だねぇ。だが、あんたらはこんな所で暮らしてんのか?」
洞窟の奥は広い空間になっていて、そこには様々な機械が設置されていた。
「ここは前線基地だ。皆、家は街にある。まだ、焼かれていなけりゃな」
「街ですか?」
「タッシル、ムーラ、バナディーヤから来てる奴もいる。俺達はそんな街の有志の一団だ」
「ふ〜ん。で、彼女は?」
少し離れた所で何かを見ているカガリ。
ストライクやセレスの事を淡々と話し、キラを殴った少女。
おまけに、の知り合いでもある。
「俺達の勝利の女神だ」
「へぇ?」
「ある意味、勝利の女神ね。実際は違うけど」
暴れ馬としか言いようのない少女だと思う。
「で、彼女の名前は?」
訊ねると、サイーブは眉を顰めた。
フラガは肩を上げ、冗談っぽく言う。
「女神なら、名前を知らないと勿体ないだろ?」
「………カガリ・ユラだ」
最後にアスハ、を付けなかったのはサイーブなりの配慮だろう。
恐らく、此処に居るレジスタンス達はカガリの正体を知らない。
(此処も、裏でオーブが関わっている?)
そんな形跡はなかった筈、と記憶を遡りながら考えた。
「あんたらは、アラスカが目標らしいな」
地図を出し、サイーブが訊ねる。
は考えを中断し、会話に参加した。
「アフリカ大陸を出る方法だが、此処はザフトの勢力圏と言ったってこんな土地だ。砂漠中に軍隊がいる訳じゃねぇ。だが、3日前にビクトリア宇宙港が落とされちまってから、奴等の勢いは強い」
「ビクトリアが!?」
「3日前!?」
「ついに落ちたか……。あそこは何時か落とされるだろうと、上層部が特別チームを結成させて送り込んだんだが……やはり無理だったようね」
特殊部隊からも数名派遣されたと聞いていたが………生存率は低い筈だ。
「それは兎も角、此処、アフリカ共同体は元々プラント寄りだ。頑張ってた南部の南アフリカ統一機構も、ついに地球軍に見捨てられちまったんだろうよ。ラインは、日に日に変わっていくぜ」
「そんな中で頑張るね、あんたらは」
「………俺達から見りゃ、ザフトも地球軍も同じだ。どっちも支配し、奪いにやって来る」
人が望むのは平和だが、誰かの支配下の元での平和ではない。
「だがナチュラルは、コーディネイターを妬み、忌み嫌う。同じ人であるにも関わらず、遺伝子を弄っただけで怪物呼ばわり。誰が喜ぶ?誰が受け入れる?彼らだって、戦争を望んでいる訳じゃない。でも、撃たれてしまった……」
C.E.70の2月14日に。
農業プラントだったユニウスセブン。
24万3721名の命が奪われた、地球軍の核攻撃。
「『血のバレンタイン』の悲劇は、私もモニターで見た。あの時思ったよ。人間は愚かな生き物だが、ナチュラルは生きるに値しない屑だってね」
当時上層部の命令でプラントに居たは、その時既にザフトレッドとして戦場を駆けていた。
「まぁ、あの核攻撃を受け、プラント最高評議会は報復として地球にNジャマーを打ち込んだ。核で報復したいところを、押し止まったんだ。滅ぼす事が目的ではない、と言ってね」
穏健派であるシーゲル・クラインが議長で良かったと思う。
もし強硬派であったなら、本当に核を撃っていただろう。
「地球軍の大佐が、随分とコーディネイターを匿うんだな」
「匿っちゃいないさ。唯……知ってるだけよ。コーディネイターもナチュラルも、生きる人間の思いを……純粋に、自由と平和を望んでいるだけだってね」
目を伏せるに、カガリは不安な目で見詰めた。
「話を戻しましょう。アークエンジェルは、大気圏内でそう高度は取れない。山脈を越える事は不可能よ」
「それが無理なら、あとはジブラルタルを突破するか」
「この戦力で!?無茶言うなよ……」
正規クルーのほとんどを失っているアークエンジェルでは、ジブラルタルを突破する事など不可能だ。
奇跡が起こっても、突破する前に落とされる。
「ん〜、あとは頑張って紅海へ抜けて、インド洋から太平洋へ出るっきゃねぇな」
「……太平洋……」
「補給路の確保なしに、一気に行ける距離ではありませんね」
「大洋州連合は完全にザフトの勢力圏だろ?赤道連合はまだ中立か?」
「おいおい気が早ぇな。もうそんな所の心配か?」
「えっ?」
違うのか、と驚きの声を上げるフラガ。
マリューとナタルも、サイーブが言おうとしている事が分からない様子。
は呆れたように深々と溜息を付き、額に手を当てる。
「流石、ケルベロスは分かったみたいだな」
「いくら子供でも、大佐まで上り詰めた人間ですから」
「何だよ、2人して」
「此処!」
ビシッと地図の一箇所を指す。
3人はそれに釘付けるよう見た。
「バナディーヤにはレセップスが居るんだぜ?」
「……………もしかしてさっきの、頑張って紅海へ抜けてって………そう言う意味?」
ザフトは簡単に、アークエンジェルを見逃してくれる事はなかった。