トール達の起床時間は朝の9時。

 それが2時間もオーバーしているのに気付いたのは、一番に起きたサイ。

 その時の慌てっぷりは、誰も忘れはしないだろう。

 皆、ナタルとの雷が落ちると思っていたのだが、意外にもそれはなく咎める者もいなかった。

「まさか大佐が、睡眠時間延長してくれてるとは思わなかったわよね」

 遅い昼食を食堂で取っていたミリアリア達は、苦笑しながら今朝の事を話していた。

 そこにトレイを返しに来たフレイが現れ、ミリアリアが声をかける。

「あ、フレイ。どう?キラは」

「もう大丈夫みたい。食事もしたし……やっぱり違うのね、身体の出来が」

 最後の言葉に、皆が引っかかった。

 そもそも、フレイがキラを見ている事自体に疑問がある。

 あれ程コーディネイターを嫌っていた彼女が、今更になって何故。

「フレイも疲れたろ?ずっとキラに付っきりで。少し休んだらどう?」

「私は大丈夫よ、食事もキラと一緒にしたし。まだ皆みたいに仕事がある訳じゃないんだし………キラには早く良くなって貰わなくっちゃ」

「フレイ?」

「まだ心配だから、私行ってるわね」

「フレイ、けどさ……」

「何よ!」
 
 腕を取って止めようとするサイの手を振り払い、大声を上げるフレイ。

 この行動に、誰もが驚いた。

「貴方との事はパパが決めた事だけど、そのパパももういないわ。状況も変わったんだし、それに縛られる事もないと思うの」

「フレイ?」

 小さな嘘。

 大きな裏切り。

 フレイはサイから離れ、キラの居る士官室に足を運ぶ。

(駄目よ。私は賭けに勝ったもの。キラは戦って戦って、戦って死ぬの。でなきゃ許さない)

 フレイの、キラ達コーディネイターに対する復讐。

 それは静かに幕を開け、取り返しの付かない結果を生もうとしていた。

 フレイはキラの部屋のブザーを鳴らし、ドアを開けて中に入る。

「キラ、これを整備の人が渡して欲しいって頼まれて……」

「あっ」

 フレイの手にある紙の花。

 それはシャトルに乗った少女が、キラに渡してくれた最後の花。

「キラ?」

「あ、あり……がとう……」

「キラ?どうしたの?」

「あの子……僕は……っ!守れなかった!!」

 有難うと、お礼を言ってくれた少女。

 助けたかったのに、助ける事も出来ず死なせてしまった。

 守りたかった。

 なのに―――

「キラ……私がいるわ。大丈夫、私の想いが貴方を守るから………」

「っ!?」

 ゆっくりとキラの唇に自分の唇を重ねるフレイ。

 キラは驚いたものの突き放す事もなく、それを受け入れる。

 2人はそのままベッドに倒れ込み、目を閉じた。

 間違った道の、第一歩だった。







 後方デッキに上がっていたは、夜が明ける30分前から此処に居る。

 僅かに流れていた風が止まり、閉じていた目をゆっくり開けた。

「来た」

『総員、第二戦闘配備発令!繰り返す。総員、第二戦闘配備発令!!パイロットは搭乗機にて待機せよ!!』

 穏やかだった時間が終わり、クルー達は不安と緊張の表情を浮かべた。

 無理もない。

 今まで宇宙でしか戦った事のない者ばかりで、地球の、しかも砂漠での戦闘は初体験だ。

「敵っ!?」

 アラートに反応したキラは、すぐベッドから抜け出して軍服に袖を通す。

「……もう、誰も死なせない………死なせるもんかっ!」

 格納庫に向って走り出すキラ。

 思いだけでは、人を守る事は出来ない。

 大切な人を守る為には、殺られる前に殺るしかない。

 キラはそれを宇宙で学んだ。

 とても危険で、間違った事であるとは気付かずに。

「……守ってね……あいつら、皆やっつけてね………」

 部屋に残ったフレイはそう言って、笑いと共に涙を流した。

 その涙が一体何なのか、自分でも分からずに……。

 キラが格納庫に向っている間、とフラガはパイロットスーツに着替え直し、それぞれの機体の元に居た。

「艦長、聞える?」

 バイザーを下ろし、システムの最終チェックをしながら内線を入れる。

『どうしたの?』

「敵の数、位置、勢力が分かっていないのね?」

『そうよ。スカイグラスパーは?』

 言われてモニターを見る。

『兎に角飛べるようにしてくれって!』

『だから、それが無理だって言ってるでしょうが!弾薬の積み込みも間に合わねぇし!!』

「まだよ。私が先に出るわ」

『認められません。何も分かっていない状況なのに……』

「心配要らないよ。大体分かってるつもりだし、砂漠での戦闘は初めてじゃない。目的は、恐らくストライクだろうからね。ストライクは出さ――」

『敵は何処だ!?ストライク、発進させる!!』

 突然入って来た声に、マリューだけでなくも驚いた。

 起きた事はミリアリア達から聞いていた。

 コーディネイターだから、3日も経てば回復しているだろう。

 パイロットとして出撃してくれるのは嬉しい、が――。

『キラ?待ってまだ……』

『早くハッチ開けて!』

『まだ敵の位置も勢力も分かってないんだ。発信命令も出ていない!』

『何呑気な事言ってるんだ!いいから早くハッチ開けろよ!僕が行って、やっつける!!』

 今までのキラとは違う、別人の姿がそこにあった。

「何馬鹿な事を言っているんだ、ヤマト少尉」

 とても冷静で、冷たいソプラノ声が耳に入る。

 途中で割り込みされた事に苛立ちを覚えただが、今はキラの勝手な発言に苛立ちを感じている。

 艦長や副長の言葉を跳ね飛ばし、自分の立場を弁えず強気の発言をするキラの態度。

 上官として、責任者として許す訳にはいかない。

「聞えなかったのか?敵の位置、勢力共に分かっていないんだ。数も把握しきれていない。そんな中、ストライクを出す訳がないだろう。私が先に出る。少尉はあ――」

『そんな事出来るか!相手はコーディネイターなんだぞ!?僕1人で十分だ!!』

 行く姿勢を変えようとせず、マリュー達だけでなくにも反発した。

 怒りのバロメーターが、頂点に達しようとしている。

「思い上がるなよ、ヤマト少尉。病み上がりの人間に、冷静な判断で戦闘など出来るか!」

『敵を倒すのに、冷静な判断なんていらないだろ!敵を倒さない半端者に言われたくない!!』

「っ!?」

『ヤマト少尉!!』

『坊主っ!!』

 ブリッジからマリューが。

 格納庫からフラガが。

 2人がほぼ同時に名前を呼び、物凄い顔でキラを見ていた。

 これに驚いたキラは押し黙り、視線を逸らす。

(何がいけないんだっ。僕は本当の事を……)

 の戦闘を何度か見て来たが、ほとんどがMSの手足を奪うだけで倒してはいない。

 それではまた敵が襲って来る。

 敵の数は、減らす事が大切だ。

 倒さなければまた敵が来る。

 そして何時か、他の人の命を奪う事になると言うのに。

『………ラミアス少佐、敵を誘き出す。警戒を、第一戦闘配備に移行。フラガ少佐は、スカイグラスパーで敵の母艦を探して。襲撃を許可するが、深入りはするな』

『…………分かりました。気を付けて』

「ちょっ!」

 だからストライクを出せ、と言おうとしたキラ。

 その言葉を遮るように、冷たい声が聞こえた。

『出れば良いだろう、勝手に。アークエンジェルは艦だけを守れ。援護は一切不要。以上だ』

 全ての通信を切り、セレスを出撃させる為にカタパルトへ移動する。

 キラはの態度に唖然とし、マリューとフラガは何とも言えない思いが生まれた。

『ヤマト少尉。貴方の言いようは気に入らないけど、大佐の許可が下りたので出撃を許します。でも、これだけは覚えておいて頂戴―――』

 モニターに映るマリューは、今まで見た事もない程冷たい瞳をしていた。

『貴方に、を批判する権利はないのよ』

 此処でようやく、キラは触れてはならないモノに触れてしまったのだと悟った。

『セレス、着地確認。敵MS、来ます!!』

『ハッチ開放。ストライク、発進準備』

『ストライク、出撃準備。ハッチ開放。カタパルト接続、オンライン。全システム、オールグリーン。ストライク、発進どうぞ』

「……っ!?キラ・ヤマト、ストライク、行きます!」

 ランチャーを装備したストライクが飛び出し、初めての砂漠の地を踏む。

「うわっ!」

 地上戦を初体験するキラにとって、この砂漠での戦闘は苦戦を強いられる。

 それを見越して発進を許可しなかったのだが、言って分からないのなら身体で味わえ。

 既に地上戦用の設定に変えているは、砂漠に足を取られる事もなく冷静に対応している。

「TFM/A−802、バクゥ。砂漠の虎の聖域か」

 素早い動きをするバクゥ相手に、ストライクのランチャーは邪魔だ。

 それも分かっていたが、何も言わなかった。

 迫り来るミサイル。

 砂漠での戦闘は、そう簡単に慣れるものではない。

 はセレスを走らせ、ビームサーベルを抜く。

 跳躍したバクゥに、は4本の足を全て切り落とした。

 続いて別のバクゥからミサイルが撃たれ、後退する。

 足を切り落とされたバクゥが、味方のミサイルに当たって炎上。

 ミサイルを撃ったバクゥに対し、ビームライフルで頭部と左前足を撃つ。

 バランスが崩れ、砂漠の砂と激突した。

 動きが完全に止まったのを見届けると、砂に潜って後ろを取ったバクゥにサーベルを突き刺す。

「私の後ろを取れる人間、そう居ないわよ」

 相手は倒せると思ったのだろう。

 だがは地球軍では特殊部隊の大佐。

 ザフトでは特務隊の隊長を務めている程の実力家。

 いくらエリートの兵士でも、簡単には倒せない。

「ブリッジ!少佐からの連絡は!?」

『まだよ!』

『ストライク、パワー危険域です!』

 ランチャータイプだと、ストライクのパワーはすぐに切れる。

 無駄に撃っていたストライクに、バクゥを倒す手段は残されていない。

 だが―――

「移動?何処に……」

 この辺の地理も理解していないキラが、何処かに向って走っている。

 その近くに上がる砂煙。

「まさか」

 拡大して見ると、1台のジープが走っていた。

 レジスタンスのジープである事はすぐに分かったが、一体何をしようとしているのか。

 はストライクを追う為、セレスを走らせた。

 一件何の変哲もない砂漠。

 ストライクはあるポイントで止まり、地図とモニターに映るバクゥを交互に見る。

(大丈夫かな?)

 ポイントは合っているだろう。

 キラの不安は、此処でバクゥが倒れてくれるのか。

 接近するバクゥ。

 爆発音と大量の砂が吹き出たのは、そのすぐ後だった。

「あっ」

 追って来たバクゥが沈み、唖然とするキラ。

 モニターでそれを見ていたは息を吐く。

 何が起こったのか理解出来ないブリッジ要員達は、フラガの入電で我に返った。

『フラガ少佐より入電です!敵母艦を発見するも攻撃を断念。敵母艦はレセップス。繰り返す、敵母艦はレセップス。これより帰投する』

『レセップス!?』

 驚きの声を上げるマリュー。

 フラガやにも異名があるように、ザフトでも異名を持つ者が居る。
 
 その内の1人、砂漠の虎ことアンドリュー・バルドフェルド。

「……警戒解除。これより帰投する」

 セレスを反転させ、アークエンジェルの元に戻る。

 キラはまだ、その場に呆然としていた。