―――さて――本題に入ろうか。
この言葉で2人の肩が揺れた。
「何故、この艦に彼らヘリオポリスの学生が乗っている?」
「彼らは軍に志願しました。ですから、私の独断で入隊を」
「バジルール中尉、私は何時それを許可した」
アークエンジェル内で起こった事は、アークエンジェルの最高責任者であるが対処しなければならない。
しかし今回、軍に志願したと言うトール達はナタルの権限の元入隊を許可された。
「何時から偉くなったんだ、ナタル・バジルール」
押し黙るナタル。
本来ならトール達の入隊はの許可がないと出来ない。
「私は許可した覚えなどない」
「しかしっ!彼らが居たからこそ我々は今!!」
「黙れバジルール!!」
の怒鳴り声がブリッジを静寂にさせた。
たった16の少女から痛い程感じられる威圧感。
もはや誰もに反論する事は出来ない。
「我々軍人は訓練を受けて各隊に居る。死ぬ事を承知の上で志願しているんだ。工業カレッジに通っていたから、やり方が分かると言うだけの人間に、この戦争を生き抜く事など出来るか!戦争は子供のお遊びではない!!」
後ろめたさがあったなら、見て来た事を忘れずに生きてくれたら良い。
少しだけ戦場を知ったから、と言う理由で志願はして欲しくなかった。
自分から危険な場所に飛び込む真似だけは、して欲しくなかった。
「彼らのご両親がどれだけ心配していると思っている!?彼らにもしもの事があったら誰が責任を取れる?正規軍でもない人間を、我々軍人が責任取れると思っているのか!?甘ったれるな!この場合、責任は軍に志願した本人が取るんだぞ!!」
何時死んでもおかしくない。
そしてアークエンジェルは戦闘艦。
戦場で敵と戦う。
命を落す確率が高い場所。
「必ず生きてご両親の元に送り届ける自信があるのか!?」
「私は!」
押し黙っていたナタルが、大声を上げて口を開いた。
「私は降下する直前で入隊を許可しました!私とて彼らを巻き込む事を躊躇わなかった訳ではありません。ですが、無事降下をし、アラスカに到着したら除隊させるつもりで入れたのです!無事アラスカに着けていれば、ちゃんと除隊させました!!」
それはつまり、降下地点を変更させたマリューと、させるような事をしたとキラの責任、と言う事だろう。
「戦場程、状況が変化する場はない」
声を荒げていたが落ち着きを取り戻し、低い声で告げた。
戦場での状況変化は何時もの事。
今回も例外などではない。
「ラミアス艦長」
ナタルの隣に立つマリューに視線を向ける。
また雷が落ちるのではないか、と誰もが思った。
だが―――
「救うべき命を救ってくれた事、礼を言う。本艦の目的地に変更はない。面倒な場所に降りてしまったが、そうさせたのは他でもない、この私の責任だ。アラスカ到着まで、全責任は私が取る。頼むぞ、マリュー・ラミアス少佐」
強い信頼の目をしていた。
マリューはそれに答えようとしたが、口に出す事も出来ず不安の表情を浮かべる。
の信頼には答えたいが、その信頼の裏に潜む責任。
―――アラスカ到着まで、全責任は私が取る。
もし間違った事、失ってはならない命を失った場合、その責任は判断を下した者ではなく最高責任者が取る、と言う事になる。
いくら上官であっても16の少女に、そんな責任を負わせたくない。
「今更彼らを降ろす事は出来ない。アラスカに着くまで、彼らの身はアークエンジェルが預かる。以上だ」
これ以上何も話さない、と顔に書いてある。
マリューとナタルはに敬礼をし、もそれを返す。
手を互い下ろすと、は通信席からインカムを取り、艦内放送を流した。
「全クルーに通達。地球現地時刻、1921。各部署は階級ごとに3分の1に分け、2000より各部署の代表及び第一群は翌日、0600に起床。第二群は翌日0100より、1100まで。第三群は2000より、翌日0100に一旦起床。後、0900より1400までとする。また、二等兵は2300より、翌日0900起床。以上だ」
軍人にとって睡眠はとても大切なもの。
安心して休む事は出来ないだろうが、今しかゆっくり出来ないだろう。
10時間も寝られるとは、戦場に出ている戦闘艦にしては珍しい。
「艦長とパル軍曹は先に上がれ。次にバジルール中尉とノイマン少尉。最後にトノムラ軍曹とチャンドラ軍曹の順で交代だ。寝る前に、やるべき仕事を終わらせておけよ」
指示を出し終えるとドアを開け、ブリッジから出て行く。
(8時から11時までの3時間、ゆっくり寝られると良いんだけど)
降下してから頭痛がずっとしている。
身体もさっきから悲鳴を上げっぱなしだ。
(少し無理をし過ぎたか)
大気圏内での戦闘。
単体での降下。
少し遅かった降下準備。
の身体には通常異常の熱が籠もっている。
「お、中佐」
格納庫に顔を出すと、近くに居たマードックが声をかけて来た。
「一応大佐に昇進したんですけどねぇ、マードック曹長?」
「あ、すんません。そうでした」
「まぁ、皆実感ないだろうけどね。全機の冷却は?」
「既に終わってますぜ」
セレス、ストライク共に補給整備に取り掛かっている。
ゼロに関しては第八艦隊よりスカイグラスパー2機を頂戴しているので、今は簡単な補給整備であまり手が加わっていない。
1つ頷き、足をセレスの方に向ける。
「ストライクのデータをリンクして繋げてくれる?一緒にやった方が早いわ」
「そりゃ構いやしねぇが、坊主の書き換えたOSに?」
「降下体勢の設定を、ストライクのシステムに直接リンクして変更したから。戻しておかないと駄目だし」
「設定を大佐が?変えてあの温度か……」
「何度だったんだ?」
知らないふりをして訊ねると、マードックは苦笑しながら告げた。
「俺達じゃ助からない程ですよ」
「………成る程ね」
シートに着き、キーボードを取り出す。
マードックは外でタッチパネルを操作した。
「でも、大佐も良く無事でしたね」
コックピットの中からは、マードックの姿が見えない。
声からして笑っているのだと読み取り、一瞬止めた指を再び動かす。
「セレスのコックピットだって、相当熱かったんじゃねぇですか?」
「…………まぁ、少しね。設定はストライクより先に変えたから、問題はなかったけど」
「どれだけ熱かったか分かりませんけどね、フラガ少佐も大変でしたでしょうねぇ」
「正規軍なんだし、それくらい出来て当たり前よ。凄くも何ともないわ」
「はは、頼もしいですな」
悪気がある訳ではない。
マードックにとっても他のクルーにとっても、とフラガは大事な戦力である事に変わりはない。
「頼もしくないけどね」
「何か言いました?」
「―――いや、何でもない。ストライクのバックデータ、取っておいて下さいね」
「セレスは良いんですかい?」
「データバックは私が取ってる。ランダムだから、取っても無駄よ」
キーボードを直し、コックピットを出る。
「整備班の班分けは?」
「さっき終えて、先に寝る連中は大慌てで作業してますぜ。皆、10時間も寝れるのが嬉しいんでしょう」
「まっ、寝られる時は寝ておいた方が良い」
ヘリオポリスから此処まで、本当に慌しく事が進んでしまった。
10時間睡眠が出来るのも、そう多くないだろう。
そっと溜息を漏らし、腕時計に目をやる。
時刻は8時15分前を指していた。
「それじゃ私はこれで。お疲れ様」
ひらりと手を振り、格納庫を後にする。
ゆっくりとした歩調で通路を歩き、医務室前で足を止めた。
「何だ、お前も来たのか」
反対方向から来たフラガは、の姿を見るなり壁のパネルに触れる。
「薬を取りに来ただけよ」
「口実か?」
「まさか」
ドアを開け、中に入る。
「坊主の様子はどうなんだ?」
医務室に運ばれてからずっと、トール達はキラの元に居る。
不安の表情でフラガとを見て、キラに視線を戻す。
「今、彼らにも話したのですが……今は兎に角水分を摂らせて、出来るだけ体を冷やしておくしかないですね」
キラの近くまで足を運び、荒呼吸をする姿に目を細める。
これが降下体勢の設定が遅れてしまった結果。
「他に何か対処方法はないのか?」
「コーディネイターを診るのが初めてなんで、自信を持って診断出来る訳ではないですが………彼らは俺達より遥かに身体機能が高いですし、そう心配する必要はないと思いますよ?」
今の姿を見て、心配する必要はない、と言う軍医が少し呆れた。
心配しない人間などないと言うのに。
「まぁ、見た目同じに見えますが、中身の性能は全然違いますからね。俺達ナチュラルより遥かに力を持てる肉体に、遥かに知識を得られる頭脳ってね。死ぬような病気にはならないし、抵抗力は高い。撃たれれば死にますし、熱を出せば寝込みますが、そういったリスクは俺達より遥かに低いですから」
それがコーディネイターの特徴の1つだ。
「少佐は彼が乗っていたコクピット、何度になっていたか聞きましたか?」
「……いや……」
「俺達でしたら、まず助からなかったでしょうね」
助からない程の温度。
それが一体どれ程なのか、トール達では想像も出来ないだろう。
「まぁ、キラはコーディネイターだから。確かにナチュラルより身体面では上でしょうけど………病人であるのには変わりないわ。軍医がそんな事、簡単に言っていいモノなの?」
苦しむキラの枕近くに屈み、額から落ちたタオルを拾って水に浸ける。
「バスカーク、アーガイル両二等兵」
「えっ?」
「二等兵?」
「何だ、お前達何も聞いてないのか?軍に志願したお前達は、皆仲良く二等兵だ。キラはパイロットだから少尉の階級になるが……」
「説明はいい。食堂から氷を貰って来て。あと、水の替えを」
浸けたタオルを固く絞り、水入れをサイに渡す。
2人は一瞬唖然としたが、は軍で上官にあたいするのだと思い出し、急いで出て行った。
「コーディネイターでも、苦しむ時は苦しむ。怪我をすれば血が流れ、心にも傷は負う。怖い病気に罹らない代わり、大きなリスクを背負っている。コーディネイターだから、心配する必要はないと言い切る考え、私は大嫌いよ」
滲み出る汗を拭き、首筋の動脈に手を当てて計る。
「まぁ、確かに今回はキラがコーディネイターであってくれて助かったわ。苦しいでしょうけど、生きてくれているから」
「水と氷、持って来ました!」
「ご苦労様」
水入れを受け取り、その中に氷を入れる。
「やっぱ、冷やすしかないのか?」
「恐らくね。薬なんて下手に使えないし、通常以上に上がってる体内温度を戻すには、身体を外から冷やして元に戻さなきゃ。こう言うパターン、私も初めてだし」
「あぁ、そうか。は医者の免許持ってるんだったな」
実際医者として働いている所を見た事がないので忘れていたが、医者の免許書をちゃんと持っている。
「兎に角、キラに関してはこれ以上の事は不可能よ。悔しいけど」
キラを助ける事が出来なかったのは自分の責任だ。
代わってやりたいと思うが、それも出来ない。
はタオルを浸し、固く絞ってから額に置いた。
「さて、そろそろ時間よ。ムウは休んで。ケーニヒ二等兵らは先の通達通り、2300より翌日の0900まで休憩。必ず睡眠を取りなさい」
「でも……」
「これは決定事項よ。これ以上、問題を起こして欲しくない。分かったわね」
軍に志願してしまった以上、彼らを民間人として見る訳にはいかない。
軍人らしく、軍の決まりや規則には従って貰う。
「ほら、の雷が落ちる前に仕事に戻れ」
トール達の背を押し、医務室から出すフラガ。
不満の表情を浮かべていたが、何も言わず出て行った。
「そこのお嬢ちゃんは?」
「私、キラを診てます」
「だ、そうよ。私は寝る」
腰を上げ、棚の扉を開けていくつかの薬を手に取る。
それを見た軍医が慌てて止めた。
「勝手に触らないで下さいよ」
「そういや、薬を取りに来たって言ってたな」
「頭痛薬をちょっとね。でも、物が増えたわ」
止める軍医を無視し、全種類の薬を机に置く。
そこから必要と思える薬だけ残し、棚に戻した。
「何するんだよ、その薬」
「さぁ?何するんでしょう」
「って、お前なぁ」
「はいはい、お気になさいませんよぉに。ほら、もう時間ですよ」
小瓶を持ち、医務室を出て行く。
フラガは深々と溜息を漏らし、その後を追って出て行った。
「頭痛、してるのか?」
「少しだけ。寝れば治ると思うけど、途中で起きるから」
「お前、もしかして三群?おいおい、俺達が仲良く寝たら危険なんじゃ」
「そうだね。危険かもしれない」
「お前なぁ、早く言えよそう言う事は」
折角寝られると思ったのに、と呆れた声で言うフラガを横目に、は悪戯っぽく笑った。
「頼りにしてますよ、ムウ・ラ・フラガ少佐」
おやすみぃ、と手を振りながら自室に向う。
呆れと諦めの混ざった溜息が聞えたような気もするが、あえてスルーする。
個室を与えられているは、士官室の中でも1人部屋を独占。
艦長室を勧められてが、そこは艦長が使用するべき場所だから、と言ってマリューに譲り、代わりにこの個室を使用している。
パネルに触れてロックを解除し、中に入るとパソコンを立ち上げ小瓶を机に置いた。
部屋にはモニターの光だけで、薄っすらと室内を照らしている。
上着をハンガーにかけ、椅子に腰掛小瓶を取った。
「……………」
一瞬考え込んだ表情を浮かべたが、小瓶を置いてパソコンに打ち込む。
モニター上にいくつも窓が開き、目を通しながら指を動かす。
指を動かす速さは、キラがヘリオポリスでOSを書き換えた速さに近い。
「あった」
小瓶に記されている薬の同系統が表示され、成分表が出る。
それを一旦端に置き、キラ・ヤマトの個人データファイルを出す。
「まさか、これを本当に使うとはね」
キラの個人データが開き、同時に自分のデータを出して比べる。
ナチュラル用の薬は、コーディネイターでは効き目がない。
消毒液などの薬品は別だが、飲み薬系は全くと言っていい程利かないのだ。
自分とキラのパターンがほぼ合えば、が持って来ている薬を分け与える事が出来る。
もし違っていたら、新に作るか買うしかない。
そして結論。
「………合う訳ないか」
無駄に終わってしまった。
「病気になる心配はないけど、精神安定剤と睡眠薬、頭痛薬はさすがになぁ」
パイロットにとって、精神安定剤と睡眠薬は手放せない薬。
特にキラは、フラガとが使う以上に安定剤と睡眠薬を使用するだろう。
「一般的なコーディネイターの薬で大丈夫かな?薬なんて、使った事あまりないだろうからなぁ……」
コーディネイターの一般家庭が使用している薬で副作用がないのなら、いくつか持って来ているので上げる事は可能。
だがは、一般的な薬に手を加え改良して飲んでいる。
「本人に聞いてから考えようかな」
ドッと疲れが出たのか、身体が重く感じるようになった。
頭痛も少しずつ酷くなっている。
モニターに表示されている時間に目を止め、薬を飲んでパソコンの電源を切った。
室内は完全に暗くなり、ブーツを脱いでベッドに倒れこむ。
備え付けのモニターにアラームをセットすると、静かに目を閉じて眠りに入る。
現在時刻2027。アラームセット時間、2230。
僅かな睡眠時間は、夢見る事なく終わるだろう。
アークエンジェルに、静かな夜が訪れた。