民間人用にシャトルが用意され、アークエンジェルに保護された人々の表情は少し安堵感があった。

「アラスカに!?」

「そうだ。アークエンジェルは地球に降下し、ストライクと共にアラスカ基地に行って貰う」

 月基地に向うとばかり思っていたマリューにとって、今のメンバーでアラスカに行くのは容易い事ではない。

中佐も、異存はないそうだ」

「何時の間に、そんな話を……」

「なに、つい先程会話をしていただろう。最後までアークエンジェルとストライクを頼む、と私は言った。彼女はそれに答えてくれたではないか」

―――お任せ下さい。

 確かはそう答えた。

 しかし、たったあれだけの会話でアラスカに降りると読み取れる筈がない。

「何でも人の考えを読み取っているのだ、中佐は」

 16の少女に、そこまで出来るとは普通思わない。

 だがは本物だ。

 頭脳、体力、判断力、何にしても欠点などない。

 そう、まるでコーディネイターのように。

「………………」

「どうかしたんですか、中佐」

 忙しく動かしていた手を止め、モニターを見詰めるに声をかける。

 は顔をノイマンに向け、疑問の表情を浮かべた。

「あ、いえ。急に動かなくなったので」

「あぁ」

 そう言う事か、と呟いた。

「そろそろナスカ級がローラシア級と合流しているだろうなぁ、と思ってね」

「来ますかね、奴等」

「恐らくね。クルーゼ隊始まって以来なんじゃないの?任務を失敗したまま引き摺っているのは」

 それが例え、自分が居たから、と言う理由であっても。

「でもこれで、やっと安心が出来るな」

「そうだな。第八艦隊と合流したんだ。月まで何とかなるだろう」

 トノムラとパルが安堵の表情を浮かべながら言った。

 だが次の瞬間、の一言で表情が凍りつく。

「いや、我々はこのまま、地球軍本部・アラスカ基地に向かう」

「「「えぇっ!?」」」

中佐、あの……それはどう言う意味ですか?」

「言った通りの意味だ。我々アークエンジェルのクルーは、現在の陣容でストライクとGシリーズのデータを持ってアラスカに降下する」

「この人数で!?」

「そんな無茶な!」

 アークエンジェルに割けるだけの人は残っていない。

 先遺艦隊が沈んでしまった事により、第八艦隊も危険なのだ。

「これは決定事項だ。無茶でも何でも、我々はやらなければならない」

「そりゃ、そうかもしれませんけど……」

「それにヘリオポリスから此処まで、本当はそうしなければならないところを学生が助けてくれたんだ。降下なんて、此処まで来るのと比べたら楽だろう?」

 戦闘もあるとは考えにくい。

中佐も共に?」

「任務は月までだったんだけどね。アラスカまで共に行く。別の任務も増えたしね」

 地球に降りたら1度オーブに行く。

 そこで何をすれば良いのか、何処に行けば良いのか、想像は付いている。

「さて、そろそろ行きますか」

「どちらへ?」

「提督を呼びに。恐らく、これ以上時間はない」

 シートから離れ、一気にドアの元へ向う。

「ブリッジだけに第二戦闘配備を発令する。レーダーに注意しておけ」

「了解!」

 エレベーターに乗り込み、ドアを閉める。

 ガモフと戦闘があって約2時間が経った。

 ヴェサリウスは高速艦でもあり、ガモフと合流するのは簡単だ。

 既に両艦とも合流をし、此方に向かっている。

 そう、の感が言っているのだ。

 はエレベーターを降り、ハルバードンの元へ向う。

 その頃ハルバードンは格納庫に足を運んでおり、ストライクの前で立っているキラに声をかけた。

「降りるとなったら流石に名残惜しいのかね?」

 聞き覚えのある声に、キラは横を向く。

「キラ・ヤマト君だな?」

 地球軍の軍服を着た、確かハルバードン提督と呼ばれていた人だ。

 キラは何となくアルテミスでの出来事を思い出し、身を強張らせる。

「そう緊張する必要はない。君の事は、報告書で見ているんでね」

 優しく、ハルバードンは笑いかける。

「しかし改めて驚かされるよ、君達コーディネイターの力というモノには。ストライクなどはザフトのMSにせめて対抗せんと造った物だというのに、君達が扱うととんでもない武器になってしまうようだ」

「そ、そんな事は……」

 ない、とは言い切れなかった。

 確かにナチュラルが設定するOSと、コーディネイターが設定するOSは違う。

 それ故、同じMSでも強さは異なってくるのだ。

「君はパイロットの経験などないだろう?それでもここまで差が出てしまうのだから、困ったものだ」

 そう言われても困ります、と内心思った。

 自分は民間人で軍人ではない。

 軍人なら自分以上のOSを作る事が出来るのだ。

 そして人を殺す事も躊躇わない。

中佐は」

「えっ?」

 ストライクを見上げながら、の名前を言った。

 キラはハルバードンを見詰め、次の言葉を待つ。

「恐らく悔しいだろうな、自分が造ったMSを4機も奪われたのだから」

「つく………たって…………えぇ!?」

 ストライクを見上げ、隣に立つセレスを見た。

。彼女はこのアークエンジェルとGシリーズの設計者でもある」

「そんなっ」

 言葉を失った。

 あの小さな手で、戦争をする為の兵器を造ったとは想像も出来なかった。

「君と同い年だそうだが、見た目より中身は大人だよ。大人相手に引けも取らない態度。何処までも真っ直ぐな瞳をし、揺れる事のない正義と信念。私達では想像も出来ない程の努力をして手に入れた地位だ。だが、コーディネイターではないかと疑いをかけられる事も多かったらしい」

 後方展望デッキで訊ねようとしていた事を思い出した。

「あの、は……」

 どっちなんですか、と目で訊ねる。

 ハルバードンはそっと息をつき、首を振った。

「残念だが、君と同じではない。個人情報にもナチュラルと記されてある」

「……そう………ですか……」

 自分は何を期待していたのだろう。

 仮に同じコーディネイターであったとしても、何を言えば良かったのか。

 言いたい事、聞きたい事はある。

 でも、聞いて何か得をする訳ではない。

(僕は、何をしたかったんだ?)

 確かめたかっただけなのか、自分が1人ではないと思いたかったのか。

「ヤマト君、君のご両親はナチュラルだそうだな?」

「え?あ、はい」

「どんな夢を託して君をコーディネイターとしたのか………」

「!?」

 驚き、目を見張る。

 それは今まで自分でも疑問に思わなかった事。

「だが、コーディネイターであろうとナチュラルであろうと、君達は我々と同じ1人の人間に過ぎない。このような馬鹿げた戦争など早く終わらせて、皆が共に歩めるような平和な時代を築きたいものだな」

 それはハルバードンの、切なる願いであった。

 キラは何となく、こんな人ばかりだったら良いのに、と思う。

「提督」

 聞き慣れた声に、2人が声のした方を見た。

「おぉ、大佐」

「大佐?」

「そうか、まだ聞いていないのか。君には大佐として昇進した」

 これには驚いたらしく、は目を丸めている。

 そしてキラは、そんなを見て悲しそうな表情を浮かべた。

「これからも君の働きには、期待している」

「はっ。ご期待に添えるよう、努力致します」

 の答えに、ハルバードンは頷く。

「それで、私に何か用かね?」

「提督には申し訳ありませんが、至急メネラオスにお戻り下さい。あちらも、提督をお呼びとの事です」

「やれやれ、君とゆっくり話す時間もないな」

「申し訳ありません」

「なに、大佐が謝る必要はない。此処までアークエンジェルとストライクを守って貰って感謝している。ヤマト君、良い時代が来るまで死ぬなよ」

 背を向け、の居る方に行こうとした時、キラがハルバードンを呼び止めた。

「あの、アークエンジェル………ラミアス大尉達はこれから………」

「アークエンジェルはこのまま地球へ降りる。彼女らはまた戦場だ、無論、大佐も降りる」

「準備は既に」

 浅く頷いた。

「あ………その……」

「君が何を悩むかは分かる。確かに魅力だ、君の力は………軍にはな。だが、君が居れば今後も勝てるというものでもない。戦争とはそこまで単純で甘いものではないからな。自惚れるな」

「でも!出来るだけの力があるなら、出来る事をしろと!」

「その意志と戦場に出る覚悟があるなら、だ。意志のない者に何もやり抜く事は出来んし、覚悟のない者は戦場で迷ってしまうだろうよ」

「お時間です、提督。お早く」

「今行く」

 止めた足を動かし、の横を通り過ぎて格納庫から出て行く。

「キラ」

「っ!?」

 肩が揺れ、恐る恐るを見る。

 は無表情のまま言った。

「シャトルの搭乗が始まってる。ミリアリア達が待っている筈よ。こんな所に居ないで、早く行きなさい」

「………………」

「もう2度と会う事はないでしょうね。元気で、さようなら」

 くるりと背を向け、ハルバードンの後を追う。

 キラはそんなを呼び止める事も出来ず、唯見送る事しか出来なかった。

 それから暫くして、第八艦隊全てに緊急アラートが鳴り響いた。

『総員、第一戦闘配備発令。繰り返す。総員、第一戦闘配備発令!』

『全艦密集隊形にて迎撃体勢』
 
 体勢が変わり、アークエンジェルを守る形になった。

『アークエンジェルは動くな!そのまま本艦につけ!!』

 ハルバードンの声が電波によって流れる。

『なんとしてもアークエンジェルは守りきれ!』

 例え第八艦隊が全滅したとしても、必ず。

 そうハルバードンは心の内で言った。

「おい!何で俺達は発進待機なんだよ!!第八艦隊だって、あれ4機相手じゃヤバイぞ!?」

 パイロットスーツに着替え、何時でも発進出来る準備をしたと言うのに待機命令が下された。

 フラガはブリッジに内線で抗議する。

「俺達が出たところでたいして変わらねぇだろうけどさ、それでも少しは戦力になるだろ!?」

 納得いかない、と不満な表情で言った。

 だがフラガが求めていた返答はなく、待機命令のままだった。

「少しは落ち着いたら、ムウ」

「落ち着いていられるか!お前だって知ってるだろう!?先遺艦隊は、ナスカ級1隻で堕ちたんだぞ。それなのに、今回はローラシア級と一緒だ!!」

「確かにG4機にジンまで加わって……こっちはMAしかない状態。負けるわね、確実に」

「だったら!」

 そう、負けると分かっていながら何故出さないのか。

 誰もが負けると、皆思っている。

 恐らくハルバードンですら、それは分かっているだろう。

「間違えないで。私達の任務は艦とストライク、データをアラスカに持って行く事。此処で大事な戦力を失う訳にはいかないのよ」

 エンデュミオンの鷹と地獄の番犬ケルベロス。

 この異名を持つ2人を、軍は失う訳にはいかない。

「お前っ、見殺しにしろってか!?」

「うっさいわね!いい大人がガキみたいにウダウダ言うんじゃないよ!!悔しい思いしてんの、あんただけじゃないんだから!!」

 睨み付けて、大声を上げた。

 周りに居た整備班は驚き、怒鳴られたフラガは押し黙る。

 は歯を噛み締めた。

「動きたくても動けないのは、私達パイロットだけじゃない!!」

 格納庫とは違うブリッジと言う場所。

 そこに居るクルー達も歯痒い思いをしている。

 そしてフラガとは、ハルバードンの直接の部下ではない。

 直接の部下であるマリューが、一番辛い思いをしているのだ。

「少しは艦長を見習って、落ち着きなさいよ」

 ギュッと手を握り締め、視線を落す。

 フラガに言った言葉はある意味自分にも言える事。

 ハルバードンはザフトにとってそろそろ引退して貰いたい存在。

 クルーゼ隊ならそれは可能だろうが、今のにとって失う訳にはいかない人間。

 コーディネイターを妬まない、共存を望む少ない人。

 の頭に何か重いのが圧し掛かった。

 それがフラガの手だというのに、理解するまでそう時間もかからなかった。

「悪い」

 小さな謝罪。

 は手を払い除け、くるりと背を向けた。

「待機する」

 それだけ言い残してセレスに向かい、コックピットに入った。

 システムを立ち上げ、ブリッジに通信を入れる。

「セレスの発進許可を」

!?何を考えているの、許可出来ないわ!』

「知ってる。でも、このまま大人しくしている程私達パイロットは出来てないよ。死なせたくない、それは皆同じでしょう?」

 友軍の命が目の前で散っているのに、それを黙って見ていられる程冷徹ではない。

「心配要らないよ、マリュー。私は自分の任務を途中放棄するような真似はしないし、生きて帰って来るからさ」

『…………』

「まだシャトルも降ろしてない。行かせて、マリュー・ラミアス」

 モニターに映るマリューの瞳は揺れていた。

 迷いと不安が入り混じり、すぐに返答は返って来なかったが、が求める返答が来た。

『分かりました。それでは此方も、降下準備に入ります』

「降下準備?成る程、引き離すのね。了解、フェイズ3までに戻る」

『気を付けて』

「そっちもね」

 通信を切り、ベルトをつける。

 セレスがゆっくり動き出し、カタパルトに接続された。

『セレス、発進準備完了。カタパルト接続、全システムオールグリーン』

「おい!何でが出るんだよ!!」

『セレス、発進どうぞ』

、セレス、行くわよ!』

「あぁ!くそっ!!おいブリッジ!どう言う事だ!!」

 再び怒鳴り声を上げてブリッジに言うと、返って来たのは降下の知らせだった。

「降りる!?この状況でか!?」

『既に許可は下りています。そのまま待機して下さい』

 この状況で降下をすると言うのは、ある意味無謀とも言える。

 そして、それは第八艦隊を犠牲にしての作戦に近い。

 当然誰もマリューがそんな事をするとは思っていないが、降下するには遅すぎた。

「しかしなぁ……いくら何でもこの状況で降下ってのは………」

「それに、ザフト艦とジンは振り切れても、あの4機が問題ですよね」

「坊主!?」

 当たり前のようにパイロットスーツを着て格納庫に来たキラ。

 フラガは目の錯覚かと思ったが、そうではなかった。

「お前、何で!?」

「ストライクで待機します。まだ、第一戦闘配備中ですよね」

 ストライクのコックピットに滑り込み、システムを立ち上げる。

 降りたと思っていたキラが何故此処に居るのか。

「あんまり若いうちから戦争とかそういうもんに浮かされると、後がきついぜ……」

(まぁ、それはにも言える事なんだがな)

 6歳で軍に入ったとは訳が違うものの、まだ子供に戦場で戦って欲しくない。

 フラガはゼロに乗り込み、システムを立ち上げ始めた。

『フラガ大尉、はもう?』

「あぁ、先に行きやがった。艦長、ギリギリまで俺達を出せ!」

『何を馬鹿な………俺達?』

『カタログスペックでは、ストライクは単体でも降下可能です』

『キラ君!?あ………貴方……どうしてそこに……』

『このままじゃメネラオスもも危ないですよ。艦長!』

『分かった!ただし、フェイズ3までに戻れ!スペック上では大丈夫でも、実際にやった人間はいないんだ。中がどうなるかは知らないぞ!高度とタイムは常に注意するんだ!』

『はい!』

「決まりだな、行くぞ坊主!」

『分かりました!』

 全ての通信を切り、ストライクとゼロがカタパルトに移動する。

 その間は、1人で4人の相手をしていた。