アークエンジェルに乗ってから5回目のアラートが鳴った。
作業をしていた者達の手が一瞬止まり、忙しく戦闘準備に入る。
『第一戦闘配備発令。繰り返す、第一戦闘配備発令!』
「中佐!」
「分かってる!セレスを先に出す!」
「出すって、スーツは!?」
「着替えてる場合か!!」
マードックの止める声を跳ね飛ばし、はセレスの調整をすぐに終え、出撃準備に入った。
『中佐』
「敵は?」
『ローラシア級が1、MSが3よ』
「クルーゼ隊の片割れね。先に出る。アークエンジェルは合流だけを考え、最大全速で逃げろ」
『しかしっ』
「民間人が乗ったまま派手な戦闘は出来ないだろう。合流さえすれば相手も引き下がる。分かったな?」
『………了解』
大部隊を前にさすがのイザーク達も引き下がる筈だ。
無駄な戦力を割けるつもりもない。
そして無駄な命を散らす事も。
『セレス、カタパルト接続。全システム、オールグリーン。セレス、発進どうぞ!』
「・、セレス、行くわよ!」
パイロットスーツも着ず、さっさと戦場へと飛び立つ。
遅れて格納庫にやって来たキラは、セレスがない事に気付きカタパルトの方を見た。
「こら坊主!ぼさっとしてないで、早く乗れ」
「あ、あの!………中佐は、もう?」
「調整をしてたからな、先に出たんだろう」
とても機嫌は悪いようだが、と付け足す。
キラは顔を背け、俯いた。
(やっぱり何かあったんだな)
分かりやすい奴だ、と内心思う。
フラガはそっと息をつき、キラの肩に手を置いた。
「アークエンジェルは第八艦隊と合流する為、全機出撃後最大全速で逃げる。俺達は艦を守りつつ、適宜応戦しろ、だとさ」
「………分かりました」
「無理すんなよ?良いな」
出さない方が良いのかもしれないが、ナタルの言う通り今更出さない訳にもいかない。
少々心苦しくはあるが、仕方がない。
一方先に出ていたは、3機のMSを確認した。
(デュエルにイザーク、バスターにディアッカ、ブリッツにニコルが乗ってるんだったわね)
ヴェサリウスに行った時、アスランからそれぞれのパイロットを聞いた。
大体の想像はしていたが、まさかデュエルにイザークが乗っていると思わなかった。
あれを設計している際、パイロットが一番合うと思ったのは他でもない、あのイザーク・ジュールだったのだから。
「まぁ、それぞれ似合ってるんじゃないの?機体もパイロットも」
唯、もし奪還が成功していたらストライクにはラスティが乗っていた事になる。
それを考えると、何故か1番似合わないような気がする。
(ラスティがMSに乗るのって……あんま想像出来ない)
今は亡き元同僚にして後輩の人間に言うべき事ではないが、素直にそう思ってしまった。
「おっ、イザークは私に挑んで来るのね」
モニターに映ったデュエルがサーベルを手にした。
「さて、遊んで上げましょうか、クルーゼ隊。地獄の番犬、ケルベロスの異名を持つ・がね」
は薄く笑い、サーベルを取った。
互のサーベルが振り下ろされ、受け止められる。
引く気もなければ譲る気もない。
は無理矢理跳ね返し、蹴りを入れた。
「何ぃ!?」
蹴りが入ると思わなかったイザークは、態勢を立て直して再び挑む。
だが次の攻撃はあっさり交わされ、体当たりを食らった。
「くそっ!貴様ぁぁぁぁ!!」
サーベルを治め、ビームライフルを取り出す。
「あ、怒ったかな?」
呑気な事を言いながら、狙ってくるイザークをシールドなどで交わした。
それが益々気に入らなかったのだろう、狙いをの乗るセレスだけにしたようだ。
「でもね、イザーク」
聞える筈のない声。
は小さく、そして冷たく言った。
「私の敵じゃないのよ、貴方達は」
頭の中で、何かが弾けた。
それと同時にスピードと動きが倍以上となり、サーベルがビームライフルを破壊する。
爆発を起こす前に手放し、シールドで身を守ったイザーク。
の乗るセレスは、その瞬間にバスターの元に向っていた。
「……何なんだ………何なんだよ、貴様は!!」
仕留める事もせず、次の元へ向う。
イザークは歯を食いしばり、再びサーベルを手に後を追った。
『ディアッカ!そっちに行ったぞ!!』
「あぁん!?」
反応する方を見ると、セレスが一直線に向って来ていた。
ディアッカはランチャーの照準を合わし、引き金を引く。
だがそれは見事に交わされ、あっと言う間に間合いに入られた。
「嘘っ!?」
顔が引き攣った。
覚悟した死。
だがそれは訪れる事なく、逆に強い衝撃が襲った。
サーベルが左足を切り付け、吹き飛ばすように蹴りを入れる。
「……何て子なの……」
モニターで戦闘を見ていたクルー達は、呆気に取られていた。
「これが、ケルベロスの力なの?」
人が変わったように戦う。
CICに居るミリアリアは、の戦闘を見て身が凍る思いをした。
同じ16の少女だというのに、育った環境が違うだけで差が広がるのか。
「ミサイル接近!数6!!」
「っ!?回避!!面舵15!!」
「ブリッツ、来ます!」
「ストライクとゼロは!?」
「デュエル、バスターと交戦中です!!」
「キラ、中佐、戻って!ブリッツが!!」
お互い数は同じ。
それでも此方が苦戦するのは、力の差なのだろう。
「ニコルの奴っ!」
接近するミサイルを撃ち落しながら、アークエンジェルの元へ急ぐ。
だがそれよりも先にストライクが動いた。
今までとは違う速いスピードで。
「何?」
明らかに変わった動き。
は息を飲んだ。
「キラ?」
『こら!ぼさっとしてないで応戦しろ!!』
「……応戦……しなくてもいい気がするけど」
今のストライク………いや、キラを止める事はきっと出来ない。
それを証明するように、デュエルに大きなダメージを与えた。
「イザーク!?」
攻撃を交わしきれなかったデュエル。
は我が目を疑った。
「そんな……あれでもザフトレッドなのよ?」
そんな相手を民間人が決定的ダメージを与える事など、考えられない。
けれど彼はそれをやった。
離脱して行く3機。
そっと息をつき、ストライクを見る。
「SEEDを持つ者」
呟かれた言葉。
その意味を知る者は、此処にいない。
『中佐、帰還して下さい』
「…………了解」
暫く追っては来ないだろう。
はアークエンジェルに向かって帰って行った。
第八艦隊と無事に合流出来たのは、戦闘から約1時間後の事だった。
「お久しぶりです、ハルバードン提督」
「無事で何よりだ、ラミアス大尉」
地球連合軍第八艦隊総司令であるハルバードンは、マリューにとって上司に値する。
「第七軌道艦隊所属、ムウ・ラ・フラガです!」
「おぉ、フラガ大尉。いや、エンデュミオンの鷹が居た事には感謝する」
アークエンジェルが無事だったのは、彼のおかげでもある。
そしてもう1人。
「2年ぶりですね、ハルバードン提督。お元気なお姿を見て、安心致しました」
帽子もかぶり、背筋を伸ばして敬礼をする姿は、周りの大人達と引けを取らない程立派である。
ハルバードンは視線を向け、頷いた。
「中佐も無事で何よりだ。長期間の任務、ご苦労だったな」
「提督はご存知でしたか」
「2年も姿を見なければ大体の想像は付く。中佐になったのは最近だと聞いた」
「恐れ入ります、提督」
隠し事が出来ない相手だ、ハルバードンと言う男は。
ハルバードンはから視線を外し、その奥に不安そうな表情で立っている子供に目をやった。
「彼らが?」
「ヘリオポリスの民間人です。此処まで来る間、ブリッジの仕事を手伝ってくれました」
「そうか。いや、大変な事に巻き込んでしまったな。申し訳ない。君達のご両親の安否は確認してある。無事にオーブへ降りられたそうだ」
その言葉を聞き、トール達が喜んだ。
ずっと気になっていた両親の安否が分かり、ホッと胸を撫で下ろしている。
それに頷いたハルバードンは、再びに視線を向けた。
「中佐。君に新たな任務が下されるそうだ」
新たな任務、と言う言葉には愚か周りの人間が息を潜めた。
この状況で新たな任務が下されるなど、特殊部隊でなければそう多くない。
「命令は彼が通達してくれる」
そう言ってハルバードンは後ろに目をやる。
目の先には壁に凭れかかり、何か金属製の物を上に投げては取り、投げては取りと繰り返している青年が。
は顔を確認し、名前を呟く。
「アラム・カーロス」
青年は投げるのを止め、凭れていた身体を起こす。
「久しぶりだな、・。折角の短期休暇が、台無しだったな」
「久しぶりに会ってその態度か。相当不機嫌みたいだが、問題でもあったのか?」
アラムと呼ばれる青年は階級からすると少佐。
ハルバードンが居る場で、喧嘩腰な態度を取るとは怖い者知らずなのか、それとも唯の馬鹿なのか。
「……………………出て行ったんだよ」
「はっ?」
「だ〜か〜ら〜!出て行ったんだよ、あいつが!!」
あいつ、と言われて理解する者はいない。
とアラムの間でしか分からない会話に、マリュー達は首を傾げて見ているしかなかった。
「何だ、無事だったのか。懲りない人ね。1人か?」
「んな訳ないだろ!ちゃんと付いてるよ、あの男が」
「なら心配いらんだろ。お前にとったら心配だろうが……」
「喧嘩、売ってると取るぞ」
「売ったつもりはない」
即答し、お互い口を摘むんだ。
それからそっと息をついたのは。
「ご存知なのだろう?場所も」
「場所まではまだ連絡が入っていない」
「成る程、それで機嫌が悪いのか」
「あのな、俺は出て行った事でも怒ってるんだぞ」
「ジッとしていられない性質であるのは、一番良く知っていると思うが?」
「あぁそうだよ!ったく、あの方は気にも止めておられない」
「それがあのお方だ。いずれにせよ、お前はもう少しあのお方を見習って落ち着け。あいつが付いているなら、あの子も大丈夫だ。それで?私の新たな任務は何だ」
さっさと本題に入れ、と目で訴える。
アラムは軽く舌打ちをし、再び金属製の物を投げ出した。
それを何度か繰り返した後、に向って投げる。
はそれを素早く受け取り、アラムと同じように投げては取り、投げては取りの繰り返しをする。
そして胸の前で金属製の物を受け止め、アラムを見た。
「それを保管する事。それが任務だ」
「何故これを私に渡す?私が持っていては、一番危険だと思うが?」
手中にある金属製の物は、何の飾りもない鍵。
特徴があるとすれば、鍵に薄っすらとバラが彫られている。
「誰が持ってても危険だろ、それ系は。地球に降りる事があったら、オーブに1回立ち寄れ。今はあるべき場所から離した方が良い」
鍵のあるべき場所。
それが一体何処なのか、には分かる。
「………分かった。この任務、受けよう」
「間違っても紛失、破壊はするなよ。それのコピーはない」
「覚えておく」
フッと笑って、アラムはハルバードンの元まで足を運ぶ。
ハルバードンは振り返り、アラムと真正面から立ち会う。
アラムは背筋を伸ばし、敬礼をした。
「それでは私は別の任がありますので」
「うぬ。護衛、感謝するぞ」
手を下ろし、隣に居るに視線を向けた。
「万が一あの子を見付けたら、私はどうすれば良い?」
「檻にでも入れて送ってくれ」
「………それも、覚えておこう」
お互い片手を挙げ、叩いた。
2人は小さく笑い、別の任務を遂行する為アラムはその場を去って行った。
アラムが去ったのを見送った後、ハルバードンがに視線を送る。
「どんな獣を飼っているんだね?」
「さぁ、虎か豹かチーターか………暴れ馬みたいな子ですよ。真っ直ぐで、小さな世界から形振り構わず飛び出した、馬鹿な子です」
安否が気になっていたが、どうやら無事に降りたようだ。
それが気懸かりだったにとって、アラムの与えてくれた情報は安堵と呆れの両方。
は苦笑し、ハルバードンの正面を向いた。
「私もこれで。まだ仕事がありますので失礼致します」
「最後までアークエンジェルとストライクを頼むぞ、中佐」
「お任せ下さい。民間人の事、宜しくお願いします」
「心配無用だ。彼らも、ちゃんと降ろす」
視線をキラ達に向け、は小さく頷いた。
そしてハルバードン達に敬礼をし、その場を去る。
その後、ハルバードンはマリュー達と共に場所を変え、キラ達は艦から降りる為の準備をするのだった。