ラクスはアスランに部屋を案内され、1枚のディスクを受け取った。

『ちゃんと録画されてるかなぁ?久しぶりって、本当は会った時に言うんだけど、他人行儀でごめんね』

 それはがヴェサリウスに来て録画したディスクだった。

『話を合わせてくれて有難う。任務遂行の為、私は地球軍に潜入してるから正体をばらす訳にはいかなかったの。ラクスの事だから気付いていたと思うんだけど。もっとゆっくり話したかったけど、そうもいかないから。人質扱いにしてしまって、本当にごめん。こんな事になるとは思ってなくて………』

「あら、気にしておりませんのに」

「ハロ!〜」

「ハロもともっと話したかったですわね」

「ミトメタクナイ!」

「うふふ」

 が録画したのは約3分。

 ラクスは友の顔になっているを見て、微笑んだ。

 そしてが最後に言った通り、見終えたディスクはデータを全て消した。

「また何時か、お会い致しましょうね。

 遠く離れた友人に向け、ラクスはそう呟いた。







アークエンジェルに着くと、キラはフラガに連れられ軍法会議を受ける羽目になった。

「無事だったんですか、中佐」

 コックピットから出て、立ち去って行く2人を見送った後に声をかけられ、振り返った。

「軍曹」

「無傷っぽいですね」

「何もしなかったわよ、あっち。ラクス嬢が人質に取られてるから、下手に出来なかったんじゃない?」

「そいつはそぉですけどねぇ」

「それで?後ろの彼らが何かしたの?」

 雷を食らったかのように落ち込むサイ達。

 マードックは呆れて説明してくれた。

「成る程ね。無断でやった訳だ」

「そぉなんですよ。まったく、こいつらは危険ってもんを知らなくて」

「でも、それで何事もなく私は帰って来れた。礼を言うよ、皆」

 笑顔で言うと、サイ達はパッと明るくなった。

 だがマードックの怒りは収まる事などなく、結局トイレ掃除1週間の罰を食らう事になったのだった。

「そう言えば、坊主は軍法会議に?」

「当然と言えば当然だけど、形だけよ。彼、軍人じゃないんだし。その事はマリューだって分かってると思うから心配いらないわ」

「まぁ、そうでしょうけど……」

「私は一旦ブリッジに上がる。3人共会議なら、誰か居なければならないだろうからね」

「休んだらどうですか?別に中佐が行かなくても平気だと思いますぜ」

「あっちで休んだから問題ない。有難う」

 珍しく5時間ぐらいは寝た。

 これ以上寝たら頭の回転がかかりにくいだろう。

 は半重力の中軍服に着替え、ブリッジに向う道を歩きながら右手を見詰めていた。

「……面倒だな……」

 アスランもキラも、互いに撃つ事を宣言した。

 それでも2人の瞳は迷いが生じていた。

(撃てないだろう、お互い)

 撃たせたくもない。

 なら自分がイージスの相手をすれば良い。

 けれどそれも、結局はキラと自分が変わっただけでアスランの立場は変わらない。

 撃ちたくない、戦いたくない相手。

「醜いな、本当に」

 戦争も、世界も、自分も。

 そして儚く、脆く、弱い。

「私は一体、此処で何をしているんだろう」

 全てが空回りしているように思える。

 いや、しているんだろう。

 それも修復出来ない程に。

「全く、貴方のせいだ」

 探す為に軍に入ったと言うのに、どれだけ情報を集めても見付からない。

 ザフトに居ても結局何も得られなかった。

 自分の立場が危険になるだけで、何も手に入れられなかった。

「……今は、彼らを無事に降ろす事が先決だな」

 自分の事を考えるよりも、まず民間人の事を最優先に。

 はブリッジのドアを開け、床を蹴った。

「ノイマン曹長」

中佐!?ご無事で何よりです」

 ブリッジに残っていたノイマン達は、の無事な姿を見て安堵の表情を浮かべる。

 は小さく頷くと、月までの予想地図を出して貰った。

 ガモフとヴェサリウスが離れている今、恐らく何処かで落ち合うだろう。

 再び4機で責められた厄介だ。

「曹長、頼みがある」

「何でしょうか?」

「曹長には辛いが、このまま月まで急いで行って欲しい。再び連中と戦闘になるのは避けたい」

 2人の為にも、民間人の為にも。

 出来る事なら戦闘なしで到着出来るように。

「頼む」

 一番神経を注ぐのは操縦士である。

 その為、しっかり休んで貰わなければならない事も分かっている。

 だが、回避する為には仕方がない。

「分かりました」

 ノイマンは了承の答えを返し、再び前方を見る。

 はそんな彼に礼を言った。

「有難う」

 それから暫くしてマリュー達がブリッジに帰って来た。

 は小言を言われる前に出て行き、部屋に帰る気にもなれず後方展望デッキに足を向けた。

「見渡す限り闇の世界、か」

 地球にいた時はあれ程憧れていた世界も、一度来てしまえば何も思わなくなる。

 夢がないのだろう、自分には。

 あれ程綺麗だと思った星も、あれ程手に入れたいと思った月も、すぐ傍にある。

?」

 不意に呼ばれて振り返ると、顔を出しているキラの姿があった。

「とんだ災難だったわね」

「あ、うん」

 軍法会議を初めて経験するキラにとって、驚きの連続だっただろう。

「でも覚えておいて。軍人だったら銃殺刑。貴方は民間人だからこそ、処罰はなかったの」

「でも僕は、彼女を人質として助けた訳じゃない」

「皆分かってるわよ、そんな事。でも此処には、無関係な民間人が居るの。それを助ける為には、利用出来るモノは利用する。何処の軍だって同じ考えよ」

 だから捕虜が存在するのだ。

 人質と言うのは、生きているからこそ意味がある。

 最も、捕虜の為に降伏する軍など存在しないのだが、そこから得る情報は貴重だ。

「あのさ、……聞いておきたい事が………あるんだけど」

「聞いておきたい事?」

 聞き返すと、キラはコクンと頷いた。

 それから言いにくいのか、何度か躊躇った後でようやく口を開いてくれた。

「……ラクスさんとは………何時知り合ったの?」

「…………はい?」

 突然キラは何を言い出すのだろう、と内心焦った。

(まさか、気付かれた?)

 そんな筈はないと言い聞かせ、は平然を装って口を開く。

「此処が初めてだけど?」

「なら何で、交換する時名前で呼んだの?今までラクスさんの事、ラクス嬢って呼んでたでしょう?でも最後だけ、お互いに呼び捨てだった」

 引っかかっていた、ずっと。

 アスランとも呼び捨てで呼び合い、少し嫉妬した。

 もう1つ言えば、ラクスがポットから出て来てが話しかけた瞬間、とても嬉しそうに笑ったあれも、正直気になっていた。

 何故、あそこまで嬉しそうな顔をするのか。

「知り合いなんじゃないの?」

 少し強く、キラは訊ねた。

 は気付かれないよう息をつき、目を細める。

、君は一体何者なの?地球軍最年少の16だって言ったよね?しかも中佐って高い位に位置してる。でも、普通のナチュラルなら16の子供に中佐なんて位、手に入れられないんじゃないの?って、もしかしてコーディネ―――」

「君は、何を検索かけてるの?」

 黙っていたが、低い声で言った。

「軍の事も知らない民間人が、何知ったかぶってるのよ。苦労もしらない貴方に、私の事いちいち検索しないでくれない?目障りよ」

「っ!?」

「貴方、私をカレッジの生徒だと言ったけど、私は軍に所属したのが早かったの。カレッジに居たのだって、任務があったから籍を置いただけ。民間人なんて、10年前に捨てたわ」

「じゅ、10年前!?そ、それじゃは……」

「6歳で軍に入ったの。分かった?長年居て、それなりの成果を出せば中佐は手に入るのよ」

 嘘ではない。

 誰もすんなり中佐を手に入れたとは、言っていない。

 長い年月をかけ、やっと手に入れた。

 コーディネイターである事を悟られず、時に失敗もし、騙し続けて得た証。

「これ以上くだらない事言ったら、いくら民間人とはいえ許さない」

 これ以上追求される前に出て行こうと、キラの横を通り過ぎる。

「ちょ、待って!」

 伸びた手が腕を掴み、はそれを拒絶するよう払い除ける。

「私に触れるな!!」

「っ!?」

 フレイにした時よりも強く、払い除けた。

 はキラを睨み、口を開く。

「気安く私に触るな。忘れたのか、私は人に触られるのが苦手なんだ。いや、嫌いなのよ。だから、これ以上触るな」

「…………」

 それは完全な拒絶だった。

 キラは絶句し、身動きもしない。

 はそれを見越し、そのままデッキを後にした。

 こうなるとはお互い予想もしていなかった事だ。

 だが仕方がない。

 にしてみれば、例え民間人でも自分のやっている事、正体をばらす訳にはいかないのだ。

 そしてキラは、唯知りたかっただけ。

 と言う1人の少女を、知りたかっただけだ。

「……どう………して………」

 答えは返って来ない。

 も、それに答える事は出来ない。

「良いのよ、これで」

 掴まれた腕に手を沿え、呟いた。

「出会ってはいけない存在なんだもの、私達」

 仲良くするつもりもなかった。

 気を許すつもりもなかった。

 傷付ける事も、したくはなかった。

 けれど、過去は変える事は出来ない。

 これで良い。

 これで、きっと良いんだ。

 そう何度も繰り返しながら、は格納庫に足を運んだ。







「第八艦隊と無事に合流出来るかしら」

 今のマリューの悩みはそれだった。

 月に向う際、途中で第八艦隊と合流する事になっているアークエンジェル。

 このまま戦闘なしで合流出来れば、彼らにとって喜ばしい事この上ない。

「距離からして、ちょっと微妙だな」

 地図と睨めっこしながらフラガが言った。

「しかし、第八艦隊との合流は目前です。ザフトとて、己の身を危険に晒してまで攻めて来るかどうか」

「相手がクルーゼ隊じゃなかったら、の話だろ。来るよ、あいつはそう言う奴だ」

 5分あるなら5分の間で襲撃する。

 考え方の違いだが、クルーゼ隊はどんな手でも使ってくるだろう。

『ラミアス艦長、聞えるか』

 内線を通じ、セレスの整備をしていたがブリッジに呼びかける。

「どうかしたの?」

『アークエンジェルは今、どの位置に居る』

「丁度デブリ帯と地球の半分って所だ」

『もう一度襲撃があると考えた方がいいな』

「あ、やっぱりそう思う?だよなぁ」

 ラクス・クラインの引渡しをした為、ヴェサリウスが襲撃をかけて来るとは思わない。

 ならば、もう1隻のガモフが来る筈だ。

『出来るだけ戦闘は回避したい。周りに注意し、第八艦隊と合流する』

「分かってるわ。でも、もし襲撃が来たら」

『私と大尉で出る。艦は、合流する事だけを考えろ』

「ちょっと待て、坊主は出さないのか?」

 キラの名前が出なかった事に、フラガは気付いた。

『………………合流を前に、軍の機密であるストライクを民間人のコーディネイターに乗せ、戦わせている所を見せたいと言うのならご自由に。言っておくが、あいつらだって馬鹿じゃない。この辺りで仕留めるつもりだろう。何を仕出かすか分からない状態で、民間人を出すのはどうかと思うがな』

 モニターが暗くなり、通信が途絶えた。

 3人は顔を見合わせ首を傾げる。

「何があったんだ、と坊主に」

「さぁ」

「しかし、此処でストライクを出さない訳にもいきません」

「あいつだって、出すなとは言ってないさ。出して良いんだろうけど……」

 合流を前に一体何が起こったのか。

 大人達はまだ何も知らなかった。