「怒らないでよ〜。ア〜スラン」
「別に怒ってない」
「それが怒ってるって」
「誰もが殴った事で怒ってるとは言ってない」
「………言ってんじゃない、今」
アスランの自室にいるは、背中を向けているアスランの機嫌を取り戻そうと頑張っている。
全てはカモフラージュだった。
アスランがセレスを持ち帰ったのは、唯の偶然。
そう思わせる事が必要だったのだ。
(まぁ、ラウは気付いてるでしょうけどね)
食えない男No1はあのクルーゼだ。
敵に回すと一番厄介なのも恐らく彼だろう。
(取り敢えずは、アスランにお許しを貰わないとね)
小さく笑って、は奥の手を使う事を決意する。
そしては後ろから抱き付いた。
「なっ!?」
耳まで真っ赤にさせるアスラン。
はにやりと笑った。
「ごめんね、アスラン」
小さく呟くと、アスランは頭を振った。
「いや、あの!だから……」
「殴って……ごめんね」
「べ、別に!もう、ほんとに………お、怒ってなんかない!」
「本当?」
「ほんと!ほんとだから!!」
「わ〜い!」
ガバッと離れると、アスランは心臓を押さえる為に呼吸をし、はしめた、と思いながら飛び跳ねる。
(ほんと、アスランって昔から面白いのよねぇ)
謝って無理なら、無理矢理許させる。
これはアスランに限らず、イザークにも有効だったりする。
ニコルはそう怒らせるような真似はしないし、ディアッカは例外だ。
あれにこれをすれば逆に有頂天になる。
ついでにクルーゼには絶対しない。
仮にしようものなら、恐らくアスラン達ザフトレッドが止めに入るだろう。
自分もしようとは思わないが。
「たく、は何時もこれだから」
「うん。そしてアスランも、この後私がする事、分かってるでしょう?」
「………ほんとに、もう怒ってないから………」
「うん。でも……ごめんね」
ちゃんと目を合わせて謝る。
それは何時もがやる事。
そしてそっと赤く腫れた頬に振れ、静かにそこに口付ける。
「っ!?」
「お詫び」
「〜〜〜っ!?」
また顔を真っ赤にさせ、は小さく笑う。
あぁ、何時ものアスランだ。
そう思って安心する自分がいる。
此処にラスティが居れば最高なのだが、彼はヘリオポリス襲撃中に逝ってしまったと、アスランから聞いた。
「悲しいね」
沢山の命が散り、沢山の自然が消え、沢山の思い出の地が破壊される。
流した涙で深い海が出来、そこに自分が溺れてしまう。
「皆、唯笑って暮らせればそれで……それで良いのに……」
「」
「兵器が戦争を生むのか、人の心が戦争を生むのか。正直、分からないや」
弱き者は強き者に全てを奪われる。
土地も、名誉も、地位も、財産も、何もかも奪う。
それが、これまでの歴史上繰り広げられてきた戦争。
「同じ人間同士が戦うなんて……馬鹿げてる」
今だって自分が両軍に籍を持ち、戦っているのにも馬鹿げていると思う。
でも、もう遅い。
なら突き進むしかない。
だから私は今、此処にいる。
「あ〜あ、特務隊の隊長って大変だなぁ」
「何を今更」
「べっつにぃ。何時死ぬのかなぁって思ってさ」
軍に入った時から、命なんてないものだと思っていた。
そして自分は誰よりも一番危険な場所に居る。
両軍に所属する者。
「」
低い声が自分を呼んだ。
「お前は、死ぬなよ」
―――死ぬなよ、。またな。
ミゲルと交わした最後の言葉。
―――またな。
それはなかった。
―――死ぬなよ、。
私はまだ、此処に居る。
ミゲルはもう此処に居ない。
「………死なないよ、私。死ねないから」
見付けなければならない人がいる。
ずっと昔、姿を消してしまった大切な人。
その人を見付けるまでは、絶対に死ねない。
「アスランも覚えておいて」
死ねない。
絶対に、死ねない。
死んではいけないから。
「死なないで、アスラン。皆の分も生きて」
ラスティ、ミゲル、マシュー、オロール。
馴染みの顔はもう居ない。
記憶と写真の中でしか彼らは生きていないから。
「あぁ、俺も……死なない」
軍人がこんな約束をして良いものか。
きっと誰も悪いとは言わないだろう。
軍人も人だから。
「戻るのか?アークエンジェルに」
「任務があるし、月基地に潜り込めば情報だって手に入る」
「さっき隊長に渡したデータは?」
「ストライクとセレスのデータ。上はそれを欲しているからね」
「良いのか?それで」
セレスのデータまで渡すと、何が弱点なのか分かってしまう。
は頭を振り、小さく笑った。
「誰もOSまでは教えてないわよ。性能や設計図を渡しただけ。性能だって、こっちは既に把握済みだと思うけど?」
「それは……そうだが……」
「心配いらないわ。Gシリーズは、主にデュエルを基礎としているから。個々に特徴ある性能が付いただけよ。あまり変わらないわ」
上が欲しているのは正確なデータ。
だからはそれを提供した。
それを上がどうするのか大体の事は分かっている。
「あぁ、そうだ。1つだけ頼まれ事、してくれない?」
「ん?」
多分、暫く会えないと思うから。
せめてこれだけは言っておきたかったから。
ごめんね?
ヴェサリウスに通信が入ったのは、ラクスを人質に取られてから8時間後の事だった。
「来たのね、ストライクが」
ブリッジに上がったはクルーゼに訊ねる。
「ラクス嬢と君の交換、だそうだ」
「どうする気?」
仮面の下に隠された表情は読み取れないが、恐らくクルーゼはどうとも思ってはいないだろう。
「君はどうしたい?」
「質問を質問で返すな」
「これは失礼。だが、交換の対象は君だ」
「私としては、あっちに帰りたいものね。任務中だってのに、こっちに居たら遂行出来ないし」
「任務の為に戻るのか?」
それ以外何がある、と目で訴えた。
クルーゼは小さく笑い、傍らに立っていたアスランを呼ぶ。
「隊長とラクス嬢を交換する。行って来い」
「………分かりました」
「クルーゼ隊長、先に言っておくが……私がアークエンジェルに居る事、他の者には伝えるなよ」
「無論そのつもりだ。君が居ると知れば、イザークが黙ってはいないだろう」
「さすが部下を良く見ている事で」
身を翻し、はドアに向って床を蹴る。
アスランは敬礼をしてから床を蹴り、ドアに向う。
「隊長」
不意に呼ばれて振り返った。
「君は、運命や偶然を信じるかな?」
こんな時に何を、と思ったがは答えた。
「言葉としてその両方は使うけど、それを信じようと思った事はない。偶然などはなく、この世の中にあるのは必然。未来を決めるのは運命ではない。己の心の強さと、力、そしてお前が絶対手に入れる事が出来ないモノで切り開く」
「私が……絶対手に入れる事が出来ないモノ……か」
「自分でも分かっているとは思うけどね」
それじゃ、と短く別れの言葉を言ってドアを閉めた。
「、今のは一体……」
「今のアスランには分からない事よ。時が来れば……貴方にも、イザーク達にも分かるわ。それまで私が言った言葉を忘れないで」
―――任務の為に戻るのか?
―――君は、運命や偶然を信じるかな?
クルーゼが何を言おうとしているのか、何となく分かった気がする。
最初の言葉を分かりやすく言うならば、アークエンジェルに戻るのは任務遂行の為だけでなく、別の理由があるからではないのか、そうクルーゼは言ったのだ。
そして投げられた質問。
(運命や偶然は、きっとあれにある)
・とラウ・ル・クルーゼを繋ぐモノ。
それはたった1つしかない。
その事はクルーゼ自身も知っていて、も知っている。
唯、も知っている事をクルーゼが知らないだけ。
違いはそこだけだ。
(神にでもなったつもりか?)
全てを知り尽くし、世界を変えようとするクルーゼ。
とても慎重で食えない男。
「?」
アスランの顔が、少しアップで映った。
「………何?」
「今、考え事してただろう」
これから交換だと言うのに、そうアスランが言った。
「俺が言うのも何だが……」
「ん?」
「特務隊の隊長だからってさ、その……あまり1人で抱え込むなよ?」
「心配してくれてるの?優しいわねぇ、アスランは」
「俺は真面目に言ってるんだが?」
「大丈夫よ、別に全てを抱えている訳じゃないわ。皆それぞれ大きなモノを抱えてる。それが多いか、多くないかの差。まだ平気だよ、私は。自爆なんてしないし」
「されても困る。が切れたら、止める術を持ち合わせていないからな」
「何よそれ」
怒った表情になったが、互いに噴出して小さく笑った。
「キラはさ」
今まで言わなかった名前を、アスランが言った。
「何であそこに居るんだ?」
「………通信で、何も言わなかったの?」
「いや、友達が乗ってるからって……」
ヘリオポリスの学生だった。
そこで作った友達はキラにとってアスランとは別の特別視があった。
アスランはコーディネイター。
でもトール達はナチュラル。
コーディネイターを妬むナチュラル。
それでもトール達は違った。
コーディネイターであるキラを好み、友達として楽しく付き合っていた。
「ナチュラルって、アスランにとっては憎むべき存在なのかもしれない。けどさ、アスランが許せないのは、地球軍の戦艦に乗ってMSのパイロットをやっているからでしょう?なら、戦場ではない所でキラと友人が一緒に居ても、憎いとは思わない」
「それは……そうだが………」
「キラにとって友達は何よりも大切なのよ。アスランだって、友達がヴェサリウスに乗っていたら守りたいでしょう?」
それと同じよ、と明るい声で言った。
「キラは軍人じゃない。それは私が保証する。利用されている訳でもない。それも私が保証する。キラは唯、友達を守りたいだけ。その為には、どうしても月艦隊と合流して皆をオーブに降ろさなきゃいけない。それまでは絶対にアークエンジェルを沈めさせる訳にはいかないのよ。私も、ね」
何であれ、アークエンジェルにはヘリオポリスの民間人が乗っている。
彼らが艦に乗るようになったのはザフトが攻め込んだ為。
元を言えば地球軍が悪い。
けれど、破壊するような装備で攻め込んだのはザフトだ。
「ストライクよ」
の言葉で、アスランがハッとなる。
『アスラン・ザラだな?』
「……そうだ」
『コックピットを開け!』
銃を向けたまま、キラはそう叫んだ。
互のコックピットが開き、キラの上に誰かが居る。
『話して』
『えっ?』
『声、聞かせないと。本当に貴方かどうか、分からないでしょう?』
『あぁ、そう言う事ですか。お久しぶりですわ、アスラン』
『ハロハロ』
「確認した。も、話して」
「心配かけてしまったようね、有難う」
『確認した』
アスランもキラも、互いに安堵の表情を浮かべたように見えた。
「アスラン、先にセレスを渡して」
「……………」
「アスラン」
「…………分かった」
命令、と言う言葉は口にしなかったが、目がそう言っていた。
アスランはセレスをキラに渡し、キラもそれを受け取った。
「キラ、ラクス嬢を此方に」
『えっ』
「大丈夫。私は必ず帰る。心配いらないさ」
『……分かった。さぁ、行って下さい』
ラクスの背中を押し、アスランは素早くベルトを外して外に出る。
ラクスの腕を取り、引き寄せた。
「有難う、アスラン。様とキラ様も」
「私は何もしていませんよ、ラクス嬢。逆に謝らなければなりません、色々と……」
「まぁ、様がお謝りになる事はありませんわ。仕方がない事ですもの」
優しく微笑むラクスには目を細めた。
『』
キラが呼ぶ。早く帰って来て、と。
「………私が頼んだ事、お願いね」
「……あぁ……」
「どうかプラントに帰ってもお元気で、ラクス」
「……貴方も、どうか無事で」
小さく頷き、はイージスのコックピットを蹴った。
キラが腕を伸ばし、の身体を抱き止める。
「」
帰って来たのだと実感を得る為に、キラはを抱き締めた。
「心配かけて、本当に御免なさい」
「いいんだ。が無事でいてくれたから」
無事もなにも、もしクルーゼ隊がに手をかけたらその時点でクルーゼ隊は抹消される。
(騙されてる……騙されてるぞ、キラ)
言いたくても言えないのがもどかしい。
だが、此処で言ってしまえばの正体がばれてしまう。
アスランはギュッと手を握り、キラに向かって声をかけた。
『キラ!お前も一緒に来い!!』
「っ!?」
『お前が!お前達が地球軍と一緒にいる理由が何処にある!?』
は任務だと分かっている。
でも、戦いたくなんてない。
「僕も……僕だって、君となんか戦いたくない。でもあそこには、大切な友達が居るんだ!!」
失いたくない、大切な友達が。
『ならば仕方がない。俺がお前を撃つ!!』
「僕もだっ!」
苦痛な選択。
交わる事のない平行線を辿る、2人の少年。
『アスラン』
の声が、耳をくすぐった。
『有難う』
その言葉が届くと同時にコックピットが閉まり、ゆっくりと離れて行った。
それを見る事しか出来なかったアスランは、アラートが鳴ったのに気付き、驚いた。
「クルーゼ隊長!?」
『ラクス嬢を連れてヴェサリウスに戻れ、アスラン』
まさか来るとは思ってもいなかった。
(やっぱりっ!)
すんなり返すとは思っていなかった。
だがクルーゼの乗ったMSは出て来るだけ出て来て、そのままヴェサリウスに帰還して行く。
(ラクス……かな?)
「?」
「帰りましょう。皆が心配しているわ」
「あ、うん」
状況が飲み込めていないキラだったが、戦闘せずに済んだ事には胸を撫で下ろしている。
一先ず交換は無事に終了した。
(後は大人3人の説教かな)
軍法会議が開かれるだろうなぁ、と思いながらチラリとキラを見る。
―――任務の為に戻るのか?
(思い通りになど、させてたまるか)
ギュッと手を握り、心の中で誓った。
絶対、クルーゼの思うようにはさせない。
そう固く誓った。