「『コーディネイターの癖に、馴れ馴れしくしないで』か……」
「ちゅ、中佐」
から出て来る冷たいオーラに反応したのか、ミリアリアが僅かに身を強張らせる。
は気付かれないよう小さく笑い、フレイの前で足を止めた。
「なら、ナチュラルの癖に自分が正しいみたいに言うな」
「「「「なっ!?」」」」
「………此処がザフトの艦なら、そう言われたでしょうね」
不敵な笑みを浮かべた。
キラ達はそっと胸を撫で下ろしたが、それが何故なのか分からなかった。
「キラ、トレイを持ってラクス嬢をお部屋にお連れして」
「……分かった」
「後でお伺い致します、ラクス嬢」
「まぁ!それは楽しみですわ。必ず来て下さいね、様」
優しく微笑み、背中を押した。
2人が食堂から出て行くと、はカズイ、ミリアリア、フレイの順番で見る。
「1度ならず2度までも、懲りないお嬢様ね」
「な、何よ!?本当の事じゃない!!」
「コーディネイターを生み出したのはナチュラルであるのに……か?」
「そ、それは!」
「自分は関係ない、とか言わないでよ。見苦しいから」
ブルー・コスモスもそうだが、ナチュラルは忘れている。
コーディネイターは初めから居た訳ではなく、ナチュラルが生み出した新たな命。
故に、ナチュラルがコーディネイターを妬むのは間違いである。
人より優れている存在かもしれない。
だが、完璧ではないのだ。コーディネイターとて馬鹿もいる。
それを知らない、否、知ろうとしない彼らに勝手な事を言うのは許せない。
「あまり、艦内でも問題起こして欲しくないのよ。こっちは死ぬか生きるかの境界線に立たされてる。くだらない事で気を逸らしたくない。分かる?」
「……御免なさい……私が、フレイに食事を持って行って欲しいなんて頼むから………」
「ミリアリアは気を利かせただけだ。私が言いたいのは、オーブはコーディネイターもナチュラルも受け入れる中立国。それを理解して住んでいる者が、コーディネイターだから、と言う理由で問題を起こして欲しくない、と言う事なの。それに、彼女は民間人だ。捕虜でもない。怖い、と思うのは仕方がないけど、拒絶するなら部屋にでも閉じ篭っておけ。邪魔なだけだ」
最後だけはきつく、そして冷たく言った。
「何なのよ!偉そうに言っちゃって!!パパに会ったらただじゃ済まされないわよ!!」
大西洋連邦事務次官の父であるフレイにとって、は怖い者ではない。
父にありのまま報告すれば、なんて直ぐに軍から追放される。
そう、フレイは信じていた。
だが、返ってきた言葉はフレイが望んだモノではなかった。
冷たく、そして不敵な笑みを浮かべたまま、は静かに言った。
「安心しなさい。そうなる前に彼は追放、または私より下の位に落ちるわ。それに、あの人が上にどう言ったところで、私が軍から追放される事も、罰を受ける事もない。今、地球軍が失ってはならないのは、アルスター事務次官ではなく、この私なのだから」
上がもし秤にかけると言うのなら、事務次官の方が重く自分の方が軽い。
そして呆気なく切り捨てるだろう、彼を。
―――わ、私は!貴方を死なせる訳にはいかないのよ!?
そう、ヘリオポリスが崩壊する前にマリューが言っていた。
(あれって、どう言う意味なの?)
近くで聞いていたミリアリアは、マリューの言っていた言葉を気にしていた。
そして今、が言った言葉も。
「さて、休憩時間が削れるわ。民間人は民間人らしく、居住区にでもいたら」
その言葉だけ残して、は食堂から出て行った。
残されたミリアリア達は、フレイの様子を探るように見る。
そこには、怒りに満ちたフレイが立っていた。
ブリッジが喜びの声を上げたのは、がブリッジに上がる数分前の事だった。
「先遺艦隊が?」
「えぇ、もう時期通信出来るわ」
食堂を出た後、ラクスとの約束を守る為部屋に向かい、キラを交えて3人で話をしていた。
それからブリッジに上がったのだが、どうやら先遺艦隊が艦を探しており、近くまで来ているらしい。
乗っている民間人のリストは、既に送ったそうだ。
「アルスター事務次官も居るそうよ」
「あっそ。丁度良いわ」
素っ気なく返すに、マリューは首を傾げた。
何かあったの、と聞こうとしたが、通信が入ったのでそれを中断する。
モニターには、先遺艦隊のメンバーが映し出された。
「マリュー、宜しく」
床を蹴り、壁際に移動する。
マリューはそっと息を付き、言葉を交わした。
それから直ぐにアルスター事務次官が現れ、自分の娘の顔を見たい、と言い出した。
「残念ながら、いくら事務次官の申し出でも民間人をこの場にお連れする事は出来ません」
それまでずっと口を閉ざしていたが、モニター前に移動して言った。
『おぉ!これは少佐。久しいな』
「お久しぶりです。ですが、私は今中佐に昇進しましたので。覚えて頂けると幸いです」
『何?中佐に昇進したのか。それはまた、頼もしいな』
「有難う御座います」
言葉だけで、心から喜んでいるようには見えない。
マリューは不安そうにを見るが、は気にも留めず再び口を開く。
「事務次官、1つお伺いせねばならぬ事があります」
『ん?何だね』
「我々軍人は、コーディネイターであってもナチュラルであっても、民間人である者には手出し無用。そうですね?」
「お、おい。いきなり何を……」
フラガが止めようとするが、はそれを手で止めた。
「そして同時に、民間船にも手出し無用。それは、地球軍でもザフト軍でも同じ事………そうですね?」
『……………その通りだ』
「事務次官。非常に残念な事に、それを破った者が軍内におります。私は、それを見逃す事は出来ません。それは立場上の事もあり、ある方より受けている命でもあります」
特殊部隊とは、トップから受けた命令に従い行動する。
だが時に、トップでなくとも聞き入れる事がある。
それは異例で、あってはならない事。
それをあえてするのは、軍内を良くする為だ。
「ジョージ・アルスター及び、モントゴメリィの全クルーに問う。アークエンジェルを捜索中、デブリ帯の近くでザフトの民間船、シルバーウィンドと出会い、臨検をした後沈めたのはお前達か」
「何ですって!?」
「んな馬鹿な!?」
何を証拠にそんな事を言っているのだ、とブリッジ要員達からも事務次官からも目で訴えられている。
はポケットから小さなマイクロチップを取り出し、言葉を続けた。
「これは、シルバーウィンドのブリッジから押収した録画チップです。残されているとは思いませんでしたが、しっかりと映っていましたよ、モントゴメリィと通信の声が」
チップをパルに渡し、モニターに出した。
するとモニターには、シルバーウィンドが録画したモントゴメリィと通信で臨検すると言う声………おまけに、事務次官の声で録画されていた。
「こんな事が……」
さすがのナタルも絶句した。
「これは、上に報告させて貰う。コーディネイターが嫌いなのは構わないが、無差別に殺して良いと言うものでもない。『血のバレンタイン』からもうすぐで1年が経つと言うのに、それの追悼慰霊団代表の乗る船を沈めるとは、腐った男だ」
冷たく言い放ち、多少怒りの籠もった目でモニターを見る。
「此方も、出来るだけ早く合流出来るようにする。近くに敵がいる可能性もある為、全速ではいけないが……無事に合流出来る事を祈る。その時、どうなるか覚えておく事だ」
通信回線をオフにし、深く息をついた。
「…………」
「『私達の最初の方』とは、コーディネイターの最初の人間、ジョージ・グレンを指している。そして地球軍には同姓同名はいない。だが、同名はいた」
「それが、ジョージ・アルスター?」
「まさかとは思ったんだけど、決定的証拠が手に入ったからね」
世も末だ。
マリュー達は何とも言えない表情を浮かべ、合流出来る事は喜ばしいと思っても、まさか合流するモントゴメリィがラクスの乗っていたシルバーウィンドを沈めた犯人だとは思いたくなかった。
「でもま、子供がいなくて良かった。いたら、きっと驚いてしまうでしょうから」
特にサイは、と心の中で言った。
それから数分後、艦内にアラートが鳴った。
先遺艦隊がザフトの攻撃を受けているらしく、艦長の判断で助けに行く事になった。
行ったとて、もう手遅れだと分かっていても。
「アルテミスではガモフしかいなかったけど、今回はヴェサリウスか」
ヴェサリウスにはアスランしか居ない事を、は知っている。
残り3機はガモフに収容されている為、手強い相手はアスランのみだ。
ジンを戦闘不能にさせると、迷わずイージスにサーベルを振り下ろした。
無論、簡単に腕は落させてくれない。
「………意地悪………」
通信回線を開いた状態で呟くと、その声が聞こえたらしいアスランは呆れと怒りが混じった声で言い返してきた。
『意地悪はどっちだ、意地悪は!の狙いは俺だけかっ!!』
「無論、ラウがいればラウ直行なんだけどねぇ」
いないから、と笑顔で言った。
(何だっては何時もこぉ!!)
『俺に恨みでもあるのか!!』
思いっきりサーベルを振り下ろすアスラン。
はそれをシールドで防いだ。
「だって、私が相手をしなきゃ戦うんでしょう?キラと」
『っ!?』
「なら、こうするしかないじゃない」
シールドでサーベルを跳ね返し、銃を向ける。
イージスはそれを避ける為反転する。
それを防ぐように、ストライクが行く手を阻んだ。
『っ!!』
「キラ!?」
『イージスの相手は僕がする!だからは艦隊を!!』
「なっ!?」
『早く!!』
戦わせたい訳ではない。
アスランはキラの親友で、キラはアスランの親友。
互いに大切な存在であるにも拘らず、銃を向ける。
そうさせてしまったのは、自分にある。
だから、戦わせたくなかった。
でも―――
「………無理………しないでね……」
『有難う』
イージスの前から反転させ、セレスは先遺艦隊に向けて飛び立つ。
立ちはだかるジンの腕や足を切り付け、蹴り飛ばす。
こうすれば大体のMSは戦う事も出来ず、艦に帰るのだ。
殺したい訳じゃない。
だから、殺さない。
はセレスに残されたパワーモニターに目を向け、ある事を思い付いた。
「これなら、ラクスと交換って事で出来るわ」
は閉まっていたキーボードを出し、素早くイージスに電報を打った。
その電報がアスランの目に止まったのは、がキーボードを直した10秒後の事。
「ラクスがアークエンジェルに!?」
捜し求めていた婚約者が、まさかアークエンジェルに居るとは思いも寄らなかった。
そして、それを証拠付けるようにアークエンジェルから通信が入った。
モントゴメリィが沈んだすぐ後に。
『ザフト艦に告ぐ!此方は地球連合軍艦艇、アークエンジェル!当艦現在、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クライン嬢を保護している!偶発的に救命ポットを発見し、人道的立場から保護したものであるが、以降当艦への攻撃が加えられた場合、それは貴艦のラクス・クライン嬢に対する責任放棄と判断し、当方は自由意志でこの件を処理するつもりである事をお伝えする!!』
「ナタルの奴!!」
『卑怯な!救助した民間人の少女を人質に取る!?そんな卑怯者共と戦う事がお前の正義か!?キラ!!』
『アスラン』
『彼女は助ける!必ずな!!』
そしてアスランはストライクの前から飛び立った。
キラはそれを唯見る事しか出来なかったが、直ぐに大声を出した。
『アスラン!?何をするつもりだ!!』
その言葉で、セレスに急接近するイージスに気付いた。
『この機体は頂く!!』
『止めろ!アスラン!!』
形を変えたイージスは、セレスを捕まえヴェサリウスに向け飛んで行く。
ストライクはそれを追いかける為着いて来るが、は通信で言った。
「私の事は良いから、キラはアークエンジェルに帰って!」
『でも!!!』
「大丈夫。必ず、帰るから」
優しく、心配させないように言った。
それからストライクは追うのを止め、アークエンジェルに向かって帰還して行った。
はそっと息をつき、アスランに声をかけた。
「ご苦労様、アスラン」
『戦闘中に、あんな電報送って来るな』
「ごめん。でも、これであっちもラクスには手が出せないわ。本当は、私1人が人質になるつもりだったんだけど」
アスランに送った電報はこうだ。
ラクスがアークエンジェルに保護されている。
パワーダウンしたセレスを捕らえ、ヴェサリウスに帰還。
人質として取れば、交換で安全、且つ確実に取り戻す事が出来る。
そう短い文章だった。
予定は多少なりとも狂ったが、をヴェサリウスに連れて行く必要があった。
「分かってると思うけど、電報は削除しておきなさい。パイロットが私である事も、知らなかったように振舞う事。良いわね」
『…………了解』
「ごめんね、有難う」
イージスとセレスはヴェサリウスに到着し、格納庫は一時騒然となった。
一気に銃口を向けられ、アスランが非難の声を上げる前にクルーゼが現れた。
「これはこれは………久しいな、・隊長」
「そうね、久しぶりだわ。ラウ・ル・クルーゼ隊長殿」
火花が、散った気がした。
「クルーゼ」
「何だね?」
「………………後であんたを殴らせろ」
睨み合った状態で何を言い出すかと思えば、そんな事。
いや、そんな事などではない。
「ついでに!アスランも殴らせて!!」
「何ぃ!?」
「ヘリオポリスを崩壊させるわ!私の機体をお持ち帰りするわ!!あんた、一体どう言う訓練及び教育してんのよ!!」
「失礼な奴だな。私は至って普通だが?」
「そう言うあんたがすっごくムカつくぅ!!」
拳を震わせながらは言った。
(俺、何でを連れて帰ったんだ?)
連れて来たのは間違いだったのではないだろうか、とアスランは真剣に悩んでしまった。
そしてその後、クルーゼの前でアスランは殴られるのであった。