アルテミスでは感じる事のない揺れに、ガルシアは驚きの表情を浮かべた。

(来るのが遅い!ブリッツのパイロットは誰よ!!)

 それをニコルが聞けば、何で僕がそんな事言われなきゃ駄目なんですか、と呆れながら言っただろう。

 キラはコックピットの前に居た兵士を蹴り飛ばし、はガルシアにこれまでの恨み、とでも言おうか、右、左とストレートに顔を殴りつけ、腹に一発膝を入れた。そして最後はよろけた彼に踵落しをお見舞い。

 キラに蹴り飛ばされた兵士が態勢を立て直したが、の回し蹴りでノックアウト。

 兵士を踏み付け、セレスに乗り込む。

「ストライクは先に出て。外にまだ敵がいるかもしれない」

『分かりました』

 ストライクが先に出て行くのを見ながら、は素早くロックを解除する。

 セレスのロックが全て解除され、目に光が宿る。

「全システムオールグリーン。セレス、システム起動。行くわよ」

 セレスが動き出し、レーダーを頼りに外に出る。

 アルテミスは傘が破られ、至る所から爆発が起きていた。

「アークエンジェル!聞えるか!?」

『中佐!?無事だったんですね!』

「私は問題ない。彼も無事だ。艦長達は!?」

『既に艦に乗っています』

「分かった。こっちはユーラシアを利用して敵の目を誤魔化す。発進準備は!?」

『既に完了しています!』

「さすがだな、ノイマン軍曹」

『下は、上を習うものですから』

 小さく、は笑った。

「艦長が戻ったら離脱!最大全速で振り切るぞ!!」

『了解!』

 愛着もないユーラシアのアルテミス。

 一時的に此処の部隊にいたは、アルテミスの現状調査、と言う事で訪れた。

 彼らには移動、と言う事で受け入れて貰ったのだが、既には特殊部隊に籍を置いていた。その事を知らないガルシアは、年齢では子供のに手をかけようとした。

 それを回避し、さっさと任務を終えてアルテミスから離れたにとって、此処は沈むべき要塞だと思っている。

 世界の為、地球軍の為、此処はあってはならないものだ、と。

「まぁ、アルテミスの傘のデータは今後役に立たせて貰うけどね」

中佐、キラ、アークエンジェルに戻って!離脱するわ!!』

「タイムアウトか。OK、すぐに向う」

 ライフルの照準を管制室に合わし、戸惑う事なく引き金を引く。

「永遠の眠りを」

 セレスを反転させ、アルテミスから出て来たアークエンジェルに着艦する。

 既にストライクは着艦を完了しており、セレスが着艦したと同時に機関最大で離れて行く。

 それから数秒後、アルテミスは大爆発を起こして堕ちた。

 ザフトと連合の、共同作業のようにも見えたアルテミス崩壊。

「任務、終了っと」

 モニターで堕ちるアルテミスを見ながら、は薄く笑った。

「ザフト軍特務隊隊長を、甘く見るんじゃないわよ」

 上から受けた命の内1つを成功させ、は受けた命の項目からアルテミスを削除した。

 それから格納庫にセレスを治め、外に出る。

!」

「ムウ」

 お互いファーストネームで呼び合い、相手の手を叩いた。

「無事だったんだな」

「そっちも、無事で良かった」

 安堵の表情を浮かべ、視線をフラガからストライクに移す。

「彼は?」

「それが……声をかけたんだが無言のまま出て行ってよ………何かあったのか?」

「ガルシアの奴が、ね。ちょっと行って来る」

「その前に!」

 腕を取り、横を通り過ぎようとするを止めた。

「お前は大丈夫なのか?」

 が食堂で何をされたのか、フラガ達はノイマンから聞いた。

 だがは、何でもなかったような笑みを浮かべ、頷いた。

「平気よ、あれくらい。心配されるような事でもないし、そんなんで心配してたら、軍人なんてやってけないって」

 は今の仕事柄、自分を騙し、相手を騙さなければならない位置にいる。

 情報収集は愚か、それを行う為には己の身体すら売らねばならない。

 その先に上が必要とする情報があるのなら、仕方がない。

「大丈夫。ガルシアには痛い目に合って貰ったから」

「……お前が言うなら…………それで良いが……辛くなったら言えよ?」

「うん。有難う」

 笑って、今度こそフラガの前から離れて行く。

 その後姿を見送り、格納庫からいなくなったと同時に溜息をついた。

「誰にも触られたくない筈が、坊主にはあっさり許しやがって」

 これはある種の嫉妬なのかもしれない。

 だが、フラガにとっては妹みたいな存在。

「手ぇ出したら許さねぇからな」

 それはキラに対する宣戦布告だった。







 居住区の一室前で、は入るのを躊躇っていた。

(慰め……なんて必要ないよね?)

 キラが傷付いているのは分かっているが、だからと言って自分が会って何になる。

 がしなければならない事は山とある。

(関わらない方が、彼の為でもあるんだけど………ね)

 それでも、ガルシアの言葉を聞いたのはだけで、キラが傷付いている理由を誰かに話すことは気が引けた。

 は備え付けのボタンを押す。

『キラ君?私……だけど……入るよ?』

 ベッドに倒れ込んでいたキラが身を捻らせ、目を薄っすらと開けた。

 差し込んだ光が眩しく、声の主をぼんやり見上げる。

「トリィ」

 ロボット鳥がの肩に止まり、可愛く首を傾げた。

 それを優しい目で見たに、キラは薄っすら涙を浮かべる。

「キラ君」

 ベッドに腰を下ろし、人差し指で涙を拭う。

 そして優しく頭を撫で、小さく微笑んだ。

「……ぼ………くは……………っ」

「あいつの言った事なんて気にしちゃ駄目。キラ君は守りたい友達がいる。彼らを守る為に戦ってるだけ。事情も知らず、唯身勝手な事ばかり言う連中の言葉なんて、気にしちゃ駄目よ」

「でもっ!」

 ガバッと起き上がり、キラは大粒の涙を流しながら訴えた。

「僕は誰とも戦いたくないんだ!アスランとだって、同胞とだって、地球軍とだって戦いたくなんてない!此処にはトール達も居て、戦う事が出来ないから!だから僕は、皆を守る為に戦ったんだ!!それだけなのに、唯守りたかっただけなのに!!それでもアスランは僕に銃を向ける!裏切り者なんだ!アスランにとっても、ザフトにとっても僕は!!」

「キラ君」

「僕は戦争が嫌でヘリオポリスにいたのに!何で奪うの?何で僕だけがこんな思いをしなきゃ駄目なの!?僕は、誰も殺したくないのに!!」

 分かりきっている事だ。

 キラはコーディネイターかもしれない。

 だが、唯それだけだ。

 正規軍でもなく、両軍の戦争状況を知っている訳でもなく……。

 地球軍がオーブに手を借りたばかりか、そのオーブが所有するヘリオポリスを犠牲にした。

 アークエンジェルとGシリーズの5機を開発した

 自らが乗るセレスも作り変え、ヘリオポリスに置いていた。

 恨まれる事も、承知していた。

 何も言わないが、トール達ですら恨んでいるだろう。

 自分はこの艦の最高責任者。

 彼らの命を預かり、無事に家族の元へ帰さねばならない。

 コーディネイターは、万能ではない。

 コーディネイターは、機械ではない。

 コーディネイターは、化け物ではない。

「……私は……」

 いっその事、言ってしまえば良いのだろうか。

 君は裏切り者のコーディネイターではない。

 裏切り者のコーディネイターは、この私だ、と。

 地球軍特殊部隊所属、中佐。

 ザフト軍特務隊フェイス、隊長。

 6歳の頃に地球軍に入ったは、13の時にプラントに移動。

 軍の動きを見て来い、との命を受けた為にアカデミーに入学。

 16で特務隊フェイスにまで上り詰めた。

 そして今、は地球軍にいる。

「………私には、キラ君の記憶を消す事は出来ないし、過去を戻す事も出来ない。けど、未来なら変える事が出来る」

「……えっ?」

「もう、良い。君がストライクに乗る必要はない。セレスなら、本当に遠隔操作が出来るから……キラ君が乗らなくても大丈夫。私が、キラ君と友達を守るから。民間人に助けを求めるなど、正規軍としては恥ずかしい事この上ないからね」

「………ちゅう……………さ……?」

「大丈夫。此処にはエンデュミオンの鷹と、地獄の番犬ケルベロスの異名を持つMA乗りとMS乗りがいるのよ?必ず……貴方達を守るわ、私が」

 本当の真実を知らないキラには、絶対生きていて欲しい。

 この先何が待っていようとも、キラが生きて幸せな人生を歩んでくれる事が彼女の……キラの母の願いだから。

 だから、戦争とかない平和な国に、必ず帰す。

 取り返しが付かなくなる前に。

 自分とは全く違う、温かくて優しい世界で生きて貰う為に……。

「…………すみません」

 小さく、キラが呟いた。

「どうして謝るの?」

 首を傾げると、キラは手を握り締めて言った。

「中佐や大尉達が必死で戦ってるのを見ているのに、身勝手な事言って……」

「身勝手は此方の方よ。民間人のキラ君に力を借りた――」

「でも君は、工業カレッジの生徒だ」

「えっ?」

 目を、丸くした。

「中佐は確かに正規軍かもしれない。でも、僕と同じカレッジに通い、今は休暇中。歳だって僕と同じで、女の子だ。女の子を戦場に出すなんて、僕には出来ない」

「キラ……君?」

「キラ」

「へっ?」

 間抜けな声を出した。

 キラは一度目を伏せ、少し恥ずかしそうに言った。

「呼び捨てで呼んでよ、お願いだから。その方が、何だか安心する」

「……キラ……?」

「うん、そう」

 ふわりと微笑んだ。

 純粋で優しく、おっちょこちょいなところもあるが、友達思いの彼。

 月の幼年学校でアスランと共に成長し、別れた2人。

「中佐?」

「何?」

「中佐の事、って呼んでも良いかな?」

「あ〜まぁ……正規軍でもないし………別に構わないけど………」

「良かった」

 またふわりと微笑んだと思えば、キラがそっと抱き付いて来た。

 これに驚き、そしてまた身を強張らせる。

「怯えないで

 そんな声が、耳に入った。

「少しだけ……少しだけこうさせて?すぐ…………離れるから」

 声が小さくなったのに気付き、キラの表情を伺おうとするが無理だった。

 はそっとキラの背中に手を回し、優しく撫でる。

 こんな所をヤマト夫妻が見たら、どう反応するだろうか。

「…………」

「ん?」

は………普通に話していた方が可愛いよ」

「なっ!?」

 普通、と言うのは恐らく軍人の顔でもなく、潜入中の顔でもなく、硬くない柔らかな話し方の事だろう。

「軍人だから、仕方ないかもしれないけど」

 16で中佐の位を持ち、特殊部隊にまで所属している身としては、周りから甘く見られてはならない。

 だからこそ、口調も性格も変えた。

 それが、この仕事上で生き抜く為の秘訣だ。

「せめて僕らの前だけでも………普通の女の子で良いんだよ?」

 工業カレッジの生徒なんだから、と付け加えた。

 両軍に所属している以上、何時でも緊張を解いてはならない。

 例えそれが休暇中であっても、休憩中でもあってもだ。

 もしそれを解けば、命に関わる事になる。

 人に、気を許してはならない。

 人に、甘く見られてはならない。

 どんな事があっても、強い自分でいなければならない。

 それは軍人としても、1人の人間としても。

(無理な相談、なんだけどね)

 は苦笑した。

 そして身体に重みを感じ、そっとキラの表情を伺う。

 今度はちゃんと表情を見れたが、それは寝顔だった。

「疲れたんだろうね」

 小さく笑って、キラを横に寝かせる。

「トリィ」

 羽ばたき、キラの枕元に下りる。

「ご主人様を見ていて上げてね、トリィ」

「トリィ」

 可愛い緑のロボット鳥は、アスランがキラに贈ったプレゼント。

 そしてアスランは2度とロボット鳥を作る事はなく、今は球体のハロを大量生産している。

「ハロも良いけど、トリィも欲しいなぁ」

 そんな事をぼやきながら、は静かに部屋を出て行った。