五月蝿いアラートに叩き起こされ、は待機室に向った。
(気付かれたか)
予想はしていたものの、さすがクルーゼ隊と思う。
今回はパイロットスーツに着替え直し、待機室を出る。
そこには既にフラガとキラが居た。
「ようやくお目覚めかい、お姫様」
「夢も見なかったわよ。睡眠妨害されて、機嫌悪いの」
「顔に書いてるぜ、そう」
「ご丁寧にどうも」
一睨みすると、視線をキラに向ける。
「大丈夫なの?」
「出来る事をやれって、大尉に言われましたから」
「ム〜ウ〜?」
声を低めて名前を呼ぶ。
フラガは渇いた笑いをしながら両手を挙げていた。
『MA、MSのパイロットは搭乗機にて待機せよ。繰り返す、MA、MSのパイロットは搭乗機にて待機せよ』
「ほ、ほら!中佐も坊主も待機だぞ」
床を蹴って奥にあるMAまで向うフラガ。
「逃げたな」
頬を膨らませてそう言った。
そんなを見て、キラは僅かに頬を赤くする。
「兎に角貴方は、自分の身を第一優先に………どうしたの?」
そっと頬に手を添えると、キラは顔を真っ赤にさせて頷いた。
「だ、大丈夫!平気、ですから……」
「なら……良いけど」
「ほ、ほら!中佐も待機しないと」
「あぁ、そうね。それじゃ、また後で」
床を蹴り、セレスのコックピットに乗り込む。
キラもそれに習い、ストライクのコックピットに乗り込んだ。
この時はまだ、奪われたMS全機が攻めて来るとは誰も思っていなかった。
苦戦を強いられるのも、キラが、絶体絶命のピンチに追いやられる事も。
全ては、宇宙に出た後に気付く事となる。
「後はユーラシアの指示に従って。私の名前は、奴等にばれないよう気を付けて」
『分かったわ』
奪われた4機を相手に、苦戦を強いられながらも追い返す事が出来た。
セレス、ストライク、ゼロは無事帰還し、艦も無事。
今はユーラシアの領域に入っている。
はコックピットから出て、ストライクの前で集まっているマードック達の下へ行った。
「どうした」
「坊主が出て来ねぇんですよ」
「彼が?」
何度か声をかけているフラガ。
は変わるよう目で告げ、外からコックピットを開けた。
最初に目にしたのは、小さく震えながら固まっているキラの姿。
「キラ君」
声をかけると、キラの目が少しだけ揺らいだ。
コックピットに入り、ヘルメットを取る。
キラがどれだけ必死だったか、ヘルメットにつく汗が物語っていた。
「大丈夫。みんな無事だ」
ベルトを外し、レバーを握り締めている指を優しく取る。
「君も、私も、大尉も、この艦も。皆無事よ」
「あっ」
「信じられない?」
全ての指を取ると、は両手をキラの頬に触れた。
「ほら、温かいでしょう?」
「っ!?」
「心配いらないわ。皆生きてる。貴方のおかげよ、キラ君」
優しく微笑むと、キラは弾かれたようにの腕を取り、抱き締めた。
一瞬の事で理解する事が出来なかったが、は僅かに身を強張らせた。
フレイの時のように拒絶したくても出来ない。
いや、して良いとは思えない。
は腕を背中に回し、ゆっくり背中を撫ぜた。
それを外で見ていたフラガとマードックは顔を見合わせ、やれやれと肩を竦める。
(人に触られるのを極端に嫌う奴が)
一瞬身を強張らせたのを、フラガは見ている。
(まったく、は相変わらずよく分からん)
野次馬達を追い払い、もう一度ストライクを見た。
コックピットから2人が出て来て、俯くキラを誘導するように手を引く。
その光景が微笑ましく、また複雑な思いになる。
「どうかしたんですかい?」
マードックに話しかけられ、フラガは肩を竦めた。
「いや、なんかこぉ……娘を取られた気分がしてなぁ」
「はぁ?」
「こっちの話だ、忘れてくれ」
手をひらひらさせながらそう言った。
2人の姿が完全に格納庫から消えると、フラガは何かを思い出したかのように急いで後を追った。
(初戦ではないけど、あの機体相手だったら誰でもあぁなるか)
キラに着替えるよう促がし、待合室のソファーに座る。
両手を腕に添えると、小さく震えた。
「………あの人の魂が呼び寄せたのか………」
小さく囁かれた言葉はドアの開く音で消され、は何事もなかったように立ち上がった。
「少しは落ち着いた?」
「……はい。あの、すみませんでした」
「何が?」
首を傾げると、キラは言いづらそうに頬を赤くし、俯く。
「キラ君?」
「えっと!あの……そのぉ…………僕がだき―――」
「ッ!!」
ドアが通常に開くよりも早く開き、キラは固まり、は驚きの表情でドアを開けた者を見た。
「お前、こんな所でのんびりしてる暇、ないだろうがっ!!」
「い、いきなり入って来て怒らなくて良いでしょう!?のんびりしてる訳じゃないわよ!!」
「だったら、さっさと整備してロックをかけて隠れとけ!もうすぐユーラシアなんだぞ!!」
「げっ」
ユーラシア、と言う単語に反応し、は心底嫌そうな表情をした。
キラの目にもそれが映り、小さく首を傾げる。
「…………分かったわよ」
「だったら早く行って済ませてこい」
「言われなくってもやります!」
頬を膨らませながら怒る。
フラガは苦笑して、手をひらひらする。
は視線をキラに戻した。
「話の続きはまた後で」
「あ……いえ、別に良いです………」
「そう?それじゃ」
軽く肩を叩き、開いているドアから出て行く。
キラはそれを少し寂しげに見送ると、フラガがキラに声をかけた。
「お前も、整備した時にロックをかけておけよ。自分以外には絶対外せないように……」
意味ありげな表情で言うフラガに、キラは疑問を浮かべながら頷いた。
ユーラシアの単語で表情を変えた。
ストライク、セレスにロックをかけるよう言ったフラガ。
キラはこの時、ユーラシアの基地に着いて何かが起こるのだと悟った。
その後、約10分でアルテミスに到着。
艦にはユーラシアの部隊が押し寄せ、マリュー、フラガ、ナタルの3人が艦から降ろされた。
他は民間人も含め全員食堂に集められ、監視される羽目となり、キラもその1人となった。
そして、何故か私服に着替えているも。
「何で私服着てるの?」
小声でミリアリアが訊ねてきた。
「一応、短期休暇を得てヘリオポリスに居たから……今もその休暇中なの。だから、厄介事には巻き込まれたくなくて」
「こうなる事、分かってたって事ですか?」
「う〜ん……まぁ、そうね」
「ユーラシアって、味方の筈でしょう?大西洋連邦と仲悪いんですか?」
「そう言う問題じゃねぇよ」
「識別コードがないのが悪い」
「本当の問題は別のところにありそうだがな」
この言葉に、勘の鋭い者は頷いた。
そして暫くすると、の予想していた展開が訪れた。
「私はこの要塞の司令官のガルシアだ。この艦に積んである、2機のMSの技術者とパイロットは誰だね?」
自分の事だ、とキラは腰を浮かせて立ち上がろうとしたのを、後ろにいたマードックと、隣に座っていたによって阻まれた。
突然の事に困惑するキラ。
は頭を振って、マードックら正規軍にアイコンタクトでキラを守るよう告げる。
「何があっても動かない事。絶対だ」
低く、小さな声で言われたがキラには十分届いていた。
「パイロットと技術者だ!この中にいるんだろう!?」
ガルシアと共に来た副司令官が怒鳴る。
その声に、女子供は身を強張らせた。
「何故我々に聞くんです?艦長達が言わなかったからですか?」
「何ぃ!?」
ノイマンの胸倉を掴み、怒鳴る副司令官。
それでも尚、ノイマンは引き下がらず言葉を続けた。
「それとも、聞けなかったからですか?」
「ストライクとセレスをどうしようってんです?」
大方分かりきっている事だが、確認の為に聞いておく。
マードックはチラリとを見て、は小さく頷いた。
「別にどうもしやしないさ。唯、折角公式発表より先に見せて頂ける機会に恵まれたんでね。パイロットは?」
「フラガ大尉ですよ。用があるなら大尉にどうぞ」
「先程の戦闘は此方でもモニターしていた。ガンバレル付きのゼロ式を扱えるのはあの男だけだと言う事くらい、私でも知っているよ」
(そりゃ、3機いっきに出てたら無理だろうなぁ)
マードック達は必死になってカバーしてくれているが、どうも切り抜けられそうにない。
はガルシアにばれない様下を向く。
だがミリアリアの叫び声で顔を上げた。
「まさか女性がパイロットと言う事もないと思うが………この艦は、艦長も女性と言う事だしな」
「その言葉は男女差別に相当するもの。とは言え、仮に彼女がパイロットなら階級も軍服も違う。それ位分からないのかしら?」
全員の視線がガルシアから外れ、キラの横に座るに移った。
はゆっくり立ち上がり、ガルシアに近づく。
「何だ貴様は」
副司令官がを睨む。
それを跳ね飛ばし、ガルシアの腕を取った。
「いて、いててててっ!!」
「見苦しい事この上ない。醜い欲望しか持てない司令官に、何故我々が機密の物を見せねばならないのか………それに、勘違いして欲しくはありませんわ。見せて差し上げるのではなく、貴方方が勝手に見たんです」
「貴様っ!!」
「私の顔を、もう忘れたのかしら?」
殴りかかろうとした副司令官が動きを止め、ガルシアは目を見張って驚く。
はにやりと笑った。
「………き、貴様はっ!?」
「覚えていて下さったようで………喜ぶべき事、なのかしらね」
馬鹿にするような小さな笑みを浮かべ、ミリアリアの背中をトールに向って押す。
ガルシアは落ち着きを取り戻し、にやりと笑った。
「こんな所で少佐に出会えるとは……」
「生憎、少し前に昇進して今は中佐ですの。セレスに乗っていたのはこの私。ストライクは、セレスの遠隔操作で動いていただけの事。パイロットは私と大尉の2人だけです」
「なるほど。さすが、ケルベロスの異名を持つ連合で唯一のMS乗りだ」
「ケルベロス?」
聞き覚えのない単語に、キラとトールが首を傾げた。
「大昔の伝説で、地獄から逃げるものを噛み殺す獣の名前だよ。首が4つに分かれてるって聞いた事もある」
「噛み殺すって……」
「何でそんな事カズイが知ってるんだよ」
「映画で見たんだよ、ケルベロスの話」
どんな映画だ、と皆が思ったけれど内心恐怖と不安がキラ達を襲った。
地獄の番犬、と言った方が分かりやすいのだろう。
地獄から逃げ出すものを追いかけ、噛み殺す程の獣。
それはつまり、逃げるものを追いかけ、必ず殺すと言う事だ。
「そうか、中佐に昇進したのか。いや、それは私にとっても喜ばしい事だ。是非、ユーラシアに戻って来て欲しいところだが?」
「遠慮しておきますわ。私は今の部隊が気に入っていますので」
誰が貴様の所に戻るか、と本当は言ってやりたい。
だが、そんな事を言えば状況がややこしくなる。
「それは残念だ。だがまぁ、一先ずは私と共に来て貰おう。色々、募る話もある事だ」
スッと手を伸ばし、の頬を触れた。
キラ達は驚きのあまり言葉に出来ず、は自分を抑えるように手を握り締めていた。
それに気付き、キラが勢い良く立ち上がった。
「彼女に触らないで下さい!!」
「坊主!?」
「ストライクに乗ってるのは僕ですよ!!」
言ってしまった、と頭を抑えるマードック。
突然の事に驚いたは、状況回避の為頭をフル回転させた。
「坊主、中佐は我々地球軍にとって驚異的な存在だ。彼女ならまだしも、貴様のようなヒヨッコが扱えるようなものではない」
「庇ってくれるのは嬉しいけど、私なら大丈夫よ。心配しないで」
小さく笑って、有難うと言う。
そしてガルシアはの腰に腕を回し、食堂から出て行こうとする。
その際、回された手がお尻に触れたのを見て、キラの怒りが爆発しようとした瞬間、サイが立ち上がった。
「止めて下さい!!」
去って行こうとするガルシアに向け、サイが駆ける。
だが、サイの行動は阻まれ、殴られた。
「ちょっと止めてよ!さっきキラが言ってた事は本当よ!その子がパイロットよ!!」
サイに駆け寄ったフレイが、ガルシア達を睨みながら言った。
「貴様らいい加減にしないか!!」
「嘘じゃないわよ!だってその子………コーディネイターだもの!!」
食堂が、一気に凍り付いたのをキラは肌で感じた。
キラがコーディネイターである事は、ブリッジ要員と友達らが知っている。
しかし、他の民間人はその事実を知らない。
「コーディネイター?ほぉ……なるほど、この艦には実に面白いモノがある。つくづく私は運に恵まれているようだ。そう思わないか、中佐」
「……………彼に、何をさせる気だ」
の口調が、アークエンジェル内の・に変わった。
ガルシアはにやりと笑い、副司令官にキラを連れて来るよう命じる。
2人はガルシア達に連れられ食堂を出て行き、トールはフレイに怒鳴りつけた。
「何であんな事言うんだよ!お前は!!」
―――だってその子………コーディネイターだもの!!
「だって……本当の事じゃない!!」
自分は間違ってはいない。
唯、真実を彼らに伝えただけだ。
だから、自分は間違ってなどいない。
「キラがどうなるか考えない訳!?お前って!!」
「お前お前って何よ!キラは仲間なんだし、それに此処は味方の基地なんだから、良いじゃない!!」
味方が、こんな事をする筈がない。
それは正規軍でもないトール達ですら分かっている。
そして今、世界がどういう状況にあるのか、この平和ボケをしている少女には理解していないようだった。
「地球軍が何と戦ってると思ってんだよ!!」
ナチュラルとコーディネイター。
元はヘリオポリスの工業カレッジに通っていたキラ。
だが彼は、世には珍しい一世代目コーディネイター。
軍人でもない彼がMSに乗り、同胞と敵対して戦っている。
それを理解しているのは、アークエンジェルのクルー達のみ。
ユーラシアの軍人がそれを知っている筈もなく、また知ろうともしないだろう。
彼らにとってコーディネイターは、敵そのものなのだから。
「OSのロックを外せば良いんですか?」
キラは、の腰を抱いたままのガルシアを睨みながらそう言った。
「まずはな。だが、君にはもっと色々な事が出来るだろう?」
「何がです!?」
「これの構造を解析して同じものを作る。もしくは、MSに対して有効な武器を作る………そう言う事か」
「さすが中佐だ。私の考えは何でもお見通しのようだな、嬉しく思うよ」
感に触るような笑い声を上げ、はガルシアを睨み付けた。
「僕はただの民間人で学生です。軍人でもなければ軍属でもない。そんな事をしなければならない理由はありません!!」
「だが、君は裏切る者のコーディネイターだ」
さらりと、ガルシアはその場を凍りつかせる言葉を吐いた。
―――だが、君は裏切る者のコーディネイターだ。
キラの耳に届いた言葉。
「裏切り者!?」
「どんな理由でかは知らないが、どうせ同胞を裏切ったのだろう?ならば色々と………」
「違う!僕は……っ!!」
「地球軍側につくコーディネイターというのは貴重だよ。なに、心配する事はない。君は優遇されるさ、ユーラシアでもな。そう思うだろう、中佐」
にやりと笑いながらを見る。
は怒りに満ちた目で睨んでいた。
「変わらんな、その強い目。狙った獲物は絶対に逃がさない、逃げる者を何処までも追いかけ、必ず仕留める地獄の番犬、ケルベロスの名に相応しい」
「ふざけるのもいい加減にしろ、ガルシア。貴様のような腐った奴に、彼もストライクも、アークエンジェルですら渡さん」
「口の利き方には気を付けた方が良いぞ。私は短気なのでな」
「奇遇だな、私も短気だ。特に、貴様のような奴には銃を向けて殺したくもなる。勘違いするなよ、アークエンジェルの最高責任者はこの私だ。例えどんな事があっても、貴様らユーラシアに大西洋連邦の要を渡すわけにはいかん。彼も同じ事だ」
未だガルシアの言葉にショックを受けているキラをチラ見し、は低い声で言った。
「キラに手を出してみろ。お前達の命は私が貰う」
弾かれるように顔を上げた。
―――キラに手を出してみろ。お前達の命は私が貰う。
後半の言葉は、ガルシア達の命を奪う事だとすぐに分かった。
だがその前に、キラは1つの事に気付く。
(……今……キラって………)
場違いな考えだが、に呼び捨てで呼ばれた事に嬉しさがあった。
そして運命の瞬間がアルテミスを襲った。