誤算、だったと思う。

 モルゲンレーテにキラ達民間人が居た事も、オーブのカガリが居た事も、5機奪う筈が1機失敗した事も、キラがその失敗した1機に乗って戦った事も、攻め込んで来たのがクルーゼ隊であった事も、今目の前で繰り広げられている大人達の話し合いも………何もかも、全てが誤算だ。

 そもそも、カトウ教授が何も知らないキラを利用し、MSの1部となるデータを作らせていた事にも問題がある。

「……はぁ……」

 思わず溜息をついてしまう。

「おい、こら!溜息ついてないで何とか言えよ!!」

「何を」

 素っ気なく返すと、フラガは頭をかいて人差し指を向けた。

「俺じゃあの坊主が書き換えたOSでストライクを扱えないって事に付いてだ!」

「あぁ、一生頑張ったって無理ね。特にフラガ大尉は」

「ナチュラルだったら誰だって無理だっ!お前も見たろう!?」

 興味本位でストライクのOSを見に行った。

 モニターに映し出されたOSは、今まで見た事も、組み立てた事もない独創的なモノ。

「彼、プログラミングに関しては普通のコーディネイターより上かもしれない」

「そんな奴の書き換えたOS、扱えるかって」

「そうね」

 とてもではないが、でも扱えるかどうか分からない。

 初めて見るOSに、少なからず関心と不安を覚えた。

「………ちょっと……行って来るわ」

 腰を上げると、マリューが慌てて呼び止めた。

「謝罪しに行くのよ、彼らに。一応、あのMS達もこの艦も、設計したのは私だし……この艦の最高責任者でもあるからね」

「なら、私も一緒に」

「マリューは此処で、話し合いの続きをしてて。1人かけたって、出来るでしょう?」

 共に行くと言うマリューの気遣いをかわし、ブリッジを出て居住区に向う。

 すると中から声が聞こえ、眉を顰めた。

 キラの友達であろう者の言葉。

 それはコーディネイターを差別する、友達に向けるべきではない言葉だった。

 はそっと息を吐き、部屋を覗く。

「確かにコーディネイターは瞬時にOSの書き換えを出来るかもしれない。でも、それは訓練をしなければ出来ない事だ。彼はたまたまそれに近い事をやっていた。そのおかげで、貴方達は生きているんでしょう?友達に向けるべき言葉じゃないわね」

「貴方はっ」

「ごめんなさい、驚かせたようね。ちょっと、彼を起こして貰える?」

 安心させるように微笑むと、ミリアリアは小さく頷いて眠っているキラを起こした。

 まだ寝むそうなキラは目を擦り、少し寝ぼけた目でを見下ろした。

「起こしてしまって、申し訳ないわ。少しだけ、時間をくれるかしら」

「えっ?あ、はい!」

 ようやく覚醒したのか、キラは慌ててベッドから降りての真正面に立った。

(よくもまぁ、此処まで純粋な少年に育ってくれたものね。ヤマトご夫妻も必死だったでしょう……)

 幼さの残る少年は、自分とは明らかに育ちが違う。

 醜い世界を知らず、醜い世界に身を置いた事のない白。

「この艦、アークエンジェルの最高責任者として一言、貴方達に謝りたくて………ヘリオポリスに住む全ての人の平和を奪い、貴方達まで危険な目に合わせてしまった………それにキラ君には、MSに乗って戦う事までさせてしまったわ。我々軍の力がないばかりに…………本当に申し訳ない」

「そ、そんな!確かに驚いたけど、でも、君が謝る事でもなくて……」

「言っただろう?私は此処の最高責任者。部下ではないが、彼らのやって来た事の責任は全て私、にある」

「……中佐……」

 小さく、キラは呟いた。

「あの、さっき……カトウ教授のラボにいた時………」

「工業カレッジの生徒だと答えた」

「歳……そんなに変わらない?」

「地球軍最年少の16」

「「「「「16!?」」」」」

 皆が口を揃えて驚いた。

 この反応は珍しくないので、あえて聞き流す。

「此処では珍しいだろうが、ザフトじゃそれが当たり前になっている。13で成人扱いだからな、あっちは」

「えっ?じゃあ何、キラってもう成人してんの?」

「うっそぉ!キラが成人してるって感じしない」

「それ、どう言う意味だよ!」

 ムキになって言い返すキラが微笑ましく、は小さく笑った。

「何だか楽しそうね」

「……マリュー……」

 自分達とは違う、大人の声に全員の視線がマリューに向けられた。

「決まった?」

「えぇ、貴方には……怒られてしまうかもしれないけど……」

「………覚悟、出来ているんだな?」

 何の、とは聞かないし言わない。

 マリューはキラを廊下に呼び出し、が見守る中口を開いた。

「…………ストライクに……乗って欲しいのよ………」

「お断りしますっ!これ以上、僕達を戦争に巻き込まないで下さい!!」

 滅多に声を荒げないキラが、マリューに向かってそう言った。

 は当然だろう、と言いたげな表情で壁に凭れている。

「貴方の言った事は正しいのかもしれません………でも、僕達はそれが嫌で………戦争が嫌で中立を選んだんだ!!」

「キラ君」

「そこまでだ、ラミアス大尉」

 のストップがかかった。

 身体を起こし、マリューの横に立つ。

「彼は確かにOSを書き換えた。だから今、あれを動かす事が出来るのは彼だけだ。しかし、唯それだけの理由で戦場に出すのは身勝手すぎる。違うか?」

………中佐が言いたい事は分かります。しかし、戦力は多い方が良いでしょう」

「使える戦力は、な。正規軍でもない、唯の民間人に軍の機密であるMSに乗せ、彼にとっては同胞の相手と戦う事はあってはならない。彼にもしもの事があったら、私の首が飛ぶだけではすまないぞ」

 さらりと恐ろしい事を口にした

 マリューだけでなく、キラ達も目を見張った。

「戦わせるな。彼らを、これ以上巻き込みたくはない」

「わ、私は!貴方を死なせる訳にはいかないのよ!?」

「……うん……解ってるよ、マリュー。でも私達軍人は、民間人を殺したり、死なせたりしてはいけない。だから、優先順位は違うでしょう?」

 優しく、穏やかな表情で笑った。

 マリューは手を握り締め、歯を食いしばる。

「どうせ軍に入った時から、この命はないものだと考えてきたんだから。上は私をまだ必要としている。なら、出来るだけ足掻いて生きるさ。生き残る為の武器は、手中にある」

 MS、セレスと言う名の武器が。

「どうして―――」

 どうして、軍に君は入ったの?

 そう言いかけて、キラ達の耳にアラートが鳴った。

 これが緊急を知らせるアラートである事は、何となく分かる。

 マリューは備え付けのシステムに手を伸ばし、ブリッジに通信を開く。

「どうしたの!?」

『ザフトが攻めて来た!早くブリッジに上がれ!君が艦長だ』

「私が!?」

は大事な戦力だからな。あいつは無理だ。俺と君のどちらかだが、先任は俺でも、この艦の事は分からん!』

「………分かりました。では、総員第一戦闘配備発令。大尉のMAは?」

『駄目だ、出られん』

「では、大尉にはCICをお願いします」

 ブリッジとの通信を切り、そっと息をつく。

 そんな彼女の肩に、はそっと手を置いた。

「貴方なら出来るわ、マリュー………いえ、ラミアス艦長」

中佐」

 マリューはの言葉を聞いて、しっかり頷いた。

「セレスで出る。艦の事、頼んだぞ」

「了解。中佐も、お気を付けて」

 お互い敬礼をし、は身を翻して格納庫に向った。

 それを見送った後、マリューはキラに視線を向ける。

「聞いての通りよ。ザフトがまた攻めて来たの。また戦う事になるわ。シェルターはレベル9まで上がったから、貴方達を降ろして上げる事も出来ないの。次の戦闘で何とかなれば……」

「貴方達は卑怯だ!大尉のMAは出られなくて、今この艦を守れるのは中佐と僕だけしかいないって言うんでしょう!?」

 なら、乗るしかないじゃないか!

 キラはの後を追うように走り出し、格納庫に向かう。

 戦いたくない。

 でも、自分と同い年の女の子が1人で戦うなど、キラにとっては信じられなくて、また、させてはならないと思った。

 例えそれが、正規軍であったとしても。

「軍曹!」

「中佐!?出るんですか?」

「あぁ、セレスは完璧だろうな?」

「抜かりないですぜ!」

 は浅く頷き、軍服のままコックピットに滑り込んだ。

 システムを立ち上げ、セレスがカタパルトへ移動する。

『進路クリア。セレス、発進どうぞ』

。セレス、行くわよ!」

 勢い良く発進したセレスは、水色のカラーリングでヘリオポリスの空を飛んだ。

「さて、クルーゼ隊だからって手は抜かないわよ」

 攻めて来た数は4。内1機は、先程通信で話したアスランの乗るイージス。

「げっ、D装備なんて最悪……あんの、クルーゼめっ!!」

 仮面の男を思い出し、は舌打ちをした。

 そして手は通信機に伸ばされ、イージスに向って怒鳴り声を上げる。

「ちょっとアスラン!こんなコロニーにD装備ってどう言う事よ!!」

『いきなり通信でそんな事を言うな!隊長に文句を言ってくれ!!』

「五月蝿い!隊長の下した判断に、反論を言うのが部下ってもんでしょう!」

『それは特務隊だけだっ!!』

 互いにビームサーベルを抜き取り、前にいた3機のジンを薙ぎ払ってからイージスに向ってサーベルを振り落とす。

『何で俺達が戦わなくちゃならないんだ!!』

「その文句は評議会に言え!私達特務隊は、上の命令でそれぞれ活動してるんだから!!」

『なっ!?だからって……何も本気で来る事ないだろう!!』

「あら、本気じゃないんだけど」

 ケロッとした表情でそう言った。

 アスランは顔を引き攣り、そして皮肉とも言える言葉を言った。

『あぁ、そうだったな。は俺達が死にそうになっても実力の半分も出していなくて、クルーゼ隊長と真剣勝負をした時なんて3日も帰って来なかった。ザフトでは最強の名に相応しく、大昔存在していたと言われるジャンヌ・ダルクの異名を付けられた。最近では冷徹非道で血も涙もないって言われて……』

「ちょっと、何語ってんのよ。てか何、最後の冷徹非道で血も涙もないって。誰よ、そんな酷い事言ってるのは」

『噂だ、気にするな』

「気にするわよ!」

 とても戦場だとは思えない会話が繰り広げられている中、アークエンジェルからストライクが出撃した。

「『何っ!?』」

 2人が声を上げたのは同時だった。

「くそっ!」

 セレスを反転させ、ジンと交戦中のストライクに向ってペダルを踏む。

っ!』

「文句は帰還した時にでも聞く!!」

 イージスを振り切り、ストライクに攻撃をするジンを蹴り飛ばした。

「キラ・ヤマト!」

『は、はい!』

 ストライクを庇うように前に出て、通信でキラを呼ぶ。

 返事は少し強張っていた。

「言いたい事が山ほどあるけど、それは帰ってから言うわ」

『えっ?あ、はい』

「だから、絶対無理するな。良いわね!」

『はい!』

 最後の返事だけは、力強かった。