アルヴィスの最下部にあるワルキューレの岩戸。
 それを守る守護者が眠る場所。
 神々の最高神の名を取った間。

「此処が、にとっての始まりの場所。オーディーンの間」

 一騎達を連れてやって来たのは、ワルキューレの岩戸がある真上。
 緋色の水が広がり、真ん中を一本の道が架けられているだけの場所。

「広いんだな」

 周りを見渡しながら歩く一騎が言った。
 乙姫は振り向き、後ろ歩きをしながら答えた。

「オーディーンは神々の最高神。この下には、ワルキューレの岩戸とウルドの泉がいるの」
「ワルキューレとウルド?」
「北欧神話だな」
「北欧?」

 カノンが頷いた。

「ワルキューレは戦死者を選ぶ者の意味で、ウルドは運命の女神。アルヴィスは北欧神話から名前を取っているようだ」
「アーサーズ・ルームの名称はケルト神話のアーサー王から。オーディーンの間も、北欧神話から来てるんだよ」
「すげぇな」

 感心する剣司。
 すると、後ろ向きで歩いていた乙姫が前を向き、走り出した。
 それに付いて行く一騎達。
 やがて乙姫は、オーディーンの間の中心部分で足を止めた。

「これ……何?」

 足を止めた真矢が聞いた。
 丁度足を止めた先に、下を除くことが出来る穴があった。
 そっと覗いてみると、随分下に花畑が広がっていた。

「水の中に花ぁ!?」
「こんなことってあるの?」

 皆が驚いている様子に、乙姫は小さく笑って答えた。

「寂しくないようにって、がお花畑を作ったの」
って……のお兄さん?」
「そう。はずっと、この下にいたから」
「えっ?」

 誰の声だったのか分からない。
 だが、全員が乙姫の言葉に驚いた。
 がずっと、この水の中にいた。

「この水は液体型コンピューターで、ガーディアン・システムの実験場でもあったの。がフェストゥムに同化された後、この中で眠りについてた」
「この中って」
「マジかよ」
「そんな」

 ワルキューレの岩戸で眠りについていた乙姫と同様、もこのオーディーンの間で眠りについていた。
 ガーディアン・システムの実験は一時中断されたが、の成長が認められてからようやく再開され、形となった。

は、島の秩序を保ち、島の安全を最優先にするガーディアン・フォース。島のコアであるブリュンヒルデ・システムをはじめ、全システムの管理をしてるの。極秘任務もあって、新国連にはスパイとして潜入してんだよ」
「なら、島を出て行ったのは」
「俺と、マークエルフのコアを守る為だったって、総士が言ってた」

 驚く剣司達。
 先程から驚いてばかりいる。

がフェストゥムと同化したのは、生まれて一ヶ月もしないうち。その時、お父さんとお母さんは他のフェストゥムに同化された。も同化されてしまったけど……」
「人の姿をしたまま、逆にフェストゥムを同化したってこと?」

 真矢の言葉に頷く乙姫。
 フェストゥムとしての活動を停止したは、時が来るまで此処で深い眠りについていた。
 自分が誰なのかも知らず、自分が何故此処にいるのかも知らず。

にはいろんな秘密がある。2年前のこと、聞きたい?」
「2年前」

 大人達は知っている。
 ミツヒロも少しは知っていた。
 だが、総士は言っていた。
 真実を知るのはだけで、絶対に口にするなと言われた。
 一騎は静かに首を振った。

「それは、君からは聞かない」
「一騎君」
「総士が言ったんだ。のことを思うなら、絶対に口にするなって」

 剣司と衛が互の顔を見合わせ、頷いた。
 咲良はそっと息を吐き、腰に手を当てる。

「誰にも知られたくない秘密ぐらい、あってもおかしくないだろ」
「2年前のことを知ったからって、
「そう言うこと」

 3人が笑った。
 それにつられて真矢も小さく笑う。
 一騎が安心した表情を浮かべ、カノンに目をやる。
 彼女だけが、という存在をあまり認識していない。

「カノン、だ。俺達の大切な仲間だ」
「それは……解っている」
「俺達をずっと守ってくれた、大切な友達だ。だから、少しずつで良い。打ち解けてくれないか?」

 フェストゥムを憎んでいたカノン。
 家族や友達を目の前で失ったカノンにとって、人間でありフェストゥムでもあるにどう接すれば良いのか解らないでいる。
 乙姫はそっとカノンの手を取った。

「っ!?」
は人間だよ。大丈夫、カノンともすぐ仲良くなれるよ」

 にっこり笑う乙姫を見て、カノンは一騎に目で助けを求めた。
 一騎はただ優しく笑うだけで、乙姫の手を取ろうとしない。
 困り果てたカノンが手を解こうとした時、底が急に光り出した。

「何!?」
「底が光ってる」

 下を除きこむ衛。
 真矢が水に手を付けようとした瞬間、乙姫が叫んだ。

「触っちゃ駄目!」
「えっ?」
「ガーディアン・システムが起動してる。完全に覚醒したGシステムは、此処の機能も使って動いてるの。今触れれば、身体に何十万ボルトの電流が走ることになるよ」
が、システムを?」
「敵が?」
「違う。多分、覚醒したGシステムをチェックしてるんだよ。早く出よう。此処に長時間いたら、皆の身体に悪影響が出るかもしれない」

 そう言って、乙姫は元来た道を戻って行く。
 それに続く一騎達だったが、もう1度底に目をやった。
 嘗てが眠っていた場所。
 冷たい水の中、ずっと1人で。

「急いだ方が良いよ」

 乙姫が呼ぶ。
 一騎達は走って出口に向かい、乙姫と共に地上へ戻って行った。
 それから暫くしてオーディーンの間の光は消え、Gシステムが停止した。