昨日と変わらない天気が竜宮島にやって来た。
真矢は花を持って翔子の墓に行き、手を合わせて昨日の報告をする。
「…………あたしも戦うよ、翔子…………」
今日は戦う為のシミュレーションが行われる。
今日からが、真矢にとって本当の始まり。
アルヴィスに向かう為に足を運ぼうと振り返った瞬間、真矢の目にの姿が映った。
「…………?」
花を持って歩いて来る。
翔子の墓の前で花を置き、手を合わせて目を瞑る。
それを茫然と見ていた真矢だったが、去って行くを見て我に返った。
「!」
慌てて追いかける。
それでもは止まろうとしない。
真矢はの前に飛び出した。
「ってば!」
「………何」
「何って………無視しなくても良いじゃない」
「あなた、シュミレーションテストでしょう。こんな所で油売ってても良いの?」
「よ、良くないけど………でも、あたしはに話があるの」
「話すことはなにもないわ。乙姫が大方話したでしょう?」
「知ってたの?」
「オーディーンの間には、もう2度と近付かないで。元々、あの辺りは上の人間しか行けない場所よ」
真矢の横を通り過ぎ、坂を降りて行く。
その背中に言葉を投げ付けた。
「は翔子の気持ち、知ってたんだよね?あたしが皆と撮った写真を見せたり、学校の話しをする度辛い思いをしたんだって」
の足が止まり、柔らかい風が髪を靡かせた。
「翔子は1度もあなたに辛いって、言ってないでしょう?写真を見せて貰ったり、学校の話しを聞かせてくれるあなたに、翔子は感謝してる」
皆の様子を知ることが出来ない翔子にとって、真矢の話しはとても嬉しかった。
確かに辛かったが、それでも何も知らないよりかは良い。
「翔子、何度お礼を言っても言い尽くせないほど感謝してるんだって、そう言ってた。だから、自分を責めるようなことだけはしないで」
翔子はそんなこと、望んではいないのだから。
「ごめんね、」
「何が?」
「ずっと辛い思いしてたんでしょう?あたし、それに気づいて上げられなかった。酷いことばかり言って、を傷付けてた」
「おかしなこと言うのね。昨日のこと忘れたの?私はフェストゥム。あなた達の敵であり、仇である存在」
「でもは人間だよ。あたしの大切な友達」
大人達と交わされた契約。
はその契約に従っているだけ。
けれど、共に過ごした時間は紛れもない真実。
大切な思い出。
「あたし、にずっと言いたかったの。今迄沢山傷付けてごめんなさい。それから、今迄守ってくれて………ありがとう」
まだ分からないことが沢山ある。
だから少しずつ知っていきたい。
1人の友人として、1人の人間として。
真矢はもう1度の前まで来て、正面に立った。
「あたし、遠見真矢は、本日ファフナーのシミュレーションに挑戦します。今後は一緒に戦うことになるので、宜しくお願いします」
頭を下げ、にっこりと笑う。
それから身体の方向を180度変え、アルヴィスに向って走って行く。
その後ろ姿を見つめながら、はに声をかけた。
「人間って、正直分からない生き物だね」
『それをお前が言うのか?』
「時々思うよ?真矢は私にとって未知数。よく分からない」
『洞察力がずば抜けて良いからな。難しい理屈とか、あまり考えないし』
「くせ者だよね、真矢って」
『苦手なタイプかな。それより、そろそろアルヴィスに行く時間だろ』
時計を見ると、確かにそろそろ行かないとやばい。
真矢のシミュレーションには立ち会わないが、データが変わったことで色々と変更がある。
それをするのがの仕事。
「今日も1日、長くなりそうだなぁ」
空を見上げると、小さな雲がのんびりと流れていた。
パイロット達は全員、朝からファフナーブルクで整備をしていた。
マークザインのデータ解析が終わり、今日から一騎が整備をすることになっていた。
各自コックピットに入り、これまでの戦闘データや各システムのデータをリンクする。
「羽佐間先生」
マークザインのデータに目を通していた容子が顔を上げる。
「ちゃん!?平気なの?」
そう聞くのも無理はない。
子供達には知らされていなかった正体を明かされ、フェストゥムとしてミツヒロを同化しようとしていた。
普通なら誰にも会いたがらないだろうに、は今此処にいる。
「休んでいられる程、時間は多くありませんから。それに、遠見真矢が実戦投入されれば忙しくなる。仕事を抱え込みたくないんです」
ミツヒロの言っていた第三期フェストゥム襲来。
それは遅かれ早かれ、必ず来る未来。
そしてもう1つ。
「時間がないのは、私達システム連結者だけじゃない」
誰よりも早くファフナーに乗った一騎。
その後に続く咲良、剣司、衛。
時間が限られているのは彼らパイロットも同じこと。
「今日はが休みなので、私がの代わりをします」
そう言ってマークジーベンの調整を始める。
既に保達が調整をしているが、それを更に変えるのがの仕事。
暫くマークジーベンのシステムを弄り、次にマークザインを弄る。
データ解析の報告をして、誰よりも驚いたのはメカニック・チーフの保。
ザインの力は他のファフナーを超える。
力を最大限に活かし、使用することが出来れば1機で島を守ることが出来る。
だが、それは同時に島を危険に晒すこととなる。
司令官の史彦、メカニック・チーフの保、司令補佐兼戦闘指揮官の。
3人で話し合った結果はマークザインの制御。
「何故私はこの機体に乗れない」
仕事を終えたのか、パイロット達がコックピットから降りて来る。
容子はマークザインのデータを手に、カノンに問いに答えた。
「ノートゥング・モデルのパイロットは特殊な因子を持っていて、それに合わせて最適なファフナーが決められているのよ。特にこのマークザインは、一騎君のシナジェティック・コード以外は受け付けない程同調しているの」
元はマークエルフのコアをマークザインに移植した物。
マークエルフの時から一騎と同調していたコアは、マークザインに移植された後も強い意志で同調をしている。
「良いなぁ、一騎は。僕のも改造して欲しいなぁ」
「新国連に頼むか。あいつらに改造させてぶんどるんだ」
剣司の言葉に思わず苦笑する。
ザルヴァートル・モデルは、日野洋治とミツヒロ・バートランドが島にいた頃作ったティターン・モデルの次の共同機体。
ティターン・モデルとノートゥング・モデルを越える、新たな力として生み出された。
ザルヴァートル・モデルを動かす為の力は、ノートゥング・モデルの中枢となっている瀬戸内海ミールのコア。
開発は出来るが、あれはミツヒロが関わっていたからこそ。
「お前らはやめとけよ」
一騎の言葉に、思わず顔を上げた。
「それどう言う意味?」
馬鹿にされたみたいで気に食わない、と言いたげな表情で咲良が聞き返す。
コックピットから降りた一騎はマークザインの近くに行った。
「こいつで、遠見を同化するところだった」
思い出すだけでも恐ろしい。
ノートゥング・モデルとは明らかに違う力に、一騎自身コントロールが出来なかった。
「こいつには、3倍のフェンリルが入ってる。何も残らず、吹っ飛ばして貰えるように……乗りたくないだろう?そんなの」
跡形もなく滅びるフェンリル。
魂さえも残さず、多くの敵を道連れに滅びる力。
「元々、ザルヴァートル・モデルは1体でも多くの敵を倒す為の機体。命を捨てる覚悟のある人間のみが乗ることを許されたモノ」
話しを聞いていたが言う。
がいることに気付いていなかった一騎達は目を丸め、驚いている。
「何で、が此処に?」
「仕事以外に何が?マークジーベンのシステムチェックよ」
素っ気ない態度に、一騎は肩を落す。
はカノンに目をやった。
「話すのは初めてだったわね。あなたのことはから聞いてる」
「お前がか」
頷いて見せると、カノンは何とも言えない表情で目を逸らした。
昨日のことを知っているからこそ、にどう接したら良いのか分からないのだろう。
はフェストゥムで、カノンにとっては仇。
それを察したのか、はカノンから離れてマークザインの元に足を運んだ。
「マークザインは1人でも多くの人間を守る為の機体。ザルヴァートル・モデル自体、ミツヒロの考えでは1体でも多くの敵を倒す為の機体。そんなもの、この島は望んでない。力があまりにも大きすぎて、本当に必要としているモノではないから。フェンリルも通常の3倍」
ギュッと手を握り締め、マークザインを見上げる。
「フェンリルは最終手段だから、使って欲しくない。使うなら、脱出すること。フェンリルで死なれるのは……………もう、ごめんだから」
「………ちゃん………あなた、まだ…………」
容子が言いかけて、口を摘むんだ。
この先に出る筈だった言葉を飲み込み、そっと視線を落す。
フェンリルで翔子を失った容子もまた、心の何処かでは立ち直れないでいた。
「あれ?」
衛が反射的に上を見上げる。
それにつられて見上げると、スピーカーからピアノの音色が流れてきていた。
「この曲」
「君ね。最近良く流れているようだけど」
「えぇ、乙姫たっての希望で」
「このピアノ、が弾いてるの!?」
「ノーネームは器用だ。ピアノは、よく弾いていた」
新国連にいた時も、暇があれば弾いていた。
剣司達が感心していると、咲良がの前に立って指を立てた。
「!あたしはあんたが何者であれ、あんたを信じるよ」
そう突然咲良が言い出し、は目を丸めた。
「あんな親父の言葉なんて、あたしらの耳には入ってないからね。気にするんじゃないよ」
「……咲良……」
「今日からあいつも乗るんだろう?だったら、これからもっとあたしらしごいて良いからね」
「うえぇぇっ!?そ、そりゃないよぉ」
「五月蝿い!」
剣司の頭を殴る咲良。
殴られた部分を手で押さえる剣司。
顔を引き攣る衛と、呆然と見ているカノン。
ポンッと、誰かが肩を叩いた。
「皆、をフェストゥムとは思ってないよ」
「一騎」
「だから、は今迄通りで良いんだ」
一騎が小さく笑う。
今まで通り。
「それは………無理よ」
「えっ?」
今まで通りの生活。
それを望んでしまえば、この先の未来はない。
だが。
「ありがとう」
今まで通りの生活は無理だけれど、今まで通りに接してくれると言うのなら。
「ありがとう、一騎」
今まで通り、皆の笑顔が見られると言うのであれば。
「ありがとう、皆」
精一杯の笑顔で、精一杯の感謝の気持ち。
皆の笑顔があると言うのなら、それを糧に生きていこう。
例えこの先、分かっている未来だとしても。