祭壇に立ったは、真っ直ぐ委員達を見詰めた。


「今迄何処行ってたんだよ」
「あんた、無事だったの?」

 一騎、剣司、咲良の順での背中に問い掛けるが、本人は何も答えようとしない。

「…………」

 突然現れたに驚きを隠せない真矢。

(………目覚めたのか………?)

 他の者とは違い、史彦は神妙な表情でを見る。

「私が、司令補佐という立場とガーディアン・システムを操る者として、遠見真矢のデータを改ざんしました」
「そ、そぉ……なの」
「彼女は独断行動をする傾向があり、これは作戦上とても危険な者となります。他のパイロットにも危険が及ぶ可能性がある為、ファフナーとパイロット、島を守る為にデータを改ざんし、パイロットから外しました。また、改ざんにはアルヴィスのシステム第一責任者、と共にしました」
君と!?」
「確かに、システムやデータ系は君が管理しているけど……」

 パイロットの世話とシステムの整備が主な仕事だが、はシステムの第一責任者。
 データの改ざんなど、被告の中では一番やりやすい。

「ば、馬鹿な!この女の言葉など、お前達は本当に信じるのか!?この悪魔の女を!!」
「それ、どう言うこと?」

 悪魔の女、と言ってを指すミツヒロに、衛が訊ねる。
 ミツヒロは一瞬目を見開き、それから不敵な笑み浮かべた。

「そうか、お前達は子供達に真実を話していないのか。それは不公平だ」
「ミツヒロ!貴様何を!!」
「真壁、知らない筈ないだろう。この女が、人間の姿をしたフェストゥムであることを!」

 驚きと怒りを現す大人達。
 手を握り締め、ミツヒロを睨む総士。
 驚き、目を見張って息を飲む一騎達。
 乙姫とは、表情を変えない。

「……が…………フェストゥム……?」
「………嘘、だろ………?」
「そん、な」
「お、お父さん………何、を」
「事実だよ、真矢。は生まれてまもなくフェストゥムに同化された。あそこにいるのは人間ではない。私達の敵、フェストゥムだ。島にフェストゥムが来たのも、あの女が仲間を呼んだからだ。島の第2のコアである存在は、島に滅亡を与える悪魔だ」
「何てことを!彼女は立派な人間よ!!」

 千鶴がミツヒロに食って掛かると、ミツヒロは余裕の笑みで言い返す。

「お前も、同化されたのを見ただろう」
「それはっ!」

 確かに見た。
 フェストゥムが、を同化するところを。
 しかし彼女は此処にいて、他の人と変わらない生活をしている。
 それには、普通のフェストゥムとは違う。
 それを言おうとした時、ミツヒロは更に言葉を続けた。

「あのL計画の時もその女だけが無事だった。他の者はいなくなったと言うのに、その女だけが無事に戻って来られた。それはこの女がフェストゥムだからだろう!」

 言い終えると同時に、ミツヒロの後ろにあったモニターが激しい音を立てて割れた。

「きゃあ!」
「遠見!」
「真矢!!」

 破片が飛び散り、一瞬何が起こったのか誰も理解できなかった。

「…………………あなたは…………そこにいますか………………?」

 全員が息を飲み、視線が祭壇の前に立つに向く。

「………あなたは、そこにいますか………?」

 ハッキリとした声。
 ミツヒロに向けられる視線。
 緋色へと変わった瞳。
 後退するミツヒロ。

「や………やめっ」
「あなたは―――」
「止めるんだ、

 総士が言葉を遮った。
 冷たい空気が辺りを包む。

「同化は、が望んでいることじゃない。同化したからと言って、彼らが戻って来る訳でもないだろう。あの人は、同化を望んではいない筈だ」
「そうだよ、。確かにはフェストゥムかもしれないけど、フェストゥムを受け入れ、人間として生きる道を選んだ。そうだよね、千鶴」
「えっ?えぇ………そうよ」
「生まれた子供は未知数だもの。逆にフェストゥムを飲み込んでしまったは、フェストゥムであってフェストゥムではない。それはミツヒロも知ってることだよ。第2のコアも、私と同じで公平である存在」

 フェストゥムとしての活動を停止した訳ではなく、フェストゥムとして活動をする訳でもない。
 マスター型。
 イドゥンやミョルニアと同じ存在でいながら、フェストゥムらしくない行動。
 その生き方は人間と全く同じ。

「……………私は、此処にいる人間と契約を交わした」

 質問した時とは違い、何時もと変わらない口調に戻っているが、瞳は相変わらず緋色のまま。

「島の人間には手を出さない。守るよう、私は言われた。だが今此処で、あなたはその契約に含まれない。島を抜け出したあなたを、守ることはしない。人の心を踏みにじり、己の正義の為に家族を………人を利用するあなたを、私は許さない。ましてや、何も知らないあなたにL計画のことを口にするなんて絶対に許さない!」

 が怒りを露にした。

「あなたに何が分かると言うの?あなたに、彼らの何が分かると言うのよ!島から出て行ったあなたが、島を捨てたあなたが知った風に言わないで!!」

 吐き捨てるように言うに、ミツヒロは手を握り締める。
 そして静かに口を開いた。

「……真矢、この島は間違っている……」
「お父さん、何で皆のことそんな風に言うの?」

 ずっと聞いていて、真矢は酷く傷付いた。
 電池と言われたのは自分も同じ。
 悪魔と言われたは大切な友達。

「それが現実だからだよ、真矢」
「皆、家族のこと好きだよ?それは現実じゃないの?」
「視野が狭い。もっと広い視点で物事を見なさい」

 視野って、一体何の?
 広い視点で物事を見ても、近くの物を見落としては遠くも見えない。

はあたしの大事な友達だよ?」
「フェストゥムだ。友達にはなれない」
「でもは、あたしに道を選ばせてくれたよ?あたしの知らない所で、いっぱい傷付いて、苦しんで、それでも皆を引っ張ろうとしてくれた。それって、人間だから出来るんでしょう?」
「それは真矢を騙す為の演技だ。あの女は私達の敵。この島は、敵を匿っている」

 人類の敵、フェストゥム。
 は、本当に敵なの?
 優しい歌を歌って、厳しい言葉で選ぶ道を教えてくれて、翔子のことを理解していた。

「…………日野のおじさんが死んだこと、お父さん悲しいと思う?」
「彼は結局そこまでの人間だったんだよ」

 そこまでの人間。
 それって、何?
 悲しむこともせず、ただ利用していただけってこと?

「…………あたしね、お父さんのカメラ使ってるの」
「カメラ?あぁ、あんな幼稚なのより、お前にはもっと素晴らしい物を与えよう」
「……お父さん……」
「何だい?」

 あなたは、間違ってるよ。
 私が欲しい言葉を、何1つ言ってくれない。
 人の心を、分かってない。
 悲しいよ、お父さん。

「お父さんは、フェストゥムとどう違うの?」

 悲しむこともせず、人の心を理解しようとせず。
 とお父さんなら、お父さんの方がフェストゥムと同じだよ。

「さて、そろそろ委員会の判断を聞こうかね」

 行美が言うと、ミツヒロは大声を上げて反論した。

「馬鹿な!?こんな査問会は無効だ!!」
「本日の被告の内1人でも罪に問いたい者、起立しな」

 結果は決まりきっていた。
 誰も罪には問わない。

「当委員会は容疑者を出さずに解散する。以上!」

 委員達が一斉に立ち上がり、査問委員会の終了を知らせる。

「滑走路への最短ルートを形成します。あなたが今この瞬間生きていられるのも、彼らのおかげであることをお忘れなく。それと……………2度と島に近付くな。近付けば、今度こそ容赦しない」

 ミツヒロに背を向けたまま言い、は誰よりも先に部屋を出た。
 その後を追う総士と乙姫。
 通路は滑走路へ向う為だけに形成され、一本道になっていた。
 他は全て遮断され、行くことが出来ない。
 迷うこともなく進み、最短距離で滑走路に出た。
 そこには既に迎えが来ており、ミツヒロを待っていた。

「お父さん。あたし、此処にいます」
「良く考えるんだ、真矢。此処の連中は、紛い物の平和に縋り付く愚か者の集まりだ」
「さよなら、お父さん」

 もう2度と会わないだろう。
 そして2度と言葉を交わすこともない。
 此処に残ることを選んだ真矢の瞳は、何の迷いもない。
 ミツヒロは真矢が来ないことを知ると、背を向けて歩き出した。

「真矢君に謝るなら、滞在期間を延長しても良い」
「…………北極のミールが活動を始めた。全地球規模の脅威の訪れだ。どうせお前達も戦う他ない」
「戦いに勝ったとして、お前に何が残る」
「勝てるなら何も残らなくて良い。渡したデータは全て本物だ。予測されるフェストゥムの第三期襲来に際し、我々人類にどれ程の戦力があるのか。その目で確かめろ。状況は絶望的だ」

 階段を上り、中へと入って行くミツヒロ。
 もう2度と会うこともないだろう。
 滑走路を凄い勢いで走り、島から飛び出して行く。
 轟音が辺りを包み、島から飛び出したのを見届けると、は人知れずその場を去った。
 父の姿を見送る真矢。
 そんな妹の姿を見る弓子。
 真矢は振り返り、小さく微笑んだ。

「お姉ちゃん…………今まで守ってくれて、ありがとう。皆も、助けてくれてありがとう」

 一騎達に向かって言うと、皆が笑って頷いた。
 1人1人の顔を見て、の姿がないことに気付いた。

は?」

 何処を見ても姿はない。
 何となく乙姫なら知っていると思ったのか、視線を乙姫に向けるが首を振るだけ。

は第2のコアだから。今の私にも、の居場所は分からないの」
「……そっか……」
「大丈夫だよ、真矢。今はちょっと、が誰とも会いたがらないだけ。少しだけ時間を上げて。凄く傷付いてるから……」

 悲しそうな表情で去って行った方を見る乙姫。

がフェストゥムだって……あたしたちに知られたから傷付いてるの?」
「違う。は自分の正体が何時までも隠せるとは思ってなかった。が傷付いてる理由は別だよ」
「L計画ってやつのことか?」

 乙姫が口を閉ざす。
 変わりに総士が口を開いた。

「その計画の名を、今後一切口にするな。そして、探ろうともするな。もう……忘れるんだ」
「何よ、それ。またあたしたちに隠しことする気?」
「違う!」

 吐き捨てるように声を荒げた総士。
 皆が驚く。

「………あれは……あれは、一部始終を知っているだけにしか語ることが出来ないものだ。僕らの口からは言えない。言える筈もない」
「総士……お前」
のことを思うなら、絶対に口にするな」

 皆に背を向け、アルヴィスへと戻って行く総士。
 乙姫も全員の顔を見て総士の後を追おうとしたが、それを止めた。
 そして一騎達に訊ねる。

「真実を知ると言うことは、人の過去を知ると言うこと。それは同時に、自分の行動に後悔をするかもしれない、と言うこと。がフェストゥムだと分かった今、それでも皆は知りたいと思う?」

 剣司と衛が顔を見合わせた。
 咲良は無意識に手を握り締め、真矢が少しだけ怯えた表情を浮かべた。
 一騎は皆の様子に気付き、乙姫に話しかける。

「君が、話しても良いことなのか?」
「一騎は総士からも事情は聞いてるでしょう?大丈夫だよ。それに、このまま皆がのことを知らずに進めば、きっと誤解を招くことになる。やっとが笑うようになったのに、またそれが消えなんてことだけは………したくないの」

 胸の前でそっと手を握る。
 表情は少し暗い。
 それを見ていた咲良は、握り締めていた手を解いて深々と溜息をついた。
 それから仁王立ちして言った。

「聞こうじゃないの、の真実ってやつを」
「あ、姉御?」
がフェストゥムだって?あいつはあたしらの知ってるであって、それ以上でも以下でもない」
「いや、そうだけど」
「うっさいわねぇ!男でしょうが!うじうじ考えてんじゃないよ!!」

 剣司と衛の頭を殴る咲良。
 2人は悲鳴を上げて頭を抑えていた。
 カノンと真矢は唖然とした表情でそれを見詰め、一騎は小さく笑った。
 乙姫も驚いた表情をしていたが、やがて小さく笑い出した。

「後悔、しない?」

 乙姫が問う。
 それに真矢、咲良、カノン、剣司、衛が力強く頷いた。

「「「「「しない」」」」」

 嬉しそうに笑顔を浮かべ、乙姫は頷いた。