明朝、査問委員会はアルヴィスの一室で行われることとなった。
 ドアの前で立ち止まる史彦。
 その後ろには恭介が立っていた。

「いざと言う時はお前が俺の後を頼む」
「まさか、お前!?」
「遠見先生は島に必要な人材だ。今失う訳にはいかん」

 子供達の命を守る為にも、遠見千鶴の研究は絶対必要なもの。
 それを失うと言うことは、島の平和が遠のいてしまうと言うこと。

「馬鹿言え。俺がやる。俺なら、島の外でも生きていける」

 本来なら、この島はもう誰も失ってはいけない。
 司令としては甘いかもしれないが、史彦も島には必要な人材。
 失って良い筈がない。

「時間だ」

 ドアを開け、中に入ると既に査問委員達が席に着いていた。
 全員通常の制服ではなく、白で統一された制服を着ている。
 進行役の澄美が被告人の千鶴を見る。

「当委員会は、現在登録されているデータと、明らかに違う物が発見された経緯に付いての詳細を要求します」
「…………」
「黙秘は、当委員会に置いては適切な対応ではありません」
「当該データがオリジナルであることが判明した時点で、容疑者とみなされます。宜しいんですか?」

 綾乃が答えると千鶴は表情を変えず返事をした。
 それを聞いた行美がミツヒロの方を見る。

「では、原告側の主張を聞こうかね」

 主張する許可を得ると、ミツヒロは立ち上がって対面する弓子に声をかけた。

「母さんに罪を負わせお前はそれで良いのか?悪い子だ」
「「野郎!!」」

 恭介と道生がミツヒロに向って言う。
 真矢も、父親を見上げて呼んだ。

「そんなお前に真矢が感謝すると思うかね?」

 息を飲んだ弓子は、真矢に視線をやって手を握り締める。

「…………私が……データを改ざんしました………」
「弓子!」
「だって!このままじゃ母さん1人で!!」

 1人で罪を背負い、追放される。
 弓子の脳裏にそんな思いが走った。

「議長!今のはただの、感情的な発言です!」
「容疑は明らかだ。審議に入ったらどうかね」
「委員達の判断は?」

 代表して澄美が立ち上がる。

「2人を容疑者と認め、審議を行います」

 言葉を聞いたミツヒロは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
 だがそれは行美の言葉で不満な表情に変える。

「待ちな。申請ではまだ召喚すべき相手が、残っているね」
「何?私は2人しか告発していないぞ」
「次の被告の査問を行う。被告人は席を空けて」
「あ、はい」

 千鶴が場所を空けると、後ろから足音が耳に入った。
 現れた被告の姿を見て、史彦が目を見張り、千鶴が息を飲む。
 委員達は唖然となった。

「僕が、遠見真矢のデータを改ざんしました」

 皆城総士の登場と言葉に、弓子が目を見開いて驚く。
 データの改ざんをしたのは自分。
 それを何故彼が改ざんしたと言うのか。
 その意図が分からない。

「と、当委員会は、被告に動機の説明を要求します」

 動揺しながら席に着いた澄美が訊ねる。

「彼女には、独断行動と言う致命的な欠陥があります」
「欠陥?」
「先の戦闘で、勝手に島を離れたことを含め、彼女によって作戦に支障をきたす恐れがあるのは、幼年期の言動からも明らかです。高度な戦術的判断でデータを改ざんし、パイロットから外しました」

 それはジークフリード・システムを操る者としての判断。

「容疑者が3人になっただけで、事態は変わらん!!」
「まだだよ。次の被告を此処へ」

 総士の後ろから現れた次の被告は小楯衛。

「「衛!?」」
「えっと……僕がやりました」

 頭をかきながら言うと、再び澄美が総士に聞いた時と同じ言葉を言った。

「メディカル・ルームって面白そうな機械がたくさんあるから、色々弄ったら遠見のデータ書き換えちゃって……慌てて隠しました」

 それはメカニックの両親を持つ者としての好奇心からくるもの。

「困った奴だなぁ」
「いつまでも子供なんだから」

 微笑ましく言う保と千沙都。

「あの、そういう問題じゃ……」

 仮に本当であったら、それはとても許される問題ではない、と2人は分かっているのだろうか。

「はいよ。では次の被告」

 次に出て来たのは要咲良。
 手を叩いて衛と交代すると、祭壇の前に立った。

「咲良!?」
「あたしが遠見のデータを改ざんしました。あたし、どうしてもファフナーに乗りたくて……適正の高い遠見が邪魔だったの。ごめんなさい、母さん」

 父親の仇を取りたいと願う思いから生まれた敵意。

「咲良」
「はい次の被告」

 次に出て来たのは近藤剣司。

「俺がやりましたぁ!」

 陽気な声が部屋に響き、綾乃は脱力して頭を抱え、傍に置いてあったケースを取る。

「俺、ファフナー乗るの怖かったんだ。だから、自分のデータ低くしたつもりで、間違えて遠見のデータ弄っちゃって…………ごめんな、母ちゃん!うわぁっ!!」

 綾乃が投げたケースが見事に当たり、後ろにいた咲良がケースをキャッチする。
 剣司は軽く後ろに下がり、額を押さえた。

「はい、次の被告」

 次に出て来る人物は既に分かっていた。

「俺が、遠見のデータを変えました」

 総士、衛、咲良、剣司と来たら、後は真壁一騎しかいない。
 委員達も既に彼らの意図を理解し、半ば楽しんでいた。

「彼らは、誰の命令でやっている」

 委員会を見届ける者として座っていたカノン。
 次から次へと出て来る被告人に、カノンは理解出来なかった。

「命令じゃねぇ。全員自分の意志でやってるんだ」
「自分の……意志?」

 道生が頷くと、カノンは再び視線を一騎達に戻す。

「で?あなたの動機は何?一騎君」
「その……遠見が戦うのが嫌だったから」
「何故?」
「えっ?何故って……」

 チラッと真矢を見る一騎。
 真矢はドキッとしたが、次の言葉で内心呆れた。

「……別に…………それは……」

 ただ、皆に戦って欲しくなかった。
 傷付くのも、苦しい思いをするのも、新に誰かが戦うのが嫌だった。
 ただ、それだけのこと。
 ちゃんとした理由を用意しなかった一騎は祭壇で俯き、それを見ていた史彦が項垂れる。

「もっとマシな言い訳を用意せんか」

 何故こうも不器用なのか。
 いや、不器用なのは自分も同じだが、少なくとももう少しマシな言い訳は用意する。

「もう良いよ。はい次の被告」
「俺がデータ書き換えましたぁ!」

 手を上げて言ったのは恭介。
 彼曰く、真矢のスリーサイズを調べていたら操作を間違えたらしい。
 だが、誰もこの話には信用しない。

「やれやれ、複数による改ざんかい。こうなると1人1人の罪はそれ程重大ではなさそうだね」
「茶番だ!彼らの証言を裏付ける証拠は何1つない!!」
「最後の被告が、僕らの行動を証明してくれます」

 総士が言うと、彼らより少し背が小さい少女が祭壇の前に立った。
 島の全てであり、公平である存在。

「皆城……乙姫」
「島のコアが被告!?」
「神様を裁判にかけるようなもんよ!」

 それは皆城乙姫という存在が、この島にとっては絶対的な存在だから。

「皆がデータを変えたことは知っています。私もデータを変えました。真矢は、まだ早いって思ったから」
「そ、そぉ」
「彼女がシステムを通して島の出来事を全て記憶しているのは、周知の通りです。彼女なら僕らの行動を知っています」
「馬鹿な!コアならばいくらでも記録を改ざん出来る!」
「彼女はこの島で最も公平な存在だ。誰が彼女を疑える」

 乙姫を疑ってしまえば、この島は島として成り立たない。
 島の絶対的存在である乙姫を、史彦達は疑えない。

「遠見千鶴は同化された母親からお前だけを取り出し、苦痛だけの人生を与えた女だぞ。何故庇う」
「それがお母さんの意志だもの。いなくなる筈だった私が、此処にいるのは千鶴のおかげ。私もお母さんも、千鶴に感謝してる」

 全てが苦痛ではない。
 苦痛だけの人生ではない。
 いなくなるより、苦痛でも此処にいることが出来たのは千鶴のおかげ。
 感謝しなければならない相手。
 ミツヒロは怒りを露にし、一騎達に言葉を投げる。

「お前達は自分達のことを知っているのか!?」
「僕達のこと?」
「お前達に移植されたフェストゥムの因子は、ファフナーに乗る度に増大し、命に関わる危険さえあるのだぞ!?」

 その一世代目である弓子と道生。
 彼らの同期は、由紀恵の3人を除いて同化され、消えた。
 2年前のある作戦でも、ノートゥング・モデルの前の機体に乗ったパイロット達は同化され、いなくなった。

「因子はフェストゥムに対抗する為のものであり、彼らが今も健康なのは遠見先生の研究のおかげだ」
「何だって?まだそんな、無駄な研究を!」
「無駄だってよ」
「ふーん」

 気に食わない、と言いたげな剣司と一騎。
 祭壇にいる全員がミツヒロを冷たい目で見ていた。

「委員達は彼らの言うことを信じるのか!?」
「どういうことですか?」
「あそこにいるのは、所詮受胎能力を失った日本人が作った、遺伝子工学の産物ではないか」

 大人達の目が殺意に変わる。

「何てことを!!」
「彼らは結局ファフナーを動かす電池に過ぎん!」

 その言葉に怒りを覚え、保が声を荒げた。

「もう1度言ってみろ!無事に島を出られると思うな!!」

 遺伝子工学の産物と、大人達が思ったことはない。
 ファフナーを動かす電池だと、考えたこともない。
 子供達は大切な人であり、希望だ。

「電池だって」
「上等だよ、あの親父」

 薄れている記憶の中のミツヒロは何処にもいない。
 皆、ミツヒロ・バートランドを良く思っていない。

「最後に、もう1人被告を呼びたいの」

 静まり返った部屋に、乙姫の声が響いた。

「あなたが、最後じゃなかったの?」
「うん。でも、来たみたいだから」

 後ろを振り返り、小さく笑う乙姫。
 一騎達も振り返り、目を見張った。
 着こなされた白の制服。
 無駄のない動き。
 ファフナーを出撃させるのに必要な、もう1つのシステムを操る者。

「………………………………」