真っ青な空と海に、浜辺では子供達が集まっていた。

「それではパイロットならびに候補生の交流と、心神の健康をはかり、海水浴を行います。安全を守って楽しむように!」

 一斉に元気な声で返事をする子供達。
 海に飛び込み、楽しむ声は何時もより明るかった。
 そんな姿を見ていた真矢は、隣にいる姉の弓子に声をかけた。

「お母さんが、話しがあるって」

 昨晩のことを思い出し伝えると、弓子はそっけなく返した。

「ほっとけば良いのよ。それより、いい加減料理ぐらい覚えないと一騎君に笑われるよ」
「一騎君は関係ないでしょう!?」

 悪戯っぽく言う弓子だったが、真矢はからかわれていると知らず顔を赤くして怒った。
 声を殺して笑う弓子。
 真矢がそっぽ向くと、黒い人影を目にした。

君?」

 真っ直ぐ見詰める先には総士と一騎がいて、何かを話していた。

「あの島は剛瑠島とのドッキングベールの位置だ。此処からあそこまで往復で1キロある。泳げるか?」
「あぁ」
「では、お前が勝ったら勝手に島から出たことを許す」
「まだ怒ってるのか?」

 何時まで怒ってるんだ、と言いたげな一騎。
 総士は小さく笑って言った。

「やるのか?やらないのか?」
「やるさ!」
「面白そうじゃん。あたしも混ぜてよ」

 2人の肩を叩いた咲良。

「咲良」
「総士、あたしが勝ったらマークドライを最初に出撃させな」
「良いだろう」
「一騎?パイロットはあんただけじゃないよ」

 咲良の言葉にムッとした一騎だったが、言い返す前に総士の言葉が遮った。

「では行くぞ!」

 飛び込む3人。
 3人を見ていた真矢が視線を外し、の許へ駆け寄る。

「遅かったんだね。ほら、早く着替えて入ろうよ」
「悪いが、俺は泳ぐ為に来た訳じゃない。保護者として来たんだ」
「えっ?でも、折角なんだし」
「俺のことは良い。遊んで来い」
君」
は泳がないよ、真矢」

 乙姫の声に振り向いた真矢。
 相変わらず笑顔の乙姫は傍に寄り、のコートを掴んだ。

は海が好きだけど嫌いなんだよね」
「嫌いなんじゃない。ただ………思い出すだけだ」

 ぎゅっと手を握り締める
 真矢は不思議そうに首を傾げたが、乙姫がを木陰に引っ張って行った。

「真矢も早く遊ばないと、時間なくなっちゃうよぉ」
「いっけない!写真撮らなきゃ」

 乙姫に言われて気付いた真矢は、持って来た父親のカメラを鞄から取り出し、楽しそうにする皆の姿を撮る為少し離れた場所へ移動した。

は休んでてね」
「はしゃぎすぎるなよ」

 乙姫を見送り、木陰で腰を下ろす
 楽しそうに笑っている彼らを見て、自然と笑みが零れた。

「……そう言えば………お前達もあの日、2人で海に行ってたんだよな……」

 空を見上げ、すっと目を細める。
 流れる雲は少し速い。

「あの日、お前達の運命は変わった。にとっても、俺にとっても、総士にとっても、蔵前にとっても………あの日があったからこそ、今、あいつらは此処で生きている。感謝しているよ、心の底から」

 目を閉じ、脳裏にある人物を思い浮かべた。
 もう彼らはいないけれど、覚えている者がいる。
 その人がいる限り、いなくなってしまった人達は死なない。

「おーい、!」

 目をゆっくりと開けると、剣司が手を振って呼んでいた。
 腰を上げ、剣司の許に近寄る。

「何だ?」
「記念写真、撮ろうってさ」
「記念写真?」
「そう!君も写って」

 カメラを見せながら真矢が言う。

「俺が撮る」
「えっ?あぁ、良いよ。私が皆を撮りたいの。それに、君が写った写真なんてレアでしょう?」

 笑って駆け出し、ポイントを決める。
 バランスよく並び、レンズを覗いてピントを合わせると、端に見慣れた服を着た少女を見付けた。

「翔子?」

 思わず名前を呼ぶ。
 振り返ったのは翔子ではなく、カノンだった。

「カノン?お前、その服どうした?」

 見慣れた軍服とは違い、女の子らしいワンピースを着たカノンに驚く道生。

「……羽佐間容子に……着せて貰った………」
「翔子の母さんが?」

 恥ずかしそうにするカノン。

「や、やっぱり着替えて来る」

 逃げるようにその場を離れようとする。
 それを止めたのは真矢だった。

「似合うよ、カノン」
「えっ?」

 驚くカノンの腕を、咲良が取って引っ張る。

「ほらあんたも入りなよ」

 今日はパイロット及び候補生の交流会。
 カノンもその1人。
 全員が並びなおすと、真矢が再びピントを合わせた。

「3−1=?」
「「「「「「2」」」」」

 シャッターがおろされ、フィルムに新たな思い出が映し出された。
 よく晴れた、気持ち良い日のことだった。




◇    ◆    ◇




 夕方になった頃に解散し、方面が同じ者同士が一緒に帰って行った。
 長い階段を上がる一騎と真矢、弓子と道生の4人。
 彼らの足が止まったのは、階段がもう少しで終わる所だった。

「大きくなったね、真矢」

 弓子に目もくれず、真矢だけを見るミツヒロ。
 その様子をCDCから見ていた史彦と恭介は、少し前にミツヒロの口から聞いた作戦計画を思い出していた。

「人類軍の作戦計画をあっさり教えるなんざ、何を考えてやがる」

 ミツヒロの訪問には何か裏がある。
 そう2人は踏んでいた。

『真壁司令、お話ししたいことが』

 千鶴の通信に史彦は眉を顰め、後のことを恭介に任せ、メディカル・ルームに向う。
 その間、真矢とミツヒロは公園に足を運んでいた。

「そうか、お前も島の外を見たか」
「うん」
「ファフナーで出たのか?」
「ううん。あたしハンディがあるから乗れないんだ」
「それはおかしい。母さん達によく聞いてみるといい。データが間違っている可能性もある」

 突然の言葉に、真矢が目を丸めてミツヒロを見上げる。
 おかしいと断言する父。
 何故、おかしいと言うのだろうか。
 何を、知っていると言うのだろう。

「データが……間違ってる?」
「父さんが確認して上げよう」

 ミツヒロが言うと、真矢は視線を落とした。
 その視線の先、ずっと下にあるアルヴィスのメディカル・ルーム。
 史彦と千鶴が対面していると、千鶴が真矢の適正データを渡した。
 それに目をやると、明らかに最初見せられたデータと違う。
 能力はトップレベルを示している。

「母さん!何であの男が島にいるのよ!!」

 怒鳴り声を上げて部屋に入って来た弓子だが、史彦の手にあるデータを見て息を飲んだ。

「な、何見せてるの……母さん」
「真矢のパイロット適正データよ」

 正式の、偽りのない適性データ。

「少し、時間を下さい」

 それだけ史彦に言うと、千鶴は立ち上がって弓子の肩を抱いて部屋を出る。
 発覚した遠見真矢のデータ改ざん。
 そして悪いことに此処にはミツヒロがいる。
 史彦は立ち上がり、すぐCDCにいる恭介の元に向った。





 家に戻った2人は、ソファーに座って話しをしていた。

「能力はトップレベルだったのね、真矢」
「ごめんなさい。でも……」

 乗って欲しくはなかった、ファフナーに。
 そう言う思いから、弓子は真矢の適正データを改ざんした。

「そう言うことか」

 第三者の声に2人が顔を上げ、息を飲んだ。

「悪い子だ。だが、都合の良い状況を用意してくれたことは評価しよう」

 勝手に上がり込んだミツヒロ。
 弓子は怒りを爆発させる。

「何しに来たのよ!」
「何を言う。此処は元々……」
「出て行ってよ!あんたなんか―――」

 食って掛かる弓子にミツヒロは手を上げる。
 渇いた音が響き、弓子が床に倒れた。

「止めて!」

 慌てて制止の声を上げる千鶴。

「そこまでにしておくんだな」
「変わってねぇなお前」

 振り返ると、アルヴィスの制服を着たままの史彦と呆れた表情で立っている恭介がいた。

「彼女らはデータを改ざんした。それは重大な裏切り行為だ。島から追放したまえ。後の面倒は私が見よう」
「てめぇそれが目的で!」
「査問委員会を開く。処分の決定はそれからだ」
「事実を闇に葬ることは不可能だ。真矢には既に話しをした。家族とは良いものだな、真壁」

 余裕の笑みを零すミツヒロ。
 最初から、ミツヒロの目的は真矢を島から連れ出すこと。
 これに気付けなかった悔しさからか、史彦は手を握り締めていた。
 査問委員会。
 それは一種の裁判だ。
 ことは既に査問委員会のメンバーに伝わっており、明朝行われることが決定されていた。
 そのことは総士の耳にも入っており、休憩室で乙姫と話しをしていた。

「もし、本当はファフナーに乗れるのに、その人を庇う為に嘘をついている人がいたら………総士はどうする?」
「データ隠蔽は、重大な裏切りだ。しかし、罪に問うかどうかは場合による」

 今回の場合、遠見真矢が関わっていることなのではっきりとは言わない総士。
 総士の気持ちを知っている乙姫だからこそ訊ねた。
 予想通りの返答に、思わず小さく笑う乙姫。

「そう言うと思った。良いわ、特別に教えて上げる」

 容疑者を出さず、全てを終わらせる方法。
 それはとても簡単で、それでも団結力がいる。
 乙姫はゆっくりと総士に方法を語り出した。