学校の授業が終わると、はアルヴィスの食堂に赴き行美と元人類軍の兵士達を訪ねた。
 それぞれ第二種任務を与えられたらしく、今後それに着く為に学ぶらしい。
 暫くそこで行美の手伝いをしていたが、マークザインのデータ解析を引き継ぐ為にその場を後にし、自分専用に当てられた研究室に入って3時間が経過していた。
 マークザインの力はノートゥング・モデルを越える。
 フェンリルも通常の3倍。
 この一機で島を守ることは出来る。
 だが、それはパイロットの命が短くなることを示す。
 莫大な力故に、島を破壊してしまう恐れもある程だ。

「一騎、きっと1人で戦いたいって言うだろうね」

 薄暗い部屋に差し込んだ光。
 ドアに視線を向けると乙姫が立っていた。

「これを提出して、大人達が許す筈もない」

 視線をモニターに戻すと、解析データをCDCの史彦の元に送る。
 乙姫がの許まで足を運ぶと、再び薄暗い部屋に戻った。

「竜宮島は、ゆっくりだけど大きく変わろうとしてる。道生と弓子が一緒に住むようになるのも、カノンと真矢が仲良くなるのも」
「道生と弓子さんが?」
「うん、一緒に住むんだって。それでね、そこから大きな問題が浮上する」

 乙姫の目が細くなると、は眉を顰めて個人データを出した。
 それは以前、史彦が千鶴にシナジェティック・コードの高い子供をリストアップして欲しいと依頼されて出したモノ。
 高い者から順にデータが上がり、2人の正面に1人の個人データが出された。

「こいつ、か」

 一騎のコードと比べると低いが、候補生の1人としてリストアップされた。

はどうする?」

 悪戯っぽく訊ねる乙姫に、そっと溜息をついて背凭れに身体を預ける。

「どうでも良いさ。あの人も、ことの重大さが分からない年齢じゃない。俺達を騙すことは、ある種のルール違反だ」
「でも私もも、史彦に言わなかった」
「言わなかったんじゃない。言う必要がなかったからさ。そうだろう?」

 隣を見ると、乙姫はにっこり笑うだけだった。
 肩を竦めると個人データを消し、マークザインの解析ディスクを取り出して腰を上げた。

「晩御飯にするか」
「うん」

 手を差し出すと、乙姫は嬉しそうにの手を握り締めた。
 そのまま2人は部屋を出て、アルヴィスの食堂に向った。
 時刻は既に7時を回り、殆どの家庭では晩御飯を食べている。
 その1つである真壁家では相変わらず父と子、会話もなくご飯を食べていた。
 沈黙を破ったのは一騎だった。

「父さん。俺、1人で戦いたい。他の奴等抜きで」

 それが可能な力を手に入れたから、誰かが傷付く前に1人で戦いたい。

「島を出て、随分自惚れたな」
「そんなんじゃない!ただ……誰かが死ぬの、もう嫌なんだ」

 翔子が死んで、甲洋が同化されて。
 痛みを背負って来た総士と

「なら、お前が死ねば良いのか?」
「えっ?」
「総士君と君も、お前と同じ気持ちなんじゃないか?お前は1人じゃない。1人で戦える訳がない」

 ジークフリード・システムとガーディアン・システム。
 この2つがあるからこそファフナーが本来の力を発揮する。
 それはマークザインも同じこと。

「1人で戦うと言うことは、孤独と戦うことにもなる。誰かを守る為に己を犠牲にする。それをして欲しくないと、総士君達は思ってるんじゃないのか?」

 羽佐間翔子が己の命と引き換えに島を守った。
 一騎との約束を守る為に、己の命を犠牲にした。
 それがどれだけ2人の心に傷付いたか。

「それに、仮に許したとしても君と君が許してはくれないだろう」
と……、が?何で?」
「……………俺の口からは言えん。ほら、冷めないうちに食え」
「俺が作ったんじゃないか!」
「父さんだって昔は自分で作ったさ」
「だからそれ、結婚する前だろう」

 米を研がないご飯を思い出しながら言い返す。
 史彦は口を摘むんで黙々とご飯を食べる。
 すると電話が鳴り、一騎は渋々腰を上げて受話器を取った。

「はい、真壁です」
『……真壁………司令を……』
「もしかして、?」
「どうした?」

 顔を覗かせた史彦を見て受話器を差し出す。

から。様子が変みたいだったけど……」

 顔を顰めると、受話器を取り耳元に当てる。

「私だ」
『………招かざる客が、通信を取ろうとしています………すぐ、CDCに』
「…………分かった。君、調子でも悪いのかね?」
『平気……です、早く………』
「すぐに行く」

 受話器を置くと、そのままの格好で靴を履く。

「アルヴィス?」
「すぐ戻る。お前は先に寝ていろ」

 飛び出すように出て行く史彦。
 一騎は首を傾げ、電話に視線を向けた。

「何があったんだ、

 アルヴィスの共同洗面所。
 激しく出る水。
 漂う異臭。

「……なん………………なんだ、よ………っ」

 壁に凭れ、力なく床に座る
 胸元の服を握り締め、固く目を瞑る。
 総士を呼びに行く為乙姫と別れた後、CDCにコンタクトを取ろうとする反応があった。
 それが人類軍の物だと分かった途端、身体に異変が起こった。
 原因は少なからず眠りについているだ。

、そこにいるのか?」

 顔を覗かせたのは呼びに行こうとしていた総士。
 目を丸め、慌てて洗面所に入って来る。
 蛇口を閉め、屈んでの顔を覗き込んだ。

「一体どうしたんだ!?」
「大声……出すな、よ」
「す、すまない」
「………それより、CD……Cに………」
「行くのか?」

 頷くと、総士はの腕を取って肩に回した。
 元々の身体である為、体重は軽い方だ。
 男の総士にとって起こすことは容易い。

「CDCに一体何をするんだ?」

 ゆっくり歩きながら訊ねると、は人類軍がコンタクトを取ろうとしていることを話した。

「相手は恐らくミツヒロ・バートランド」
「ミツヒロの野郎がどうしたって?」
「溝口さん」

 後ろからの声に振り返ると、そこには恭介が腰に手を当てて立っていた。
 服装からして、今から家に戻ろうとしていたのだろう。

、お前どうした?」
「ちょっと、目眩がして………溝口さんはこれから上がりですか?」
「そのつもりだったんだが、ミツヒロの名前を聞いたからよ。で、あいつがどうした」
「人類軍が此方にコンタクトを取ろうとしているようです。司令がCDCに向ったようなので、俺達もそこに」
「多分、相手はミツヒロ・バートランドだろうと……俺の、勝手な想像ですけど」

 苦笑して言うと、恭介が頷いてCDCに向って歩き出す。

「俺も行くぜ。ほら、さっさとしな」
「…………乱暴だなぁ」

 肩を竦めると、2人は恭介の後を追ってCDCに向う。
 丁度CDCの前に史彦がいたので、4人で中に入って暫く待った。
 すると人類軍の回線を使って通信が送られて来た。
 史彦はゆっくり通信回線を開き、映像を出した。

『これはこれは、久しぶりだな。真壁史彦』
「何の用だ、ミツヒロ」
『相変わらず無愛想だな。何、娘に会う為、島の上陸許可を貰おうと思ってね』
「何だと?」
『勿論ただで、とは言わんさ。軍部を埋め合わせる為の和解だ。人類軍の作戦予定を教えよう』
「………………上陸はお前1人。滞在時間は最大で48時間だ」
『では、1人の父親として娘に会いに行くとしよう』

 一方的に通信が切られ、総士に少し寄りかかっていたが目を細めた。

「相変わらず偉そうな野郎だ。目的は何だと思う?」

 腕を組んで史彦に問う恭介。

「さぁな。そう簡単に本心を明かす奴じゃない」
「娘って………どっちのこと言ってるんだろう…………」

 小声で言った筈の言葉は、近くにいる3人の耳にはちゃんと入っていた。

「あいつの娘っていやぁ、弓子先生とお嬢ちゃんだろ」
「………でも………娘達って、言わなかった………」

 娘に会いに行く、とミツヒロは言った。
 それは1人を現し、2人いる娘のうちどちらかにしか用はない、と言うことだ。

「明日は、僕も行きます」

 視線をから史彦に向け、ミツヒロの上陸に赴くと言った。

「君はパイロット同士で海に行くのだろう?」
「そんな場合では!」
「こんな時だからこそ、仲間との時間を大事にすべきじゃないのかね?君も……」

 子供としての時間があまりにも短すぎた2人。
 平和である内に思い出を作るのは、何も悪いことではない。

「総士君、君を部屋に」
「…………分かりました。、行こう」

 の身体を支えながらCDCを出て行く総士。
 史彦と恭介は顔を見合わせ、そっと息をついた。
 嵐の前の静けさ。
 明日は平穏な時間を過ごすことは出来ないだろう。
 席を立つと、2人もCDCを後にした。




◇    ◆    ◇




 何処までも続く白い世界があった。
 周りを見渡しても何もない。
 あるのは白。
 そして足元に広がる水。

「…………」

 呼んでも返事はない。
 姿もない。
 何処にもいない。

「どうか今だけは………お前に安らかな眠りを……」

 は手を握り締め、ゆっくりと瞳を閉じた。
 白い世界が闇に包まれ、を呑み込んで行く。
 次にが目を開けると、飛び込んで来たのは見慣れた天井。
 アルヴィスの自室。
 傍にある時計に目をやり、上半身を起こした。
 前髪をかき上げ、そっと息を吐いてベッドから降りる。
 集合時間はとっくに過ぎているが、遅れるかもしれないことは前日に言っておいた。
 本当は行くつもりもなかった。
 しかし、乙姫がどうしても行きたいと言うから渋々承諾したのだ。
 乙姫と総士を守ることも、自分達の務め。
 は私服に身を包み、袖のないロングコートを羽織った。

「十分に警はしておかないとな」

 本を持ち、自室を出て海に向う。
 意識を集中すれば、乙姫が楽しそうに笑っているのが分かった。
 自然と笑みが零れ、歩く足も少しだけ速くなる。
 歩きながら髪を下の方で縛り、エレベーターに乗り込む。
 そして腰に手を回し、隠してある銃を取った。
 弾の確認をしてセーフティーがかかっていることも確認する。
 ミツヒロが島に来ることを知っているのは、限られた人間だけだ。
 もし何かあった場合、はGFとして動かなければならない。
 護身用も兼ねて、何時でも持ち歩いている。

「嵐が来るな」

 呟くと、エレベーターが地上に到着した。
 エレベーターを降り、爽やかな風に吹かれながら浜辺へと向う
 魔の手は、刻々と迫っていた。