シェルターの扉が開放され、非難していた島民達が地上に出る。
 島の特殊部隊が出動し、艦内にいる人類軍と道生とカノンを取り囲んだ。
 当然の処置といえば当然である。
 彼らを一時拘束、という形で保護施設に入れた。
 短いようで長かった朝が終わり、時刻は昼を迎えようとしている。
 太陽の光が島を照らし、それをひとり山の山頂で受けている
 彼は崖のぎりぎりで立って島を見下ろしている。
 その後ろから皆城乙姫が声をかけた。

「力は、ただ力でしかない。その力をどうしたいかは、自分が決めること。、あなたはその力を使って何がしたい?」

 問い掛ける言葉に、返答はない。
 揺れることのない緋色の瞳。
 乙姫はそっとその場を離れて行った。
 それから5時間後。
 事態は静かに、そして大きく変わろうとしている。
 残された人類軍の今後を決める為、査問委員会が会議室で密に行われていた。
 そこには史彦をはじめ、重役達が揃っている。

「君達は、この島で生きて行く意志があるのかね?」

 史彦が問うと、彼らは顔を見合わせてざわついた。

「竜宮島が、俺達を受け入れてくれるんですか?」
「そうなるとはまだ決まってはいないが………君達の意志も、聞かなければならんだろ」

 ご尤もです、と道生は肩を上げて言った。
 戦うことが全て、と考えている彼らにとって此処での生活は夢のまた夢。
 元々此処の住人だった道生は別としても、彼らには平和な生活を知らないのだ。
 上手く島民達とやっていけるかどうか、それも問題ではある。
 とは言え、見殺しにすることも出来ない。
 暫くの沈黙の後、思わぬ人物の登場で事態が変化した。

「彼らを、島に迎え入れて頂けませんか?真壁司令」

 大人とは違うアルトの声が会議室のドアから聞こえた。
 一斉に視線がドアの傍で立つ人物に釘付けとなり、皆が目を見張った。
 ゆっくり道生達の前に出るの瞳は緋色からこげ茶色に戻っている。

「全責任は俺が取ります」

 その言葉に今度は息を飲んだ。
 それは兵士達だけではなく史彦達も同じ。

「俺は彼らにとって裏切り者ですが、上官であったことは確かです。見過ごす訳にはいきません。真壁司令、もし彼らを島に迎え入れて頂ければ、彼らには島の為に役立つことをして貰う、というのはどうでしょう?島にとっては、メリットの部分もある筈です」

 真っ直ぐ史彦の瞳を見る
 史彦はジッとと兵士達を見詰め、2つの選択肢から1つを選ぼうとする。

「彼らの内1人でも不審な行動を取れば全員の射殺、または追放をして頂いて構いません。どうか、彼らを島に迎え入れて下さい。お願いします」

 頭を深く下げるに皆が驚いた。
 その中でも千鶴が一番驚いていて史彦とを交互に見る。
 沈黙が続いた。
 そして答えを出した史彦が沈黙を破った。

「小楯。道生君達のファフナーを修理してやってくれ」
「本気か?」
「遠見先生はパイロット達の適正診断を」
「はっ、はい」
「西尾博士、彼らにそれぞれ第一、二種任務を与えて下さい」
「あいよ」
「言っておくが、君達を信用した訳じゃない。だが、島で生活をする意志があると言うなら迎え入れよう。勿論、彼が言った通り1人でも不審な動きをしたら………その時は、分かるな?」

 僅かに目を細め、道生達を見る。
 はゆっくり頭を上げた。

「彼らは人間です」
「………そうだな。当委員会は、君達を島に迎え入れることにする」

 恭介と保が諦めたように首を振った。
 それを見たが口元を緩め、背筋を伸ばす。

「ありがとうございます!」

 また頭を下げると、道生達も慌ててそれに倣った。

「詳しいことは後程伝える。今日は部屋で休み、明日から島の一員として生活するように」

 頭を上げた兵士達が嬉しさ半分、戸惑い半分といった表情で互いを見る。
 と道生はそっと息を吐き、視線を合わせれば互の拳をぶつけ合った。

君、君には話がある。遠見先生以外の者は、すまんが席を外してくれ」

 保達が席を立ち、恭介の案内の元道生達が会議室を出て行く。
 皆がの横を通り過ぎ、会議室には3人だけが残された。

「早速だが君。君はこれから遠見先生にちゃんとした診断を受けて貰う」

 診断、と言う言葉に眉を微かに動かす。

「これがどう言う意味か………君達は分かるかね?」

 それはもうあからさまな発言だった。
 診断と君達。
 この2つで導き出される答えは1つだけ。
 は深い溜息と共に肩を落とし、暫くしてから小さく笑い出した。
 それから首を振り、落としていた視線を上げる。

「全員に?」

 笑みを浮かべたまま史彦に訊ねる。
 彼は無言で首を振った。
 それを見た後、視線が千鶴に向けられた。

「2時間後」

 それだけ言い残し、挨拶もなしに部屋を出て行った。
 彼らしくない行動に唖然とする千鶴だが、史彦は頭を殴られたような感覚に襲われていた。
 非難の言葉を言わなかったのは、それだけ2人に余裕がないということだろう。
 子供が島の秘密を知らなかったように、大人も知らない島の秘密がある。
 1つずつ変わろうとしている島。
 微妙な変化が今後この島に大きな事態を招くとは、この時はまだ誰も想像していなかった。
 そしてこれから来る悪夢の始まりも………。




◇    ◆    ◇




 早朝、学校に行った一騎を見送った史彦の許に恭介が訪ねて来た。
 相変わらず陶器を作り続ける史彦を他所に、恭介は写真立てを手に取る。

「お前も人が良すぎるぜ。使い捨てにされた兵士を全員受け入れてやるなんてよ」
「彼らがそれを望んでいた。拒む理由もない。それに、たっての希望だ」

 全責任を取る、とまで言い頭を下げた。

「けど、あいつはであってじゃねぇだろ」
の言葉はの言葉。そう、考えた方が良い」
「はぁ?マジかよ………にしたって例のパイロットの処遇………本気か?」
「あぁ。皆城乙姫たっての願いでね」
「あぁ……そりゃあ断われねぇなぁ」

 島のコアである皆城乙姫の願いは、この島に住む者なら叶えなければならない。
 島にとって皆城乙姫は全て。

「そんで本人は1つ上の学年に入って、の野郎が狩谷先生の穴埋めねぇ」
「本人はそれを了承してくれている。出来ない訳ではない」
「舐められねぇか?」
「心配はないだろう」

 だと良いが、と溜息混じりに言う。
 恭介が心配しているのは竜宮島中学校のこと。
 年齢的に考えれば中学1年になるが、乙姫の強い願いで2年に入ることとなった。

「それでは、新しいお友達を紹介します」
「皆城乙姫です。宜しくお願いします」

 水色のワンピースを着て挨拶をする乙姫。
 皆が呆然としていた。
 それとは別のもう1学年上、3年の教室は呆然ではなく唖然としている。

「カノン・メイフィス。機体コード、J−017。ファフナー・ベイバロン専門だ」

 敬礼をして挨拶をするカノン。
 彼女は一騎達のクラスに入ることとなった。

「では、あそこの空いてる席に」

 容子が指したのは一騎の隣。
 蔵前果林が使用していた席だった。
 言われた場所に腰を下ろしたカノンは、隣にいる一騎を睨んだ。

「あのスイッチを切ったのは、あくまで作戦上の判断だ。けしてお前に説得された訳ではない」

 泣いてしまったことが恥ずかしいのか、それともただ認めたくないだけなのか。
 一騎は唖然とカノンを見ていたが、次に発せられた容子の言葉で我に返った。

「それで、今後皆の担当をしてくれる先生が変わります。入って来て」

 ガラッとドアが開き、入って来たのは見慣れた顔。
 一瞬ざわめきが起こり、一騎は目を見張った。

「今日からこのクラスの担任をすることになった先生です」

 相変わらず黒の服を着ているが、表情だけは何時もと少し違うように見える。

「それじゃあ君、宜しくね」

 頷くと、容子は安心した表情で教室を出て行く。
 出て行ったのを確認すると、真っ先に声を上げたのは剣司だった。

「何でが先生なんだよ!」
「問題でも?」
「だってあんた、あたしらと同い年だろう?」
「だから?」
「だからって………いきなりどうかしたの?」

 真矢の問いに肩を落とし、口元を押さえて小さく笑う。
 それに何故か引いてしまった剣司。

「大人達の裏事情に興味が?」

 目が怖い。
 そう誰もが思った。

「総士。お前、あいつに何を言ったんだ?」

 話しを振られた総士が怪訝な表情をする。

「何か言われたのか?」
「……………誰のせいでこんなことになっていると思ってるんだ?お前………」

 あいつ=皆城乙姫。
 その式が出来上がっている2人だからこそ分かる会話。

「知らないな」
「まぁ、承諾したのは俺だ。あいつたっての望みなら、俺達が断わる理由もない。同い年だからと、甘やかすこともしないから覚悟しておくように」

 にっこりと笑っているのにオーラがとても怖い。
 そして一同は、という新人教師の下地獄の授業を受けることとなる。
 その授業を受け、平然としていられたのはたったの2人。
 皆城総士とカノン・メンフィスだけであった。





 真壁家の電話が鳴っていた。
 作業をしていた史彦の手が止まり、傍にある電話を取る。
 相手は遠見千鶴だった。

『昨日の診断結果が出ました』
「それで、彼女達の容態は?」
『その…………最初のデータがないので何とも言えませんが、危険域に達しています。このまま前と変わらず過ごしていると、何らかの症状が出るかと………』

 予想はしていたが、やはり、と言う気持ちがある。
 史彦は溜息の変わりに肩を落とした。

「このことは、他の誰にも言わないようお願いします」
『勿論です。あと………クロッシングのことなんですが………』

 島とファフナーのクロッシング。
 身体に大きな負担をかけているクロッシングは、生きている限り永遠に出来る、というものではない。
 身体と精神の限界。
 ミールの因子が移植されている身体には、それなりに限界といわれるものがある。
 一騎達とは違うものの、ミールの因子が体内にあることは変わりない。
 危険域に達している身体には、クロッシング出来る回数も限られてくる。

『状況や時間にも関係ありますが、正常にクロッシング出来る回数は―――』

 4時間目の終了を知らせるチャイムが、竜宮島全土に響いた。