誰もいない世界。
無の空間。
響く音。
人の声。
開けられた瞳。
目覚める力。
あなたは、そこにいる?
事態を危険と見た史彦は、島民達にシェルターへの避難を命じた。
現在、竜宮島が出せる戦力は一騎の乗るマークザインのみ。
昨夜の戦闘により3人のパイロット達は戦闘不可と判断され、今は休養中である。
苦しい判断だが、ミサイルは道生の乗るメガセリオンに任せ、カノンの説得は一騎に任せるしかなかった。
ミサイルを撃ち落す役目を預かった道生は竜宮島まで戻り、急上昇する。
「道生なの?」
ファフナーに乗っているのはカノンと道生だけ。
そのカノンは此処にいる。
弓子の傍まで来ていた乙姫はメガセリオンを見詰め、数機のノルンを起動させる。
メガセリオンの機動力では、上昇するのに時間がかかってしまう。
「くそっ!もっと速く飛べないのか!?」
ミサイルを確実に撃ち落し、竜宮島に被害を及ばせないようにする為にはかなり上で撃ち落さなければならない。
機体の限界と自分の限界を知りながらも叫ばずにはいられなかった。
それを助けたのが乙姫の飛ばしたノルン。
メガセリオンを囲み、シールドを張って加速する。
「ありがとよ!」
下に見える竜宮島に向ってそう言った。
ノルンと共に急上昇して行くメガセリオンを見て、カノンが目を見張って叫んだ。
『トリプルシックスが、何故!?誰の命令だ!!』
「お前、ホントに分かんないのか?」
『えっ?』
道生が何故戻って来たのか。
何故島を救おうとしているのか。
一騎は言葉だけでは伝わらないのだと判断し、ベイバロンにゆっくりと近付く。
『近づくな!』
「離れていちゃ、顔も見れないだろ!」
近付いて、ようやく互の顔がモニターに映し出された。
モニター越しに見るカノンと一騎の2人。
一騎は安心したような表情で口を開く。
「お前、いるじゃないか。そこに」
『なっ』
「3分やる!スイッチ入れたきゃ、入れろよ!」
突然な発言に、誰よりも驚いたのは総士だった。
『一騎、何だ!?何を確信した!!』
「3分経って、決められないなら俺がお前を………消してやる」
『何を言ってるんだ……お前…………』
スイッチを入れれば、カノンや一騎だけではない。
この島そのものが滅んでしまう。
かつて見た名も無き島のように、フェンリルが作動すれば消える。
何も残さず、無にかえる。
『よせ!フェンリルのエネルギーは、ファフナーでは防げない!!』
「あいつ、ホントに自分じゃ決められないんだ」
『何?』
「だから、多分入れることも出来ないと思う。もう少しだけ、俺に任せてくれないか?総士」
総士の言う通り、何かを確信した訳ではないと思う。
命令しか知らないカノンには、自分で決めることは出来ない。
自分で決めさせることが、恐らくこの島を助ける手段となるだろう。
これで本当にスイッチを入れられたら取り返しも付かないが。
それでも何故か、カノンに賭けてみたいと思った。
「溝口。フェンリルのカウントは?」
『残り4分ちょっとだ』
4分後、島が滅ぶか残るかどちからになる。
運が良ければ3分後、島は原型を止めたまま時間が過ぎるだろう。
史彦は手を組み、額に当てた。
そして史彦の耳に慌てる千鶴の声が入ったのはすぐ後のこと。
『真壁司令!た、大変です!君が……君が姿を消しました!!』
「何ぃ!?」
『何時の間にか姿を消しているんです!!』
「IDを逆探知して、の居場所を探すんだ!」
「島民の避難、87%が完了しました。遠見弓子、皆城乙姫の生命維持反応を確認。あと………あの、エラーの生命維持反応が出ていますけど……」
「何処だ!?」
「た、竜宮浜です」
「RV、再突入しました!」
情報が飛び交うCDC。
里奈と真矢は流れる情報に目を通し、必要な物だけをピックアップする。
里奈の報告したエラーの生命維持反応を分析する真矢。
島の危険が刻々と迫っているというのに冷静な自分が嫌になった。
『何のつもりだ!今、私がスイッチを入れたら!!』
一騎の賭けだと言うことを知らず、カノンは内心で焦っていた。
何を考えてそんなことを言うのか理解出来ない。
「お前がそう決めたんなら、一緒に消えてやる。それまで、もう少し話そう」
『話す?』
「何を話そうか」
『わ、私に聞くな!!』
確かにそうだ、と自笑する。
「カノン……そうだ、その名前。カノンの意味は?」
『お………音楽の一種………』
「どんな音楽なんだ?」
『…………メロディが…………少しずつ、生まれ変わる。そう言う音楽だと、母さんがっ。お前一体、私に何をさせたいんだ!!』
何故馬鹿正直に答えている自分がいる。
何故会話をする。
早くスイッチを入れれば良いのに。
そうすれば、これ程苦しむことはない筈なのに。
「自分で決めるんだ。カノン」
『決める?私が?』
何を決めれば良い。
何をしたら良い。
今迄、誰にもそんなことは言われなかった。
命令に従っていただけだ。
決める。
私が、一体何を決めれば良い。
分からない。
何も、何も分からない。
何故トリプルシックスは帰って来た。
何故ミサイルを迎撃しに行った。
何故島を守ろうとする。
何故、あなたは裏切った。
裏切るなら、何故私に色々なことを教えてくれた。
あなたは私に、何を望んだ。
「…………ノーネーム………」
『?』
ピッと音を上げて、モニターに何かが映し出された。
浜辺に浮かぶ黒。
風がコートを、髪を靡かせる。
「……が…………何でっ!?」
メディカル・ルームで眠っているは暫く目覚めないと言われた。
目を覚ましたことは嬉しく思うが今此処は修羅場。
生身の人間が傍にいては良い筈がない。
「エラーの生命維持反応、ID確認出来ました。です」
「メガセリオン、ミサイルへの迎撃を開始しました」
「ガーディアン・システムが起動しました!でも、これは…………今迄にない、高い数値でマークザインとクロッシングしています!他にも、全システムとのクロッシングが高い数値を記録。司令、これは………」
史彦の前にも映し出されるクロッシングの数値。
これまでのクロッシングとは違い、どれもが高い数値を記録していた。
そしてメディカル・ルームから抜け出した。
エラーのID。
「……………ガーディアン・システムが………覚醒したと言うのか………………?」
浜からただ静かにファフナーを見上げる。
逃げることもせず、慌てることもせず、ただ静かに時の流れを待っている。
波打つ音が次第に大きくなっていた。
吹き付ける風も穏やかではない。
耳に、ミサイルの爆発する音が届いた。
だが、それはの耳に入っている訳がない。
緋色に輝かせた瞳は、静かにファフナーを見上げるだけ。
「お前、のこと許せないって思ってるのか?、此処にいるんだぜ?それでもお前、この島を消したいって思うのか?」
『……ノーネームは………ノーネームは裏切ったんだ!』
「それでも今、あそこで見てるじゃないか!お前がどうするのか、ジッと見てるじゃないか」
死ぬかもしれないのに、怯えることもなく近くで見ている。
いや、もしかしたらという人間がそこにいることで意味があるのかもしれない。
「あと10秒だ!お前が決めろ。カノン!!」
『わ……私っ…………私がっ!』
決める。
生か死か。
「お前は、そこにいるだろう!!」
―――もう大丈夫だぞ、お嬢ちゃん。
―――お前がカノン・メンフィス?道生から聞いてるよ。俺は。
―――おいカノン。お前一応女なんだから身体は大切にしろ。
―――訓練、付き合ってやるよ。道生ばかりだと、あまり面白くない。
『カノン!!』
―――お前は、人を殺すなよ。
―――生きることが戦いだ。だから、死ぬなよ?
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
上空で、全てのミサイルが爆発した。
カノンの耳にアラートが鳴り響く。
「…………何故…………私が………………切った?フェンリルのコントロールを……………………何故っ?」
呆然とするカノンに、一騎が通信を入れる。
「お前!!私を消すと言ったくせに!!何故やらなかった!!」
『お前が決めなかったらって、言ったろ?』
「なっ」
『自分で、決めたんだろ?』
通信が切れ、マークザインが背を向けて帰って行く。
「ま、待て。話しを聞けっ。私の…………話しを………………っ」
通信が途絶えた今、カノンの声は誰の耳にも入らない。
去って行くマークザインを見て、カノンは大粒の涙を流す。
フェンリルの作動は停止され、迫っていたミサイルは全て撃ち落された。
島は原型止め、静かに幕を下ろそうとしている。
「……戦略ミサイル………全て落ち落とされました。メガセリオン、竜宮浜に着地します」
「ブロンガー級ミッドライト、不審な動きありません。大人しく島を離れて行くようです」
「溝口さんより入電。フェンリル、停止を確認」
「システム、及び竜宮島に被害なし。ファフナーブルク、マークザインの帰投準備出来ました」
慌しかったCDCが静まり返り、皆安堵の息をついた。
それはマークザインに乗っている一騎や、ジークフリード・システムに乗っている総士も同じ。
『今すぐ、取り押さえるべきなんだがな』
「そっとしておいてやれよ」
『言うと思ったよ』
お互い小さく笑い、ファフナーブルクへと帰投して行く。
その背中を乙姫は見詰め、が立っている方に視線を向けた。
否、が先程まで立っていた方に視線を向ける。
確かにいた筈の姿は何処にもなく、乙姫はそっと瞳を閉じた。