第1CDCがあった場所は封鎖され、里奈と真矢は初めて見る第2CDCに案内された。

「本当にCDCが新しくなったんですね」

 感心したように里奈が言うと、澄美が第2CDCに付いて説明し始めた。

「並列一体型アーサーズ・ルーム。こっちが、先に作られてたのよ」
「今までのCDCに比べて、システムへの負荷が大きすぎたから使えなかったのよ。今は、コアが歩き回ってるおかげで、全迎撃システムにリンク出来るけど」
「より攻撃性の高いCDCっと言う訳ですね」

 簡単に言えばそうなる。

「お早う」

 会議を終えた史彦が入ってくると、4人は声を揃えて挨拶を返す。

「状況」
「人類軍、ブロンガー級ミッドライト、北西へ。不審な動き、ありません」
「まもなく、第1ヴェルシールド圏外へ出ます」

 第1ヴェルシールドを抜ければ偽装鏡面で島が見えなくなる。
 道生と由紀恵の2人を浜で見送る弓子は、目元に涙を浮かべていた。
 艦のデッキで島を見詰めていた道生も、少しだけ複雑な思いだった。

「偽装鏡面か。さらば愛しき故郷ってか」
「時期にホントに消えてなくなるわ」

 いなかった筈の由紀恵が現れ、言葉の意味に視線を向ける。

「あの、カノンって子と一緒にね」

 続けて口から出て来た言葉は、道生を驚かせるには十分だった。

『予定通りに作動させた。爆発まで艦を守れ』
「了解」

 上官からの通信を受け、機械的な返事をする。
 カノンは艦から視線を外し、島を見詰めた。

「これでやっと……本当にいなくなれる」

 ずっと望んできたこと。
 カノンは心の何処かで安心していた。

「乗組員ごと吹っ飛ばすだと!?正気か!!」

 デッキで大佐の考えを聞いた道生は声を荒げた。

「フェンリルの戦略ミサイル。大佐は、本気で島を消す気よ」
「お前っ、何で今頃!」

 何でもっと早くに言わなかった、と由紀恵に迫る。
 だが由紀恵は平然とした声で言った。

「もしあなたが出たら………大佐は、間違いなくメガセリオンを攻撃するわ。それを防ぐ仕掛けに、時間がかかったの」

 何かを企むように小さく笑う。

「ゆきっぺ……お前……」
「行きたければ行きなさい。私にはあの島に何の未練もない。でもね、私にだって大切と思えるモノぐらいあるのよ」

 幼馴染の関係である遠見弓子の存在。
 道生は小さく、ありがとな、と言って由紀恵の横を通り過ぎる。
 髪を靡かせながら島のあった方向をジッと見詰める由紀恵。
 彼女の耳にアラートが聞こえたのは、道生が行ってからそれ程経っていなかった。

「人類軍なんざ辞めだ辞めだっ!」

 ハッチを無理矢理開け、艦を離脱するメガセリオン。

「メガセリオン、本艦より離脱しました!」

 それをブリッジで見ていた兵士が報告する。

「所詮は島の人間か。父親の元へ送ってやれ」
「武器管理システムにエラー発生!撃てません!!」
「何だとっ!?」

 エラーの音がブリッジに響き、バーンズは歯を食いしばった。

「悪いわね。情報システムは得意分野なの」

 コントロールを服の中にしまい、猛スピードで飛び立って行くメガセリオンを見送る。

「運が悪ければ良いわね、道生」

 由紀恵は口元を緩め、怪しまれる前に艦の中へ入って行った。
 島の危機を感じている道生は急いでアルヴィスに通信を入れ、コンタクトを取る。

『アルヴィス、応答してくれ。こちらメガセリオン。日野だ!』

 声を受信したCDC。
 真矢が声を聞いてある人物の顔を思い浮かべた。

「日野……道生さん?」

 中央に大きくモニターが現れ、道生の姿が映し出される。

『島が危ない。残っている潜水艦が、フェンリルを使う気だ!』
「何ですって!?」

 一瞬にして緊張が走った。

「溝口、聞えたか?確認取れるか」

 史彦の声は艦に潜入した恭介の耳に入り、呆れた声で返事をする。

「お前の読み通りだぜ。フェンリルの警報システムがズタズタにされてる。こりゃ、乗組員は誰も知らされていないなぁ。何とか止めてみる」

 フェンリルと解除には少々時間がかかる。
 それが人類軍の物となると、簡単には解除出来ない。
 システムにリンクすると、恭介は慣れた手付きで弄り出した。
 外部からのアクセスに反応して、アラートがカノンの耳に入る。

「気付かれたか」

 フェンリルのカウントは始まったばかり。
 今此処で止められる訳にもいかない。
 カノンは強硬手段に出た。

「味方を隠れ身のにした、自爆戦術とは。趣味が悪いぜ」

 焦ることなく作業をすすめる恭介だったが、突然の衝撃に身体のバランスを崩す。
 視線を上にやると壁が破られ、ファフナーの手があった。

『フェンリルコントロール、機体識別コード、J−017に移行』

 モニターが黄色に変わり、ロックがかかってしまった。

「しまった!真壁!フェンリルのコントロールを敵のファフナーに持っていかれた!」

 恭介の慌てた声がCDCに響く。
 史彦はすかさず指示を出した。

「一騎!謹慎を解く。竜宮浜に出撃させろ!」
「ジークフリード・システム、起動しました。ガーディアン・システム、未だ沈黙。連結者、搭乗していません!」
「太平洋に展開中の戦略潜第9戦隊旗艦ベクロス級ベリクールより、戦略ミサイルが発射」
「戦略ミサイル、およそ10分後に島に到達!」
「ヴェルシールドを――」
「シールドを立てるな!密室状態で潜水艦に爆発されたら、島が吹き飛ぶ!」
『ミサイルは、俺が何とかします!』
「何!?」
『カノンは、根は正直な奴ですから、上手く説得してやって下さい』

 そうすれば、きっと島もカノンも無傷で終わる。
 誰も傷付かず、何も失わず。

「俺がやります!」

 保護室を急いで出た一騎がマークザインに乗って出撃した。
 島で何が起こっているのか解らなかったが、少ない情報で理解することが出来た。
 竜宮浜に到着した一騎はベイバロンと対面し、カノンに通信を入れる。
 元々同じ場所で作られた為、ベイバロンとマークザインは無線が付いていた。

「カノン。お前と話しがしたい」
『何の話だ』
「えっ?あっ、何か話そう」
『何かとは何だ』

 元々人との関わりを避けて来た一騎。
 カノンとの出会いはあまり良いものではなく、その後も良い印象はなかった。
 ほとんど初対面に近いカノンに対し、一騎は何をどう話せば良いのか困った。

「その……お前、何処から来たんだ?」

 とてもありきたりな質問だと思う。

『モルドバ基地だ』
「違う!そう言うんじゃない。お前の……故郷」
『4年前まで、ダブリンと言う町があった。今はもうない』
「ダブリン?」

 一騎の脳裏で世界地図が浮かび上がる。
 初めて聞く名前に首を傾げ、パッと浮かんだ国の名前を出す。

「ドイツだっけ?」
『『アイルランドだ!』』

 一方は目の前のベイバロンから。
 もう一方はジークフリード・システムから聞えた。

「知ってるなら助けろよ!」
『説得すると言ったのは一騎だろ』

 一騎を助ける気なんてさらさらないのか、総士は冷たく言い放つ。

『馬鹿にしてるのか、貴様!!』

 カノンが怒るのも無理はない。
 誰も自国を間違えられるのは嬉しくはないだろう。

「違う!馬鹿になんかしていない!!」

 慌てて否定するが、気を悪くしたカノンの怒りは収まらない。
 システム内で2人の会話を聞いていた総士は思わず溜息を漏らした。

(…………………)

 眠りに付いている2人に、密かなSOSを送った。
 それを受信した乙姫は、浜に出て2機のファフナーを見る。
 彼女の口元が微かに緩んだ。
 メディカル・ルームのベッドで眠っている
 閉じていた瞳が、ゆっくりと開いたのが分かった。

『話しは終わりだ』

 相手をしていられない、と言いたげな台詞を吐くカノン。
 一騎は慌てて呼び止めた。

「お、お前家族は?」
『前はいた。今はもういない』
「友達は?」
『皆、フェストゥムに食われた』

 町がなくなり、家族や友達がいない。
 フェストゥムの襲撃を受け、生き残ったカノン。

「………お前、何でこんなことするんだ?」

 カノンが何故島を滅ぼそうとしているのか、一騎には理解出来なかった。

『理由などない。命令だ』

 素っ気なく答えるカノン。

「命令?自分で決めたんじゃないのか?命令されたら、何でもやるのか!?」
『そうだ』
「そうだって……」

 考えられなかった。
 一騎も確かに命令で動いている。
 だが、何でも言うことを聞く機械ではない。
 おかしいと思ったことには反発する。
 助けたいと思った時は助ける。
 司令である史彦の言葉も、指揮官である総士の言葉も、何度も無視をしてきた。
 命令は絶対でも、聞けない命令だってある。

「お前は何処にいるんだ!」

 思わず叫んでしまう。
 昔の、自分を見ているようで。

『前はいた。今はもういない』

 淡々と答えるカノンの口調には、生きているようには思えなかった。

「……最低だ…………お前……」
『何だとっ!?』
「島を見ろよ。人が沢山住んでいるだろう?俺の大事な人達、皆此処にいるんだぜ?」

 一緒に戦う仲間。
 ずっと昔から平和を求めて来た大人達。
 小さい頃から真実を知り、己を犠牲にして島を守ろうとしている総士や、そして
 知らない所で支えてくれる多くの人々。
 思い出も、たくさん詰まった大切な島。

『私に何の関係がある!』
「誰もいないからそんなことが言えるんだ!自分なんか………何処にもいないって思ってるから」

 思わずカノンが息を飲んだ。

「命令された時、お前、安心しただろ。ずっと誰かに命令されるのを待って………自分じゃ、何も決められずに…………ずっと、いなくなりたいと思ってただけだろ!?」

 総士を傷付けた後、ずっと自分なんていなくなれば良いと思っていた。
 総士が自分を憎んでいると。
 総士が自分を恨んでいると。
 真実を話さなかったのは、一生許されない罪を背負わせる為だと。
 だからいなくなれば良いと、そう思っていた。
 でもせめて、謝りたいと願い続けて来た。
 ファフナーに乗るよう言われた時、信じろ、と言う言葉に頷いた。
 必要としてくれたことに、内心喜んだ。
 でも後になって気付いた。
 総士は傷のせいでファフナーに乗れない。
 だから自分に、戦って死ねと言っているのだと。
 フェストゥムと戦え、そう言われて戦った。
 戦って、フェストゥムを倒すのが楽しいと思ったことさえある。
 早く戦わせて欲しい。
 戦うことを許す、命令が早く欲しい。
 そう、思ったこともあった。

「馬鹿だよ……お前」

 俺と同じで、何も分かってない。
 本当に、馬鹿だ。
 過去の自分を見せ付けられているようで、一騎は歯を食いしばった。