それぞれが選んだ道。
 その先に続くのは近くて遠い未来。
 生きることを望んだ者。
 定められた未来を自分で選んだ者。
 覚悟を決めたのは、島に生きる人々。










 パイロット達と真矢の精密検査も終え、千鶴が最後に診たのは皆城乙姫だった。

「そう、長くて3ヵ月。そんなに長い間、生きていられるんだ」

 後ろから乙姫を抱き締める千鶴。
 自分の娘ではなくても、この島にとってはとても大事な存在。

「……乙姫ちゃん……」

 長くて3ヵ月の命。
 その命が短くなることも考えられる。

「私が私を選ぶってことは、何時か終わりが来るってことだもの。もし、フェストゥムと同じ道を選んでいたら、何とかして生きたいって思うことさえなかったから」

 笑って言う乙姫に、千鶴は胸が縛られる思いになった。
 目元に涙を浮かべ、乙姫を抱き締める。
 抱き締められた乙姫は嬉しそうに笑った。

「千鶴の身体、暖かいね」

 人の温もりを知った。
 生命の素晴らしさを知った。
 会話を覚え、感情を表すことを知った。
 人として生きる道を選んだ乙姫。
 人間としての命が短くとも、乙姫にとっては幸福な時間。
 乙姫は千鶴の腕からすり抜け、真正面に立った。

「もうすぐで史彦が此処に来るよ。お話し、するんだよね?」

 メディカル・ルームの奥のベッドで眠っている、について。

「千鶴、私達システム連結者は、どんなことがあっても島を守りたいって思ってる。それだけは、忘れないでね。それじゃ、総士の所に行くね」

 笑って、小走りで部屋を出て行く。
 残された千鶴は小さく溜息を漏らし、机に置いてあるカルテを取り上げた。
 
 千鶴が2人のことで不審に思ったのは少し前。
 いや、もしかしたらもっと前だったかもしれない。
 司令が何か重要なことを隠している。
 そう思ったことは何度もあった。

「遠見先生」
「真壁司令」
「遅くなって、申し訳ない」

 軽く頭を下げる史彦に千鶴は首を振った。
 それから椅子をすすめ、隠してあった刀を取り出す。

君が持っていた物です」

 そっと史彦の前に出すと、それを大事そうに受け取った。

君のことで、聞きたいことがあると」
「はい。島の医者として、研究者としてお聞きしたいことがあります」

 千鶴の目は真剣だった。
 史彦はそっと息を吐き、刀を机に置く。

「お話ししよう。君と君について」

 史彦の重たい口が開いた。




◇    ◆    ◇




 竜宮島の朝は緊張の渦に包み込まれていた。
 人類軍のブロンガー級ミッドライトのデッキに、由紀恵と道生の姿があった。

「私を実験だしとして生んだ島に、未練なんてないわ」

 島を眺めながらそう言った。

「関係ねぇよ。運がよけりゃぁ死ぬし、悪けりゃ生き残るんだよ」
「それ、逆よ?」
「逆になってくるんだよ。だんだんとなぁ」

 それが、道生の見た世界。

「…………そう。なら、あの島は運が良いって訳ね」

 呟いた言葉に、道生が由紀恵を見る。
 すると後ろから声がかかった。

「トリプルシックス」
「どうした?」
「島には、私が残ることになった」

 カノンに目をやっていた道生には気付かなかったが、由紀恵は息を飲んだ。

「しょうがねぇ。俺も残ってやるよ」
「駄目だ」
「えっ?」
「お前はすぐ、此処を離れろ。大佐の命令だ」
「へいへい。どうせ別れるなら早い方が良いぜ」

 何も知らない道生。
 バーンズの考えを知っている由紀恵は、ジッと島を見詰める。
 昨晩港で3人だけの同窓会をした。
 正確には、もう3人だけしかいないのだ。
 道生が人類軍に行った理由を、弓子の前で話した。
 けして弓子の名前を出さず、アイドルになる夢を持っていた女の子、と言って。
 由紀恵の中で、小さな葛藤が始まった。
 道生と同じように何も知らない史彦達は、重役達を集めて会議をしていた。

「この新型、やはりミツヒロと日野の研究か」

 各自目の前のモニターにマークザインが映し出され、昨日の戦闘データを参照していた。

「2人は、北極のミールとの決戦を望んでいたんですよね?」
「それは皆城公蔵も同じさ。ただ、島が不完全な状態で敵を招いてしまったけどね」

 行美が言うと、隣に座っていた恭介が頭の後ろで手を組む。

「もう7年になるか?子供らが、敵のメッセージを受信しちまってから」
「で、これが決戦用の機体ってことか?」

 保が史彦に向って訊ねる。
 それに答えたのは千鶴だった。

「皆城乙姫はあの機体を、自分と同じ存在だと考えています」
「み、皆城乙姫って……」
「彼女が意思を持ったのか!?」

 まだ乙姫が岩戸から出たことを知らされていなかった容子と保。

「島の全管理能力を有したままな」

 その為、第2CDCが使えるようになった。

「この機体が、彼女と同じ存在だというのは?」
「同化現象を起こしながら、固体であることを保つ。皆城乙姫が人間として生きる姿そのものだと言うことです」
「いくらなんでも、ファフナー自体がそうなるなんて」
「ドロドロに溶けたからなぁ。違うもんに変わったんだろう」
「コアの単独再生なんて前代未門だよ」

 計測不可能な程の力。
 マークザインがどれ程の物なのか、早く知っておく必要がある。

「早急のデータ解析が必要だが、どうも日野が渡したディスクには一部ロックがかかっているらしい」
「ロックだぁ?んなもん、エキスパートに任せれば良いだろう」
「頼んだが、それでもロックの解除は出来なかった」
「では、全ての解析は無理だと?」
「洋治の野郎、一体何の為にディスクを渡したんだ」

 暫く史彦は考え、真矢の言葉を思い出す。

「溝口、日野は真矢君に何か言っていたな」
「あぁ?確か……研究を手伝ってくれた奴に後は頼む………とかなんとか」
「………か」
!?」
「彼が、この機体に関わっていると?」
「断言は出来ないが、彼はファフナーの整備もしている。彼は?」

 千鶴に目をやると、首を横に振った。

「まだ眠っています。脈は安定していますが、何時目覚めるかは分かりません」
「あいつが此処にいるのか?」
「あぁ。今はメディカル・ルームで眠っている。彼に付いてだが、此処にいる全員に報告しておくことがある」
「何でしょう」

 史彦は此処にいる全員の顔を見渡し、ゆっくりと説明し始める。

「Guardian Force、と言う言葉を聞いたことがあるだろう」
「ガーディアン・フォース?そういや、大分前に何かで……」

 首を傾げる保。
 容子も同じように首を傾げたが、やがてある人物を思い出して声を上げた。

隼人!」
「あいつっ!そうだ、あいつは確か名の知られた工作員で……」
「軍に所属していたは、特殊工作部隊ガーディアン・フォースの隊長としてその名を馳せた。アーカディアン・プロジェクトに参加する際、島の秩序を保ち、島の安全を第一優先に動くガーディアン・フォースとなり、彼は裏で島を支えていた」
「島にフェストゥムが現れるあの時まで、竜宮島が平和だったのは隼人のおかげ、と言う訳なんだろう?」

 行美の発言に史彦は軽く目を瞠った。

「知っていたんですか?」
「大体の想像はついてたさ。隼人は新国連にスパイとして潜入し、色々調べて情報をこっちに回していた。竜宮島を南半球に移動させるよう言ったのも、彼なんだろうよ」
「えぇ。竜宮島が平和だったのは、のおかげでもあります」
「だが、隼人は……」

 保が言葉を区切ったのには訳がある。
 誰もが知っている隼人の最後。
 彼は、末娘の成長を一ヶ月も見ぬうちにこの世から消えた。
 そして、の母親も。

「彼が島に情報を与えてくれたからこそ、今の竜宮島が存在している。ガーディアン・フォースは、今の竜宮島にも必要な存在だ。それに………君と君が隼人の意志を引き継いで動いてくれている」
「何だって!?」

 思わず席を立つ保と、組んでいた手を下ろす恭介。
 目を閉じる行美。
 モニターを見詰める千鶴。
 目を見開いて史彦を見る容子。
 史彦は言葉を続けた。

は皆城の命令で新国連に潜り込んでいた。今回、島を出て行ったのは一騎とマークエルフのコアを守る為。よって、彼に対して処罰は下されない」
「あの2人が工作員ってことか?」
「何で今迄黙ってた」
「そりゃ、当然だろう」

 史彦の変わりに目を閉じていた行美が言う。

「あの子達の父親は有名な工作員だよ?その血が流れているあの子達も、それなりに腕も立つ。敵を騙すならまずは味方から。極秘任務を受け持つ人間が、自分は工作員です、と言う訳もないだろう。違うかい?」
「何でもお見通しですね、西尾博士」
も、確かに隼人の子供だよ。目を見れば分かるさ。あの、のこともね」

 苦笑して見せると、史彦は小さく頷いた。
 島から姿を消したの兄、

「溝口。モルドバで、の姿はなかったか?」
「いや、俺も気にして探しては見たが………やっぱいないな。第一、がスパイとして新国連に潜り込んでいたなら、の存在に気付くだろう」
「まさか、彼も工作員……GFだったと?」

 容子の質問に史彦は頷く。

「島からいなくなって9年。何の連絡もないと言うことは、やはり」
「フェストゥムにやられた、か」

 重たい空気が会議室を包む。
 それを打ち消したのは史彦だった。

「兎に角、考えていても始まらん。西尾博士、機体とデータの解析を出来る所まで」
「分かった」
「他の者は通常通り、任務に取り掛かってくれ。両名の件については此処だけの話しにしておいてくれ。GFのことは、彼らが自己判断で話さなければならないことだ。彼らが自分から話すまで、他言無用だ」

 全員が席を立ち頷いた。
 島に危険が迫っているとも知らず。
 次々に部屋を出て行く中、史彦は恭介を呼び止めた。

「念の為、停泊している艦に潜入してくれ」
「あぁん?何だってまた」
「バーンズは優秀な指揮官だが、生きる為なら手段は選ばん」

 史彦の言いたいことを察した恭介は頷き、そのまま何処かへ行ってしまった。
 何かある。
 そう、史彦の第六感が告げていた。