時は静かに歴史を刻む。
針の動きが島を変え、針の動きが未来を近づける。
眠りに付いた少女は夢を見て、会話を望んだ少年達は手を取り合った。
交わされる会話。
知りえた真実。
島は、静寂の闇に包まれる。
真矢と別れてから、総士は一騎のいる保護室の前に来ていた。
本来なら仕事に戻らなければならないのだが、足が勝手に此処まで来ていた。
総士は決意を決め、ドアのロックを外した。
寝台に寝転がっていた一騎は、訪問者が来たことに気付き、上半身を起こす。
「総士?」
「話しがある。付いて来い」
「付いて来いって……あぁ!おい!!」
一騎の言葉に耳も傾けず、颯爽とその場を去って行く総士。
慌てて寝台から降りると、総士の後を追った。
何処に行くんだろう、と言う考えながら、勝手に出て良かったのか、と言う不安もある。
黙って歩く総士の斜め後ろを歩き、不安そうな表情を浮かべながら通路を見た。
何処も同じで殺風景な道。
何処をどう歩いているのか、一騎にはさっぱり分からない。
どれ程歩いただろうか。
先を歩く総士の足が止まり、部屋のロックを解除する。
「僕の部屋だ。入れ」
さっさと入る総士の背中に、一騎がやっと声をかけた。
「お前…………アルヴィスの中に住んでるのか?」
長らく皆城家には行っていなかったので知らなかったが、まさかアルヴィス内で生活をしていたとは思わなかった。
「出撃には便利だ。座ってくれ」
言われるがまま、ソファーに腰を下ろす一騎。
総士は机の前の椅子に座り、足を組む。
「さっ、話そうか」
「話そうかって………何か……何にもない部屋だな」
自分の部屋も殺風景だと思うが、この部屋よりは大分マシだと思う。
一騎の言葉にムスッとしたのか、総士は声を上げて説明し始めた。
「よく見ろ!ベッドがある。テーブルとソファーがある。机があって、壁には写真も飾ってある」
「それ、1枚だけか?」
真矢から渡された1枚の写真。
それを総士はパネルに入れ、飾っていた。
「こっちに来い」
立ち上がり、別の場所へ行く総士。
それに付いて行くと、少し小さな部屋が備え付けられていた。
「見ろ。コンパクトなバスルームまで付いている」
見れば分かる、誰でも。
そう思いながら見渡すと、一騎の目が棚に釘付けとなった。
置かれている入れ物を手に取り、中身を見る。
「お前、どっか悪いのか?」
「勝手に触るな!」
一騎の手から薬を奪い返し、暫く黙った。
この薬に付いて話すか話さないか。
それを総士は迷っていたのだ。
それからゆっくり口を開き、一騎にだけ伝える。
「…………フラッシュバックを抑える薬だ」
「フラッシュバック?」
「お前達パイロットが感じた痛みが、戦闘後にも僕の身体で再現されることがある。その………痛み止めだ」
「………総士」
自らを犠牲にしてシステムを操っている、とが言っていたのを思い出す。
(お前は、何時も苦しんでいるんだな)
近くにいた筈なのに、何も気づいてやれなかった。
「ま、まだ説明は終わっていない!」
慌てて話しを逸らす総士。
そのまま部屋を出て、外に行く。
そんな姿に一騎は小さく笑い、また内心では複雑な思いが巡っていた。
通路に出て行った先。
総士が自動販売機のボタンを押し、ジュースを取り出した。
「自動販売機だ。僕の部屋からほぼ11歩の距離にある。極めて便利だ」
「…………お前って、ホントに不器用だな」
話しがある、と言いながら口から出るのは説明だけ。
何時もクールで冷静沈着な総士は何処にもいない。
それが逆に驚きだったが、これも総士なんだろうと思うと嬉しくなった。
(少しだけ、近づけたかな?)
何も知れなかった時では、多分今のようなことはなかっただろう。
教えてくれた達に感謝しなければならない。
(……そう言えば)
「総士、聞きたいことがあるんだけど……良いか?」
此方に背を向けている総士が振り返り、何だ、と聞き返す。
「とのこと……何だけど」
「と?」
「GFって、知ってるか?」
一騎の言葉に、総士がハッとなった。
それから総士が行動に移すまでに時間はかからず、一騎が気付いた時には腕を取られ、部屋に戻っていた。
突然のことに驚いた一騎は、目を丸めて総士の顔を見る。
総士の表情は険しくなっていた。
「…………そのこと、誰から聞いた」
先程とまでは違う低い声に、一騎の反応が遅れてしまう。
「………………と………、から…………」
「2人から聞いたのか!?何時!!」
「えっ?あ、いや……モル………ドバで、ファフナーの中で、そう聞いた………」
険しい表情から驚いた表情に変わった総士。
一騎は目を丸めるしかなかった。
それから深々と溜息を漏らすと、一騎の腕を離して椅子に座り込んだ。
一騎もソファーに腰を下ろし、総士を見る。
「………お前は一体何処まで知ってるんだ?」
明らかに疲れた声を出す。
一騎は話しを止めようか、とも思ったが切り出したのは自分だ。
「2人が島の管理者、GFと呼ばれていること。瀬戸内海ミールの因子が俺達より多く移植されていることとか」
「随分と喋ったんだな、あの2人は。ガーディアン・フォースの存在を知っているのは司令と僕だけだ。島のコアであるブリュンヒルデ・システムをはじめ、全システムの管理をしている。また、司令の命令で極秘任務も預かっていて、新国連にはスパイとして潜入していた」
ついっと一騎を見る。
聞いていた一騎はきょとんとした表情で首を傾げた。
「今回は、一騎とマークエルフのコアを守る為にモルドバに行ったそうだ」
「…………えっ?えぇっ!?」
驚きのあまり腰を浮かせる。
総士はまた溜息を漏らし、言葉を続けた。
「GFの存在は公には出来ない。誰にも話すな」
「……分かった」
「2人はGのこと、何か話したのか?」
「いや………ジークフリード・システムのことは話してくれたけど………」
そう言えば、何故Gシステムの話しはしなかったのだろう、と今更思う。
一騎の耳に総士の溜息が聞こえ、眉間に皺を寄せた。
「お前、幸せ逃げるぞ」
「一騎は何時からそんなことを言うようになったんだ。呆れているから嫌でも溜息が出る」
ジークフリード・システムの話しはしてGシステムの話しはしていない。
身勝手というか、何と言うか。
「ガーディアン・システムは事実上、家の人間にしか扱えない。あれを作り出したのがの両親だからな。そして、Gはパイロットが乗ったファフナーと島とのクロッシングが可能だ。は、この戦いに全てを賭けている。2年前と同じようなことを繰り返さない為にも」
「2年前?2年前、何かあったのか?」
2年前、あるプロジェクトが遂行された、とが言っていた。
そして総士と果林がテストパイロットとしてファフナーに乗ったことも。
「…………………2年前に付いては、僕の口からは何も言えない。直接、本人に聞くと良い。答えてくれるとは、思わないがな」
2年経った今でも、はあのことを引きずっている。
吹っ切れることは、多分この先もずっとないのだろう。
「話しを変えよう。他に聞きたいことはあるか?」
「………そう言えばお前、妹いたんだな」
「乙姫のことか。事情があって、ずっとある施設にいた」
「アルヴィスの、最深部に?」
最深部、と聞いて総士はまた驚いた。
ワルキューレの岩戸がある最深部には、ある一定の人間しか行くことが出来ない。
「………何で……………一騎が、知ってるんだ?」
「前、あの子に連れられて行ったんだ。がシステムに入ってる時出来る現象で、ブルクにいたのを見付けた。それで付いて行ったんだけど……」
緋色の幻影。
呆れて物も言えなくなった総士は額に手を当て、溜息を漏らす。
一騎といい、乙姫といい、といい、といい。
(疲れる)
本当に、この4人の相手は疲れる。
乙姫にはこの気持ちが伝わっているだろうがどうでも良い。
本当に、この4人は疲れる。
「お前の妹、何か言葉変だぞ」
「乙姫が、何か一騎に言ったのか?」
「婿入り前のに手を出すなって」
「………………………………………………はっ?」
婿入り前?
婿?
「嫁入り前の、じゃなくて?婿入り前?が?」
「そう、あの子に言われた。をメディカル・ルームに運んでる時」
何故、と言う思いが浮かんだが、すぐに乙姫の意図が理解出来た。
はであり、はであることを知っている者は少ない。
服を脱がせようものなら、2人のことがばれてしまう。
それを防ぐ為にそう言ったのだろう。
「…………あとで………………伝えておく…………」
「大変だな、お前」
そうさせている原因は一騎にもあるんだが、とは言えない。
疲れた表情を浮かべる総士を眺め、一騎は口元を緩めた。
のことは正直驚いたが、総士との距離が少しだけ近付いたことに安心している。
一騎がソファーから立ち上がると、総士がついっと立ち上がった一騎を見上げる。
「俺、そろそろ戻るよ」
「そうか」
立ち上がり、部屋を出る2人。
来た道を戻るが、この時はお互い何も話さなかった。
暫くの沈黙が続き、先を歩いていた一騎が思い出したかのように口を開く。
「は?」
「……………今は、会えない。暫くの間は誰にも会わないだろう」
「……どうか…………したのか……?」
「一騎が気にすることじゃない。人類軍が此処を占領したから、それの後始末さ」
「そっか。あっ、此処だよな?」
保護室の前で止まり、自分のいた部屋のドアを指す。
総士が頷くと、持っていた缶ジュースを一騎に渡した。
ドアが開き、一騎が中に入る。
「此処から、出してやろうか?」
「いや………父さんに、言われてるから」
「そうか」
「ジュース、ありがとな」
「いや…………閉めるぞ」
「あぁ。お休み」
ゆっくりと閉められるドア。
2人の間にある1枚の壁。
総士は暫くその場で立っていた。