3つに分裂し、1人となった総士。
 総士の進むことが出来る唯一の道。
 その先には、ドアを開けたエレベーターが待っていた。

(お前なのか…………乙姫)

 システムから出たコア、皆城乙姫。
 アルヴィスのシステムを自由に操作出来るのは、コアである乙姫だけ。
 総士は恐れることもなくエレベーターに向かい、それに乗った。
 何処に連れて行こうとしているのか、総士には全く分からない。
 外の状況も、敵がどれ程いるのかも分からない。
 ただ言えるのは、島はまだ無事であると言うこと。

「うっ!?」

 エレベーターが揺れた。
 その衝撃でバランスを崩しそうになったが持ち堪え、壁に手を付く。
 此処にまで揺れが来ると言うことは、敵の攻撃があったのだろう。
 一瞬、総士の脳裏にモルドバの映像が浮かんだ。

「乙姫」

 島の痛みは乙姫に伝わる。
 それと同時に、ガーディアン・システムを起動させている達にも痛みは伝わる。
 兄として、仲間として、同じ運命を背負った者として。
 総士は痛みを感じている彼らを心配した。
 その心配している気持ちは、千鶴と共にいる乙姫に伝わっていた。

「やっぱり止めて。あなたに万が一のことがあったら」

 乙姫の身を案じる千鶴。
 その思いは本物。

「このまま隠れていても、島が沈んじゃうだけだよ。その前に、皆に選んで貰わないと。そうでしょう?

 視線を少し下の階段に向ける乙姫。
 言葉を聞いて、千鶴が驚いたように下を見る。
 そこには黒のコートを着たが立っていた。

「皆は?」
「知ってるだろう?無事だ。それより、少し急いだ方が良い」

 おぶろうか、とが訊ねると、乙姫は小さく笑って首を振った。

「………………君………」

 唖然とする千鶴に、は何度目かの苦笑をした。

「行こうか」
「うん。千鶴も、行こう?」

 そう言われれば、千鶴は一緒に行かない訳にもいかない。

「総士達は行ったか?」
「行ったよ。総士はもうすぐで着く」

 エレベーターで下りた先、ワルキューレの岩戸に背中合わせで位置する場所。

(Keel Block…………ウルドの泉か)

 エレベーターの中に表示された文字。
 Keel Block。
 過去、ジークフリード・システムの実験場所だった所。
 ドアが開くと、続く道の先には巨大なシステム。
 搭乗者を待つように開かれたドア。

(例え強いられた運命であっても、自分の意志で選び直せ、と言うのか…………乙姫)

 自分の意志でジークフリード・システムに乗り、戦う道を選ぶか。
 運命に背を向け、乗ることを止めるか。
 それは総士だけではない。
 ファフナーのパイロットも同じ。

「…………どうなってんだ………これ」

 導かれるまま進んだ先。
 外に出た3人が目にしたのは、蹲る3人の女性達と自分の愛機。

「ぼさっとしてないでさっさと乗るよ」
「乗るのぉ!?」
「スーツなしでぇ!?」
「一騎だってスーツなしで乗ったことあるでしょう。それに…………ここで戦わなきゃ父さんや甲洋たちに申し訳ないよ!」

―――覚悟、決めろよ?

 の言った覚悟が一体何を意味していたのか。
 それが今分かった。
 戦う覚悟を決めろ。
 多分そう言いたかったのだろう。

(上等じゃない)

 手を握り締め、咲良は怯えることなくコックピットに向った。
 それに慌てて続く剣司と衛。

「皆が求めているモノを、与えるのが私の役目」

 灯台に行く最後の道を歩きながら、乙姫は千鶴にそう語りかけた。
 それを2人より先に歩いているが耳を傾ける。

「本当にそれが欲しいのか、もう1度選んで貰う為に………そしてそれは、フェストゥムも同じ。彼らにも選んで貰う」

 目的地の灯台に着くと、は扉を開けて振り返った。
 乙姫が千鶴から離れ、階段を上る。

「その為に…………私が生まれた。そうでしょう?」

 生まれた理由を千鶴に訊ねる。
 12の少女が背負うには大きすぎる定め。

「此処から先はが一緒にいてくれるから、千鶴は戻って。シェルターはまだ安全だから」
「えっ?」
「此処まで一緒に来てくれて…………ありがとう」

 素直な気持ち。
 乙姫は千鶴に背を向け、灯台の中に入ろうとした。
 それを引き止める、人の温もり。

「…………千鶴?」
「千鶴さん?」

 乙姫の手を握る千鶴に、も乙姫も首を傾げた。

「私も行くわ。システムの研究者……………いえ、島に住む人間として見届けたいの」

―――この島には、生まれる前から運命が決まっていた子供だっている。

 少し前、の口からそう言われた。
 ファフナーに乗ることが決められていた蔵前果林。
 島を守る宿命にある皆城家の子、皆城総士と乙姫。
 同じように島を守り、皆城家の子を守る宿命にある家の子、
 シナジェティック・コード関係なしに、彼らの運命は決まっていた。
 彼らが背負う定め。
 それは他の子供達より重く、そして辛い。

「生きて娘さん達に会える確率は低いですよ?」
「それでも私は行くわ。行かせて?」
「うん!」

 嬉しそうに笑顔を見せて、握られた手を握り返す。
 は小さく笑い、2人を中に入れた。





 と別れた史彦達は、導かれるままに通路を歩いた。
 初めて歩く道に戸惑いもあったが、3人の前に現れた1つのドア。
 史彦がドアを開けると、見たこともない部屋の中に弓子を見付けた。

「弓子君、君も此処に?」

 座っていた弓子が腰を上げ、困惑した表情を見せる。

「はい。導かれて……此処は一体……」

 辺りを見渡してもよく分からない。
 弓子の言葉に反応したのか、円卓型の中央にある空間が光った。
 SOLOMON。
 そう表示された。

「ソロモンの本体」
「ってことは!?」
「……アーサーズ・ルーム……第2CDCか!」

 パーシバル・ルームと呼ばれる第1CDCよりも先に作られた総合管制室。
 並列一体型アーサーズ・ルーム、第2CDC。
 史彦はこの場所が何であるかを理解し、綾乃達に指示を出した。

「全員持ち場に付け!」

 声に反応して位置に着く。

「基本構造はCDCと同じだ。全システムを確認。島のコントロールを取り戻すぞ!!」

 いくつものモニターが浮かび上がり、それを1つずつ確実に処理していく。
 竜宮島が姿を変えようとしていた。





 吹き付ける風。
 肌を撫でる潮風が、心なしか怯えているような感じがした。

「私がこの島で、この島は私。島にいる人達が島をどうしたいかは、その人達の自由。その人が本当は、何を求めているか。その人自身に知って貰う為に、私に出来ることは…………選んで貰うことだけ。知って貰う為に」
「あなたには、何も選ばせて上げられなかった」
「ううん。私も選んだよ………心を持つこと。それが私の選択」

 乙姫は両腕を広げ、潮風をいっぱいに吸い込んだ。
 静かに目を瞑る

「私は………此処にいるよ」

 風が、乙姫の言葉を飲み込んだ。

「現在117体が上陸!敵勢力更に増大!!プレアデス型が此処を見付けるのも時間の問題です!!」
「第2次防衛システムは?」
「アクセス中です。完了まであと2分!」
「群れを生み出している本体は、索敵を無効化しています。発見出来ません!!」
「ファフナーを囮にして、敵の頭を誘き出せるか?」
『難しいですが、やってみます』

 第1CDC同様、各表示に応じて各管制官の前に映し出される。
 迎撃態勢を整えながら、頭の中で戦略を考えていた。
 その時、不意に耳に入った歌。 

「歌?」

 聞こえる筈もないその歌に、総士がある存在に気付いた。

「まさかっ」

 懐かしい温かい歌。
 島にフェストゥムが来た時、スピーカーから流れた歌。

「ソロモンに反応あり!敵の頭です!!」

 海から出ていたフェストゥム。
 初めて見る姿に、一瞬だけ息を飲んだ。

「全迎撃システムを集中させろ!この歌の発信源は!?」
「竜宮島西部。灯台。モニター出ます!」

 モニターに灯台が映し出され、発生源が拡大される。
 モニターに映し出された少女を見て、誰もが驚いた。

「まさかっ!?」
「……皆城…………乙姫……!?」

 島のコア、皆城乙姫。

「フェストゥムにまで選ばせる気か。乙姫」

 それがどれだけ危険か。
 島のコアを守る者として、乙姫がやろうとしていることは阻止しなければならなかった。
 同化されてしまっては、元も子もない。

『敵本体、灯台に向って移動を始めました!』
「ファフナー全機、散開して西に急行しろ!敵の群れを交わし、指示されたポイントに集合!敵本体を叩くぞ!!」

 これ以上の被害を増やす訳にもいかない。
 3機がそれぞれポイントされた場所に向かい、戦闘態勢に入る。

「デマイアル、アクセス完了!」
「全弾発射!」

 史彦の声と共にミサイルが発射され、敵に向って打ち込まれる。

「やったか!?」

 直撃したのを間近で見た剣司。
 爆風が灯台にまで吹き付け、の括っていたゴムが小さな音をたてて切れた。
 広がる髪が風に靡き、閉じていた目を開ける。

「まだだ」

 呟かれた言葉に、千鶴が目を見開いて驚く。

「…………………………ちゃん…………?」

 キリッとした表情で、靡く髪に気を向けることもなく真っ直ぐフェストゥムを見る。
 姿や立ち方はでも、千鶴の目の前にいるのは紛れもなく

「来る」

 刹那、敵の攻撃が始まった。