フェストゥムに向って攻撃を開始した人類軍。
 半端のないミサイルの数に、道生は関心の声を上げる。

「大佐もはりきってやがるぜ。なぁカノン」
『お前も何時もより元気だ』

 元気、と言うより楽しそうだ、と言った方が正しいのかもしれない。

「へっ。ちょいと昔の女に会ってな」
『女?』

 カノンの脳裏に浮かんだ1人の女性。
 それが遠見弓子であることをカノンは知らない。

「ん?ノートゥング・モデルのおでましだ」

 ナイトヘーレから飛び出して来た3機。
 地面に着地をし、戦闘態勢入ろうとしていた。
 それを見た道生は敵の接近を知らせるアラートに耳をやり、視線を敵に向けた。
 南西部にいた戦車が攻撃を繰り返すものの、固体のフェストゥムは攻撃を交わし、戦車に張り付いた。
 一体のフェストゥムが自爆すると、戦車は跡形もなく吹っ飛ぶ。
 道生は舌打ちをして援護に回った。
 CDCからの通信が入る。

『南西部に上陸!自爆しました!!』
『プレアデス型か。トリプルシックス!援護に向かえ!!』
「もう来てたりして」

 苦笑しながら援護をする道生。
 道生はカノンの方を踏みかえり、声を上げた。

「カノン!第三部隊を左側面に回せ。挟み撃つぞ!」
『了解』

 返事を聞いた瞬間、危険を知らせるアラートが鳴り、前を向き直る。
 そこにはナイトヘーレから出て来たマークドライがいた。

「何!?何してる!!くそっ、無線もないのかぁ!?」

 手からワイヤーを伸ばし、マークドライに通信を入れる。

「おい!マークドライ!」
『風が、風が冷たい。機体の表面に………肌の感触が………こんな、巨大になるなんてっ!身体が……重すぎるっ』
「それがノートゥング・モデルの特徴だ。一体化して、編成意識を受け入れろ!」

 優秀なパイロットと聞いていたのだが、やはりノートゥング・モデルには乗れないか。
 編成意識を受け入れることは、竜宮島の子供にとって容易いこと。
 だか、それは特殊故に。
 敵の攻撃を受け、マークドライが崩れた。

「馬鹿やろう!立って戦え!!死ぬぞ!!」
『道生』
「っ!?その声………か!」
『………道生…………ファフナー3機を、ヴァッファーラーデンの裏に避難させろ。もう、彼女達では戦えない………』
「確かに。仕方がねぇ!」

 倒れたマークドライを持ち上げ、まだ安全な所へ移動させる。
 その時、道生には深く考えている余裕がなかった。
 何故、の声が聞こえたのか。
 そんなすぐに分かるような疑問を、道生は抱かなかった。





 電話の受話器を置いてからすぐ、千鶴はスクーターに乗って言われた場所に向かった。
 大人の服を着て立っている少女、皆城乙姫。
 千鶴はスクーターを止め、乙姫を見た。

「……皆城…………乙姫ちゃん……」
「こうして話すのは初めてだね、千鶴」

 最深部に来ていたのは何も総士達だけではない。
 システムの研究者である千鶴も、時々様子を見に来ていたことを乙姫は知っている。
 父である公蔵も、現司令官である史彦も。

「連れて行って欲しい所があるの」
「連れて行って欲しい所?」
「………そう……………灯台に………」

 そこで選んで貰う。
 島の人にも、フェストゥムにも。

「……………分かったわ。乗って」
「ありがとう、千鶴」

 ヘルメットを貰い、乙姫は千鶴の後ろに乗った。
 灯台までは少し遠い。
 すぐ傍ではフェストゥムと戦っている。
 急いで行かなければ巻き込まれるだろうこの状況。
 千鶴は最短ルートで安全な道を選びつつ、スクーターを走らせた。
 バーンズが、南西部沿岸に飽和攻撃を行うよう命じたことなど知らずに。

「きゃぁ!」

 直撃はしなかったものの、水飛沫が2人を襲う。
 スクーターが転倒し、投げ出される。

「乙姫ちゃん!?」

 驚いて名前を呼ぶと、小さく笑い声を上げる乙姫がいた。

「生まれて初めての泥遊び」

 少し違うようにも思えるが、乙姫が無事であることに千鶴は心の底から安心した。
 そしてそんな些細なことでも、今の乙姫にとってはとても新鮮なのだと思った。
 ふと顔を上げると、山が真っ赤に燃えているのが目に入った。

「何てことを」
「大丈夫。まだ表面を焼かれただけ。選ぶのは………これからだよ」

 まだ間に合う。
 だから、島を占領なんかさせない。
 返して貰う。
 島に生きる人々の元へ。

「西側に3つめの群れ出現!!」
「おのれぇ!島の南西部を切り離し、システムを自爆させろ!島ごと上陸する敵を吹き飛ばせ!!」
「えっ!?」

 島は、あなた達のものではない。
 島は、島に生きる人達のもの。
 だから勝手なことはさせない。
 そうだよね?
 

「迎撃システムが自立的に作動。コントロールを拒否されました!」
「何だとう!?」

 モニターが次々と黄色に変わり、コンソールにロックがかかる。
 それと同じようにジークフリード・システムが動き出し、何処か別の場所へと移動して行く。

「何故動く!?誰が操作している!!」
「分かりません!!」

 混乱するCDC。
 混乱し始めたのはそこだけではない。
 ファフナーブルクも、同じように混乱し始めた。

「小楯さん!」

 モニターが黄色くなり、コンソールにロックがかかる。
 作業をしていた人類軍達がざわめき、保と容子がお互いの顔を見合わせた。
 保がアルヴィスの作業員達に向って声を上げる。

「お前ら!情勢は変わった。所定の場所に着け!生態解除キーでロックが解除される筈だ!!」
「な、何を勝手に!!」
「煩い!!何も出来ねぇんだから黙ってろ!!」

 抗議をしようとして兵士を逆に黙らせ、それまで奪われていた場所を奪い返す。
 容子達は頷き、元に戻ったデータで作業を再開した。
 そして最後の場所。
 トランプをしていた3人は、ドアが開いたことに気づいてそちらを見た。

「ドアロックが」
「ご飯?」

 ドアが開いたことに驚く咲良と、お腹が減った衛の言葉。
 監視を任されていた2人の兵士が壁に張り付き、1人が銃を構えて飛び出す。

「み…………Mr.………」

 少しドアから離れた所にが立っていた。
 構えた銃が自然と下に向けられる。
 壁に隠れていたもう1人の兵士も顔を出し、安堵の溜息をついた。
 その刹那、は一歩踏み出すと同時に隠してあった刀を抜いた。
 銃を下ろした兵士が息を飲み、反射的に銃を構える。
 だが、それを撃つよりも前に刀が振り上げられ、銃が真っ二つに切られた。

「Mr!?」

 銃を失った兵士を休憩室に蹴り飛ばし、室内にいた兵士にも刀を振り下ろす。
 その兵士が持っていた銃も切られ、兵士が息を飲んだ。
 そして我に返った時、兵士の前にいたは回し蹴りをしようとしていた。
 防御をする暇も与えず、それを確実に決める。
 回し蹴りを食らった兵士は壁に吹き飛ばされ、叩き付けられた。
 戦闘不能であることは回し蹴りを食らわせた時点で分かりきっている。
 一瞬の出来事で固まってしまった咲良達。
 2人の兵士を反撃される前に戦闘不能にさせた
 その強さは半端ではなかった。

「………君」

 やっと一言、声を発することが出来た。
 は刀を一振りしてから鞘に収め、史彦に目をやった。

「遅くなって申し訳ありません、司令。準備に………少し手惑いました」

 そう言うと、唖然としていた咲良達が我に返った。
 上手く状況が飲み込めず、史彦とを交互に見る。
 そんな中、総士が溜息を漏らした。

「心配した。もう……2度と戻れなくなるんじゃないかって」
「心配させて悪いな、総士。実は、少しだけ危険な状況なんだ」

 苦笑しながら言うと、頭と胸に痛みが走った。
 あまりにも突然だったのではその場にしゃがみ込む。

!?」
君!!」

 皆がを取り囲み、総士がしゃがんで顔を覗き込む。

「………………お前……」
「………だぃ……………じょうぶだ。少し、無理をしすぎただけ」

 安心させる為に小さく笑って見せたが、総士は納得しないような顔で眉間に皺を寄せる。
 あぁ、総士に怒られるな。
 そんな呑気な考えが浮かぶのは安心したからだろう。

「まだ……全部が終わった訳じゃないんだ。だから、此処で止める訳にはいかない」

 深呼吸をして、ゆっくりと立ち上がる。
 総士もそれに従って立ち上がるが、まだ納得しないような表情でを見ていた。

「仕方がないだろう?俺には、GFとして司令直々に命令を受けているんだから」
「GFって」
「司令からの命令?」

 綾乃と澄美が首を傾げて聞くと、がわざとらしく肩を上げた。

「詳しいことはこの一件が終わってからです。取り敢えず、指揮系統が断裂しています。情勢は変化しました。此処を出て、どうか行くべき場所に進んで下さい」
「状況は?」
「歩きながら説明します。兎に角、急いで此処を出て下さい」

 史彦は静かに頷き、綾乃達にも部屋を出るよう言った。
 気を失っている兵士達はそのまま残し、ドアを閉めて通路を歩く。
 先頭を歩く史彦の斜め後ろにが着いて歩いた。

「現在、島民の避難は98%完了しています。島の被害は南西部の沿岸と一部の森が燃えています。島民の死者は出ていませんが、人類軍側の被害が大きいかと」
「島民の避難が98%だと言うことは?」
「シェルターに避難していない者がいます。移動中であることは確認しました。敵はプレアデス型。アルヴィスの全施設で、主導権を奪い返したのはファフナーブルクのみ。ジークフリード、Gシステムは無傷です」
「此方のデータは?」
「全て差し替えておきましたので、システムデータは無事です。全てのシステムに、生体解除キーがなければ使えないようにしてあります。現在、CDCのシステムコントロールにはロックがかかっている状態です。マークドライ、アハト、フュンフは軍のパイロットが乗っていますが、変性意識を受け入れることが出来ず戦闘不能。ヴァッファーラーデンの裏に退避しています」

 淡々と答えるに驚きながら、一生懸命状況を飲み込もうとする剣司と衛。
 咲良も同じように聞いていたが、話しが一区切り出来た所で声を上げた。

「ちょっと。あんた、新国連の人間じゃなかった訳?」

 後ろから投げられた質問に、は少しだけ振り返りながら答える。

「敵を騙すにはまずは味方から」
「騙すって………あんた、新国連じゃないってこと?」
「色々事情がある。詳しくは話せないがな。それより要、近藤、小楯」

 肩越しに振り返るに、3人が不思議そうな目で見た。
 の口元が小さく笑っている。

「覚悟、決めろよ?」

 何の、と聞き返そうとした瞬間、総士と剣司の僅かに開いていた空間に滑り込むようなかたちでシャッターが下り、剣司が驚きの声を上げた。

「剣司!?」

 綾乃が戻ろうとしかけた時、再びシャッターが下り始めた。
 史彦が綾乃の腕を取って引き寄せる。

「総士!」

 が呼んだ。

「決めろよ、お前も」

 試すような笑みを浮かべるに、総士は目を細めた。
 シャッターが完全に下り、史彦達は困惑な表情を浮かべる。

「今度はあっちが」

 自動的に動くシャッター。
 3つに分けられた史彦達。
 パイロット。
 ジークフリード・システム。
 CDC。

「我々を何処かに導こうとしているらしいな」

 史彦の言葉に、は小さく笑った。

「行って下さい、この先に。どうするかは、あなた方次第です」
「君は?」
「俺は行かなければならない所があるので、此処で失礼します。皆さんも、覚悟を決めて下さい」

 軽く頭を下げると、史彦は1つ頷いて導かれるままに進んだ。
 選ぶ時。
 それが近付こうとしていた。