それぞれの居場所。
 その居場所は、人にとってとても大切な所。
 人の居場所。
 居場所を与えてくれた者への、感謝の気持ち。
 その気持ちを胸に、散って逝った命。
 大切ない場所。
 散って逝った命が守ろうとした居場所。
 そして今、戦う人間が守ろうとしている居場所。
 今も昔も変わらない、大切な居場所。
 私は、その居場所を守ることが出来るのかな?










 本日何度目の吐気に襲われているのだろう。
 休憩室に向う前、アルヴィスの自室に立ち寄った。
 煩く放送が飛び交う中、肩で呼吸をする。

「……ぁ………とっ………………少し……………な、ん…………っだ…………」

 胸元の服を握り締め、壁に背を預け座り込む。
 脂汗が額に浮かび、床の冷たさが体温を下げていく。
 モルドバから竜宮島へのコンタクトが1回。
 移動中から竜宮島へのコンタクトが1回。
 竜宮島からモルドバ――真壁一騎の乗るマークザインへのコンタクトが1回。
 ガーディアン・システムは起動させた状態で、遠距離でのコンタクトは合計3回行った。
 精神的にも体力的にも、2人が共有している身体には負担がかかりすぎている。
 このままでは、意識の入れ替わりが出来なくなるだろう。

 『第一、第二グノーシス部隊は、南西の島で迎撃。第三、第四、第五部隊で、本土の南西側に防衛線を布け!宇宙から来た蛆虫共に、人類の力を見せてやれ』

 バーンズの声がスピーカーから聞こえ、は荒呼吸をしながらも苦笑した。
 も、バーンズという男がどれ程の器なのかを知っている。
 優秀な指揮官であることも、敵を倒す為なら味方すら見殺しにすることも。

「………いそ………………が………なきゃ、なっ…………」

 
 新たな力を手に入れた新国連。
 彼らがCDCにいる限り、史彦達は何も出来ない。
 は壁に手をつき、平衡感覚を失いかけている身体に鞭を打つ。
 ゆっくりと足を踏み出し、ドアの開閉ボタンを押す。
 右手には、愛用の刀が握られていた。


「………つ…………ばき………?」

 通路を出て壁に手を付きながら進むの耳に、幼い少女の声が入った。

『……………皆を…………お願いね』

 何をどうお願いなのか。
 は乙姫の無謀な申し入れに苦笑するしかなかった。

「………やるしか………………ない、だろ…………?」

 自分自身に。
 そしてにそう言った。





 敵の接近を知らせるアラートが鳴ったのは、何もCDCや通路、ドックだけではない。
 史彦達がいる休憩室にも、そのアラートは鳴り響いていた。

「人類軍の、お手並み拝見ね」

 どうせ無理だろうけど、という思いが言葉に込められている。
 澄美にしてみれば、人類軍はアルヴィスの敵ではなかった。
 その思いは綾乃も同じ。

「ソロモンの使い方だって分かってないでしょうに」

 竜宮島の関係者ならまだしも、外部の人間が安易に使いこなせるものではない。

「バーンズは優秀な指揮官だ。簡単にはやられはせんだろう」

 澄美の言葉を借りる訳ではないが、史彦としても人類軍の力を知る絶好の機会だと思っている。

「モルドバのようにならないことを祈りますよ」

 そう冷たく言う総士は、モルドバの最後を何となく理解していた。
 フェストゥムが送り届けた衛星からの映像。
 あれは途中までしか見ることが出来なかったものの、フェストゥムに襲われている場面を見て全てが終わったと思った。
 既にモルドバには生存者などいないだろう。
 あの一騎でさえ、もういない。

(……………本当に………いなくなったのか………一騎……………)

 信じたくはない。
 信じたくはないが、あのモルドバで生存している方がどうかしている。
 ただ、総士に言えることは1つだけ。
 例え誰が死んでも、自分には島を守る義務がある。
 感情を捨て、島と島のコアを守る為に生きる。
 それが皆城家に生まれた者の定め。

「そう言えばさぁ、俺、思ったんだけど」

 何気なく剣司が声に出すと、咲良が呆れたように何が、と聞き返す。

ってさ、新国連なんだろ?」
「そりゃ、あの輪にいたからそうでしょう」
「島から出て行った人達って………皆そうなのかな?」
「皆って」

 竜宮島から出て行った人達は多い。
 春日井夫婦、日野洋治と道生。
 その前だと真矢達の父親、ミツヒロ・バートランド。

「………そう……なの?」

 不安そうに大人達を見る衛。
 総士は深々と溜息を付いた。
 剣司の言う通り、島から出て行った者は全員が新国連の人間。
 例外は、竜宮島中学校を卒業した者達。
 彼らは皆、アーカディアン・プロジェクトに参加している。
 そして彼らの内2人がこの島に帰って来ている。
 1人は狩谷由紀恵。
 もう1人は日野道生。
 道生は今、自分の前を歩く遠見弓子を追いかけていた。

「おい弓子ぉ。今CDCは人類軍の本部になってるんだぞ?お前が行ってどうする」

 CDCに向かう通路に見張りがおり、なかなか入れなかったところを道生が入れた。
 2人の再会はあまりにも突然で、そして良い再会ではなかった。

「システムも理解してない人達に任せられないわよ!」

 CDCの担当をしているだけに、全く理解していない人達に触られるのは無性に腹がたつ。
 使い方が分からなかったので沈みました、と言われたら洒落にもならない。
 ずかずかと先を歩く弓子に、道生は腕を取って壁に押し寄せた。

「ちょっと!何する気!?」
「俺だって、こんな形で再会したくなかった」

 そう言って、壁に設置してあるドアの開閉ボタンを押す。
 身体を預けていた場所が開き、弓子はそのまま後ろに倒れこむ。

「痛いじゃない!何するのよ!!」

 非難の声を上げるが、閉められたドアがそれを遮る。
 鍵を閉めた道生はドア越しに呟く。

「直ぐに終わる。そこにいてくれ。お前が、世界の何処かに生きていることだけが………俺の戦う理由だったんだ……………弓子」

 名残惜しむようにその場を離れ、来た道を戻って行く。
 道生の瞳は、敵を倒す決意を決めた瞳をしていた。
 その頃地上では、バーンズの命令通りグノーシス部隊が配置に着き、敵を迎え撃とうとしていた。
 日は完全に落ち、竜宮島は闇に覆われていた。

「ごめんね。私が遅いせいで置いてかれちゃって」

 横たわる木に腰を下ろし、目の前に立つ芹に言った。
 芹はそんな乙姫に笑顔を見せ、気にした風もなく言う。

「いいってば。それより大丈夫?」
「外に出たばかりだから、まだ上手く歩けないの」
「休みながら行こうよ。無理しないで」

 その言葉に乙姫は微笑み、そしてある1つのお願いをした。

「ねぇ、1つお願いして良い?」
「良いよ。おんぶでも何でも」
「ううん。私と………友達になって欲しいの。私…………1人も友達いないの」

 島のことなら何でも知ってる。
 けれど、島のことを知らなかった子供達は自分の存在を知らない。
 島のコアとして、それは当然のことだった。
 総士やが時々会いに来てくれる。
 それでも彼らは同じ運命を背負った者。
 総士に対しては、実の血を分けた兄妹。
 ずっと、システムの中では孤独。

「アハハハハ。何言ってんの。もう此処にいるじゃん」

 笑って自分自身を指す芹。
 乙姫は安心したように微笑んだ。

「ありがとう、芹ちゃん」
「どういたし…………あれ?自己紹介してたっけ……?」

 名前を呼ばれ、頭を悩ませた瞬間、芹の後ろに何かが出て来た。
 それに驚いた芹が声を出すと、乙姫が木から腰を上げた。

「シェルターの入り口。さっ、急いで」
「……うん」

 恐る恐るシェルターの入り口に入る。
 当然乙姫も共に行くと思っていたのだが、乙姫の口から出たのは芹の予想していたものではなかった。

「私、行かなきゃ」
「えっ?」
「芹ちゃんは、皆と一緒にいて」
「でも、あなた!」

 上手く歩けないんでしょう、と言おうとした瞬間、乙姫がそれを遮った。

「私の名前は乙姫。皆城……乙姫」
「皆城って……総士先輩の!?」

 この島に、皆城の姓を持つ家庭は1つしかない。
 芹が驚きの声を上げると、シェルターのドアが閉まり始めた。
 乙姫は芹に笑いかけながら言う。

「約束だよ。友達になろうね」

 乙姫に出来た、初めての友達。
 ドアが完全に閉まると、入り口が土の中に戻って行く。
 1人になった乙姫は覚束ない足取りで森を抜け、電話ボックスを探した。
 途中、第一ヴェルシールドが突破されたのに気付く。
 敵は真っ直ぐ此方に向かっていた。

「急がなきゃ」

 森を抜け、辺りを見渡す。
 既に兵士はアルヴィスに非難している為、誰にも会うことなく電話ボックスに行くことが出来た。
 あとはあの人に連絡を入れるだけ。
 乙姫は受話器を取り、通信回線からある家の電話に繋いだ。

『もしもし!?』
「千鶴?そこにいたんだ」
『えっ?』

 遠見千鶴。
 システムの研究者であり、島の医者をしている。

「私をシステムに入れてくれたあなたに、お願いがあるの」

 静かに落ち伝い口調で言うと、電話越しから息を飲むのが分かった。

『あなた………まさかっ!?』

 驚くのも無理はない。
 島のコアがシステムから出たことは、CDCにいた史彦と総士、澄美と綾乃。
 そして人類軍のバーンズ達しか知らない。

「生まれて初めて外に出たから、まだ上手く歩けないの。お願い。私を連れて、移動出来る物を持って来て」

 そう言うと、空が少しだけ緋色に輝いた。
 第二ヴェルシールドが突破されたのだと、乙姫はそれで悟った。
 人類軍とフェストゥムの戦いが始まろうとしていた。