楽園だった世界。
消えた楽園。
最後の楽園。
楽園の意味を知らなかった少年。
楽園の意味を知った少年。
あなたは楽園(そこ)にいますか?
人類軍の基地、モルドバが完全に崩壊した。
そんな中、白い機体が地上に跪いている。
日野洋治が作り出した新しい機体、マークザイン。
コックピットが開き、気を失っている一騎を見た真矢は涙を流した。
1粒の涙が一騎の頬に落ち、ゆっくりと目を開ける。
「…………一騎君……良かった、無事で………」
遠見真矢。
彼女が目の前にいる。
それが幻なのか、現実なのか。
一騎は腕を伸ばし、真矢の頬に触れた。
「………………ほんとに……此処に…………いるのか?」
「いるよ……此処に。いるよ」
「………………ありがとう…………総士は?」
「皆城君、島にいるよ。一騎君のこと……きっと待ってる」
「…………あいつが………島の外で見たモノを、俺も見たかったんだ…………そうすれば………………あいつのことが解るんじゃないかって」
「うん」
「戦うのが怖かった訳じゃないんだ」
「うん」
「ただっ…………ほんとに、俺が何処にもいなくなるのが怖くてっ!」
自分の存在を否定して生きて来た筈なのに。
それなのに、何処にもいなくなるのが怖くなった。
何処にもいないのが、凄く嫌だった。
自分の存在を忘れられるのも。
自分の存在を否定されるのも。
「一騎君の気持ち、分かるよ?」
アルヴィスには、居場所なんてない。
皆が一生懸命戦っているのに、私だけが安全な場所にいる。
訓練をしても、実際は乗れる訳じゃない。
悔しかった。
何も出来ない自分が、嫌だった。
「俺なんかっ………………ずっといなくなれば良いと思ってたのにっ!!」
死にたいとは思わなかった。
自分で死ぬ勇気がなかったから。
なら、どうやっていなくなるか。
戦って死ねば良い。
そう考えたけど、怖くなった。
いなくなりたい。
何度も願ったことなのに。
でも、せめて最後に謝りたかった。
傷付けてしまった総士に。
何も解ってやれなかったに。
会話。
それは、此処にいることを選んだ証。
「…………帰ろう………………帰って、もう1度話そう?それを止めたら、きっと自分も相手もいなくなっちゃうから…………だから、何度でも話そう?」
何も知らなかった時の自分達は、多分彼らを知らぬ間に傷付けたのだろう。
言葉は、人を傷付けるモノではなかった筈なのに。
何も知らなかった。
知ろうとしなかった。
でも今は、少しだけ分かる気がする。
島を必死に守ろうとしている大人達の痛み。
島を必死に守ろうとしている彼らの痛み。
約束を、守ろうとして散ってしまった彼らの苦しみ。
帰ろう。
帰る場所がある限り。
帰りを待つ者がいる所へ。
そして話そう。
時間が許す限り。
「あたしも…………と話すから。だから一騎君も、皆城君と話して?」
解らなかったことが、きっと解るようになるから。
そうすれば、きっと皆が変わる。
だから話そう。
私達は、まだ此処にいるんだから。
少し離れた所から2人を見ていた恭介は、持って来た水筒に口をつけた。
「こういう役目は俺じゃぁねぇよなぁ」
一騎を連れ戻す為の口説き文句。
一騎の本音を聞いた真矢だからこそ、連れ戻す為には真矢の説得がなければならなかった。
「溝口さん?」
真矢の肩に腕を回し、恭介に近付いた一騎。
恭介は腰を上げ、一騎を見た。
「よくまぁ無事だったなぁ」
「溝口さんは知ってるんですか?」
「ん?何のことだ?」
「俺の母さんが、何故……いなくなったのか」
事故だったのか。
病気だったのか。
何があったのか。
「史彦を庇って、フェストゥムにやられたのさ、紅音ちゃんは。俺も、その時そこにいた」
助けることも出来ず、見ているしか出来なかった。
それが恭介にとってどれだけ悔しかったことか。
そして、どれだけ史彦が自分を責めたか。
「そっか…………だから父さん、自分のせいだって…………」
「一騎君」
「教えてくれて、ありがとうございます。おかげで、少しすっきりしました」
知らなかったのは、総士やだけじゃない。
自分の父の気持ちも、一騎は知りたかった。
それが少しだけ分かって、内心嬉しいと思う。
「さぁて、帰るか。お前の故郷に」
「帰るのとは、少し違います」
背中を見せた恭介が、一騎の言葉で足を止め振り返った。
一騎の身体を支えていた真矢も、少しだけ驚いて目を丸める。
「何も知らなかった時の俺には、あの島のこと、考えられなくて……多分、帰るっていうより………俺がこれから行かないといけない場所なんです。竜宮島は」
帰ってしまえば、前と同じ過ちを繰り返してしまう。
外の世界を知ってしまった今、前と同じようには考えることなんて出来ない。
竜宮島のこと。
島の人達のこと。
総士やのこと。
知ってしまった今だから、戻ってはいけない。
戻るのではなく、行かなければならない場所へと変わった。
今度こそ一緒に戦う為。
今度こそ島を守る為。
「似たようなこと言ってた奴がいたよ」
呆れた風に恭介が言った。
「もう前とは同じように考えられない。自分が島を守らなけりゃ……ってな」
「それって、もしかして」
「総士」
外の世界を知る総士。
その総士が自分と同じような気持ちでいたことに、一騎は少なからず喜んだ。
同じ気持ち。
同じ願い。
「そう言えば、こんなことを言ってた奴等もいたなぁ。例えどれだけ無理をしようとも、どれだけ傷付いても、島を守る為なら何だってする。偽りの楽園を本物にする為に、生きている限り島を守り続けるってな」
「………それ……と、ですよね?」
「別々に聞いたのに、似たようなこと言ってやがったよ。あいつらは」
そう言うと、真矢と一騎が小さく笑った。
「それじゃ、今度こそ行くか。恐らく今、竜宮島は人類軍に制圧されているだろうからな」
「制圧?それ、どう言うことですか!?」
「あたし達が島を出る前、潜水艦で攻めて来たの」
全身の血が引いていくような感覚に襲われた。
―――俺達は迎撃態勢に入る。
「…………俺達は……迎撃態勢に入る……………」
の言っていた言葉を、思い出したかのように声に出した。
それを聞き取った恭介と真矢は首を傾げ、一騎を見る。
「………が……………がそう言ったんです!さっき!!」
「さっきって」
お互いの顔を見合す恭介と真矢。
此処にはなどいない。
第一、は新国連のスパイ。
「あいつは新国連のスパイなんだぜ?」
「知ってます。俺、此処で会いましたから…………でも、はスパイなんかじゃない。は……………行かなきゃ、島が危ない!」
真矢の肩から手を外し、激痛の走る身体でマークザインの元に戻る一騎。
驚いた真矢が一騎を止めるが、一騎の耳には入っていない。
「溝口さん、一騎君が!」
「あぁ、こりゃ急いで帰らなきゃならんようだな。よし嬢ちゃん!俺達も戻るぞ!」
その言葉が合図となり、真矢も急いで機体に乗った。
目的地はただ1つ。
一騎が行かなければならない場所、竜宮島。
(総士、、………俺が行くまで、無事でいろよ!)
マークザインと一体化となった一騎は、疲れを捨ててブースターを全開にした。