近すぎて、気付かなかった。
一番大事なこと。
一番大切な人。
それに気付いた時、少年は戻ることが出来なかった。
そして、少年は答えを出す。
相手と、自分自身に対して。
地上にいたフェストゥム達を飲み込んだ一騎。
上空からいくら探しても、あの白い機体は見付からない。
「限界だ!逃げるぞ!!」
「駄目!一騎君が下にいるかもしれないのに!!」
諦めることをしない真矢は、一騎が無事で生きていることを信じ続ける。
そんな時、危険を知らせるアラートが鳴り響いた。
伸びる腕。
「しまった!」
「きゃあ!!」
直撃。
死ぬかと思った瞬間だったが、衝撃は来ない。
恐る恐る真矢が目を開けると、別の腕がその腕を引きちぎっていた。
「………助かった」
「一騎君?」
確信はなかった。
けれど、助けてくれたのは一騎だと思った。
引きちぎられた腕は得体の知れない物体の口に入り、他から伸びた腕もかぶりつく。
「自分で、自分を食ってやがる」
またも、信じられない光景を目の辺りにする2人。
一体何が起こっているのか、彼らには理解出来ないだろう。
そして異変が起こった。
中心にいる物体が固まり、そこから外に向ってマグマも固まる。
全てが固まると、物体に亀裂が入った。
「…………あれは」
卵から雛が孵るように。
亀裂から出て来たのは2本の手。
そこから物体が割れ、白い機体がゆっくり出て来た。
日野洋治が作った、マークザインと呼ばれるファフナー。
「一騎君!」
聞こえる筈のない声に、一騎は視線を上げた。
「どうして此処に、遠見が」
―――お前を、心配して迎えに来ている奴がいる。
は確かにそう言っていた。
一騎はそう言うことかと呟き、目を閉じた。
◇ ◆ ◇
「昼に行っても雀蜂やカナボンしかいないから、クワガタ採りたいなら夕方に罠を仕掛けるのが普通かな」
定期的に場所を変えながら逃げる乙姫達。
島の様子を探る大人達とは別に、乙姫と芹は楽しそうに会話をしていた。
「それでそれで?」
何もかもが新鮮に感じられる乙姫は、芹の話しに興味を抱いていた。
「私、罠って無理矢理っぽくて嫌いだから、昼に樹液が出ている木を探して夜でも行けるよう地図を作るの。生物部の奴等、やたら罠を仕掛けるから、そういうの見付けたら全部土に埋めちゃう。ばれると怒られるけど」
「へぇ、優しいんだ」
「調べ終わった虫は、ちゃんと林に返すよ」
「ふ〜ん」
その行動を見ている乙姫にとって、芹のやっていることは人に対する優しさと似ていた。
「あっ、ところであなたの名前は?」
「私は………!?」
答えようとした時、乙姫は島の外から来るあるモノの存在に気付いた。
厳しい表情で海の先を見る。
「何?どうしたの?」
心配そうに訊ねる芹とは裏腹に、乙姫は立ち上がって呟いた。
「来る」
竜宮島に接近する1体のフェストゥム。
海中の中を泳ぐ無数の個体。
今迄見たこともない、新たな敵。
島民も人類軍も、まだその存在に気づいていなかった。
花束を持ち、シェルターの様子を影で見る道生。
視線の先には、怪我人を手当てする弓子が。
(今此処で渡さないと後がなさそうだし…………迷うぜ)
「道生!」
大声で呼ばれ、道生が飛び跳ねた。
少し離れた所に見知った少女が立っている。
「そこで何してる」
自分が数年前助け、今では共に戦う仲間。
道生はカノンの元に走り、非難の声を上げた。
「ば、ば馬鹿!こんな所ででかい声で名前呼ぶな!」
「名前で呼べと言ったくせに」
「あ〜!分かった分かった。さっ、行こうか」
弓子の耳に入ってないだろうか、と内心冷や冷やする。
此方を覗き込んでいないので、誰も耳にしていないのだろう。
安心すると共に、邪魔をされたので内心複雑だ。
道生はカノンの背中を押し、シェルターから離れて行った。
同じ頃、ファフナーブルクでは保と容子が人類軍に囲まれていた。
「大層な物隠しやがって。他にはないだろうな」
偉そうな口で保達に問うと、保は素っ気なく返した。
「さぁな。自分達で調べたらどうだ?」
「何だとう!?」
胸倉を掴まれるが、それに怯む様子もなく更に続けた。
「うちに帰って良いか?原稿の締め切りがあるんだ」
それを言った瞬間、ブルクにアラートが鳴り響いた。
敵、フェストゥムの襲撃を知らせるアラート。
それはCDCにも響き、自動的に防衛システムが作動した。
それを見たバーンズは、通信をしていた由紀恵に言った。
「島の防衛システムが生きているということは、まだコアはこの島にいるんだな」
『はい。それは確かです。もっと人員を』
「これより敵の迎撃に入る。余分な人手を割けると思うかい?我々の足を引っ張らぬよう、速やかに探したまえ。お前の働きは全て本部に報告してある。お前が頼りにしている男の目にも触れるだろうな」
ミツヒロ・バートランド。
弓子と真矢の父親であり、千鶴の元夫であった存在。
由紀恵にとって、最も大事な存在である男。
バーンズは、由紀恵がミツヒロを慕っていることをから聞いている。
全てをミツヒロに捧げていることも。
「フェストゥム、位置確認。距離、120」
「南西より、多数の個体が接近」
「ノートゥング・モデルを試す良い機会だ」
今迄手にしたことのない新たな力。
それを人類軍が手に入れ、戦おうとしている。
コンソールに手を触れ、ブルクに内線を入れた。
ブルクでそれを取ったのは容子。
「ファフナーにこの人達を乗せるんですか!?意識変性のテストもしていないのに!?危険です!!」
『心配はいらない。ノートゥング・モデルのデータは調査済みだし、彼女達は我が軍の精鋭だ。速やかに乗せたまえ』
「そんな」
無茶苦茶だ。
人類軍は竜宮島の子供達とは違い、ミールの因子が移植されていない。
フェストゥムに対抗するだけの力を、彼女達は持ち合わせていないのだ。
意識変性のテストをせずに乗せるのは、自殺行為に近い。
『大丈夫ですよ、羽佐間先生』
幼さの残る少女の声が、容子の耳に入った。
振り返ると、緋色の幻影が立っている。
『彼らは、ノートゥング・モデルのデータを調査済みだって言ってるけど、それはが渡したダミーデータです。今あるデータも、全部正式のデータではありません』
「……………ちゃん………?」
幻影はGシステムが起動していないと現れない。
容子は既にGシステムが起動し、戦闘態勢に入っていることを悟った。
『急いで下さい、羽佐間先生。島が本当に目覚めるのは………あと少しです』
「で、でも………彼女達じゃ…………」
『心配しないでも大丈夫です。遠距離操作は、ちゃんと出来ますから。時が来れば、システムが目覚めます。それが合図ですよ、羽佐間先生。小楯さんにも伝えて下さい』
言葉を残し薄っすらと消えて行く。
容子は暫く考えた後、人類軍のパイロット達の方を向いた。
(…………あなた達を、信じるわよ)
と。
容子はギュッと手を握り締め、彼女達の出撃準備に取り掛かった。
そして準備をしながら保に近付き、声を潜めて先程の出来事を伝える。
「何だって?が?」
背を向けあいながら作業をし、怪しまれないようにそれとなく言う。
「確かに、此処にあるデータは最後に見たデータとは違うが…………本当に、あのが変えたのか?」
「それは分かりませんが、彼女がそう言っていました。時が来ればシステムが目覚める。それが合図だ、と」
「合図って」
それが何を意味するのかなんて、容子には分からない。
ただ、それがきっと島を奪い返すきっかけとなるのだろう。
「賭けてみるしかないようだな、それに」
保の言葉に、容子が小さく頷いた。
トランプをしていた手が急に止まった。
咲良は振り返り、座っている総士の背中に声をかける。
「そう言えば、総士。は?」
訊ねると、剣司も気になっていたようで総士の方を見る。
「………………島の……何処かにいるだろう」
「大丈夫なのかな?」
「彼女も何処かで監視されている筈だ」
「のこともあるしさぁ。落ち込んでねぇかなぁ?」
剣司の言葉に、総士はチラリと横を見た。
史彦は先程と変わらず、表情を変えていない。
「それにしても………厭きたわ」
「お腹空いたぁ!」
「何時まで閉じ込められんの?俺達」
島にフェストゥムが接近中であることは、先のアラートで皆が分かっている。
だが、此処は人類軍が占領しているので総士達の出番はない。
(あとどれだけ待てば良いんだ?)
脳裏に浮かぶ2人の顔。
総士はそっと息を吐いた。