傾きかけた夕日。
その夕日を見ながら、乙姫はある1つの話しをした。
「最初は皆1つだった。大きくて、深い場所。そこから出てくることで、皆ばらばらになった。自分が自分に。人が人に。そうして言葉が生まれた。全てが1つ。他人がいない世界。そこに帰りたいと思う気持ちさえ、新しい発見。だって、自分が何処にもいなければ、帰りたいと思うことさえないもの。沢山のふれあいがそうして生まれた。今の私達にとっては、傷付け合うことさえ、可能性に満ちている」
「あのぉ、それってぇ………なんかのお伽話?」
控えめな声で芹が訊ねると、乙姫は笑って答えた。
「うん。この宇宙と私達のお伽話。神様が私達にくれた、嬉しくて悲しい、私達だけの物語」
何もない世界に、3人の子供がいる。
「同化現象って言うんだって」
包帯をした少年、総士が言った。
「僕達の身体の中に記された、遠い場所への還り道なんだって」
「還り道?」
「ミールの因子が、僕らの遺伝子に移植されてるんだって……父さんが言ってた」
「言っても分からないだろうから、見せて上げるね」
が笑って言うと、一騎の身体に結晶体が現れた。
初めてフェストゥムと戦った時、同化されかけたことを思い出す。
竜宮島を出る前にも、この結晶体が両手に現れた。
「なっ!?」
「綺麗でしょう?それがミールって言うの。皆の中にも移植されているけど、私達は皆とは違う」
「僕はこの島のコアを守る為に生きているんだって、父さんに言われた。自分や、他の誰かの為に生きてちゃいけないんだって」
「総士?」
「私もね、島のコアとコアを守る者。つまり、皆城総士を守る為に生まれてきたの。でも、少しだけ役目が変わった。変わったって言っても、増えただけ。そして私も総士と同じ。自分や、誰かの為には生きちゃいけないの」
笑顔でそう言った。
総士も悲しむことなく言った。
コアを守る為だけに生きる。
「僕は、初めから何処にもいないんだ。だったら、お前と1つになれる場所に還りたい。一騎」
差し出される手。
一緒になることを望む総士。
「総士……お前」
「同化現状は選択の1つだ」
2人の後ろに、今のが現れた。
最後にモルドバで会った、あの時の格好。
は言葉を続けた。
「だが、それ以外の道もある」
「私達の身体には、還り道と一緒にこれから進む道も記されている。あなたはどちらを選ぶ?一騎」
「……俺は」
帰り道と進む道。
―――この島だけが楽園だったのさ。
―――奴らはまた来る。一緒に……戦ってくれるな、一騎。
―――時が来れば必ず一騎の助けになるから。
―――……出来れば……皆には関わって欲しくなかった。
―――何故黙ってたかなんて……俺に聞くなよ。
―――僕達2人なら飛べるさ。
―――あまり、関わらない方がいい。
―――必ずこの島に戻って来てね。
―――私は、あなたの帰って来る場所を、守っています。
―――自分達だけ生き残って!それで良いのか!?
―――翔子は自分で選んで決めたことなの。誰のせいでもないよ。
―――もう、ファフナーを失う訳にはいかないんだ。
―――………確かに………助けたぞ…………一騎…………。
―――これが甲洋の、自分で招いた結果だ。
―――最期に春日井君と話せたの……………あなただけなんだよ…………何も感じないの?
―――春日井がこうなってしまったのは………総士1人の責任なのか?
―――変わろうとしていないのは………お前だけだ。
―――僕に必要なモノは、この左目の代わりになるモノだけだ。
―――は、外を知っているから必死に守ろうとしてる。
―――どんなに変わっても………あたし、一騎君のこと覚えてるよ。
―――お前は何を期待して外に出た?
―――真壁、お前は何を思ってファフナーに乗った。
―――この30年で我々人類の選択肢は酷く減ってしまった。
―――命は惜しくない!
―――………泣かないで……一騎………。
「あなたは、そこにいる?」
―――戦いに疑問を抱けば、次の犠牲者はお前だぞ。
「俺はっ」
―――勝手なこと、言わないで。
「それとも、いなくなりたい?」
―――お前は、あの2人の何を解っている?
「……俺はただ……」
ただ、叶うのであれば。
「2人と………………もう1度…………………話がしたいだけだ」
結晶体が音をたてて割れ、総士とが姿を消した。
「総士!?!!」
消えた2人に一騎は驚き、不安を覚えた。
だが、それを優しい声が救い上げる。
「あなたは、此処にいることを選んだんだよ」
「俺が?どうして?」
乙姫に訊ねると、乙姫は嬉しそうに答えた。
「会話は、自分が自分であり、人が人であることの証拠だよ。一騎」
「会話?」
「お前は皆城総士との2人に、会話を望んだ。それは人であるからこそ出来るもの。会話を望むことは、此処にいることを望むのと同じだ」
分かりやすく説明するように、が一騎に言う。
会話は、生きているからこそ出来る行動。
それを望むと言うことは、此処にいること。
乙姫は一騎の頬に手を触れる。
「コアに進むべき道を記してくれて、ありがとう」
飛んで行くかのように姿を消した乙姫。
は一騎を見る。
そして一騎も、を見詰める。
一騎の重たい口が開いた。
「……………教えてくれ。GFって…………何なんだ?」
一騎が問うと、はそっと息を吐いて片手を腰に当てた。
「Guardian Force。それをGFと呼び、島の管理を担当している」
「も?」
「あぁ。島の秩序を保ち、島の安全を最優先にする。島を守る為なら、どんなこともする」
「例えそれが、誰かを傷付けたとしても」
の隣に現れたのは、白いコートを着た。
に微笑むと、そのまま一騎の方を向いた。
「一騎、あなたは覚えてる?初めて私達が出会った時のこと。兄さんと逸れて泣いていた私を、一騎は慰めてくれたよね」
「あぁ、覚えてる。あの時、が島の何処に住んでいるのか分からなくて……父さんが迎えに来るまでずっと鈴村神社にいたよな」
「うん。泣き疲れて眠っていた私を、一騎はずっと傍にいてくれた。凄く嬉しかったんだよ。別れる時、一騎は言ったよね。今度は、一緒に遊ぼうって」
幼い頃の記憶は、もうほとんど覚えていない。
僅かな記憶はどれも印象に残っているものばかり。
にとって、大切な思い出。
「話してあげる………一騎。総士のことも」
そう言って、は瞳を閉じた。
「私と総士は、瀬戸内海ミールの因子が多く移植されているの。一騎達よりも何倍にね」
「その為、総士はフェストゥムと半同化状態にある。5年前、総士が真壁に同化しようとしたのも、激しい同化欲求に見舞われたからだ」
5年間の光景を脳裏に浮かべ、閉じていた瞳を開ける。
あの時、鈴村神社の楠の木に登っていたは、枝の所で昼寝をしていた。
その時に聞えた総士を呼ぶ一騎の声。
目を覚まし、下を除いてみると2人が対峙するように立っていた。
事件は、その後に起こった。
「総士はね、一騎と疎遠になったのは怖かったからなんだよ」
「怖い?総士が、何で……」
「同化欲求が再び起こらない、という保証はない。だから総士は恐れ、お前から離れるようになった。傷付けたくない。守りたい。そう言う思いから、総士は真壁から離れるようになった」
それは総士にとって苦渋の選択だった。
何も知らず島に住む住人から、島を守る側に回った総士。
それは子供から、大人へと変わった瞬間。
全てを知ってしまっても、総士にとって何も知らない一騎は唯一の救い。
「2年前、あるプロジェクトが実行された。それと平行するようにノートゥング・モデルの実戦使用テストが行われ、総士と蔵前がテストパイロットとして搭乗した。だが、総士は傷のせいで乗ることが出来なかった。無論、戦闘に出ることが出来ない訳じゃないが、負担がかかり過ぎる。ファフナーに乗れないことが分かった時、皆城公蔵はジークフリード・システムに搭乗させることを決めたんだ。あれには、正確な判断と幅広い知識、全ファフナーを使用しても対応出来るだけの器がなければならなかった」
「総士はそれが出来た。だからあいつは乗っているのか?」
「そう。島を守る為なら、苦しい汚れ役を自らが負うことも仕方がないって思ってる。人を生かす為なら、仕方がない。それが、島を守る者としての務めでもあるから」
甲洋の時、一騎達の前で言った言葉は責任を自分に向ける為。
一緒に戦っていた一騎。
甲洋を助けた咲良。
島に行った真矢。
彼ら3人の責任ではないのだと。
「それに、私達は知っているから。この島を守る為に、多くの人が死んでしまったこと。多くの人が悲しんだこと。多くの人が………私達に、未来を託したことも。だから、島を守る唯一の砦を、失う訳にはいかない。総士に聞いたよね?ファフナーとパイロット、どっちが大切なんだって」
「聞いてたのか?」
「俺と由紀恵さんが聞いていた」
だからあの後、由紀恵が神社に行ったのだ。
一騎を騙す為に。
「総士がファフナーと言ったのは、島を守る為。怖かったの、島が他の国のようになるの。だからファフナーだって答えた。私も、聞かれたらファフナーだって答える。私達はもう、ファフナーに頼るしか出来ないの。だからと言って、パイロット達を見捨てる訳じゃない」
「システム連結者は、ファフナーに乗ることが許されない。変わりはいないから。だから、自らを犠牲にしてシステムを操っている。あれらは、パイロットのように候補者をリストアップされない。本当に選ばれた者にしか扱えないんだ。故に、島から出ることは出来ない」
シナジェティック・コードの問題もあるが、全てを把握出来るだけの器が必要とされる。
事実上、ジークフリード・システムもガーディアン・システムも、総士とにしか扱えない。
両方扱えるのはだけ。
「ジークフリードとGの悪いところを教えてやる。各パイロットとコンタクトが取れることだ」
「えっ?コンタクトを取ることが……悪い、ところなのか?」
「良いことだろうな。だが、通信だけで助けることは出来ない。羽佐間や春日井の時、結局最後まで言葉を交わし、何も出来なかった。死んで逝くのを、同化されていくのを、ただ傍で見ているだけ。感じるだけだ。人の最後を見届ける。それがどれだけ辛いか、お前に分かるか?」
に言われて、一騎はようやく理解が出来た。
翔子の時も甲洋の時も、一番辛かったのは他でもない、総士だったのだと。
言葉を交わせても、手を伸ばして助けることは出来ない。
傍にいても、見ているだけしか出来ない。
「今、俺達がお前に教えてやれることは此処までだ。俺達は行く」
「行くって………何処に」
「さっきも言ったでしょう?システム連結者は、島を出ることが出来ないって。私達は、島の呪縛からは逃れられない。だから、世界が平和になるまで島にいないと駄目なの」
「搭乗者がいない状態でのGシステム起動は身体に大きな負担をかける。これ以上は無理だ」
「搭乗者がいない状態って」
「真壁。お前もそろそろ行け。お前を、心配して迎えに来ている奴がいる」
「えっ、迎え?」
「これからどうするかは、自分で決めるんだよ?一騎」
笑ってそう言った。
「俺達は迎撃態勢に入る。生きていたら、何処かで会おう」
「待っ!!」
2人を止めようと手を伸ばした時、眩い光りが2人を包み、周りを包み込んだ。
そして最後に、一騎2人の声を聞いた。
「「コアに、進むべき道を示してくれてありがとう。アルヴィスの子、真壁一騎」」
ソプラノ声のと、アルト声の。
光りに包まれた一騎は、そのまま気を失った。