初めて、母親のことを聞いたのは何時だったろう。
 戦うと、決めたあの夜のことか。
 何時ものように陶器を作る父の背中に、問い掛けた。

「何で死んだんだ、母さんは……病気だったのか?」

 気付いたら、父と2人暮らしだった。
 気付いたら、母親の姿は写真でしか知らなかった。
 死んだ理由も知らず、話そうともしなかった父。
 そんな父が、呟いた言葉。

「……俺のせいだ……」

 粘土から手を離し、形が崩れる。
 それをただ見詰めていた父が、初めて零した言葉。
 自分を責める、そんな言葉。

「……とう…………さん?」

 何故、あの時のことを夢に見るのだろう。
 母親の姿をしたフェストゥムに出会ったからか。
 分からない。
 一騎は辺りを見渡した。

「………此処は」

 呟いた時、目の前に幼少の頃の総士が現れた。
 左目に包帯をした総士の姿。

「総士っ!?」

 何故、という気持ちと、その包帯に言葉を詰まらせた。
 左目を隠す包帯。
 それがずれ、傷が一騎の目に入った。

『総士君の目、どうしたの!?』
『1人で遊んでいたら転んだんですって』
『可哀相に』
「……俺のせいだ」

 聞えてくる大人達の声。
 目の前にいる総士。

『痛いよ……痛いよぉっ!痛いよっ!痛いよぉ!!』

 苦痛の声を上げる総士。
 知ってる。
 そう、あの時も言っていた。
 言っていたのに。

「………俺が……やったんだ……」

 俺が。
 総士の左目を。
 この、手で。

『総士君の左目、回復は難しいそうよ』
『あんなに酷い傷、転んだなんてほんとかしら』
『まさか、誰かが?』

 誰も知らない真実。
 大人達の知らない、真実。

「……何で………俺がやったって言わなかった……………総士。そのせいで俺はずっと………お前に謝ることさえ出来ず……………ずっとっ!」

 そう、ずっと。
 あの時、ファフナーに乗るよう言ったあの時でさえ。

―――行けるのなら、僕が行くさ。

 行けるのなら。
 行けない。
 傷が、行くことを許さない。

「その傷のせいで、お前はファフナーに乗れないんだろっ!?」

 行けるのなら。

「だったら!何で俺を責めないんだ!?」

 行きたい。

「何で俺がやったって言ってくれなかった!」

 でも、行けない。

「俺が逃げたからかっ!?あの時、お前を置いて逃げたからか!?」

 答えない。
 傷付いた目が、一騎を逃がさない。
 怖い。
 その傷が、一騎の心の傷。
 流れ落ちる涙。
 それは罪の証。
 両手を広げ、恐怖を覚えた。
 こびり付いた血が、フラッシュバックする。

「……怖かったんだ。お前を傷付けた自分が怖かったんだよ!だから逃げたんだ!!」

 傷付けたくなんか、なかったのに。

「お前は、俺を怒ってるんだろ?」

 大切な、存在だったのに。

「俺を憎んでいるんだろ!?」

 優しく、包み込んでくれる存在だったのに。

「だから俺に、戦って死ねって言いたいんだろう!?総士!!」

 怒りを込めて、総士に言った。
 だが、顔を上げても総士はおらず、1人だけが取り残された。
 誰もいない。
 虚しさと恐怖が一騎を包んだ。

「………………ずっと………いなくなりたかった……………俺なんか、いなくなれば良いって………でもせめて、お前に謝りたくて」
「生まれること」

 聞えた声に、一騎は顔を上げた。

「……………?」

 幼少の頃の姿で、お気に入りだったワンピースを着ている。

「それは、この宇宙に与えられた幸福な瞬間。そして、生きることの罪深さを知る時。その先にある未来は、私達にだって分からない未知なる世界。その世界で、人は人として、自分は自分として、示された道を辿る。決めるのは、誰でもない。真壁一騎。あなただよ」
「俺?」
「そしてそれは自分を自分にして、俺を俺に、にする」

 の隣に、別の少年が現れた。
 黒服に身を固めた、髪の長い少年。

「まさか………?」

 今と同じように髪を括り、無表情な顔で此方を真っ直ぐ見る。

「初めまして。アルヴィスの子、真壁一騎。私は島の管理者、GFと呼ばれるモノだよ」
「GF?島の、管理者?」
「君、総士の理解者なんだよね?島のコアが、そう言ってた。総士も、そう言ってる。君が総士の理解者なら、君は私達の理解者だね。だって、私も総士もコアも、元は1つの存在。同じ運命を背負った、同じモノだもの」

 言っていることの意味が一騎には何1つ理解出来ない。
 俺が、総士の理解者?

「何も知らないんだね、君は。可哀相に。でも大丈夫だよ。君は何時か、私達と同じ場所に還ることが出来るから。その時まで、君は君で、私は私でいようね」
っ!?」

 霧のように消えて行った
 伸ばされた手は宙を掴み、何も残らなかった。

という存在」


 が消え、はそのまま此処に残った。
 無表情な顔は、今とは少しだけ違う。
 感情を知らない、そんな感じがした。

「世界がの存在を認めても、俺と言う存在は認めない」
「それって、どう言う」
「………総士を、傷付けたの?」
!?お前っ………その、血…………」

 突然現れた
 お気に入りの白いワンピースが血で染まり、裾が破かれていた。
 両手に付く真っ赤な血。

「総士がね、痛いって」
「ま………さかっ」
「駄目だよ、一騎。総士を拒んじゃ、コアが悲しむ」
「お前、見て……たのか?あの時、俺が総士を傷付けたのを見てたのか!?」
「ねぇ、どうして総士を傷付けたの?私、管理者だから知ってる。でもね、一騎の口から聞きたいの。総士にとって、あれは………」
「初めての痛み」

 近くに声が聞こえた。
 ではない。
 もっと別。

「君は」

 見たことがある少女。
 アルヴィスの地下で見た、あの時の少女。

「そのコアが、私を私として目覚めさせたように、あなたが総士を総士にした。大事な傷。自分である証。総士はね、一騎に感謝してるんだよ」
「………感謝……?」
「初めての気持ち。総士が総士になった瞬間」
「総士が、総士に?」
「何故、総士を傷付けたの?」
「どうして、総士を傷付けたの?」
「それは」

 2人に言われ、言葉を濁した。
 それは、思い出せない記憶。
 封印してしまった記憶の扉は、一騎ですら開けることが出来ない。
 思い出したくない記憶。
 忘れ去りたい、けれど忘れてはいけない記憶。

「私が思い出させて上げる………………本当のことを」

 少女―――乙姫が一騎に近付いた。
 記憶の扉が、ゆっくりと開けられる。
 鈴村神社。
 大きな楠の木。
 傍にある、無線機。
 目の前に立つ総士の右手から、エメラルドグリーンの結晶体が現れた。
 変わる瞳の色。
 無線から流れた声。

「あなたは、そこにいますか?」

 温かい何かが、辺りに散らばった。
 目を押さえて屈む総士。
 震えが止まらない身体。
 両手には、真っ赤な血。
 ゆっくりと顔を上げた総士は、苦痛から叫び声を上げた。

「うわぁぁぁ!!」

 現実に戻された一騎は、身体を起こして肩で息をした。
 信じられない光景。
 あれが、長い間封印していた記憶。

「そ、総士っ!?何でお前が……」
「それはね、とっても簡単なことなんだよ」
「同化って言うんだ。1つになれるんだって」
「……………総士……」
「1つになろう、一騎」

 モルドバに、産声が響き渡った。
 上空から地上を見下ろしている恭介と真矢は、目の前で起こっていることが理解出来ずにいる。

「何もかも飲み込んでいきやがる。洋治の野郎、一体何を作り出したんだ!?」

 得体の知れないファフナー。
 その力は恐らく、ノートゥング・モデルを上回る。

「一騎君はあそこにいるんですか?」
「分からん。ん?うわぁぁ!!」

 伸びて来た腕。
 それを危機一髪で回避すると、恭介は舌打ちをした。

「くそっ!こっちまで飲み込むつもりか!!」

 近づくことも出来ず、助けることも出来ず。
 歯痒い思いをしながら必死に下を見る。

(お願い、翔子。一騎君を助けて!の所に、一騎君を帰したいの!!)

 帰って来ると約束したから。
 連れて帰ると約束をしたから。
 だから、どうか。
 通路を歩いていた足が、不意に止まった。
 見られている気配ではなく、誰かに呼ばれたような気がして振り返った。
 続くのは歩いて来た道。
 誰もいない、長い道。

「Mr.。どうかしましたか?」

 丁度交差点付近だったので、兵士の数名と出会った。

「Mr?」
「…………いや」

 首を振り、兵士達の横を通り過ぎる。
 兵士達は首を傾げ、そのまま目的地に向かって行った。